表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜【1周年感謝】  作者: わだつみ
三章・明日をも知れぬ村(青年編壱)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/246

84・景観整備

 高く澄んでいた冬の空はすっかり低く穏やかに変わり、雲がいくつか低く浮かんでいる。田植えの終わった田の水も大分温んで来た。

 改良した田は畔から水漏れ等のいくつかの問題が発生したがいずれも深刻な物では無く、昨年から比べると大分容易になった田植えは無事終える事が出来た。今、俺が立つ梅崎の斜面の中程から見下ろす田には、今年も温泉の熱で育苗された四種類の稲が植えられている。昨年、実りの良かった北の沓前から持ち込んだ二種類と、元から飯富で育てていた南から持ち込まれた一種類の粳米と、一種類の糯米だ。去年今年と全て同じ今後は植える時期等の検討も始めるべきかもしれない。


 田植えが終わると、無事田植えが終わった祝いと、田畑の整備に休み無く働いてくれた皆への労いを兼ねて麦酒の試飲を行う。と言っても蒸留はまだ行えないので、醸造した物を布で何度か濾した物(え?濾過に使ったその布、賊から剥ぎ取った物じゃないのかって?大丈夫、何度か煮沸消毒したから!)を飲んだし、量も一人一口程度の物だったが、それでも若い者達は物心付いた頃には酒なんて贅沢品には縁が無かったものだから相当に楽しみにしている様子だ。

「では、和尚様。般若湯に御座いますれば御賞味下さい。」

仁淳が恭しくそう言うと杯を柳泉和尚に差し出す。

「さてはて、最後に頂いたのはいつでしたでしょうか。」

そう笑顔で言いながら和尚は、これもいつ以来の出番であろうと言う古ぼけた杯を受け取る。

「ふふふ、酒とはこの様な味でしたかな。久し過ぎてすっかり忘れてしまいました。」

そして、一口口にするとまたに和やかにそう言った。

「ささ、祥治殿達も。」

続いて仁淳が似合わぬ笑みを浮かべながら俺達にも勧めて来る。

「仁淳、そんな風に似合わぬ胡麻擂りをしてもお前が一人で味見をした事実は無くならないぞ。」

「ははは、胡麻擂り等と。」

祥猛が仁淳にそんな的確な突込みを入れながら酒を注がれる。


「うーん…」

「うぅむ…」

酒を舐めた祥智と祥猛が微妙な顔で唸る。

「…飲めなかないな。」

「うん、まぁ…」

「でも、これじゃあ売れないぜ?」

俺がそう言うと二人もそう返す。試飲した我等三人の感想はそんな物だった。今の時代の酒と比べても大分劣る。

 勿論、ここから蒸留するので完成品は全然違った物になるだろうが、現状ではそんな出来の代物だった。そもそも作りたいのは蕎麦を使った酒だし、仕込んだのは素人同然の仁淳だし、蒸留器の完成にも至っていないので、現状は醸造は可能と言う事が確認出来たと言う程度の話だろう。


 我等からしたら出来が良いとは言えない酒だが、皆にとっては初めて、または遥か昔に飲んだ切りの、それこそ幻の品だ。

「…これは美味いのか?」

「不思議な味…」

「死ぬまでにまた酒が飲めるとは思わなかったわ。」

「あぁ…もう無くなっちまった…」

若い者は慣れない味に、年嵩の者は懐かしい味に思い思いの言葉を溢す。

 何年かの内には、たらふくとは言わずとも楽しめる程度の酒を飲ませてやりたいものだと思う。



 田植えが終わり雑穀の播種までは一息吐ける。狩猟班、工作班、輸送班はそれぞれの任に戻り、仁淳は狩猟班に付いて山中を狂喜しながら歩き回っている。目移りして度々祥猛達と逸れては叱られているらしい。

 残された我々はと言うと、果樹の植替えを始めた。去年の春から熱壺の周辺で果樹の苗木を鉢植えで育てていたのだ。ある物は種子から、またある物は挿し木で育てた苗木は大きな物になると人の背丈を越える程に育っている。

 温かいが水遣りに使う水が手に入らない熱壺の周り(源泉の湯は植物に与えるには酸性に寄り過ぎているだろうし、そもそも子供が汲むのは危険過ぎる。)で育てたこれ等の苗木に毎日下からせっせと水を運んで育ててくれたのは子供達だ。湯を引く水路の脇に階段を造り、そこを何往復もして水遣りを続けてくれた。そのお陰で苗木は見事に育ち、中には根が広がって鉢を割ってしまう物すら出て来たのだ。

 今回育てたのは梅、桃、栗、桑、柿の五種類それぞれ十本ずつだったが枯れてしまった物も数本ある。

 梅はお堂の在る梅崎の斜面に。桃は館跡の在る桃山の斜面に植える事に決めている。纏めて植える事で手入れが楽である一方で病虫害の被害を受け易くなるが、この二種は完全に見た目重視と言って良いだろう。お堂や館の周りで梅や桃の花が咲き誇るのはさぞ見栄えがするだろうと思ったのだ。精一杯の景観整備だと思って欲しい。勿論、高々十本程度では丘を一回りする事も出来ない。毎年コツコツと植えて行く事になるだろう。

 一方で栗は田畑の上流。大堰の近くの斜面下に植える。こちらは臭い対策だ。栗の花が家や仕事場の周りで一斉に咲くのは控え目に言って辛い。だが、五種類の中では唯一の救荒作物でもあるので一番重要とも言える。余裕が出来たら椎や胡桃も加えていく予定だ。

 桑と柿は差し当たり住居周辺に植える事にした。子供が採り易いだろうし、桑はゆくゆくは養蚕をと言う淡い目論見もある。養蚕が出来る程桑を植えれば、採れる実の量も相当な物になるだろう。葡萄の代わりにワインに出来ないだろうか…夢は広がる。あ、楮と三椏で紙漉きもやりたい。だが、これも夢だな。まずはそれ等が行えるだけの人を増やす事。それには食料を増やす事が最優先。結局の所、俺達がここに来てからの課題が未だに解決していないと言う事が確認されたのだ。まぁ、高々数年で食料問題が解決するなら誰も苦労はしないのだろう。今植えている果樹だって実りが得られるのはまだまだ何年も先の話なのだから。

な つ ば て だ(早ぇよ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] うなぎ食べよ〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ