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梔子凛のSS  作者: 梔子凛
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4.バッドコミュニケーションプラネット

「好きだーーーーーー!!!!!!!!!」


「ちょマジでやめろ!」


 声を荒げる少年に下された判決はビンタだった。


 高校。教室。教卓前。目が悪く、最前列の席に座る私は突然訪れた悲劇にまるで思考が追いつかなかった。


「好きだーーーーーー!!!!!!!!!」


「いや二回目はマジで無い!」


 再び放たれたビンタがクリティカルヒットして少年がその場に倒れ込む。私の掌には未だ痛みが残っていて、その痺れる感覚を断ち切るように私は拳を強く握った。


 周りから見たら私がやりすぎているように見えるのだろうか。たかだか公衆の面前で告白をされたくらいで大袈裟だと、大衆は私を叩くだろうか。


 だがそもそも。そもそもそもそも。まず今は授業中で、生徒は全員勉学に集中していて、彼の行動は本当に突発的だった。静寂の中で突然生まれた竜巻のように、彼は先生が生み出した授業という時空を破壊したのである。


 その当事者となってしまった私の気持ちがわかるだろうか? いいや、わかるはずがない!


 というか私にもわからない! 私は一体どうしたら良いんだ!


「痛みの数だけ強くなれるね……」


 立ち上がりながら、茶髪の少年は腹の立つスカした笑みを浮かべる。


「いや、そんな歌詞みたいな台詞吐きながらドヤ顔されても」


「君に殴られた所が、僕の心の星になる」


「何言ってるのかよくわかんないけど普通に気持ち悪いから!」


「ありがとう、僕に新たな宇宙せかいを見せてくれて。これが君の形なんだね」


「あれ、もしかして私の発言を肯定として捉えられてる? 殴ったのに?」


「君を絶対に裏切らないと誓うよ」


「嫌な意味でもう裏切られてるよ。展開的に!」


「君の心に……」


「それ以上言うな!」


「乾杯」


「言うなっつってんだろ!」


 本日三度目のビンタは全力だった。


 全開に力の乗った掌は当たりどころが良かったのか彼の体を空に飛ばし、二メートルほど後方に頭から突っ伏させた。確かに暴力に訴えたのは良くなかったのかもしれない。周りから非難されても、それは素直に受け止めるとしよう。しかしそれでも私はこの男が許せない。


 いやふざけんなマジで。空気を読め。


「あの、続きは授業の後にしてもらえるかな」


「いえ、二度としません」


 倒れる少年はそのままに席に着く。困惑の表情を浮かべる先生の顔は見ないままに私は板書をノートに書き写した。











「ステラ。 ……ステラ!」


「私には桃野あゆみっていう名前があるの。そんな変な名前で呼ばないで」


 戦慄と波乱の授業から数時間後。昼休憩中に学食を食べている私の元にやつは現れた。


「言ったろう。君は僕の心の星だって。星とは永遠に輝き続けるものだ。そして君にとっての僕は君の周りで不格好に踊り続ける孤独な惑星さ」


「ゲロキモ!」


 彼は言いたい事が言えてスッキリしたのか爽やかな笑顔を携えたまま私の隣に腰を下ろすな。おい。何勝手に隣に座ってんだ。


 しかし彼の楽しそうな表情に私はついため息を漏らしてしまう。というのもこの男、顔だけは無駄に良かった。口を開くところさえ見なければ、私だってどういう気持ちを抱いていたかわかったものではない。そのくらい整った顔立ちをしているのだ。勿体無いというかなんというか。


「そんなに見つめられると何だか恥ずかしいな」


「私は戯言を発される度に胃が痛いよ」


「けど、まだダメだよ。君は恒星。僕は惑星。僕は君の周回軌道上を回る哀れなる道化。キミと触れ合うことは叶わないのだから」


「相変わらず気持ち悪いけど語彙力だけはすごいな! その能力もっと他のことに活かしな!?」


「ねえ、ステラ」


「あゆみだっつってんだろ」


「君は何故ステラなんだい?」


「私が聞きたいわ!」


「君がステラでなければ僕らの手はとうに繋がれていたのに」


「あ、やっぱり私ステラで良いかも」


「ねえ、あゆみ」


「ステラだっつってんだろ! 名前を呼ぶな気色悪い」


 少年がフッと、不敵で不適な笑みを浮かべる。その表情の意味がわからなくて、というかわかりたくなくて私は変わらずに軽蔑の視線をぶつけた。


「名前を呼べって言ったり呼ぶなって言ったり、お前は本当にわからないなぁ。おもしれー女」


「恋愛ゲームのイケメン感を出すな! 存在が台詞負けしてんだよ!」


「目が離せねぇ女」


「マジで言われても嬉しくねぇから!」


「えーと……女!」


「言う事なくなったなら立ち上がって回れ右して早く教室に帰りなね。私はやくご飯食べたいんで。あんたが隣にいると食えないんで」


「大食い女」


「それ悪口! それは悪口!」


「おもしれー女」


「あー、一周しちゃった。うわメンドくさいわ本当」


 額を手に項垂れていると、男が立ち上がる。彼は笑顔を絶やさないまま何故か仕方なさげにため息を吐くと肩をすくめてみせた。


「致し方ない。君がそこまで言うならそろそろおいとましよう。僕の昼食時間も無くなっちゃうしね」


「まだ食ってなかったのかよ。マジでなんで来た?」


「しかし星は回るが世界の理。運命は必然から織りなされている。僕らの距離はいつか近づいていき、やがては繋がりビッグバンになるんだ」


「セクシャルハラスメントって知ってます?」


 すると何を思ったのか男は突然踵を返し、広い食堂を真っ直ぐ教室の方へと駆け出し始めた。


「僕は諦めない。いつか生まれる、僕らの繋がりのために!」


 クソみたいな置き土産を残しながら。


「一昨日来てもお断りだわ」


 溢れる口はもう食欲が無くなっている。吐いた息にはもう感情が乗っていなくて、私は何度も何度も大きくため息を吐いた。


 絶対にお断りだ。そう心の中で反芻する事が今の私の精一杯の抵抗だった。

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