9、レティシアの捜索とヴァルモア国の秘密
川下で見つかった馬車の残骸と馬の死体、それから細々したものも一緒に見つかった。
馬車の残骸にはあの日レティシアが着ていたドレスの切れ端が絡み付いていた。
間違いなくこの馬車がレティシアの馬車なのだ。
普通であればこれで捜索を打ち切るところだが見つかるまで2年間きっちり探す。
人も更に投入され聞き込みも周辺の捜索も大掛かりに行っていく。川の中にも命綱をつけた人間が横一列になって水に顔を突っ込んで探していく。
どんなに探してもレティシアだけが見つからないのだ。
スタンビーノは捜索隊とともにドリュース国の崖に来ていた。
今は川の水はひき レティシアが落とされたであろう石や砂利がむき出しになり、竜神様が見せたレティシアの最期の残像が見えた。
下から上ってくる風に体を持っていかれそうだ。護衛と手を繋ぎ身を乗り出し下を覗く。
吹き上がる風が刺すように冷たく感じる。
この高さでは落ちればひとたまりもない。
心が引き千切られそうだ! 私は婚約者として彼女に何もしていない!12年間無理を強いただけ、レティシアに申し訳なくて申し訳なくて。しかもこうして今尚 国をあげて探しているのはレティシアの為ではない……くっ、すまないレティシア。
河川敷に降りた、大きな石小さな石 足元がおぼつかない。レティシアが倒れていたと言う辺りを屈み石の一つを手に取る。なんとも言えない感情が湧き上がる。彼女が見た最期の光景は何だったのか…体が馬車から投げ出され宙を舞い叩きつけられ その瞬間何を考えただろうか?
感傷に浸りながら視線を彷徨わせた…妙に川の向こう側が気になった。
川の向こう側に行くためには降りてきた崖を登り橋を渡らなければならない 橋は一番近くてここから3km行った場所にしかない、川の水深は1.5m 川幅は2mくらい(増水すると水深5〜6m 川幅が12mくらいになる)向こうに何かあると分かっている訳ではない、だが気になる。
スタンビーノはジャブジャブと水の中を入って行った。
「殿下! 殿下! どうなさったのですか!? 殿下!」
護衛の声も耳に入らない。仕方なくスタンビーノの護衛6名も後をついていく。それを見たレティシアの護衛エヴァン隊長も後に続く。
「何を探していらっしゃるのですか?」
「分からない……ただこちらが妙に気になったのだ。」
「はぁー。」
笹が生い茂る中 ポッカリ開いている場所がある。何かある訳では無いが何か予感がある。
笹をかき分けそこを目指す。
!!! レティシア!!!
ポッカリあいたスペースには血溜まりが乾いて黒い人型を作っていた。
そこにあった髪飾り……間違いないレティシアのものだ!!
「で、殿下! こ、これは!!」
「ああ、間違いないレティシアはここに移動したのだ。」
そうだ、あの時 竜神様は『最期』と表現はしたが死んだとは言わなかった!!
もし、いや多分そうなのだ! レティシアは生きている!! 完全に死んだのではなければ竜神様は蘇生することができたのだろう、それにレティシアには種があった。
レティシアは間一髪川に流されたのではなく竜神様によって助け出されたのだ!
あの4人があの状況でも命に別状がなかった。
レティシアも問題ないかも知れない……ここへくる途中 笹は折れていなかった!
つまりここへは転移で来て転移で消えたと言う事だ。
竜神様が匿っている?
いや、探せと言っていた…… きっとどこかにはいるのだ、それを探せと言う事だ。
でも何故生きているのにレティシアは帰って来ない?
レティシアは真面目な性格だ、きっと事情があるのだ。
待っていろ、必ず見つけてやる。
「エヴァン隊長、これより川底の捜索は終了する。残骸捜索も必要ない。
一旦王宮に捜索隊全てに戻し召集をかけよ、別命を伝える。」
「承知致しました。」
戻ってきたスタンビーノに国王が聞いた。
「どう言う事だ?」
「はい、瀕死のレティシアを主様はお助けくださったのだと思います。」
「何!?」
「ドリュース国のトランチャ渓谷の現場に行ってまいりましたが、川を挟んだ山間のある場所でレティシアが転移したと思われる場所が有りました。」
「確かか?」
「はい。 川に流される寸前で転移したのではないかと……。そこで主様に治療頂き 別の場所に転移したものと思われます。」
「それが事実なら…加護は失われない?」
「分かりません、お怒りなのは間違いないと思われます。加護の効果は正直主様次第ではないかと思われます。
ですが 主様は探し出せと仰いました。レティシアを探す事を望んでいらっしゃいます。」
「そうか、それで?」
「ですから小隊を組みこのヴァルモア王国だけではなく各国に捜索隊を密かに出します。」
「各国にか?」
「はい。レティシアがここに戻ってこないのには理由があると思います。
あの者たちは断罪と称し国外追放を申し渡し殺害しようと企みました。であるならば戻ればまた殺されると思っているのではないかと思うのです。そうなるとこの国に潜伏していると考えるよりそのまま他国へ行ったと考えるべきです。
ですが、身一つで逃げていると考えると早く保護してやらねばと思うのです。」
「そうだな、ではそのようにせよ。」
「それから父上、私も捜索に加わりたいのです、ご許可願います。」
「お前まで失うわけにはいかぬのだぞ?」
「承知しております。ですが私の妻になる人です、私の手で見つけてやらねば。」
「移動しながらでは情報はどうするのだ?」
「定期的に人をやりますのでお願いします。」
「意思は堅いのだな?」
「はい。」
「分かった、許可しよう。だが、期間を決める同じく2年だ いいな? そして無事に帰るのだぞ?」
「はい、感謝致します。」
これは一つの賭けでもあった。
今までの捜索は全て取りやめたのだから……だが、スタンビーノはレティシアの生存を諦めたくなかった。ヴァルモア王国の兵が各地に散る事も知られれば国際問題になる、慎重に行動を開始した。
テレーズは実母の家に行ったがそこには知らない人間が住んでいた。雑貨屋にも行ってみた、違う店になってしまっていた。
テレーズは近所のおばさんに実母の所在を聞いた。
「あんたテレーズかい? 元気にしてたかい?」
「ねえ、おばさん 母さんどこに行ったの?」
「あんたも知らないのかい?」
「えっ? 何が?」
「あんたが男爵に引き取られただろう? だけど暫くしたら店もあまり調子が良くなくなったみたいで支払いができなくなったとか言ってたかねー? それで1人じゃ回せなくなって店を売ったんだよ。それでも借金が返せなかったみたいで…気づいたらあんたの母さんいなくなってた。あたしゃてっきりあんたんところに行ったんだと思ってたよ。」
「う、嘘・・・。」
そうだ、母さんは今のままの店でいいって言ってたのに私がもっと大きくして商品増やしてもっと大金持ちになろうって無理な先行投資したんだった!!
あの時 仕入れの時大量に増やしてサンプル後で送るって言って忘れてた!!
商品作んなかったらあんなのただのゴミだよ。
ああ、母さんなんで連絡してこなかったのよ!!
「あんたの母さんにはテレーズに連絡取ったらって言ったんだよ? だけど、折角貴族になれたのに実母と頻繁に連絡取ってるって知られたらきっと男爵夫人に虐められるって そう思うとねー、って言ってた。
でも結局 二進も三進も行かなくて 連絡したんだって思ってたけど…どこ行っちゃったんだろうねー。」
「そんな、そんな母さん嫌よ、1人にしないでよ!!」
「1人ってあんた男爵家に引き取られたんだろう?」
「う、うん。でも すごい嫌なやつでさ、頑張ったけどやっぱり母さんと暮らしたいなって思って。」
「そうかい…、そうかもしれないね。他に頼るところはないのかい?」
「分かんない、どうしよう! 分かんないよ!!」
「まあ、ここにはいないけど…早く見つかるといいね。」
「うん、探してみる…おばさん 母さん見かけたら私が探してたって言っておいて。」
私のせいだ、私が散々母さんをその気にさせといてゲーム通りに進んだら他の事ほったらかしにしちゃったから。
私も母さんも業者の人も皆 この世界で生きているのに、ゲームに出てこない事は全部無視してた。
馬鹿だ、馬鹿だ!! ごめんなさい! ごめんなさい!! 母さん生きていて!!
レティシアはソトマウラ国の織物を見にマチャマチャ街にタッタン織を見に来た。
マチャマチャ街の店が立ち並ぶところはタッタン織で作られた衣服や小物、様々な物が作られ街をあげての産業となっていた。
タッタン織はマチャマチャに生息する木の実や草花で染めた糸で一枚の布を織り上げていく手間隙のかかる技術だった。あっちでもこっちでもカタンカタンと織り機の音が響いている。
「シエル、糸を染めるところを見に行ってもいい?」
「勿論ですよ。」
山の方に行くとこれまたあっちでもこっちでも煙が上がりグラグラと煮出している、木の実や草花で出した色水が入った鍋に糸を落とし色をつけていく。だが正直草花で色付けは優しい色合いに染まり、手間隙のわりに価値があまり高くなかった。
これらの価値を一気に引き上げたのはソトマウラ国の王族の結婚式だ。結婚式の際使用された事で一気に知名度が上がり、付加価値がつき爆発的ヒットに繋がった。
10日間続く祝賀行事の一幕で着られただけだが瞬く間に広がり、今やマチャマチャのタッタン織はブランド価値がつき大人気だ。
そしてそれは外交を通して世界に広がっていた。
王族とは国の産業の広告塔でもあるのだ。
だが着ている本人がここに見に来たことはないだろう。
ふむ 高位貴族は王族が着た特別な織物だから自分達も身につけているのだろう。だがこれが街で売っていた『何にでも使われている織物』では付加価値、折角作ったブランド価値を下げている。
街の人間は肖りたいと見よう見まねで同じようなものを作って勝手に売り出してしまったのだ。似たような商品から、小物などオリジナルには無いものまで何でもかんでも『王族御用達タッタン織り』と枕詞をつけた。
はー、この時代は特許とかないしなぁー。あまり厳しいこと言うと街の人間と上手くいかなくなるだろうし、対策は必要ね。こう言う場合金持ちであればならず者を雇って機密を守ったりするけど、普通の職人じゃ難しいわね。
自然のものを使って染める織物……流行には流行り廃りがある。
いつかブームが過ぎた時にも廃れさせない努力が必要だ。それには本物の技術と職人と作品が守られる必要がある。
流行とは社交界で核になる人物が生み出すことが多い。
そこを上手く使うためにはコネが必要、そこで癒着が生まれる。
なるほど…………ブツブツブツ。
精力的にあちこちを回った。
特産物をチェックし食べられるものは実際に食べる事も忘れない。
宿はこの街にはなかったので隣の街へ移動してそこに泊まった。
この街も観光地ではないので宿が1軒しかなく、早くもシエルと同じベッドで寝る機会がきた。シエルも無駄な抵抗はしない。とても眠かったレティシアはシエルが横にいてもお構いなしにすぐに眠りにつく。
レティシアは足先が寒いのかシエルの足に自分の足をつけている。勿論 手は腕に絡み付いている。
「はぁー、まったく無自覚って怖い。」
心頭滅却! 無になってシエルは眠った。
ゆっくり眠りたかったがそうもいかなかった。
夜中にそっとレティシアの腕を外し引き抜いて 息を殺す。
『1、2、3、4、5……5人か、いきなり飛べば楽だが今はそれも出来ない。
ティアだけは守らねば!』
人間らしくあるために 剣を手に取った。