9.シューティングスターおねがい!
星空煌めく真夜中、あまりにも唐突に僕の家に隕石が落ちた。
一月一日。午前零時十五分頃。僕は星々広がる大空の下を裸足で駆けていた。今日は元旦だ。あちこちで除夜の鐘が鳴り響き、真夜中だというのに、まばらながらも人が賑わっている。そんな中を僕は裸足で駆けていた。孤独に夜を駆ける奇妙な僕を横目に見る衆人。それには目もくれず一目散に僕は駆けていた。
山の斜面に作られた街は上り坂が多い。その傾斜を真っ直ぐ前方へ向くと、その先に色の剥がれた鳥居が、堂々と僕を出迎えている。もう目前だ。すれ違う人々を置き去りにして僕はその神社の元へと遂に辿り着く。
「あの神社は呪われている。あそこで願いを呟けば必ず不幸な形で叶えられてしまう。決して誰も幸せにはならぬ」
二ヶ月前。友達のいない僕が一人、公園で遊んでいる時に不意に老婆が現れ、そして突然そんな事を言ってくる。
誰も近づかない呪われた神社。そこはかつて、名の知れた陰陽師が武家に仕える呪術師によって殺害され、無念の死を遂げた場所なのだと言う。高い霊力を持っていた陰陽師は死して尚、その場に魂と精神を滞在させ、復讐の機会を待っているらしい。その噂もあってか、たちまちその神社は評判となり多くの観光客が訪れてパワースポットとしても人気になったのだとか。
しかしその評判もすぐ地に落ちる事となる。神社へお参りした人たちの願いが、意に反する形で叶えられ、たくさんの人が願いの犠牲となり死んでしまう。その上、神社を訪れた人たちまでもが謎の不審死を遂げていったのだ。その事に戦慄した人々は神社を閉鎖。一時は取り壊す事も考えられたが、またしても何故か工事関係者が次々と不可解な死を遂げていき、それ以降、神社に触れるものはいなくなり社会から隔離される事となったのである。その上、心霊スポット気分で面白半分で神社に入った者は当然のように行方不明になり、いよいよ手がつけられない場所として腫れ物扱いされた。
そんな場所に僕は一歩踏み入れる。
走っている時には何とも感じていなかった身体中のアザが、アドレナリンが切れてきた事で少しずつ痛み出す。鳥居を潜ると、成る程たしかに、まるで感じた事の無い異様な空気が肌を包んだ。何かがおかしい事は、霊感を持たない僕にもハッキリとわかった。
お社の前まで辿り着く頃にはまるで病人のように、重い体を引き摺るように歩いていて辛くなってくると同時に、この神社が本物であることを確信していく。財布から五円玉を取り出して手入れもされていない賽銭箱へと放り込む。そして力強く、心から手を合わせた。
この日を待ち侘びた。霊力が最大まで高まるこの日を。
「初めまして、無念により留まりし陰陽師。この二ヶ月間、貴方に願いを叶えてもらうために僕は貴方の事を調べさせてもらいました」
声に呼応するかのように風が吹き始める。
「願いは単純。僕の両親を殺害して欲しいのです」
そう言って腹の青あざを撫でる。
「僕の両親はクズです。僕の事をストレスの捌け口程度にしか考えてないどうしようもない人間なんです。今日も出かける前にたくさんの暴力を受けました。もう耐えられません」
これで確実に願いが叶うのだと思うと気が緩む。世間は望まぬ形で願いが叶うなどと嘯いているが、そんな事など百も承知。二人が世界から消えてくれるなら僕はそれ以外の事がどうなろうと知った事では無い。
「そして陰陽師。この願いは僕だけの問題じゃ無い。貴方のためでもあります」
呼吸を挟む。
「貴方が復讐に取り憑かれて今も現世に留まり続けている事は存じています。長い年月の中、想像もできないほどの苦しみを抱きながら過ごした事でしょう。しかしその苦しみも今日で終わりです」
重かった体がふと軽くなった気がした。しかし構わず僕は社に向かって両手を広げた。
「貴方が最も殺す事を望んでいる人物、呪術師の末裔は僕の父親です。僕の願いは、貴方の願いでもある。貴方の憎む血統は今も昔も、長い間ずっとこの街で平穏に暮らしていました。貴方の事なんて忘れてしまったと言わんばかりに。僕の家からは呪術師の家系であると思われる証拠が溢れんばかりに出てきました。父は隠しているつもりだったのかもしれませんが」
ポケットから謎の書物や人型に切り抜かれている藁半紙、釘や藁の人形、誰のものかもわからない髪の毛を束ねた物などを社の前に供える。これは本当に自分の家から見つかった物だ。書物に目を通せばわかるが、父の祖先が呪術師である事は事実だった。
「しかしこれほど近くにいたと言うのに貴方には手出しができなかった。それは貴方が誰かに願われないと、何一つ行動ができないからではないでしょうか? だから願い事に関連づけて人を殺め、そして自らが霊力を使える神社に立ち入った人間も皆殺めた。そんな事はもう今後、行わなくても良いのです!」
風が止む。殺戮を繰り返す哀れな陰陽師の気配が消えた気がして僕はあたりを見回した。
鳥居のあった方へ振り返ると流星群が空いっぱいに広がっている。それはまるで幻想的な光景であったが、別の意味で胸が高鳴った。やがて一つの破裂音が街中に響き渡り地面が微かに揺れる。僕は未だ裸足のまま再び全速力で来た道を戻った。目的地に近づくと家を出た時よりも人の数が多い。それを掻い潜るように前へ前へと歩き続け、やっとの思いでたどり着いた先にはもう手遅れとなっていた我が家が炎の中に崩れていた。
丁度、家一つ分破壊できる大きさの隕石が、崩れた僕の家を押し潰すようにして乗っかっている。鳴り続ける野次馬のシャッター音の後ろで消防車のサイレンの音が遠く聞こえた。だがまだ安心はできない。両親の亡骸を探すべく燃える家に飛び込む。
背後からの静止を無視して火の回っていない方から隕石を支えている柱の中を覗くと、そこには肩で息をしながら倒れる二人の姿があった。ここは丁度リビングの場所だ。隕石の落ちる直前、テレビでも見ていたのだろう。
庭に落ちていた手斧を拾い柱を叩く。叩いて、叩いて、叩きまくる。かつて自分がそうされたように、斧の刃のない峰の部分でひたすらに、脆くなった柱を叩き続ける。
すると当然のように家は倒壊し、その上に乗っていた隕石が、今度こそ完全に家全体を潰してしまった。
庭から裏手に回った僕の姿はきっと誰にも見えてない。きっと助けに走ったけど間に合わなかった哀れな子供に映る事だろう。
「やった……」
持っていた斧を落として両手を見つめる。汚れた掌にはどこで作ったのか切り傷が複数あったが、痛みを感じないほど僕は喜びに震えていた。
見るも無惨な残骸が、少しの炎を残して沈黙している。もしも中に人がいたとしても、その人たちがもう助からないであろう事は火を見るよりも明らかだった。
「ありがとう無念に留まりし陰陽師。これで僕はようやく前を向けるよ」
見上げた夜空には未だ溢れるほどの流星群が縦横無尽に駆け回る。
ようやく震えながら眠る日々とは縁を切れそうだ。
あとは不幸にも生き残ってしまった可哀想な子供を演じて手厚い補償を受けながら余生を過ごさせてもらうとしよう。