8.終焉物語。
かつて遥か古代に住まう人々は文明の発展に常に頭を悩ませていた。滅びゆく世界樹、嘘をも隠さぬ伝道師。永遠にも近い安寧の繰り返しに微塵も疑心を抱かぬ人類の衰退が著しい事は目に入れずとも理解に容易かった。
閉ざされた繁栄は芽吹きを与えぬ。衰退は滅亡の予兆なのだと漸く心に霧がかった頃には遅く、太陽は常に高く大地は揺れ、そして星々は失われていった。絶望は希望だと伝道師が光を与えても曖昧な建前が前に出た所で心には届くどころか掠りもしない。
虚言癖の男は憤慨した。
人間とは楽をする生物だ。楽をするために動き、楽をする努力をして、楽を得た時に過去の努力が報われたのだと錯覚する。しかし大概は後になって気がつくのだ。楽をする事は甘美ではあれど虚しいものであると。その虚無感が今、形となって人類を追い詰めていた事に人類は漸く気がついたのだ。
しかし虚言癖の道化師には全て最初から理解していた。人々の喜怒哀楽も虚無も皆目を見渡していた。故に道化師は憤慨した。この世に確実な事など何一つ無い。文明が発展した現在となってはそれも周知の事実であり常識であったが、それでも人々は道化師を崇め称え、虚言の向かう先へと身を沈めた。それが今となっては罵詈雑言の嵐だ。憤慨に囚われる理由としては十二分であろう。しかしとて苦言雑言で応戦しようものなら、それこそ時間の無駄である。滅びの刻は緩やかであれど着々と近づいている。
誇りの鎧を纏えど中身は蒙昧だ。自らには現状を変える力も知恵も知識も持ち合わせていない。その歯痒さは絶望に殺され闇の深淵がその姿を現すに比例して徐々に強くなっていた。言い表しようの無い焦燥感が伝道師の鼓動を加速させ、もう二度と戻らぬ安寧の時を思い出しては数え切れぬほどの涙を流した。
その度に何度も何度も心が折れ、何度も諦めかけた。
しかしそれでは駄目だ。闇を甘んじて受け入れれば終焉は目前まで迫ってしまう。過ぎた時は戻らない。ならば今を変えるしか無い。
そして伝道師は遂に真実を口にした。虚言も誇りも夢も、持つ物全てを捨てる覚悟で伝道師は煽り声をあげた。人々が起こした愚行の数々、偉人の文明にあやかり怠慢に満ちたかつての日々、そして虚構の永遠。捲し立てて怒鳴り、嘲笑い殴った。伝道師は気づいたのだ。人は怒り無くしては前進できない。自分がそうであったように、優しい言葉をかけるのみでは人を暗闇から掬い上げる事はできないのだ。
言葉を捲し立てる。人間とは全く揃いも揃って哀れであると嘲笑う。しかし謂れのない罵詈雑言で圧倒したりはしない。心に火を付け奮い立たせる言葉を選択し紡いでいく。
時は残酷に刻まれていく。伝道師の語る多くはやはり虚言であった。しかし時として真実を司り葬り去られるはずだった未来を繋いだのは事実となった。
闇は光に溶けて消えていった。伝道師は夜空に浮かぶ星々を見上げて一人静かに笑った。