愛おしい毒の壺
ホラーです。
「繭子が好きそうだから」
そう言って渡された、薔薇の香りのボディーオイル。
「手を出して」
幸一さんは私の手のひらにオイルを落とすとそこに唇を寄せた。そしてその唇は這うように首筋から胸元へと落ちて行く。
パジャマの肩ははだけ、二人でベッドに倒れ込むと飽きるまで愛を確かめ合った。
幸一さんを愛している。
この人の腕に抱かれていれば、私は幸せだった。
ずっと…ずっと…
。。。
「すまない、仕事が立て込んでいてね」
そう言って私の髪を撫でる幸一さん。
焦らすように愛されていたのに、あっさりとコトだけ終えると帰り支度を始める。
「忙しいんだ。それでも繭子に会いたくて」
そう言ってワイシャツに手を通す幸一さん。一時間と経たずに「じゃあね」と言って手を振って部屋を出て行った。
幸一さんが私の元を訪れる日が、3日に1度と間が開くようになった。
「繭子は待てるよね?」
そう言われてこくりと頷く。
だって幸一さんのためだもの。
1週間に1度…1月、、、と逢えなくなった。
「幸一さん…」そう呟いてお腹に手をあてる。
新しい命が宿った体。
「早く幸一さんを見つけないと…」動きにくくなった体で、幸一さんを探す日々。
そうしてある日、街で幸一さんが見たことない女と手を繋いで歩いているのを見つけた。
その笑顔は私に向けられていたもの。
私だけの腕に絡む女の腕。
私だけの唇。私だけの…
「見つけたわ」
私だけの……幸一さん。
全て理解できたわ。その女なのね?
可哀想な幸一さん。
待っててね。すぐにそばに行くわ。
そうしてまた私を愛してね。
人混みに紛れて二人の後をつける。二人はホテルに入っていく。
出てくるまで待ちましょう。幸一さんがコトを終えるまで待ちましょう。
出てきたら…女の後をつけましょう。
そうすれば住み家がわかるから。
そして…幸一さんを驚かせましょう。
女が扉を開ける瞬間に一緒に部屋へ滑り込み、驚きの声をあげられる前に終わらせましょう。
「ん…ん…」
ほら、出来た。
私を見て…幸一さんはなんて思うかしら。
「うふふ…」
きっと喜んでくれるわね。
ここで…幸一さんが来るのを待ちましょう。
。。。
そう長く保たなかった。
若い体を求めてしまうのは仕方のないこと。
長く体が続かないのは、昔から私の悪い癖。すぐに壊してしまう。
どんなに別の体を求めても、私が本当に愛しているのは繭子なのだ。
そんな私の気持ちを繭子ならわかってくれるだろう。
私の中に少しばかりの罪悪感が芽生えているのか…。不思議な感覚を感じながら、新しい女の家に向かう。
カチャリと開いた扉の向こう。
「幸一さん!」
そこにはいたのは、新しい女の体になった繭子だった。
「ああっ!!繭子!来てくれたんだね」
「街であなたを見かけたら…待ち切れなかったの…」
申し訳なさそうにシュンとした繭子を思わず抱きしめる。
「いや…私も繭子に会いたかったんだ」
「幸一さん!」
人間に寄生し生きながらえる私たち一族。
人間の体は消耗が激しく、若い体しか私たちを受け入れ、耐える事が出来ない。
しばらく寄生した体は傷むのも早く、損壊する前に別の体に乗り換えなければならないのだ。
だから好みの体を見つけたら早めに乗り換えることにしている。
そして繁殖出来そうな女の体を見つけるのは男の役目。
例えれば、人間の女の体は「壺」のような物。そこに卵を産み付け、温め、孵らせる。
孵化した子等は、その女の骸を跡形もなく食い尽くし成長する。
人間たちにとっては「毒」のような私たち。
人間は我々の器「毒」の「壺」である。
人に寄生を繰り返し、壺に卵を産み付け繁殖する。それが私たち一族の営みなのだ。
前の幸一の体は損壊が始まっていた。急いで合う体を探していて繭子を待たせる事になってしまった。
「待たせてごめん。なかなか体が馴染まなかったんだ」
「私の体ももう限界だったわ…」
「今度はどう?」
繭子に与える前に、先に何度か私と交わったことで繭子とも馴染みやすくなっているはず。
「幸一さんのおかげでいい感じよ。この体も卵を産めるかしら?」
繭子が脱ぎ捨てた壺の中で蠢く子たちを愛おしく眺める。
「さあ?どうかな。さっそく試してみよう」
私は新しい体の繭子にキスをした。
幸一と繭子は虫系の妖怪のようなものと思っています。
カマキリに寄生するハリガネムシのように、宿主操作して暮らしています。
お読みくださりありがとうございました