そろそろ・・・卒業するかのう
暖炉の前で、赤い帽子を外し、赤い布地の服を脱ぎ、濡れてしまった黒い長靴を乾かすために、まだ読んでいない新聞紙の上に乗せた。
椅子に腰掛けて温かいミルクを啜り、人心地つくと、深いため息が出た。
「わしゃぁ……いつまで続けりゃあいいんじゃろうか」
窓越しにトナカイの角を眺めていた。
この仕事は体力がいるし、そろそろ潮時と、薄々わかっていた。
「そろそろ……卒業するかのう」
「じいさん。あんたそれ毎年言ってるねえ」
おばあさんは「ハハハ」と笑い、右手に持ったチキンを豪快に頬張ると、反対の手に持った赤ワインを一口飲む。長年横で見ているが、何度見てもいい食べっぷりだと感心する。
「じいさんがやめたら、子供達の今日という日がありきたりな毎日と同じになってしまうじゃないか。それにねえ、先祖代々受け継いできた力をそんな弱音吐いて放棄してちゃあ罰が当たるよ」
「そろそろ息子が……」
「息子はまだ60になってないじゃろうが」
おばあさんは淡々と話し、二つ目のチキンに手を伸ばしていた。その、立派な体つきはしっかりとした栄養補給のたまものだ。それに比べて、おじいさんの方は背丈はあるものの、肉付きはおばあさんに遠く及ばない。
空になったコップを机に置き、タンスから赤い帽子と服を取り出して着替え、玄関に用意しておいた長靴に足を入れた。休憩は終わりだ。まだまだ配る家が山ほどある。
開いた扉から雪が吹き込んできて、もう少し休憩しようかな、何て気持ちが揺らいでいると、肩をポンと叩かれる。
「じいさん」
呼ばれて振り返ると何かを投げられ咄嗟に掴む。
それは、実に上質な毛糸を使った赤いマフラーだった。
おばあさんは照れくさそうに肉のタレが付いたもう片方の指を舐めた。
「ばあさん。これは?」
「じいさん。あんたのマフラーは毎年継ぎ接ぎしていたけれどさすがにもうだめだ。新しいのを編んでおいたんじゃよ」
マフラーを巻くと、寒さなど吹き飛ぶ……ような魔法的な事はなかったが、先ほどより幾分か暖かい。ばあさんの愛を感じる。
「ワシのパンツを編んだあまりの毛糸じゃ」
一言余計だと思ったが、無視して扉を閉め、ソリに乗った。
雲の上、照らされる月光の下、おじいさんは何度もマフラーに触れ、家で待つおばあさんを考えていたが、豪快にチキンを頬張るシーンしか出てこなかった。
「なんて贅沢なプレゼントじゃ」
わしには勿体ない限り。
大切に使おう。ありがとう。ワシのサンタクロース。