【連載版はじめました】悪役義妹になりまして
【追記】血のつながりがあるため実際には義妹ではなく異母妹では?とのご指摘を頂きました(ありがとうございます、その通りでした)この世界では半分の血の繋がりでも義妹になるという事にさせて下さい。次作以降は気をつけます。
私ことプリシラにとって、腹違いの姉と初邂逅したその日はまさに青天の霹靂という他なかった。
「紹介しよう、これが前妻との子、セシルだ」
「ふぅん、これが? なんだかパッとしない子ね。あなたもそう思うでしょうプリシラ? ……プリシラ?」
お母さまに話しかけられているのは分かるのだけど、私は冷や汗がだらだらと噴き出て来るのを止められなかった。
視線の先には薄茶色の髪で暗い顔をした7歳ぐらいの女の子がいて、対する私はピンクブロンドの髪に可愛らしいドレスを着せられている。
この見た目、状況、名前、間違いない。
(こっちぃぃぃ!?)
どうやら私、ざまぁされる義妹に転生したみたいです。
『義妹』の役割って最近のテンプレざまぁ物ではだいたい同じ立ち位置じゃないだろうか。
ヒロインの腹違いの妹で、甘やかされてわがまま好き放題に育ち、姉の婚約者にすり寄って寝取ってかーらーの、パーティーの場でバッと手を広げて「婚約破棄だ!」って叫ぶ当て馬の腕におっぱいを押し付けてしなだれかかってる、アレ。
ほぼ間違いなくざまぁされて、大抵は追放されたり娼館送りだったりとロクな末路をたどらない悪役だ。ぶっちゃけ悪役令嬢より救いがない気がする。
「…………」
そんな義妹に転生してしまった。
たぶんここはあれだ、日刊ランキング1位になってたあの話――『義妹に全てを奪われた無能聖女ですが、隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので今さら戻ってきてくれと言われても遅いです!』っぽい。タイトルでだいたい分かると思うので内容は割愛。
確か義妹のプリシラは自分が真の聖女だと偽って王子に取り入り、姉のセシルをその座から蹴落とすのだ。でも結局はハリボテがバレてセシルに泣きつくのよね。そして国を騙した廉で家族丸ごとざまぁされて娼館落ちしてナレ死を迎える。いやぁぁ!!
その時、紅茶を飲んでいたお母さまが突然、飲みかけのそれをセシルにバシャアとぶちまけて高笑いを上げた。
「アハハハハ! あーらごめんなさい、手が滑ったわぁ」
(うわぁああぁ!!)
やった! この人やっちゃったよ! お父さまも引きつりながら何で一緒になって笑ってんのよ。……あっ、うそ、蹴った!? ……ねぇ、両親のこういう行いを見てたから私もそれを真似するようになったんじゃないの?
まだ年端もいかない女の子への『虐げ』を生で見せられてムカムカとしてきた私は、自分の紅茶を掴むとそれをお母さま目掛けて思いっきりぶちまけてやった。悲鳴をあげてこちらを見る彼女にハッキリと物申す。
「おかーさま! 自分がされて嫌な事は、人にもしてはいけません!」
「プリ……シラ?」
「おとーさまも!」
父をギロッと睨むと、偉そうに口ひげを生やした彼は少し跳ねた。
「なぜおねーさまを守らないのです! 後ろ盾のないおねーさまを守れるのは、あなたしか居ないというのに!」
「え、あ、」
そもそも、同い年の腹違い姉妹なんて、自分の奥さん妊娠中にお母さまに手を出したアンタの(ピ――)の不始末が原因でしょうが! バッと椅子から飛び降りた私は、床でポカンとしているセシルに駆け寄るとその身体を守るようにギュッと抱きしめた。
「二人とも、何の罪もない子に当たるなんてサイテーです!!」
たとえ物語のシナリオだとしても、こんなの黙って見ていられるわけがない!
「おねーさま、お風呂にいきましょう。そんなに濡れては風邪をひいてしまいます」
口もきけないほど固まっている両親を捨て置いて、私はセシルの手を引っ張る。
戸惑うメイド達も叱り飛ばして動かし、俯いて一言も発しない彼女を綺麗にしていった。
「うっ、ひっく……」
その最中、華奢な体がしゃくりあげる。どうしたのかと顔を上げると、振り返ったセシルは宝石みたいに綺麗な目から涙をぼろぼろと零した。
「わ、わたし、新しい奥様の邪魔になるからきっと追い出されるだろうって、メイドたちがウワサしてたわ。そうなの?」
うわわ、主人公だから当たり前なんだけど、ハイパー美少女すぎる。思わず見とれていた私は力強く手を取ってその不安を否定してみせた。
「そんなこと絶対にありえませんっ、あなたはこのおうちの正当な令嬢なのですから!」
「ほんと? このお家に居てもいい? 邪魔じゃ、ない?」
「もちろん! これからは私たちが家族です!」
安心させるように力いっぱいほほ笑んでみせる。するとセシルは涙目でも綺麗に笑ってくれた。
「嬉しい……ありがとう」
その瞬間、私の心臓はズキューンと撃ち抜かれたかのようにときめいてしまった。は、はぁぁ!? こんな美少女を虐めるとか何の冗談? 原作の私は目でも腐ってたのか?
「い、いっぱい遊びましょう。おねーさま、ずっと仲良くしてください!!」
「ふふ、よろこんで。プリシラ可愛い……」
こっちを愛おしそうに見つめて来るあなたこそ可愛いですけど!?
自分が生き残りたい打算だけで助けたけど、いやもう、こんなんすべからく悪意から保護されるべき存在でしょ。護る! 私が全ての不幸から護って見せる!!
そうよ、目指せ姉妹愛! ざまぁなんて無い世界にしてみせるわ!
と、来れば、まずは家族の意識改革から始めてみよう。前妻の子をいびるのがこの世界の常識だとしても、そんなの外の世界からやってきた私には関係ないもの。
「おねーさまを大切にしないおとーさまなんかキラーイッ」
こうやって私がお姉さまにべったり張り付いてツーンと顔を逸らすものだから、お父さまは困ったようにすごすごと引っ込んでいった。その反動として、姉妹を平等に扱った時には二人で思いっきり甘えてあげる。そのおかげか徐々に子煩悩でデレデレになっていき、「愛する娘たちのため!」と、心を入れ替えて仕事も頑張るようになってきたようだ。よしよし、この作戦はいける!
「おかーさま。おねーさまが素敵なレディになるための秘訣を聞きたいんですって。私も一緒に教えて頂きたいです!」
同時進行でお母さま。幼児の無邪気さでゴリ押しして、無理やりにでも血のつながりのない二人の接点を取りつける。溺愛するプリシラたっての願いという事で仕方なしに接していたお母さまだけど、さすがの『ヒロインぢから』を持つお姉さまはその健気さで継母を少しずつ懐柔していった。
「奥様。いつもわたしの為にありがとうございます」
「フン……その呼び方はお止めなさい。まるであたくしがそう呼ばせてるみたいじゃありませんの」
「えっ?」
「だからその……母と呼ぶことを許可すると言っているのよセシル! 仕方なく、仕方なくよ!」
「……! はいっ、お母さま!」
やーだぁお母さまったら。赤くなってこっちまでニマニマしちゃう。
けれども私は慢心しない、もしここが本当に物語の世界だとしたら、私たちが令嬢デビューする頃に――。
お姉さまが15歳の誕生日を迎えた日の夜、シナリオ通りその右手の甲に聖痕が現われた。
次代の聖女として選ばれたお姉さまは王宮に召し抱えられ、聖なる祈りでこの国の結界を張るお役目を担う。原作だとその力は弱々しく、婚約をした王子からも『無能』と蔑まれてしまうのだけど……。
「よぉぉっし、今日も完っ璧! 魔物なんて一歩たりともこの国に踏み入らせないんだからっ」
「プリシラ、いつもありがとう」
今日も防御魔術を展開した私は、祈りを捧げるお姉さまの横で元気に拳を天に突き上げた。
そう、幼い頃からこうなることを予見していた私は、猛勉強して魔術の腕を磨いてきたのだ。元々の話でも義妹のプリシラは魔法の力を使って聖女のふりをしていたから、そこを伸ばせばお姉さまの助けになれるんじゃないかと思ってね。いまや私はこの国でも指折りの魔術師だろう。本当の力は隠してるからナイショだけど。
(それもこれも、全てはお姉さまのため……!)
こんな性格良すぎな美少女を「地味」とのたまった王子はしばいておいたし(こっちに色目を使ってきたから金的しておいた/もちろん証拠となる録音はバッチリ)あと不安要素といえば……。
「……」
思案を巡らせていたその時、私はお姉さまが小さく肩を落としたのを見逃さなかった。よく見れば白玉のような肌の色が今日は何だか沈んでいて、あろうことか目元に少しだけ隈ができてしまっている。
「どうしたのお姉さま、悩み事?」
「え、ううん、なんでもないのよ」
小さく笑った彼女は髪を耳にかける仕草をする。すかさず私は目をスっと細めた。
「ウソ。お姉さまは隠し事をするときに耳を触るクセがあるのよ、気づいてない?」
「えっ。うぅ、プリシラ鋭い……」
観念したように眉を下げたお姉さまは、昨夜遅くまで聖女に関する資料を漁っていたことを白状した。
「いつまでもあなたに頼っていられないと思って特訓してたの。でも全然ダメで……」
自嘲するようにアハハと笑みを浮かべていたお姉さまだけど、だんだんと俯いて手もパタリと落としてしまう。
「あなたの方がよっぽど、見た目も実力も聖女にふさわしいのに……どうして私に聖痕が出たんだろう」
「そんな……」
それはあなたが主人公だからとは言えず言葉を濁す。うつむいたお姉さまは唇を噛みしめ手を震わせている。その頬を一筋の涙が滑り落ちた。
「ごめんね、こんな情けない姉で……」
いっ……、
「いやあああああ! お姉さまの曇らせ展開とか地雷ですぅぅぅう!!」
深夜。私は叫びながらホウキに乗って空を爆走していた。これは風魔術の応用で対象の物体に浮力を付けることが出来る私オリジナルの――って今はそんな事どうでもいいのよ!
(お姉さまだって本当はすごい力を秘めているのに)
前方をキッと睨み、私はますます飛行速度をアップさせる。
いったいどこへ向かっているかって? お姉さまの悩みを聞いた私はふとこの世界のタイトルを思い出したのだ。
『義妹に全てを奪われた無能聖女ですが、隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので今さら戻ってきてくれと言われても遅いです!』
『隣国の皇子に溺愛されたら真の力に目覚めたので』
『 隣国の皇子 に 溺愛 されたら 』
(サボってんじゃないわよーっ!!)
いや、出会うきっかけを奪ってしまったのは私なのだから、彼に怒るのはお門違いかもしれない。それでも文句の一つも言いたくなる、運命の相手なら早く会いに来んかい。
(だからこうして直談判しに来た!)
眼下に魔術帝国の城を認めた私はホウキから飛び降りてダイレクト降下する。結界らしき物も蹴破ってシュタッと着地したのは、お隣の国の皇族が住まうお城のとあるテラスだった。夜空を見上げていた銀髪の美青年がぎょっとしたように目を見開いたので、ツカツカと歩み寄る。
「見つけた! さっさと会いに来なさいよ正ヒーロー! あなたに愛されないと、お姉さまが真の聖女に目覚めないのよ!」
「は? 貴様いまどこから……」
困惑したように眉を上げる皇子様を前にして、私はハッとする。
勢いに任せて来ちゃったけど、これってもしかして不法侵入? 境界侵犯?
「あわーっ! わたくしは決して怪しい者などではっ……そう! 素敵なお話を! お得情報を持って参ったのですよ! あなただけに!」
怪訝な顔つきをする彼めがけて、揉み手する勢いの私は必死に怪しいセールストークを繰り広げる。
「じ、実はですね、ぜひ一度お会いして頂きたいご令嬢がいるのです。もうほんとすっごい美少女だから、一目会うだけであなたと確実に恋に落ちますので、これはもう絶対です、シナリオ……じゃなくて運命なので!」
顎に手をやり考え込んでいたヒーローは、視線をどこかに流しながらブツブツと独り言のように呟き始める。
「俺に愛されないと『お姉さまが真の聖女に目覚めない』? 聖女を擁すると言えば隣の国だが、結界はきちんと機能しているように見える。当代聖女が未覚醒ということは、あの強固な結界は誰が? 別の誰か。あれほどまでの力量を持つ者がいるとは報告が上がっていない……が」
あかん、一度言っただけなのにしっかり聞いてらっしゃるこの人。
汗だらっだらな私に視線を戻し、彼はニヤと口の端を上げる。先ほどとは逆にこちらに歩いてくるものだから自然と後ずさり、壁際に追いつめられてしまった。トンと腕をついた彼は至近距離から面白そうにこちらを見下ろして来る。
「気に入ったぞ聖女の妹よ、まさかこれほどまでに魔術に長けた者が隣国に居るとは知らなかった。先ほどの見事な飛行術もそうだし、俺が張った結界をピンポイントで開けたのも見事だ」
「いえ、あの、それは」
「否定しない。やはりあの国から来たのか」
「ぎゃーっ!」
汚い悲鳴にクスッと笑った皇子様は、こちらの顎に手を添えると強制的に視線を合わせる。射抜くような強いまなざしに鼓動がドクンと跳ねたのは、何もときめきのせいだけでは無いと思う。
「決まりだな、あの国の結界はお前が張っている」
ごくりと喉を鳴らした私は、まっすぐに氷のような瞳を見つめ返す。
「……だとしたら?」
「……」
この人に嘘は通じない。でもほら、一応ヒーローだしさ? 悪いようにはしないんじゃない? 事情を打ち明ければお姉さまのために協力してくれるって信じ、あ、あ、あの、なぜ手首に闇魔術で拘束を?
私を荷物のようにひょいと抱え上げた皇子は、いやに楽しそうに歩き出した。
「つまり防衛の要であるお前を捕らえてしまえば、隣国に攻め込むのに絶好の機会というわけだ」
「オァ゛――っ!?」
待っ……あなた侵略とかそんな野心あふれるキャラでしたっけ!? 惚れたセシルに甘い言葉を吐いてドロドロに溺愛してスパダリ権力でドバーンとざまぁする(私に)役どころでは!?
彼は手すりを乗り越えると、悠々と宙に飛び出す。そこら辺を旋回していた私のホウキを捕らえると余裕で乗りこなしどこかへ――私の国へ向かって飛び始めた。こんな展開、嘘でしょう!? 隣国から攻め込まれたらお姉さまの失態どころの騒ぎじゃ済まないわ!
「お願いやめて! 不躾に訪問したことなら謝りますからっ」
「まぁ見てろ面白いことになるから。そうだな、先に聖女を郊外の森に呼び出しておくか。この術式は知ってるか? 光魔術を先行で飛ばすんだ」
「え、すごい」
見知らぬ魔術構築に好奇心がくすぐられる。だけど面白そうに見降ろされていることに気づいた私はハッとして叫んだ。
「じゃなくて、止まってーっ!」
結局、私は大した抵抗もできないまま、夜が明けてきた頃に屈辱の帰国を果たした。王都の外れにある森の中を待ち合わせ場所に指定したようで、頑丈な闇魔術の檻に入れられてお姉さまを待つ。
(まだだ、まだ望みはある。なんたってヒロインとヒーローの初邂逅だもの)
何だかんだ言っても、一目見ただけでピーンと通じ合っちゃうんでしょう? 偶然にもここは本来のシナリオで二人が出会う森だ。らぶらぶイチャイチャからのちゅっちゅで真実の愛に目覚めるって私信じてるから。っていうかそうじゃないとほんとに私がアホすぎてざまぁされた方がなんぼかマシになっちゃうからお願いしますマジで。
「来たか」
皇子の声にハッと顔を上げる。木立ちの向こうからやって来たお姉さまは、今日も朝日に照らされてキラキラした美少女だった。すさまじく剣呑な目つきと、その手に携えたトマホーク(斧)が無ければ、だけど。
「お、おね……?」
知らない、あんな般若の形相をした人、私知らない。いつも穏やかにほほ笑んで、虫も殺せないようなお姉さまはどこ? トマホークて。
「お会いできて光栄ですわ隣国の皇子様。初めまして死ね」
いや語尾。ここから始まる恋のトキメキ☆は? ねぇ!
「貴様が聖女か。よく聞け! 妹はこちらの手中に収めた、無能聖女には大したこともできまい!」
おいヒーロー! 口が裂けてもアンタだけはそう呼んじゃダメでしょう!
ダメだ……終わった……こんなんじゃ真なるチカラの覚醒どころじゃない。
「お姉さまコイツ危険すぎる。ひとまず逃げっ――」
檻の隙間から手を伸ばそうとしたその時、ビリッと静電気にも似た衝撃が全身に走る。
「びぁーっ!!」
「プリシラ!」
痛みはそれほどでもなかったんだけど、ビックリ効果で必要以上に大きな叫びが出てしまった。あわわ……。
「っ!?」
その時、大気の流れが変わった。口では上手く言えないんだけどこう……魔を扱う者なら思わずうなじがゾワッとなるような圧倒的なプレッシャーが場を満たしたのだ。その大元をたどった私は目を見開いた。真顔でこちらを見据えるお姉さまの全身が淡く光り輝いてる。とりわけ右手の聖痕は眩しいほどに光を放ち、解放されるのを今か今かと待って居るように明滅していた。
「わたしのかわいい妹に……っ」
その場でザリッと足元を擦った聖女は、人でも殺しそうな目つきで腰を低く落とす。その体勢から押し出すように、こちら目掛けて光の球を発射した。
「何するのよー!!」
圧倒的な光が辺りを包み何も見えなくなる。思わず目をつむったその瞬間、バキンッと硬質な音が響いて、私を捕らえていた闇の檻がバラバラと崩れ落ちていく。
「プリシラ!」
「お姉さま……その光」
「え?」
こちらに駆け寄って来た彼女は、先ほどと変わらず眩い輝きを全身から放っていた。話で読んだ聖女の覚醒シーンそっくりだ。
その時、両手をパチパチとおざなりに叩く音が聞こえた。そちらを見ると皇子がやってくるところだった。
「良かったじゃないか。昔文献で読んだことがある。聖女は『愛する者を強く護りたい』と、決意した瞬間に真の力に目覚めるとな」
「え!? 家族愛でもいいの!?」
皇子はまだ混乱している私たちの傍らにスッと膝を着いた。警戒を続けるお姉さまが私をギュッと引き寄せる。
「色々と無礼な真似をしてすまなかった聖女セシル。実はそちらの妹御から頼まれて一芝居打ったんだ、荒療治だったが上手く行ったようだな。これからも隣国として貴国の安寧を祈る」
「……。本当? プリシラ」
まだ半信半疑のようで、お姉さまは厳しい表情を崩さない。え、っと、私も今聞かされたので彼の真意がどこにあったかと聞かれると、その、
「嘘だったらこの人、消し炭にしちゃうんだから!」
「わーっ! そうですそうです! 国際問題になっちゃうから止めてー!」
ピキュンピキュンと聖なる光を収束しだすお姉さまを慌てて止める。目があった皇子はニヤリと口の端を上げてみせた。その表情に、私はぎくりと嫌な予感を覚えたのだった。食わせ物の文字が頭の中にチラつく……。
***
それから数日が経ち、真の力に目覚めたお姉さまは立派に聖女のお勤めをこなすことが出来るようになりました。結果、隠れ代行聖女をする必要がなくなった私はと言うと……。
「すごい! こんな方法があったなんて驚きです。あっ、じゃあもしかして、この理論をこうやって当て嵌めたら――」
教わった理論を、以前からどうしても上手く行かなかった魔術式に組み入れてみる。すると手の中に空から移したような映像がぼやぁと現われた。周りの研究所の職員さんから「おぉぉ」と、感心の声が上がる。
「どうだ、研究は順調か」
すっかり聞きなれてしまった声と共に、皇子が研究所に入ってくる。ここの所長でもある彼は私を見るとフッと笑った。
「飛ばしてるな」
「当然! 時間は限られてますから、ガツガツ吸収しますよ」
グッと拳を握りしめた私は笑みを浮かべる。
「今の私の目標は、みんなが幸せになれるような魔術をこちらで作って持ち帰ること! 二国間がお互いにWIN-WINとなれるよう、共同研究がんばりましょうね」
あの事件の後、皇子が提案したのは、帝国側の研究所に来ないかとの意外なお誘いだった。この人にはなんだかんだ借りもあるし(そもそも出会いからして不敬罪で処刑物だとか……彼の一存で揉み消されたけど)私も興味があったので留学という形でお邪魔する事にした。
ところがこの皇子は、両国の懸け橋になれるのでは? という展望をブチ壊すようなことをボソッと呟く。
「持ち帰る、ねぇ……俺としては、そう簡単にお前を手放すつもりは無いんだが」
「成果を独占したいのは分かりますけど、私はあくまで留学の身ですので。私が帰らなかったらお姉さまが手段を選びませんよ?」
「その割には楽しそうに見えるけどな」
「えへ……すみません、この環境は正直ものすごく楽しいです」
これまで独学でやっていた魔術をこれだけたくさんの人たちとワイワイやれるのは本当に新鮮だった。みんな優しいし、お菓子とかよくくれるし。
皇子がお昼に誘ってくれたので、二人で外のベンチに腰掛けながら軽食を頬張る。二人きりという事もあり、私はずっと伝えたかったことを口にした。
「殿下、今さらですけど悪役になって下さって本当にありがとうございました」
本来、私がやらなくてはいけない役割をこの人が何も言わずに引き受けてくれたのだ。
ところが、本来のヒーローは涼しい顔でこう返してくる。
「気にするな、俺も欲しい物があっただけだ」
「?」
何が欲しかったんだろう。お姉さまなら正直ちょっと厳しいような。二人が顔を合わせると笑顔の『圧』オーラでお互いバチバチに牽制し出すのよね。あぁ、正史ならカップルだったのに運命を変えてしまった罪悪感。申し訳ない……。
「罪滅ぼしじゃないですけど、恋人探しでしたらいつでも協力しますからね」
「……言ったな?」
なぜか少しだけ声色が変わった気がする。だけど私は深く考えずに立ち上がると元気に返した。
「もちろん! どんな子がタイプですか?」
ジッとこちらを見上げていた殿下は、その端正な顔立ちを崩さず大真面目にこう返す。
「家族想いで、愛嬌があって、才能に溢れていて」
「うんうん」
「抱きしめたら折れそうなほど華奢だけど、あざといポーズが似合う巨乳な美少女」
「……」
それを聞いた私はしばし静止した後、じりっと一歩後ずさった。
「……欲望に忠実すぎません? どこにいるんですか、そんな男の夢みたいな女子」
「心配するな、目星はついてる」
「はぁ、そのうち紹介してください」
「ところで部屋の鏡は足りてるか?」
「何ですか急に」
妙な事を言う皇子に首をひねっていたその時、胸元にかけていたペンダントがブブッと震えた。
「あっ、お姉さま!」
≪おはようプリシラ、今日も元気で可愛いわね≫
「お姉さまもハイパーキラキラウルトライノセント美少女です! 殿下、じゃあここで」
軽く手をあげて歩き出した私は、散歩しながら近況報告をする。お姉さまの方も、当て馬王子を尻に敷いて上手くやっているみたいだ。
それは何よりだとクスクス笑っていると、ねぇと呼びかけたお姉さまは柔らかい声でこう伝えてきた。
≪改めてお礼を言わせて。今回のこともそうだけど、あなたが居なかったらわたしは今も虐げられて、絶望の淵にいたかもしれない。お父さまとお母さまを変えてくれたあなたのおかげよ≫
幼い頃、前世の記憶を取り戻した日の事を思い出す。震える背中、やせ細った女の子を庇ったあの日の事を。
≪あなたが抱きしめてくれたあの日から、わたしの世界は変わり始めたの≫
想いをめいっぱい込めた心からの声が耳をくすぐる。雲の切れ間から陽が差し込み、世界が輝き始めた気がした。
≪ありがとうプリシラ、大好きよ≫
通信を切ってグーっと伸びをする。
罪悪感が全くないと言ったら噓になる。だって私が介入しなくても、お姉さまならきっと結末に向けて幸せになっていたはずだから。でもさ、ツラい思いをしなくて済んだのならそれが何よりじゃない?
私はこれからも、みんながハッピーになれる道を探すだけ。ざまぁなんてされなくても済む、悪役なんかいない世界にこれからもしてみせる。
(やってやろうじゃない、望むところよ!)
決意した私は、バッと両こぶしを天に突きあげて晴れやかに叫ぶのだった。
「よーし、今日もがんばるぞーっ!」
おわり
2/28追記【連載版はじめました!シリーズ設定より飛べます】
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