【プロローグ】──閉ざされた部屋、開かれる運命の扉
信じることに意味はあるのか。
答えを求めて、ひとりの青年は歩き出す。
これは、壊すことでしか進めなかった者の旅の記録。
時計の針が深夜二時を指すころ、成瀬カイの部屋にはパソコンのファンが回る音と、微かに鳴るネット動画の再生音だけが鳴っていた。カーテンは閉ざされ、部屋の空気は淀んでいる。彼がこの部屋から外に出たのは、もう三ヶ月前のことだ。
家族は、すでに彼の存在を空気のように扱っていた。正確には、「いない方が空気がきれいになる」とでも言いたげな目で見るようになった。
「いつまでこんな生活してんの? 働く気ないなら出てけよ」
そう言ったのは父だったか、母だったか。どちらでもいい。耳に入った言葉は何一つカイの心を動かさなかった。ただ、胸の奥にどす黒い泥のように沈殿し続けているだけだった。
妹はもう完全に彼を「関わってはいけない生き物」として認識しているらしく、廊下ですれ違うときも無言で距離を取り、まるで悪臭を避けるように鼻をすする仕草すらする。
それでもカイは、今日もパソコンの前にいた。
世界に自分の居場所などないと理解しながら、それでも”どこかにあるかもしれない”という薄い希望を、ネットの海に探していた。
──否定され続けて生きてきた。
それでも、心の奥のどこかで、「誰かが本当の自分を見つけてくれるかもしれない」と思っていた。
だが、そんな希望も、今夜で終わる。
ピンポーン、とインターホンが鳴ったのは突然だった。深夜の静寂に、その音は異様なほど浮いていた。
カイは立ち上がらなかった。誰かが来るはずもないし、出る気もない。
──けれど次の瞬間、壁が爆音とともに砕け散った。
「──あ?」
眼前に広がったのは、街の夜景。そして、彼の部屋は五階にあるはずなのに、その先に見えたのは……黒い影だった。巨大なトラックが、彼の部屋に突っ込んできていたのだ。
何が起きたか理解する前に、彼の身体は宙を舞っていた。
そして。
────意識が、消えた。
* * *
「……ここは?」
どこまでも白い空間に、成瀬カイは佇んでいた。身体の痛みもない。生暖かい風が、彼の頬を撫でていく。周囲は何もない。空すら存在していない。
ただ、そこに──彼女はいた。
銀の髪。紅の瞳。神々しさと静けさを湛えた、美しい女性。
「ようこそ、成瀬カイ。あなたは、死にました」
その言葉を聞いても、なぜか納得できてしまうほど、彼女の声には重みがあった。
「……死んだ、って……」
混乱の中、それでも思考は働いた。
「ああ、そっか。あの部屋ごと……やられたのか」
カイは笑った。自嘲のような、諦めのような笑い。
だけど、彼女──セラフィーナと名乗った女神は、静かに微笑んだ。
「あなたを、別の世界へ転生させようと思っています」
「……は?」
「このままでは、あなたの魂は、ただ消えるだけです。でも、私は……あなたにもう一度、生きてほしいと思った」
その言葉に、カイの中で何かが軋んだ。生きてほしい──そんな言葉、聞いたこともなかった。
「理由を聞いても、いいか?」
「理由……」セラフィーナはそっと目を伏せた。「あなたは、誰のことも信じられなかった。だけど、本当は──信じたかったのでしょう?」
カイは、口を閉じた。
「だからこそ、あなたには『信じる思いが力になる世界』を与えます。そこでもし……少しでも、あなたが人を信じることができたなら、その想いが力となるでしょう」
「……そんな世界、あるのかよ」
「あります。私が創った世界──アルシオンです」
目の前に、どこまでも広がる緑の草原が開かれた。風が、空気が、命が、確かにそこに息づいている。
──否定されてきた人生。
──信じられなかった人間たち。
──そして、もう一度与えられた、希望という名の呪い。
「俺が信じたところで、また裏切られるだけだ」
「それでも、信じるという選択をしてほしいのです。あなた自身が、あなたを信じることができるように──」
カイは目を閉じた。
そして、開いたとき──彼は、草原の中にいた。
知らない空、知らない大地。けれど、確かに自分の足で立っている。
誰も彼を否定しない世界で。
彼は、再び、歩き始めた。
初めての小説執筆で、不安もありましたが全力で書きました。
この物語が、誰かの心に少しでも残れば嬉しいです。