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ホラー

手袋は拾ってはいけない

作者: 鞠目

 これは最近思い出したお話です。

 子どもの頃、私は落ちているものを拾う癖がありました。落ち葉やどんぐり、細長い木の枝、綺麗なボタンやペットボトルのキャップ。気になったものは何でも持って帰りました。

「もうこれ以上拾って帰ってこないで」

 母は私がなにか持って帰る度に呆れ顔で言いました。私は母にそう言われる度に落ち込んでいました。でも、日が変われば忘れてしまうので、次の日も何かを拾って帰り、家のベランダの隅に飾りました。

 母は私が拾ったものを大抵一週間が経つか経たないかのうちに捨てていました。そうしないとベランダが私が拾ったもので溢れかえるからです。私は拾うことが好きなだけだったので、捨てられても特に何も思いませんでした。


「これだけは二度と拾ってきちゃだめ」

 拾ったものを見せた時、母に一度だけかなり怒られたことがあります。母に見せたもの、それは黒革の手袋でした。

 小学校からの帰り道、歩道の真ん中に落ちていた大きな黒い手袋。落ちていたのは右手だけでしたが、私にはそれがとても素晴らしいものに見えました。素敵な物を見つけられたことが嬉しかった私は早く帰って母に見せびらかしたくなりました。

 これなら母も「すごいね!」って笑顔で言ってくれるはず、そう思って手袋を見せました。でも現実は違いました。

 手袋を見た途端、母は目を見開き顔に怒気を浮かべました。そして気がつけば私は左の頬を力一杯ビンタされていました。

「手袋は絶対に拾っちゃだめに決まってるでしょ!」

 母はすごい剣幕で私に怒鳴りつけました。自分が何故怒られているのかは分かりませんでしたが、母は怖いし頬は痛いしで私は大声を上げて泣きました。

「こんなもの拾って……もしつられたらどうするの……」

 泣いている時に母がそんなことを言っていました。意味は分かりませんでしたが、怒られて悲しかった私は深く考えずにただただ泣いていました。

 しばらくして泣き止んだ私は母と二度と手袋を拾わないと約束しました。その時、どうして手袋を拾ってはいけないのか気になりましたが、当時の私には聞けませんでした。だって普段怒らない母のいつもと違う様子があまりにも怖かったんです。

 母に怒られた翌日も私は物を拾って帰りました。でも、その日以来手袋は絶対に拾わないようにしていました。

 母に手袋ともう一つ拾ってはいけないと言われたものがあります。それも日常的に使うものだったと思います。でも、私はそれに興味がなく、落ちていても拾わないだろうと思いすぐに忘れてしまいました。



 さて、どうしてこのお話を思い出したかというと、最近不思議なことがあったんです。

 先週のことです。会社の同僚二人とワインバーに行きました。私を含め全員女。誰一人の浮いた話のない枯れた女の会でした。

 たくさんワインを飲んだ帰り道。外はかなり冷え込んでいて手がすぐに(かじか)むほどの寒さでした。駅前の繁華街は人通りがまばらで私たちは邪魔にならない程度に、でも横に広がって歩いていました。

「あ、手袋!」

 飲み過ぎたせいでぼんやりしながら歩いていると、突然前から声が聞こえました。なんだろうと思い見てみると、薄汚れたコートを羽織ったおじさんが一人、前からやってきました。そしてそのおじさんの視線の先にはグレーの毛糸の手袋が落ちていました。

 きっと心優しい人が並べたのでしょう。手袋は道の端に左右揃えて綺麗に並んでいました。まだ新しいのか手袋はあまり汚れていなさそうでした。


「これは運がいい」

 私たちがおじさんとすれ違う時、かがみながら嬉しそうに手袋を拾おうとするおじさんの姿が横目に見えました。そして、おじさんの手が手袋に触れた瞬間、おじさんが消えました。

 消えたんです。おじさんが。なんの前触れもなく、パッと。一瞬で。

 私は慌てて振り向きましたが、おじさんの姿はありませんでした。そして落ちていたはずの手袋も無くなっていました。


「つれたつれた」


 おかしいなと首を傾げていると、すぐ近くの電信柱の上の方から嬉しそうに笑う老婆のような声が聞こえました。それは耳の奥にこびり付くねっとりとした声でした。私は恐る恐る声のした方を見てみました。でも、当然ながら電信柱の上には誰もいませんでした。

「どうしたの?」

 前から同僚の二人が声をかけてくれました。どうやら私は置いて行かれていたようです。

「さっきの見た?」

 私は二人におじさんが消えたことを必死に説明しました。しかしちゃんと伝わりませんでした。

「酔っ払ってなにか見間違えたんじゃない?」

 その一言で私の話は終わらされてしまいました。

 意味のわからない怖さと、伝わらない悔しさでやり切れない気持ちになった私は、もやもやしたまま家に帰りました。そして家に帰った時にふと気づいたんです。おじさんは「釣られた」んだって。


 手袋を拾っちゃいけないと言っていた母。去年他界してしまったために確かめようがないのですが、母の言っていた意味がやっとわかった気がするんです。

 手袋は餌で獲物は私たち。きっとおじさんは釣られたんだと思います。おじさんがどうなったかはわかりませんが、きっと無事ではないでしょう。

 私が子どもの頃に拾った黒い手袋のように、手袋が単なる落とし物というケースもあるでしょう。でも残念ながら私にはそれを判断する術はありません。

 こんなに身近なところに危険が潜んでいる。そして、私は忘れてしまったけれど手袋以外にも拾ってはいけないものがもう一つある。そのことに気づいてから私は怖くてあまり眠れなくなりました。


 皆さん、もし手袋が落ちていたら絶対に気をつけてください。それは落とし物ではないかもしれません。

 そうだ、もう一つの拾ってはいけないもの。それが何か思い出せたらまたお話しさせていただこうと思います。


 それまで皆さんどうぞご無事で。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あまりにリアルで、実話かと思いました…… [一言] 最近はあまり見なくなったのですが、歩道にネクタイが落ちていることがチラホラありました。 おそらく、酔っ払って落としていったのだと思うの…
[良い点] ∀・)これはまた……短文ながらすんごいパンチの効いたホラー・怪談ですね。「タダほど怖いものはない」と色んなところで見聞きしますが、なるほど、それの髄を突いた感じ。作品全体を通してその雰囲気…
[一言] あともう一つ気になります。 そこが上手いなあ…。 もしかしたらもう一つで犠牲が…。
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