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越えていけ  作者: ぽん酢さわー@サークルなつみかん
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4鞍目 並ぶプレート

 朝四時半集合。自由を謳歌したい学生にとっては毎日続くなど考えられない時間設定の為か、仮入部には新入生四十人ほどが訪れたが、五月になり実際に入部したのは一三名だった。

「毎年そんなもんだ」と話す四年生部員の横で、雑用を担当する下級生は多ければ多いほどいいと考える二年生の佐々木先輩は微妙な面持ちでうなずいていた。

 新一年生は男子九人、女子四人。一年後には六人・二人の八人になる。入部を決意した内の三割以上が退部するほど馬術部は3くさい・きたない・きついを色濃く継承する体育会系だったが、残った部員たちはたくましかった。


 R学園大学の厩舎は二つあった。一〇メートルほどの通路をはさみ新厩舎と旧厩舎が建っている。旧厩舎の老朽化が進み二年前に新厩舎が建てられたそうだ。新厩舎には十二の馬房があったが、その内三つは使われておらず九頭の馬が新厩舎で飼育されていた。

 各馬房の前には白いペンキが塗られたA3サイズのベニヤ板が看板がわり飾られていた。お手製のネームプレートだ。プレートの中央には馬名が記されており、その両サイドには父や母名まで記されている。父トニービン、父サンデーサイレンス……「種付け料はこの二頭だけで三五〇〇万円やないか!」父と共にダビスタで最強馬配合を研究していた私のテンションはみるみる上がる。さすが馬産地北海道のスケールだと改めて感動した。新厩舎に飼育される九頭の馬はみなダビスタ的には良血のサラブレッドだった。

 主に倉庫としての役割を果たしている旧厩舎にも二頭。馬房と馬房の間の壁が二つ取り壊され、三つ分の大部屋となった馬房に二頭の馬が一緒に飼育されていた。馬房入口に飾られた二枚のプレートにはアンサンブル、パルプンテと記載されていた。

 二頭の馬が一緒の馬房で飼育されるなど聞いたことがなかった。小さなポニーサイズならいざ知らず、蹄鉄を履いた競技馬だから驚きも尚更だ。新厩舎には三つも空き馬房があるのだから、スペース的な問題ではない。私が初めて旧厩舎に立ち寄った時、その驚きをよそに二頭の馬は仲睦まじく馬房の中でじゃれあっていた。

 馬名アンサンブル 父カルタゴ(セルフランセ)、母不明(重種)プレートにはそう記載されていた。

 白地に茶色のブチ模様。体高百八十センチはあろうかという雄大な馬体。そしてオレンジ色に輝く瞳。人懐っこく、「なでてくれ」と心の声が聞こえるような表情で真っ白な顔を近づけてくるこの馬のことを部員達はアンさんと呼んだ。

 アンさんは大学馬術界では全国的に有名だった。ブチ模様という見た目の珍しさもさることながら障害飛越の迫力には目を奪うものがあった。馬が障害を飛越するとき、肢をうまく折りたたみバーのギリギリを経済的に飛越するタイプの馬もいれば、バーのはるか上を大きく飛び越していくタイプもいる。アンさんは後者だった。雄大な馬体が大きく障害を飛越する姿は一度見た者の心をつかむ。全区的には弱小といえるR学園大学馬術部の知名度は、アンサンブルという馬名とセットで知られていたといっても過言ではない。

 俗にいうスーパーホース。アンさんは障害飛越競技の大学一を競う全日本学生馬術大会の二回走行に何年も連続で出場し、最高成績六位という記録を残していた。

 アンサンブルという言葉の意味を調べたことがある。吹奏楽の合奏を想像するが、その語源はフランス語で『一緒に、ともに、調和』を意味する言葉のようだ。セルフランセの混血、フランス語で人馬一体を想像させる語源。洒落た名前やな。

 部員はみな『あ・ん・さ・ん』と呼ぶ。長い馬名は二~四文字の愛称で呼ばれる運命にある。アンサンなのかアンさんなのかはよくわからない。ただ私は積み上げた実績や、大人びたこの馬の雰囲気から尊敬の念を込めた『さん付け』であると思った。

 今後も毎年全国への切符を手に入れるだろう。そう確信させてくれる程の能力をもつアンさんは八年前にOBが運営する乗馬クラブから譲りうけたという。いくらOBやからってこんなスーパーホースを大学馬術部に譲るか?

 アンさんの転厩の経緯が気になり佐々木先輩に質問したことがあった。「私も聞いた話だから、どこまでが本当かはわからないけれど……」と前置きがあった後に続いた話は、真実ならばとても悲しい過去だった。

 疝痛になり馬房内で苦しみ暴れたアンさんが会員に大ケガをさせた。ケガをした会員は乗馬クラブに多額の売上と寄贈を献上する、いわゆる影響力の大きい人物であった。当時、障害飛越競技で成績が出始めたアンさんの今後に手ごたえを感じていたが、ケガをおった人物は処分を求めたため経営者のOBは自身の出身大学へ譲ることで話をまとめたというのだ。

 悪いのはそんな状況でアンさんに近づいたその人物や。私は確信していた。たった二年ほどの経験だが馬が人を信頼しているか否か、馬の目を見ればそれくらいのことはわかる。処分にならなかった事は不幸中の幸いや。直接かかわりのない昔話に小さな憤りを感じつつ、すり寄るアンさんの頭を撫でた。


 馬名パルプンテ 父ビゼンニシキ 母マンノチャーリー 母父ノーザンテースト

 ドラゴンクエストの呪文、パルプンテを名の由来にもつ栗毛の元競走馬だ。部員達はプンテと呼ぶ。

 パルプンテとは何が起こるかわからない、一撃で相手を倒すこともあれば、何も起こらない、はたまた自分自身を追い込むことも起こりうる呪文だ。競走馬時代のオーナーは良血とは言えないこの馬に、大きな仕事を期待しロマンをこめて名付けたのだろうか。そんな思いとは裏腹にプンテは四十二戦三勝という決して期待を上回ってはいないだろう競争成績を残し、八歳を迎えた一月に競走馬を引退したと佐々木先輩は教えてくれた。

 その後R学園大学へ引き取られて三年、乗馬としての調教を重ねたプンテは時折センスを感じられる綺麗な飛越をするものの、競走馬時代と変わらず期待を大幅に上回ることないレベルの乗馬として日々部員たちを背にしていた。

 しかし黄金に輝く栗毛の馬体、すべてを吸い込こむ闇のような黒く大きな瞳、利口そうな整った顔立ち、そしておとなしい気性で部員達に人気の馬だった。


 そんな二頭がなぜ一緒の馬房で暮らしているのか? 私は気になったことは何でも佐々木先輩に聞く。この共同生活はひょんなことから始まり、すでに二年も一緒だというのだ。

 R学園には馬が砂浴びをし、自由に動くことのできる小さな放牧場、パドックがいくつかあった。隣り合うパドックに放牧された馬たちは相性が悪いと喧嘩が始まってしまう。しかしこの二頭はとにかく仲が良かった。放牧中は内緒話でもする恋人同士のように柵越しに顔を近づけあっていた。

 ある日放牧中に急な大雨が降りだし、各馬を馬房に戻す際にある部員が近くにいたアンさんとプンテを二頭同時に移動させ、とり急ぎ近く屋根のある旧厩舎の大きな馬房へつないでおいたそうだ。他の馬の移動を終え、アンさんとプンテを新厩舎の馬房へ戻そうとしたところ、体を寄せあいくつろぐ姿を見て、もう少しこのままにしておいてやろうと奇妙な同居生活が始まったのだそうだ。

 なんとも牧歌的な話やな。目の前の馬房でクルクルと追いかけっこをする二頭を見て、私も混ざりたいと幸せな気分になった。


――――――――――

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