表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
越えていけ  作者: ぽん酢さわー@サークルなつみかん
4/17

2鞍目 いざ、北海道! ためされる大地

コミケ103 12月31日(日)小説出品します。続きが気になったかたは是非!東地区 ホブロック 40a

 二〇〇二年四月、母と共にいよいよ北海道の大地に降り立った。はじめての飛行機に心臓はバクバクしていたが、平静を装った表情はキャリアウーマンの出張と見紛うほどの凛々しさを携えていいただろう。早速の試練を私は難なく乗り切った。

 暗い雲に覆われた新千歳空港には雪がちらついていた。母は、このまま雪が積もるようなら予定していたレンタカーを取りやめて電車にしようかと迷っていた。ロビーのテレビではこの後は晴れにかわるが気温は低めという予報が流れていた。ご当地ニュースを信じ込み、予定通りレンタカーで大学とアパートのあるE市へ向かった。

 「初めの十分、いや五分でいいから! おねがい」

 渋々了承した母を助手席に乗せ、ピッカピカの初心者マークを付けたレンタカーはノロノロと動き出した。北海道の道路は道幅が広く、直線が多い。制限時速にも達しないレンタカーは周囲の車から煙たがられていたとは思うが、私は初めての運転に満足した。

 オレンジの看板、何やら北海道ローカルと思われるコンビニに車をとめ、これまた何やら北海道の限定品であろうオレンジの炭酸飲料を購入し、レンタカーの助手席に乗り込んだ。

 母がハンドルを握り周囲の流れに乗りながら、目的地に到着。不動屋さんでアパートの鍵を受け取った。

「水抜きは必ず行ってください。不注意による被害は免責となります」

 諸々の連絡、諸注意の中でも水道管の凍結を防ぐ水抜きに関しては特段注意を促された。長時間家を空けるときや、在宅していても冷え込みが厳しい日の夜間は注意が必要だとの事。毎年のように新入生が水道管凍結を引き起こし、少なくない額の修理費を支払う羽目になっているらしい。四月に雪がちらついても誰も困惑しない北海道ならと妙に納得した。

 アパートに到着、おんぼろワンルーム。それでも私にとっては充分な城だった。トイレとお風呂が一緒のユニットバスでも、三年間の寮生活を思えばなんてことはない。水抜きの煩わしさや築三十年住居など私にとっては試練にすらなりえないのだよ、北海道。

 すぐに電気ガス水道の開栓連絡を行い、全てが終わる頃すでに陽は落ちていた。

 「よし! 完了! 響、何食べたい?」母は形式的に質問してきたが、お互い初めての食事は決めていた。

 訪れた回転寿司はまだ十八時前だというのに多くのお客でにぎわっていた。大きさや鮮度、そして見たことないネタに私たちは感嘆の声をあげながら腹六分目まで楽しんだ。

「よし! 次行ってみよう!」

 札幌ラーメンと書かれた暖簾をくぐり味噌ラーメンを楽しんだ。濃厚なスープに箸はとまらず、もちろんレンゲもとまらない。腹は十一分目まで膨らんだ。

 北海道を満喫し、お腹の苦さに相反するほどの幸せを感じていた母と私。北海道よ、夢の大地か。最高やないか。

 実家から送った引っ越しの荷物や家電量販店に配達を依頼していた白物家電は明日の午前中に届く。今夜は手荷物として持ってきたタオルケットで一晩過ごす。部屋を暖めれば余裕だろうと高を括っていたのだが、どうにも備え付けのエアコンの調子が悪い。気温が上がらず二人で身を寄せ合っても震えが止まらなくなってきた。

「あかん。もう我慢できへん」母と私は不動産屋さんの言いつけを守り、水道管の水抜きをしてから二十四時間営業のカラオケボックスに出向き夜を明かした。

 北海道よ、新たな住人にはもう少し優しくした方がいいと思う。二日目は風邪気味のスタートとなった。


 荷物が続々とアパートへ届いた。一目散に衣装ケースを開け、ダウンを出し羽織った。絶対に必要なものは何なのか。一晩で充分に理解できた。

 荷ほどきをし、役所に行き、生活用品を買いそろえ、生活の基盤を整えた。翌朝にはもう母は兵庫県へ帰る。私にはどうしても母に言っておかなければならないことがあった。むず痒い、気恥ずかしいが今日しかない。言っておかなければ。時間と義務感に迫られた。

 ジンギスカンと連夜になるお寿司を食べ、アパートに戻り、ふかふかの布団に入った時、私は意を決して口を開いた。

「お母さん、あのさ……」

「進路の事? もしかして謝ろうとしてんの?」

 あのさ、の三文字でどこまで伝わるのだろう。この人にはずっと隠し事は出来ないんだろうかと思った。

「うん。高校も大学も相談せずに決めたから。高校はお父さんの事があってまだ間もなかったし、大学はこんな遠くで私立やし。お兄ちゃんと力あわせて三人で暮らす方がええのかなってのはずっと思っててん」

「うーん。高校の進路は正直言うと反対もあったよ。全寮制の農業高校だからじゃなくて、自分で選んでなかったでしょ? お父さんが見つけてきた学校だったからっていう理由やったんじゃない?」

 私の心の奥を見透かしたような母の言葉に小さく「うん」と答える事しかできなかった。

「お父さんがH農業高校のパンフレットを初めて響に見せた時の事覚えてる? お父さんはママは賛成、自分は寂しいから反対って冗談のように言ってたやろ? 響に見せる前、お母さんに相談があってん。実はお母さんは反対やったんよ、心配やし。でもお父さんは、絶対に反対するなって言ったんよ。お父さんが命令する事なんてそれまでなかったからびっくりしたわ」

 頷きながら「ん」とだけ発した私に母は続けた。

「響、小さいころから乗馬クラブに行きたがってたやろ。だけど家計の事とか思って言い出さへんかったやん。お父さん『悔しいんやけど嬉しい』って言ってたわ。言いたいことを我慢させてしまっている自分が悔しかったんやろな」

「嬉しいってのは?」

「響が乗馬クラブを我慢したのって家族の為やろ? 『自分が我慢して大切なモノ守ろうって想いは強さやん』って言ってたわ。だからこそ高校を選ぶときは絶対に反対するなって。自分で選ぶときやってさ」

 喉が締め付けられるように熱くなった。暗い部屋の中、見られることはないのだけれど涙が溢れないように我慢した。

「お父さんが死んだあとは、お母さんもお兄ちゃんも、もちろん響も、なかなか頭の整理は追いつかんかったと思う。だから響が自分の意思で高校を選んでないなって。お父さんが見つけてきた高校やからって、それだけで決めたんやろなって。お父さんが響にしてほしかった自分の選択をさせてあげられへんかったって、高校の進路は反対の気持ちもあったんよ」

 熱くなった喉を覚まそうとペットボトルのお茶を飲んだ。室温よりも冷たく感じるペットボトルは父の遺体の冷たさを少しだけ連想させた。

「小さな頃から家計を気にする強さを持ってた響が、おじいちゃんの残してくれたお金や奨学金を使ってでも行きたいって決めたのがこの北海道の大学やろ。嬉しかったわぁ。お父さんにも報告してん、響が自分で選びましたよって。喜んでると思うわ」

「ありがとう」必死に声を絞り出した。

「こちらこそ『ありがとう』やわ。お兄ちゃんなんか、あんだけ文句言ってたけど、響に隠れてお金の入った封筒渡してきてんで。『足しにして』やって。丁寧にお断りしたけどな! あっ、お兄ちゃんの事は本人には秘密やで」

「うん」私は小さく返事をし、寝たふりをした。

 もちろん眠れるわけなどないのだけれど。母はそんな私の狸寝入りを知ってか知らずか、寝息をたてた。それ以降、二匹は何も話さなかった。ぐるぐる回る思いを一つずつかみ砕いていると窓の外は少しづつ明るくなった。


――――――――――

次がたのしみ!と少しでも思っていただけたらブックマークと評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)お願いいたします。

1件のブックマークでやる気出る単純な人間です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ