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魔法召しませ

蝶の羽と花びらの王子

作者: 黒森 冬炎

※今からファンアート2021より、夕立さんの『ねどこ』をお借りしております。イラストが苦手な方は画像非表示でどうぞ。




 魔法が盛んなペタルフロート王国には、眩い金髪の王子様がおりました。

 さらさらと流れる金の毛は程よい長さで整えて、凛々しい眉を見せております。王子様の青い目は真夏の空をそのままに、いきいきと輝いておりました。

 スッキリとした鼻筋に、形の良い赤い唇。健康的な肉付きの頬も、明るい人柄を表しているのでありました。



 さて、この王子様には、ひとつ悩みがございます。彼は背丈が伸びないのです。


 王子様の背の丈はほんの子供のくるぶしほどで、気をつけないと踏み潰されてしまいます。マントの代わりに、赤い薔薇の花びらを纏い、冠には黄色いバタカップ。


 魔法も武術もお勉強も、何もかも得意な方ですのに。一体どうしたことでしょう。


 これには理由(わけ)がありました。王子様が生まれた朝に、魔女が呪いをかけたのです。何故かって?それは、とっても暑かったからなのです。


 この王子様の幸せは、どんなふうに訪れたのでしょう?魔女の呪いは解けたでしょうか?


 さあお話の、始まり始まり。



 ※※※



 北の空は高く青く澄み渡る。夏の雲は薄く広がり、風は爽やかに梢を揺らす。


「ああ嫌だ。なんて暑いんだ。むしゃくしゃするね」


 ペタルフロート王国の北の果て、高い塔に住む魔女は、我慢が出来ない性質(たち)だった。


「魔女様、南の国よりは涼しいですよ」


 励ますのはいつも妖精。蝶の羽を持つ一族で、代々魔女の薬草園を手伝っている。


「えい、煩いね。そうだ呪いをかけてしまおう」


 魔女はいそいそと箒を取り出すと、塔の窓から飛び出した。蝶の羽をもつ妖精は、呆れた顔で見送った。妖精の気持ちは人とは違う。呪いを止める気はさらさらない。だが魔女とも違うので、賛成もしていないのだった。



 魔女は箒に跨って、王様の住むお城までやってきた。このお城は魔法に満ちて、真っ白な壁には銀の星屑が散りばめられているのであった。

 王様には2人のお姫様がいて、今日ははじめての王子様も生まれた。お城はお祝いムードで浮き立っていた。


「なんだい、いまいましい。この暑いのに」


 魔女はどんどん腹を立て、予定通りに呪いをかけた。


「ふん、美しい王子だよ。それに賢く優しいときた。どれ、どうするか。踏まれて死にな」


 魔女が呪いの言葉を吐くと、ゆりかごに眠る可愛らしい赤ちゃんが、たちまち縮んでしまうのだった。


「北の魔女め!何をする」

「衛兵!魔法兵!」


 ゆりかごを囲む人々が口々に助けを呼ぶ。けれども魔女は高笑いして、王子様の眠る窓から逃げてしまった。


「私の王子を助けて」

「北の魔女め、早く元に戻せ」


 悲鳴をあげるお后様の肩を優しく抱いて、王様は飛び去る魔女の背中に叫ぶ。


「魔法大臣よ、呪いを解いてくれ」

「王様、それは難しいでしょう」


 ゆりかごを覗いていた魔法大臣は、悲しそうに目を伏せる。


「昔は、塔の魔女や魔法使いたちが国のあちこちにおりましたが、今では北の塔しかありません」

「それと王子の呪いに関係があるのか」

「塔の魔法は特別なのです。魔法を極めた者たちが現れるたび、塔が自然に建つのです」

「それは知っているぞ」

「主人となった魔女や魔法使いが死んだら塔も消えます」

「それがどうした」

「塔の魔法は、私たち一般の魔法使いや普通の魔女には到底太刀打ちできないのです」

「ああ、そうなのか」


 王様は苦しい顔で唸った。


「私たちで守ってゆきましょう」


 お后様は切り替えが早く、悔やむよりもこの先の対応を考え始めることを選んだ。


「うむ。だがな、大臣よ。呪いを解く方法は調べるのだぞ」

「畏まりましてござります」



 国じゅうの魔法使いや学者たちが、くる日もくる日も額を寄せて話し合う。朝にも晩にも諸国を歩く。そうして16年という月日が過ぎた。未だに呪いを解く鍵は見つからない。


 王子様は花びらで飾られているので、花びらの王子、と呼ばれるようになった。明るい笑顔と豊富な話題で人々に慕われる素敵な若者になっていた。



 ある日花びらの王子は、白い薔薇の花びらに乗ってお城の周りにある森を散歩していた。月のとっても良い晩で、森に咲く花々が香り高く王子様を包む。


「今晩は、ちいさな王子様」


 花びらの王子は声のしたほうへ顔を向ける。北の塔で薬草園を守る妖精が、蝶の羽をひらひらしながらこちらを見ていた。


「今晩は。妖精さんはどこから来たの」

「北の塔から参りましたよ」


 王子様は驚いて、魔法で浮かせた白い薔薇の花びらから身を乗り出した。少しバランスが崩れてしまう。


「おやまあ、そそっかしい」


 蝶の羽をもつ妖精は、くすくす笑った。王子様はきまり悪そうに花びらの上で座り直した。その様子がまた気に入ったのか、妖精は身を折り曲げてひとしきり笑った。


「気は済んだかい」


 笑いおさめた妖精に、王子様は不機嫌そうに聞いてみた。


「ああ、おかしかった」


 蝶の羽をもつ妖精は、にこにこしながら王子様を眺めた。


「それで、北の塔から来たのだって?」

「ええ、そうですよ」

「私の呪いを解く方法は知っているかい」

「あはは、君には無理だねえ」


 妖精はさも面白そうに言うのであった。


「どうすればいいのだい」


 王子様は必死に問うた。すると妖精は、嘲笑うように王子様の周りをひらりひらりと飛び回りながら囃し立てる。


「満月の晩、月の泉で水を汲む。それから百の花を浮かべて、蝶の羽を持つ妖精を1匹捕まえろ。3日3晩その水にその妖精を沈めたらいい。そうして出来た水を飲め。たちまち呪いは解けるだろう」


 王子様は絶句した。


「君は同族を殺せと言うのかい」

「ほらみろ、君には無理だろう」


 妖精はきゃらきゃらと愉快そうな笑い声を残して、夜の向こうへ飛び去ってしまった。



 王子様はともかくも、月の泉に向かうことにした。何故なら今宵は満月で、風も静かに心地よく、晴れた夜空は一面の星で飾られていたからだ。こんな月夜は魔法の力がとても強く働くのである。


 月の泉は、森を越えた山の奥にあった。銀と青との不思議な光を湛えて、水は静かに月を映す。


「おいで水」


 王子様は、月の泉から水を取り出す。水は、魔法で大人の頭よりも大きい球になった。


「森の花」


 王子様が呟くと、森じゅうから花が集まってくる。やがて百もの花が水の球を満たして咲いた。


「さて、どうしたものか」


 腕を組んで悩む王子様の小さな肩に、そっと触れるものがある。見れば、先ほどとは別の妖精だ。背中には蝶の羽をもっている。


「小さな王子様、どうしたの」


 王子様は事情を話す。妖精は小首を傾げて提案した。


「死んだ妖精ではだめかしら」

「死んでいたって魔法に使うのはだめだろう」

「お優しいのね」

「君は笑わないのだな」

「昔仕えた花の魔女に優しさを教わったのよ」


 妖精は普通、他の生き物の考え方など気にしない。この妖精は少し変わっているようだ。


「君は変わり者なのだね」

「あら、失礼な王子様だこと」


 蝶の羽をもつ妖精は、柔らかく微笑んだ。


「君はほんとに妖精なのかい」

「生まれた時から妖精よ」


 王子様は、月の光と花びらを背にふわりと笑うその姿にすっかり見惚れてしまった。そのあたたかな微笑みが、あまりに妖精離れしていたのである。


「君の姿を造っていいかな」

「私の姿を?」


 王子様は、心惹かれる妖精の姿を魔法で表現したくなったのだ。


「ああ、魔法を使って花や水でさ」

「まあ、嬉しい」


 上気した頬を抑える白い手が、王子様にはとても可愛らしく見えた。


「じゃあ、遠慮なく」

「素敵に造ってね」



「花よ花、水や水、月の光を纏いて踊れ」


 王子様の囁きは、たちまち花と水の渦を招き寄せた。見る間に花びらの羽を持つ水の妖精が現れる。花びらは蝶の羽を模している。


「これはここに飾っておこう」


 王子様は満足すると、百の花が入った水の球に今造り上げた妖精を入れる。


「生きてるみたいね」


 花びらの羽をもつ水で造られた妖精は、今にも歌い出しそうな様子をしていた。


「私の姿、私の歌よ、回れ踊れ、月の光に」


 妖精は水の球の周りを飛び回りながら、銀の声で魔法の歌を歌った。すると水の球の中で、魔法で造られた妖精が泳ぎ始めたのだ。


「この子は水の妖精だから、水に入ってから3日3晩が過ぎても死なないわ」


 水の妖精は、百の花の間を優雅に飛び回る。踊るように花びらの羽を揺らし、月の光を浴びながら。


「それじゃさよなら、王子様」

「ああ、さようなら」


 飛び去るのは優しい笑顔の妖精だ。花びらの王子様は、赤い薔薇の花びらマントを夜風にそよがせながら、ずっとずっと見送っていた。



 3日3晩が過ぎた時、花びらの王子は月の泉にやってきた。水の球の中では、まだ王子様が造った妖精が遊んでいる。そしてその球の上に、あのときの妖精が座っていた。


 夜空には、少しだけ欠けた月がかかっている。水と緑の香りが命の喜びを運んでくる。王子様は、なんだか胸がいっぱいになってしまった。


「今晩は、小さな王子様」


 王子様は答えられない。


「早速お水を召し上がれ」


 蝶の羽をもつ妖精は今夜も優しく微笑むと、手にした白銀の花を水球へと近づけた。水は自然と花に雫を垂らす。盃の形をした白銀の花は、魔法の水を受けて仄かに光る。


 蝶の羽をもつ妖精は、水を溢さないように慎重に飛んで来た。王子様も丁寧に受け取って、両手で抱えた花から魔法の水を呑む。


 眩い光が月の泉に満ちて、たちまち王子様は16歳の逞しい若者になっていた。花びらのマントは真紅のしなやかな毛織物となり、バタカップは星を戴く金の冠となる。


「お礼に君も如何です」


 王子様は、目の前に飛んできた恩ある妖精に、魔法の盃を差し出した。王子様が一口のんで、あと一口が残っている。


「まあ、ありがとう」


 蝶の羽を持つ妖精は、優雅にお辞儀をしてみせた。王子様も覚えず笑顔になっていた。2人の視線が交わって、王子様も妖精もふふっと笑う。


 それから妖精も魔法の水を口にする。再び光は泉に満ちて、妖精は人の姿に変わった。波打つ銀の髪を持つ、優しい青い眼の乙女になった。


 蝶の羽は繊細なレースのマントとなって身を覆う。可愛らしい花びらの服は、フリルで飾られた絹のドレスに変化した。



「どうかお城においでください。もっとお礼がしたいのです」

「まあ、そんな」

「どうか」


 王子様の真心に触れて、妖精は招待を受け入れた。城に帰ると、王様もお后様も驚き喜び涙を流した。大恩人の妖精には、一番良い部屋を用意して、蜂蜜や果物を並べてもてなした。


 次の朝花びらの王子は、果物のジュースと木の実を添えたパンケーキをテーブルに並べて待っていた。素敵な笑顔の妖精が来るのを、今か今かと待ちわびる。


「おはよう、素敵な王子様」


 妖精は元の姿に戻っていたが、2人の心はひとつであった。朝日の薫る中庭で、2人は仲良くパンケーキを分け合った。



 その夜月が昇る頃、妖精はまた乙女になった。王子様は嬉しくなって手を取ると、乙女になった妖精に懇願を始めた。


「私の月と花の乙女よ、美しい羽の妖精よ、どうか永遠の誓いを受けてください」


 妖精の乙女は頬を染め、喜びに顔を輝かす。王子の金が月夜に流れ、乙女の銀は星を宿して輝いた。どこからともなくきた花びらが、風に乗って踊り出す。


 花びらの王子と妖精の乙女はその後に、元気な子供達に恵まれて、仲良く国を収めたということだ。



 ※※※



 さて北の塔に住む魔女はどうなった?

 魔女は呪いが解けたからといって、別段気にすることもなく、今日も新しい不満に苛立っておりますよ。


「なんだい、寒いね。凍えちまうよ」

「北国だから仕方ありませんよ」

「えい、ばかばかしい、呪ってやろう」


 魔女は南の王国を氷で閉ざしてやろうと旅立ちました。



 これでお話はおしまいです。

 もしも魔女を見かけたら、森の奥まで出かけてごらん。なにか素敵なものが見つかって、呪いもすっかり解けてしまうかも知れませんよ?



 おわり。




挿絵(By みてみん)

 今からファンアート2021より

 夕立 様作品



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