6、悪夢の続き 神の断罪
「何だね テレーズ嬢?」
「あのー、言った通りですよね? で! 今はスタンビーノ王子殿下の婚約者が死んでその座が空いた・の・で、私が婚約者って事でイイんですよね? ね! ね!!
はぁー、良かったか〜 これでやっと物語通り! って言うか、本当に一時はどうなるかと思ったんですよー! これでハッピーエンドですよね!!」
ノーマン、グレッグ、アシュトンの3人も流石にテレーズの空気の読めなさ加減に肝を冷やしテレーズの口を自分の手で塞いでやりたかった。さっきのロブシュを見れば自分たちの命も風前の灯火だと何故気が付かないのか!?
「テレーズ・ダンビル 君の頭の中でどんな妄想を広げてもそれは自由だ。
だが 現実はそんなに甘いものではない、君の緩い頭でも理解できるように端的に言おう。
まず君は レティシア・マルセーヌ公爵令嬢に対する不敬罪で牢屋に入る事になる。
スタンビーノ王子殿下の婚約者の座が空いた? 例えレティシア様がお亡くなりになりここへ生きてお戻りになることはなくても、お前みたいな 人を貶める嘘つき女が王妃になることなどない。
その軽い頭でも分かるように話したつもりだが、理解出来たかな?」
「えっと、えっと 何で? なんで邪魔するの? もう結婚式のドレスだって決まっているのに? 何の権限でおじさんが邪魔するのよ? 私とスタンビーノ王子との結婚は天が決めた相手なんだよ? 邪魔するとゲーム補正で死んじゃうよ?」
無邪気に首を傾げる仕草がひどく不似合いでこの場がどこか忘れそうになる。
「ノーマン、グレッグ、アシュトン こんな女が王妃に相応しいと本気で思っていたのか?」
3人は気不味そうに口を閉じている。
「ねえ、今のこの場だってゲーム補正で調整が行われているのよ? ちゃんと理解している? お・じ・さ・ん!! この世界は私中心に回っているの!
貴方たちはいなくてもいい存在だけど、わ・た・し・は! ヒ・ロ・イ・ンなの!!
ヒロインの私が出ない物語なんてないの! あり得ないの!! 分かった?
レティシアは悪役令嬢! あの女は私に嫉妬してイジメ倒す、それが仕事なの!
レティシアがちゃんと仕事をしないから! 仕方なく私が自作自演なんてする羽目になった訳! レティシアは国外追放じゃなくてもどの道 死ぬの!最終的にはいつだって毒殺、暗殺、自殺で苦しんで死ぬの!そう決まっているの!だからレティシアが死ぬ事は決まってる事なんだからどの道 誰が手を下すかだけの問題で仕方ない訳!! あー、もう面倒臭いなぁー。」
殺気が漲っている。
スタンビーノは今すぐ殺してしまいたいが、仮にも男爵令嬢なので 歯を食いしばって睨みつけて堪えていた。
ドゴーーーーーーーン!!!
けたたましい轟音が鳴り響き 耳をつんざく音に思わず自分の耳を塞ぐ。
得体の知れない力で押さえつけられ体が重い!!
立っているのもやっとだ。
「「「「「うわぁーーーーー!! うっくぅぅぅ!!」」」」」
片目を何とか開けて見てみると、ノーマン、グレッグ、アシュトン、テレーズがうつ伏せで顔をあげられないほどの重力を受けていた。自分の力ではどうしようもない力。もう少ししたら窒息するか体が潰れるだろう。
だが、ピタリと止んだ。
やっと 皆 息ができる。何事が起きた!? 周りを見回しても答えはなかった。
ビタン!!!
今度はさっきの4人が壁に押し付けられている。
これまたすごい圧力で呼吸もままならない。キシキシ4人の骨が軋む音がする。
しかし周りで見ている者たちは、同じ4人が狙われる事で何となく察していた。
だから辛くても苦しくても黙って耐えている。
両陛下は玉座から降り、膝をついて頭を下げている。
スタンビーノもそれに倣い 同じ姿勢をとった。
周りにいる者も全員膝をつき頭を下げた。
すると ドダッ! ドサッ! 4人が床に転がった。
「気をお静めくださいませ。」
「・・・・・・・。我が竜妃を見た。崖下で血を流し、骨を砕き、内臓が破裂し苦悶の表情をしておった・・・血が毒々しく流れ目を見開き・・・アレが最期に見たモノは何か……。我が竜妃がだ!!」
「申し訳ございません。我々の手落ちでございます。」
「して どうするつもりぞ?」
「一刻も早く見つけ出す所存です。」
「ほぉー。アレの中には既に芽吹いておった。見つからねば貴様らは加護を失うことになるのぉ。我はアレを気に入っておった。必ずや見つけよ。」
「承知致しました。」
「先程、この者らが元凶と知った。許し難い、許し難い、許し難い!!」
ピキピキピキピキ ミシミシ
あちらこちらが軋む。
ピシピシと空気が張り詰め身体中が痛い、怒りが伝わってくる。
誰もが唾をごくりと飲み込み、手に汗をかき背中を流れる冷たい汗に黙って耐えていた。
「そうだ、我が見た妃の姿を再現してやろう。」
そう言うと4人は等しく空を舞い天井の一番高い所で浮いていた。
ビタン!!
「「「「うぎゃーーーっ!! 助けてー!! 痛い!!」」」」
「まだじゃな。 女、お前は今 誰からも注目されている それが望みぞ? 間違いなくヒロインじゃな。」
また 高く体が浮かされ叩きつけられる。何度も繰り返されると口からは血を吐き出し体はあり得ないところにも関節があるように曲がり最早 白目を剥いていて意識もなかった。
「まだ足りぬな。」
そう言うと彼らの意識を戻して殴りつける。
誰もいないのに体に拳の痕のように抉れる、しかも4人同時に。
見ている者たちも恐怖で震えた。ただ1人を除いて…… スタンビーノだけはあの4人に危害を加える事を歓喜の目で見ていた。立場上 自分の手で制裁を加えられない…ゆえに竜神様の仕打ちに感謝すらしていた。
そして4人は卍のような形で床に横たわった。
それが何を意味するかはそこにいる者たちは気づいていた。
「ふむ、こんな形だったのぉ。 だが、簡単に死なせるわけにはいかぬ。ほれ!」
そう言うと、4人とも怪我がない状態に戻った。
4人は悪夢を見ているようだった。それぞれが外へ逃げ出そうと四つん這いで這いつくばった。するとまた体が浮いて床に叩きつけられる。恐怖で床を見れば自分が流したであろう血が放射状に飛び散っているのが見える。ああ、誰か助けて!! すると先程より速度がゆっくりになった。願いが通じたか? そう思いたかったが実際は違う。
「ふむ、簡単に殺してはあの娘が不憫じゃな。だが一生消えない苦痛を与えるには何が良いか? そうだ、この娘は先程 レティシアが死ぬのは運命と言っておったな。
ふむ、運命か・・・面白い。是非 お前にはヒロインとしての人生を歩んでもらいたい。」
「よ、良かった ゲーム補正きたぁぁぁぁぁぁぁ。」
周りの者は黙って見ているしかない。
げっそりとしている4人は立たされている。だが1人だけ満面の笑みだ。
「この怪我ってすぐ治る? だって王子とすぐに婚約パーティしてお披露目しなくちゃでしょ? もう気が済んだならさっきみたいに怪我を治してよ!」
空に向かって話しかける。
ノーマンたち3人は恐怖で声も出せないと言うのに。
「い、痛! 痛い痛い痛い痛い!!!」
「「「うわぁっ! っつう 痛い痛い!! 何なのだ!?」」」
頬が熱く痛いが手を動かす事は出来なかった。
4人の頬には『人殺し』と刻み込まれて行った。血が滴り赤く腫れ上がる頬。
4人は何を刻み込まれているかは分からないがあまりの痛みに失神寸前だ。3人の男は頬の血を拭って放心していたが、テレーズは違う。
「ギャーーーーー!! 何なのよコレ!? 女の顔に傷とかってあんたサイコなの!? 今すぐ治しなさいよ!! ぶっ殺すわよ!!」
「ほぉー、面白い。相手が見えないのにどう ぶっ殺すって?」
「出てきた時 ぶっ刺してやる!!」
「頭が悪いからこんな事になったのか。……面白い。」
テレーズの反対の頬にもまた文字が彫られて行った。『馬鹿女』そう刻まれた。
「あぎゃーーーー!!」
「もう、用は済んだ。」
「主様、4人は生かしておいて構わないのでしょうか? またその実家はいかが致しましょう?」
部外者がいるので『竜神』と言う言葉は避け『主様』と呼んだ。
「ふむ、ソナタの考えは?」
「はい、4人は平民に落とし、その実家は取り潰しといたします。」
「……そうだな。4人は平民に落とす処置で良い。実家は……まだ取り潰さずとも良い。但しあの者たちとの縁は全て切らせろ。少しでも援助すれば後悔する事になる。
それで 暫く様子を見よう。 いかに自分たちが愚かか思い知らせねば。」
「承知致しました。」
「スタンビーノと言ったか。」
「はい 主様。」
「お前はレティシアを愛しておるな?」
「……はい。」
「気に入った。」
「………護りたかったのです! 私の婚約者となった事で彼女には苦しみを与える事しか出来ませんでした。私は、私は!! うっくっぅぅぅ。」
「人間は移ろいやすく脆い。まあいい、またソナタとは会う事もあろう。」
「ふぅー、ふぅー。はい、」
「加護が切れたソナタたちがどう行動するか見ておるぞ。」
「「「はい。」」」
張り詰めていた空気が一掃された。
竜神様が消えた事が分かった。
ここにいる者たちは4人とその関係者を除いて全員このヴァルモア王国が竜神を真の意味で祀っていると知っている。全員が膝をつき正礼をとり頭を垂れた。
国王と王妃と王子は元の玉座に戻る。
「聞いていた通りの処罰とする。スタリオン侯爵家、ハーマン伯爵家、カーライル公爵家、3家は聞いていたな?」
「「「はい。」」」
「すぐに除籍処分と身分の返上の作業に入る。家の者には決して手を差し伸べないように言いくるめよ。領民や家族のことを思うなら心を鬼にしても無視せねば後悔するぞ。」
「「「はい、承知致しました。」」」
優秀な息子を持った父たちは息子を奪われ、捨てさせられるというのに誰も異を唱えない。何をするにも無駄だと分かっているから。
こうしてスタンビーノの優秀な学友は平民となって怪我を負ったまま王宮から出されたのだった。