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さきもりの星のもと

作者: 華嵐三十浪

台風の進路は予測しにくいものですが、長引く台風は嫌ですね。

「では、今回もよろしくお願いします」

その言葉を残して去っていく黒服を、また、見かけた。

そう、また、なのだ。


 最初に黒服を見かけたのは、私は小学校の頃だった。

学校から帰宅した私の耳に、今と同じように同じ台詞が聞こえてきた。その時は、祖父のお客さんだと思い玄関先で鉢合わせたのを、帰路を譲って一旦玄関を出たのを覚えている。

その黒服は、私に軽く会釈して無言でそのまま去って行った。一瞬不思議には思ったものの当時の私は子供だったので、祖父や母に誰が来たなどとたずねることもなく、小学生の日常を過ごすことに集中した。


 その後、黒服を見かけたのは高校生になった頃だった。たまたま、日中から在宅している日に父を訪ねて来たらしい。その頃には、あやふやながらも外面や世間体が備わっていたので、自室から顔を出すこともなく黒服をやり過ごした。

「では、今回も。。。。。。」

黒服は、やはり去り際に同じセリフを残した。

今回も。何かがひっかかった。少しは成長した証拠だろうか。。。。。

 私が知る限り、黒服を見かけたのは2回。ごく普通に客として我が家を訪ねて来たのだろう。

数年前祖父を訪ねて来た時にも『今回も』と言っていた。おそらく、その時が初訪問というわけではないのだろう。

回数や頻度はわからないが、『も』というくらいに複数回我が家を訪ねて来ている様子だった。

ただ、数年前は祖父を訪ねてきた。

今回は父だ。そこも、少し疑問に感じるところなのだ。

 我が家は、家業を持たないサラリーマン家庭で父も祖父も仕事が全く違う。

同じ人物が訪ねて来る要件がわからなかった。でも、黒服は祖父を訪ねてきて、祖父が亡くなると父を訪ねてきている。確実に、()()()に用事があるということだった。

なんの用事かが、全くわからないが。。。

 普通のサリーマン家庭で、家は昭和の建売少々広いが祖父と父の悲哀の親子ローン、母も普通の平成のパート勤の専業主婦だ。

正体の知れない黒服の人物が、複数回訪ねて来る要素など微塵も見当たらない。

祖父も父も、酒もタバコも競輪競馬も身の程をわきまえて嗜む程度のごくごく普通の人だ。と思う。

多少心配性なところがあるかな。と思うくらいで普段の態度から考えると、大それた裏の顔を持っているようには見えない。

まぁ、これは家族として大目に見ている部分は否めない。

でも、いや、などと考えている内に年月が過ぎ受験期になったので、私は黒服と父の疑惑よりも自分の身の上を心配しないといけなくなった。


 その後、私は無事に大学生となり自分と小さなコミティのことを考えるのが関の山になっていった。ある意味正しく、社会人としての下地を整えていたのだろうと思う。

「すまんが、明日時間を空けといてくれ」

成人式を済ませた年の冬、唐突に父が私の予定をおさえてきた。

「どうしたの?急に」

「。。おまえ。不思議、いや不審に思ってることがあるだろ?」

なんの後ろめたいこともないのに、私は急に罪悪感を覚えた。慌てて、父に何も不審に思ってないことを伝えようとしたが、私は口を開くことができなかった。

そして、当たり前のように私の脳裏には、あの黒服が浮かび『今回も。。。』の台詞が何度も再生されていた。

「明日だ」

「わかった」

父の短い意思表明に、私も短く答えるしかなかった。私の明日は、今日までと違う世界になるのだろうか。


『国家未然防災機構自然災害変容転換課』「の真北仁(まきたに)新亀(あらき)と申します」

翌日、眠れぬ夜を過ごした私の前に現れた黒服は二人になっていた。

一人は2回見かけたことのある男性で、時間の経過の通り初老の風貌になっていた。もう一人は私より少し年上の女性で、背筋をピンと伸ばしている姿が性格を表しているような感じの人だった。

目をしょぼしょぼさせている私に、黒服二人は丁寧な挨拶と共に名刺を渡してきた。

挨拶を受け名刺を渡されたが、一体何が起こっているのかすらわからなかったので、私は訳がわからぬといった表情を隠すことなく不躾に父を見る。微妙な雰囲気を察してか、黒服真北仁がにこやかに声をかけてきた。

「大きくなられましたね。初めてお見かけした時は小学生でしたか。私も定年を迎えるわけですな」

「真北仁の後任になりました新亀です。長いお付き合いになると思いますのでよろしくお願いいたします」

黒服新亀は、私に向かって頭を下げた。

いや、すいません。今の私世間一般の腐れ大学生なんですが、貴女に頭下げていただく価値があるのか、そのなんだ!私は、いたたまれなくなって父に向かって素っ頓狂な声を出した。

「おとーさん!これは如何なるシギでありましょうヤ!」

「変なバグり方してるな。落ち着きなさい」

父は妙に落ち着き払っているが、この状態をなんの前知識もなしに落ち着いていられる若造が、この世に何人いてると思っているのだろうか。コノクソオヤジハ。。。。。

「この日本国は、」

父は唐突に真顔で語り始めたが、外枠がでかすぎて理解の埒外に放り出された気分になる。

「すいません。おとーさん。いきなり規模でかい」

父は一瞬、チェッツというような顔をしたがすぐに取り直していつもの様子で語り始めた。

「。。。まぁ、平たくいうと、日本は昔から多くの災害に見舞われてきた。それを防ぐのに神仏の力や呪術やまじないなどありとあらゆる方法を取り入れてきている。もちろん近代に入っては科学力や理工学、土木建築の技術などの力もいうまでもない。しかし、災害を完璧に防ぎきるというのは、そうそう簡単にできない」

父が一息いれるのを待っていたかのように、黒服新亀が口を開く。

「その時々で、出来うる限りのことをして技術やお金を投入してきましたが、昭和20年〜30年代の災害被害は甚大でした。防災のために河川の整備や堤防の新設、気象観測のための衛星打ち上げなどありとあらゆる手を尽くしました。ハード面だけでなくソフト面である寺社仏閣での加持祈祷、民間信仰であるおまじないまで、災害を防ぐためにどんな手段でも採用をしました」

ソフト面って、私ら無辜の民の防災意識じゃないんだ。。。

「んで、数多あるソフト面での手段のひとつがうちの家系ということなんだ」

「ごめん。何が何だか。。うちさぁ、ただの一般家庭なんじゃないの?災害有事の際には逃げ惑うのが本分の。そんな国家を左右するような特殊能力、身の内に感じないんだけど。。。。」

私のもっともな疑問に対して、父は手で顎を撫でながらもっともらしく答える。

「特殊能力なぁ。そんなのないよ。あったら欲しいわ。とーさん。うんそーね。星の元ってやつかなぁ」

「あ”?」


 〝^^^^台風14号は勢力を保ったまま九州南部に上陸し、そのまま日本縦断^^^^^〟

 ニュースが今年も台風情報を伝えている。

去年までなら、学校の休みだけを気にして交通機関の運行情報だけを見ていればよかった。

あの奇怪な懇談会の後、私は少しずつ父の手伝いをするようになった。

ゆくゆくは、私も祖父や父の後を継ぐことになるだろう。

まぁ、うがった言い方をすれば、国家の手先になることにしたのだ。


 傘を持って出れば晴れる。洗車をすれば雨が降る。などのように、備えれば当てが外れるということは、世間では往々にしてよくあることだ。

 そして、その備えれば当てが外れる。というのを高確率で引き当てる人間というのが、この本邦には存在している。我々がそれに該当するらしい。

それは、その人間特有の能力というわけではなく、なんらかの手順がある呪術のようなものでもない。ただただ、そういう星の元に生まれている。というだけなのだそうだ。

 この天から授かった問答無用の確率の引力を持つ人間は、たくさんいるというわけではないが全国にある程度の数が点在している。

先述の『国家未然防災機構自然災害変容転換課』は、その現象を利用して主に台風などの災害を未然に防ぎ規模を弱体化するために、観測された災害に応じて我が家のような家に備えを万全にする依頼をしているのだそうだ。


「おとーさんやじいちゃんは、ただの心配性ってわけじゃなかったんだ」

昔から、祖父や父は周囲が何を言っても防災への取り組み方を変えなかった。より柔軟に強固に、その時その時の最善と思われることを尽くしていた。

当時の私はただの心配性だとしか思わず、多少恥ずかしく思うことすらあった。しかし、今は違う。ささやかながら、各地の防人の同胞とともに暮らしを守る片棒を担いでいる。

意外と人知れない張り合いは、満足感があるものだった。私も、その内心配性だと思われるのだろう。なんだか、それすらも楽しみに思えてしまう。これも、星の元に集う者の宿命なのだろうか。

 そんなことを考えていると、外から父がガムテープを持ってくるように叫んでいた。ニュースでは、さらなる台風の進路が予測されている。結構な規模の暴風雨だ。

手にしたガムテープに力が入る。サァ、どれだけ入念に迎え撃つ準備をしてやろうか。

「さて、タイフーン。いざ!勝負!」




お楽しみいただければ幸いです。

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