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梔子凛のSS  作者: 梔子凛
6/12

6.いいじゃん

 スマホを破壊された。


 誕生日プレゼントだと言って父からもらった最新機種のスマホだった。僕の家は貧しくは無いが裕福でも無い。一人っ子の僕だが、噂に聞くほどあれこれと全てを買い与えられた印象はないし、父も母も心身を削って僕を育ててくれていた事を何となく察していた。高校に上がったらバイトでも初めて家にお金を入れようと考えていたし、早く働ける年齢になる事を焦がれた。


 割れた画面に反射する自分の顔を見て、父の優しげな表情が脳裏によぎった。


「なんで」


 僕は何食わぬ顔して突っ立っている少年の胸ぐらを掴む。


「何でこんなことするんだよ!」


 きっと僕はすごい形相をしているに違いない。胸ぐらを掴む手には力が入りすぎて小刻みに震えているし、呼吸は長距離走をした後のように荒い。しかし精一杯睨む僕の視線の先にあるのは冷ややかな視線を送る感情の見えない顔だった。


「知らない。いいじゃん。別に」


 少年は僕の手を振り払うと、掴まれた事で寄った服を直し踵を返す。唖然とする。まるで悪びれる様子もなく淡々と放たれた、その言葉の意味が咀嚼できなくて、脳内でぐるぐると巡回する。


 やっと気づいた時には彼の姿は見えなくなっていて僕は謂れのない無力感に悔しくなってボロボロになったスマホの上で泣いた。何もしていない。僕は何も悪いことなんてしていないはずだ。突然スマホを地面に叩きつけられるほどに、相手を怒らせるような事など絶対にしていないはずなのだ。


 本当に悔しかった。突然訪れた不幸に、何の脈絡もなく人のスマホを破壊した少年に、膨張し続ける怨恨の渦が目に浮かぶように心に鼓動する。


「お父さんに何て説明したら良いんだよ……」


 流れ続ける涙は拭えど拭えど止まらない。しかし起きてしまった事実を改変することはできないし、泣いていても事が解決する事はない。ショックを受ける両親の表情をできるだけ想像しないように、割れた画面から目を離しながらスマホを取りゆっくりと立ち上がる。試しに電源ボタンを入れるがやはり動くとは無く、本当にもう使えないのだという事を強く実感した。











 その後、僕はまだクラスに残っていた友人たちに愚痴るように吐き出した。涙を流しながら入ってきた僕に驚いたのだろう。友人たちは落ち着いた様子で、けれども時折あつくなりながら僕の愚痴を丁寧に聞いてくれた。だから帰る頃にはすっかり心は落ち着いていて、両親に打ち明ける決心がついていた。もちろん未だ悔しい気持ちも、申し訳ない気持ちも残ってはいる。しかし何度も言うようだが、起きてしまった事はもう仕方がない。隠す事はできないのだ。だから覚悟を決めるしかない。


 帰宅後すぐにシャワーを浴び、父の帰宅に合わせて食卓に着く。そこで僕は今日起きたことを全て正直に打ち明けた。


「それなら三ヶ月間の修理保証がついてるから無料で修理または交換してもらえるぞ」


「えー!」


 何だこのオチ。


 いやいや、と思い直す。確かに拍子抜けするような結末ではあるが、直すことができるのならばそれに越した事はない。幸いスマホを買ってから、まだそれほど時間は経っていない。もし打ち明けられずにいたら修理をする事すら叶わなかったのかもしれないのだ。そう考えたら僕はやはり今回の選択は間違いではなかったのだと強く感じさせられた。


「それにしても零音れいんが私たちを想って泣いてくれるなんて、嬉しいことですね晴夫はるおさん」


「そうだな雪江ゆきえ


 二人の掛け合いを眺めながら苦笑する。今更だけどなんで名前を天気縛りにしてるんだウチの家族。











 かくして、僕のストーリーは幕を閉じる。


 初めはどうなる事かと先の未来を暗じて胃が痛む思いだったが、蓋を開けばどうという事は無かったわけだ。しかし同じ轍を踏むわけにはいかない。スマホは今まで以上に厳重に、他人な触れられないようにすることは徹底する上で、壊した張本人には再度注意をしなければ。


 そう意気込み玄関のドアを開けた朝は、想像よりも透き通っている。今では破壊を犯した彼に対する憤りも少なく、今後の行動次第では容易く許すことも考えているくらいだ。しかし話さないことには始まらない。けど今の僕には強い自信があった。両親に話した時のようにきっと上手い方向に事が運ぶに決まっている。


 強い希望に充てられながら、教室の扉に手をかける。彼はクラスメイトだ。きっとこの先に待ち構えているに違いない。少しの緊張を左手に乗せながら僕は教室の扉を開く。


「あーやまれ! あーやまれ!」


 しかしその先に待っていたのは凄惨な光景だった。昨日、愚痴を聞いてもらった友人たちを筆頭にクラスメイトの群れが、スマホを壊した少年の周りを取り囲み口々に罵詈雑言を浴びせ、拳を振り下ろし足蹴にしていたのである。


「あ、零音がきたぞ!」


 その中でもリーダー格の少年が純粋な笑顔を浮かべて僕の元へ駆け寄ってくる。


「いま俺たち、こいつに制裁を加えてたんだ。友達を傷つけた罰を与えようと思ってさ、そしたら必死に体丸めて謝ってやんの! 自分から悪いことしたんだから因果応報だよな。だったら最初から悪いことしなきゃ良いんだし!」


 衝撃だった。


 確かに僕は昨日激しい恨みを抱いていた。しかしだからといって酷い目に遭えば良いだなんて考えたわけではない。それに今となっては殆どその恨みの念は消えている。僕が和解を望んでいるのに、彼らが少年を囲っているのはおかしな話だ。


 いやそもそも、何で彼らが少年を囲っているのだろう。これは僕とスマホを壊した少年、二人だけの問題だ。全く関与していない他の人たちが不躾に、制裁と称して他者に暴力を振るっているこの状況は、果たして正義のもとの行動だと断言できるのだろうか。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 未だ足蹴にされている少年が、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。傷だらけの顔はまるで壊れたスマホのようにボロボロになっていて、目元は涙に濡れている。


「零音はすげぇ傷ついたんだからさぁ、もっと大きな声で謝ろうぜ!」


 謝罪をしてもなお、暴行を受ける少年。


 その光景を見ながら僕は複雑な心境に胸を痛めた。しかし同時にもう何かを言う気も失っていた。


 謝れど謝れど謝罪コールは鳴り止まない。


 その瞬間、僕の中でこのクラスの全てが失われた気がした。

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