5.戦艦バグギアス
何も理解する必要はありません。
『緊急事態発生。緊急事態発生。艦隊バグギアス制御システムに異常。部外者の操作により一部システムが破損しました。制御システム付近にいる者は直ちに現場へ向かい原因を排除、システムの復旧に向かってください』
爆音で流れたアラートが耳に痛くて、俺は思わず耳を塞いだ。
リシュティオリム帝国第二十八都市セルへイム特殊編成革命運用八番隊隊長アミシュトラ・ヴァンデル・ケルニオス。それが俺の肩書きだ。今乗ってるのはセルヘイム特殊編成革命運用艦バグギアス。バグギアスはハイドニウム王国へ侵攻するティアクトロ小国同盟とイヴリスタント平和信仰教徒への糾弾を目的とし、ホスティマを目指し進軍している。
今はセルヘイムとホスティマのちょうど中間。先ほどリンドネルヴァの森を抜けて、ミシシエル街道へと出たところだ。そこでトラブルである。
「ったく……。システム部には交代で見張りが立ってるはずだろうが」
悪態とため息を吐く。
それも仕方のない話だ。なんせ現状一番システム部の近くにいるのは俺なのだから。
「しゃーねぇ。世界平和のためだ。人肌脱いでやるとしますか」
腰のベルトに付いている掌サイズの棒を取り手元で回す。そして掴んだ。
「グレンディア!」
俺が叫ぶとそれに呼応するように棒が光輝く。その光が徐々に広がっていったかと思うとそれは形を成していき、やがて剣の形となった。俺のヴァスティモスゲード、グレンディアだ。紅く揺らめく刀身は触れた生命体を焼死させる力を持つ。その他にもヴァスティモスゲードは各々異なる『能力』を有しておりそれを武器に戦に身を投じるのである。
「さて、勝手に戦艦に乗り込んで好き勝手やってくれたヤンチャ坊主にお灸を据えてやらないとな」
システム部の扉を蹴破ってすぐに武器を構える。さてどこにいるかと考える間もなく、侵入者は姿を現した。というより扉を開いた時点で、目の前に立っていた。
だが俺はその姿を見て驚愕した。
「おいおい嘘だろ」
侵入者はこちらへの警戒を解かないまま口を開いた。
「アミシュトラ……」
「な、なんだってセレリオがこんな場所に」
「悪いアミシュトラ。説明している時間はない。時は一刻を争うのだ。見逃せ」
「説明もなく見逃せは流石に無理だなぁ。事情があるなら話してくれよ。出来ればお前とは戦いたくねぇんだ」
すると和服を着た脚の長いスリムな男、セレリオは服の袖からヴァスティモスゲードを取り出し手裏剣型の武具へと変貌させる。
「ならば仕方がない。強行突破させてもらう」
「お前、それ、ノストアーテルじゃねぇか! リシュティオリムの国宝を何でお前が持ってんだ!」
それには答えず、彼は一瞬にして距離を詰めるとその手裏剣を手元で高速回転させて振りかざす。それを咄嗟にグレンディアで上に弾くように振り上げて、更に腕を狙って斬りかかる。しかしそれは読まれていたのか、セレリオは飛び退き息を落ち着かせた。
「アミシュトラと遭遇したのは運が悪かったと言わざるを得ないな」
「そう思うんなら事情を話してくれって。場合によっては見逃してやるから」
「そうも言ってられんのだよ」
彼はそう言うと再び手裏剣を手元で高速回転させ、そして驚くことにそのヴァスティモスゲードを二つに分裂させて見せた。
「ホルワルツェ! フルシェメドジーク!」
そしてそれを投げてきたかと思うと、飛んできた二つの手裏剣が各々更に四つに分裂して襲いかかってきた。さすがに国宝級ともなると能力も段違いに高いらしい。何とか全ての手裏剣をグレンディアで弾き返すがこれほどの猛攻を受ければ息も絶え絶えになってしまう。誰が見ても俺が圧倒的不利であるのは一目瞭然だった。
「クリフォネアのためか? それともまだイヴリスタントの脅迫を受けてるのか」
「お前には関係のない事だ。お前は昔から他人に無駄に踏み込む。悪い癖だぞ」
「残念ながらそれが長所でもあるんだなこれが」
「相変わらず食えない男だ」
飄々とした態度を続けるが、正直状況はかなり悪い。今は俺との会話に悠長に応じてくれているが、強引に突破を試みられればこちらに勝ち目はないと考えた方がいいだろう。ならば出来るだけ時間を稼いで助けが来るのを待つしかない。
そうでなければ……
「ぐわぁぁぁぁあ!!!!」
突然、目の前でセレリオが叫び出してヴァスティモスゲードを地面に落とす。彼は何かに取り憑かれたように声にならない声をあげると、両手を庇うようにその場に崩れ落ちた。
そう、仲間の助けが来るのをもし、待つことができるのならば、それが一番最善だった。
だがセレリオは急いでいた。昔馴染みで多少堰き止めることが出来たとしても彼だって馬鹿じゃない。時間を稼ごうとしている魂胆なんてすぐに気づいてしまうだろう。ならば相手に時間を稼いでいるように見せかけて、油断している間に攻撃するのが一番円滑だ。狡猾でもあるが。
「お、思ったより早かったなぁ。驚いたかセレリオ。俺のヴァスティモスゲード、グランディアはなぁ、触れあったヴァスティモスゲードに対し熱を付与する事ができるんだ」
「なん……だと……!?」
「ケストイビルヴァルシェントって能力なんだけど、触れたヴァスティモスゲードはその数分後に発火を思わせるレベルの熱を生み出すんだ。確かに俺は時間を稼いでた。でもそれは仲間が来るのを待つためじゃない。ケストイビルヴァルシェントが発動するのを待つためだったんだ。お前はそこを読み違えた」
「くそ! こんな、こんな技に僕は……」
「てかマジで事情話せって。鉢合わせて戦ってる時点で説明するのと大差ないくらい時間使ってるだろ」
彼はヴァスティモスゲードを持っていた両手をいまだに庇っている。恐らくもう数分もしないうちに他の人間もここへ辿り着いてしまう事だろう。その前には事情を聞いてできる事なら自分も手伝いたい。
「なぁ、まさかドラストリカの崩壊と関係してるんじゃないだろうな」
セレリオは黙っている。だがその瞳には焦燥と悲壮が混じっていて、俺はそこにとてつもなく強い肯定が示されているような気がして苦笑が漏れた。
「おいおいマジかよ……」
『緊急事態発生。緊急事態発生』
デジャブのように鳴り響くアラートが鼓膜に五月蝿い。だが耳は塞げなかった。背負ってるセレリオを両手で支えて、艦隊から逃げる事で手一杯だったから。