58、ラビエラ−4
「ラビエラ様、本当にもう解毒剤はないのですか?」
「何故?」
「いえ、もしあるのであればお母上のバネッサ様の身柄と交換できるのでは、と思いまして。」
ピクリと反応した。
「お母様はどちらにいらっしゃるの?」
「解毒薬を渡すなら教えてやってもいい、どうする?」
「本当にお母様を? お母様は生きていらっしゃるの? ご無事なの?」
「今のところ…な、お前の態度次第ではバネッサが死ぬかも知れぬぞ?
形勢逆転だな、さっさと解毒剤を寄越せ。ぐぅぅぅ。」
「お母様、お母様、お母様!! …… ふふふふ あはははは。お祖母様がお母様を助ける保証なんてないじゃない? あー何だったかしら…そう、役に立つ者か否かだったかしら? その考え方だとお母様も私も用済みかしら? なら、解毒薬を渡したら大変なことになりそう ふふ。
全然 交渉がなってないわ。そうねーーー、お祖母様は あと1時間以内に解毒剤を飲まないと死ぬわ。さあ、お祖母様の次の一手は何かしら?」
「くっ、そう ならば私はこうしよう シュベルツ、バネッサを殺してここへ連れて来い!」
「あら、シュベルツは先ほど私に忠誠を誓ったのではなくて?」
「ラビエラ様、申し訳ございません まだラビエラ様とは信頼関係が出来ていないので…。
イザベラ殿下 すぐに戻りますのでもう暫くご辛抱ください。」
「いや、待て。シュベルツ ラビエラを拘束しろ その方が早い。」
「承知致しました。」
カツカツカツ
ラビエラに近づくシュベルツ、その手が首にかかりそうになった時、シュベルツは激しく吐血した。
自分の首を掻きむしり「あがっ。」バタリと倒れ体をひくつかせ ピクピクっとした後、目を見開き死んだ。
「あらあらあら、お祖母様の最後の駒が クスっ 今 死にましたわね。」
「お、お前 先程の解毒剤は偽物か?」
「ええ、偽物です。因みにシュベルツが薬を奪うことも想定内です。そして私に忠誠を尽くすふりをして裏切る事も想定内です。まあ忠誠を尽くそうとしまいと私がアレを信頼することはないので結果は同じですが。
お祖母様…次はどうなさりますか?」
「わ、私の負けだ。生かすも殺すも好きにすればいい。」
「あはははははははは! おっかしい! 生かすも殺すも!? 殺す一択に決まっているでしょ? いかに苦しめるか、それだけの問題よ! ああ、一思いになんて殺してあげないわ。貴女は私の母だけではなく私の娘の心まで殺したんだから!!」
イザベラの口の端から血が流れる。
「その書棚のノートを持って来い。バネッサの日記だ。あの子は今では私の従順な下僕だ。いかに王家を恨んでいるか、ユリシーズやお前を恨んでいるか分かるぞ? 何故助けてくれない! と泣きながら訴えておる。お前は私と交渉して母親を助ける道ではなく私を嬲り殺す道を選んだ、つまりお前は母親をまた捨てたのだ! 傲慢な祖母と対峙するのがイヤで結局は母を見捨てたのだ!
私が王家に対して結局は何も出来なかった? そうかもしれぬがお前も母親を何が何でも救い出す道ではなく、祖母が死ぬのを指を咥えて見ていただけだ! 所詮 お前も私も似た者同士だ。そう、一番私たちは似ている、一度決めた事を貫き通す意志の強さもどこか遠回しな手法もな!」
ゲシっ! ドカッ! ドスドス!
イザベラに対し何度も何度も蹴りを入れていく。
無言で蹴っ飛ばす、声にはなかったが『煩い!煩い!煩い!』そう聞こえていた。
「がはっ! ぐほっ!」
コンコンコン
「ラビエラ様、無事 バネッサ様の救出が済みました。」
「有難う。」
蹴っていた足を止めてソファーに座り直す。
深呼吸を繰り返し身なりを整える。
「ふぅー、お祖母様 今のお祖母様に何がお出来になりますか?」
呻くだけで何も答えない。
ラビエラは書棚のノートには手を伸ばさなかった。
その必要はなかった、既に直接 母バネッサとはやりとりをしているのだから、つまりは私を貶めるための罠だと理解していた。その狡猾さにまた腹が立った。
静かにイザベラが死にゆく様を見つめていた。
バタバタバタバタ バタン!
「大お祖母様! 大変 人が沢山死んで…いる…わ。お、大お祖母様!!」
声も絶え絶えのイザベラに近寄り イザベラの視線を追うとそこには自分の母が悠然と座っていた。
「ねえ、この惨状はあんたのせいなの?」
「言葉遣いがなっていないわ、改めなさい。」
「あ、あのラビエラ様、死んだ者たちはどうしますか?」
「ホリイク、最近ずっと掘らせていた穴があるでしょう? あそこに捨てて頂戴、臭うと嫌だから深い所に埋めて頂戴ね。」
「…は、承知致しました。」
「ねえ、大お祖母様をどうするつもり?…ですか?」
「勿論 殺して捨てるの。貴方が言ったのよ? 役に立つか立たないか…だったかしら? ふぅーーー、貴方はどちらかしらね?」
「私はあんたの娘よね?」
「ええ、そうよ。」
「殺すつもり? 殺せないよね 実の娘だし、今まで放置してきて母親らしいこともしてこなかったのに、贖罪じゃなくて殺すなんて?」
「要点を得ない話し方ね、意味が分からないわ? 端的に話して。」
「私は殺せないでしょう? そう言ったの!」
「何故?」
「何故ってあんた私の母親なんでしょう?」
「貴方は言葉遣いが汚いわね、お祖母様ったら何のための教育をしてきたのかしら?
貴方は私の父親を殺したのに 何故 私が貴方には危害を加えないと信じられるのかしら? 不思議だわ。」
「えっ? 殺せるの?」
「今日だけで何人殺したか分からないわ。私の人間としての理性のストッパーを外したのは貴方でしょう?」
ラビエラの微笑みに身震いが止まらなかった。
「ケ、ケイトラン 助け…て。」
イザベラがケイトランに助けを求める。
「私の母を監禁し 私の父親を孫に殺させておいてまだ生きるつもりなのですか? 厚かましい、安心してくださいお祖母様はこの後10分もしないうちに死ぬの。死んだらここにいる大好きなシュベルツや他のガーランド国の人と一緒に深い深い穴の中に埋めて差し上げます。お墓もなくて通るたびに誰かの足で踏みつけられるでしょうけど…土に還れるのだから幸せでしょう? 死んだら何人なんて関係ないわね。やっとこの家は貴方の妄執から解放されるの! 晴々しい気分だわ。」
イザベラがケイトランに伸ばしていた手がコトリと落ちた。
「ああ、やっと死んだ?」
死んだイザベラの体にナイフを突き立てた。
「よくも私の父を! 母を! ケイトランを!! ゆるさない! 許さないわ!! 死んでも許さない! お前のせいだ! お前のせいだ!!」
そう言っては何度も何度もナイフを突き立てた。
ケイトランも母の怒りの凄まじさに後退りし、部屋に逃げ帰った。あの場にいたら自分も殺される、そう思ったから。実際祖父を殺したのはケイトランなのだから。
そしてその後 イザベラは強盗に殺された、と処理された。遺体の損傷がひどく既に埋葬したと報告された。
その日を境に以前の優しいラビエラは消えてしまった。
凶悪なイザベラを感じさせる憎悪の影に怯え混乱し罪悪感から 自分の中にイザベラを作り出した。自分の中にある凶悪な影は自分のものではなく、イザベラがラビエラを恨んで入り込んだ、と思い込んだからだ。
そして、ラビエラはラビエラとしての時間とイザベラの様に生きる時間の2つの人格を持った。
ラビエラがイザベラでいる人格は凶悪で醜悪で狡猾で悍ましいイザベラとなった。
優しいラビエラを知っている分 周りの者は困惑したが、イザベラになってもラビエラは屋敷の者に手を上げることはなかった、使用人たちは壊れていくラビエラを痛ましく見ていた。ラビエラがラビエラになるのは母バネッサの元を訪れる時 あとは僅かな時それだけだった。
壊れていくラビエラにホリイクはなんとも言えない感情を抱いていたが、ラビエラの心の叫びが聞こえるだけにラビエラの好きにさせていた、少しでも心が軽くなる様に…。いっそ、心が壊れて仕舞えば痛みを感じることもないのでは、そう思うほどだった。
母 バネッサだけがラビエラの心を正気に保ってくれるものだった。
夫トゥーリッヒとは距離を取る様になった、自分の中のイザベラがいつトゥーリッヒに牙を剥くとも限らない、だから別邸で過ごしてもらっていた。
母バネッサは長年の監禁生活でかなり弱っていた。
ラビエラは母バネッサを何とか健康な体を取り戻させたかった。情報を集め少しでも体力が回復する、元気になるというものは積極的に調べた。
そして辿り着いた薬草、この薬草は弱った獣も一発で元気になると言うお墨付き、殆ど手に入らなかったが少ない量の薬草を実際に弱った人間に服用させてみると、聞いていた通り1週間も飲むと元気になった。そこで母バネッサに早速飲ませて見た。
1週間を心待ちに飲ませ続けた。ところが、試しに飲ませていた人間に異変が起きた。
狂ってしまった様に暴れ始め凶暴になりどうにもならずに殺されたのだ!
慌ててバネッサの服用を止めた、だが遅かった……体が弱りきっていたバネッサはまだ3日しか飲んでいなかったのに 体が耐えきれずに死んでしまったのだ。
ラビエラは自分が愛する母を殺したと自分を責め続け…ラビエラには殆どイザベラの人格しか残らなかった。
そしてこの薬草が幻夢であり、ホリイクが長年の研究で夢花にしたのだった。
その後ラビエラの指示でホリイクは オルデバ公爵家を離れ、ラビエラの支援で善良なアスカ商会を設立し 裏で落ちていくラビエラの手先となり手伝っていた。
ラビエラは何もかもに対して破壊衝動を持つ様になった。
そしてイザベラに倣い自分に従順な下僕を欲した。そこで孤児を育て従順な下僕をせっせと作っていた。そんなある日まだ完成途中の夢花をケイトランがコッソリ夫のパードックに飲ませてしまったのだ。
ケイトランは試作中の疲労回復薬としか聞いていなかった、ケイトランの認識では疲労回復薬の効果が高いか低いかの違いでしかなかった。だから『1週間くらい続けて飲むと効果があるらしいわ、無駄なことはやめてさっさとイーザックを返せばこんな苦労もしなくて済むのに』言い放って忘れてしまっていた。
確かに疲労回復薬を飲むと体の調子が良かった、だが薬が切れると虚脱感と疲労感、薬への渇望が尋常ではなかった。その時に『騙された!』そう思ったが もう自分の意思ではどうにもならなくなっていた。
しかしこの時 パードックが「く、薬をくれ」そう言ったことが この夢花を完成に至らせた。ホリイクはどの位服用してから止めてまた服用するこれらを奴隷たちを使って実験を繰り返した。
それからもホリイクはラビエラの願いを叶えるために長い長い歳月を費やした。
そしてとうとう夢花は完成したのだ。
その報告にラビエラ様の元を訪れるともう息も絶え絶えであった、珍しくラビエラであった彼女は薬の完成よりホリイクが来たことを喜んだ。ラビエラの命の灯火は弱々しく イザベラの影は形を潜めていた。
「貴方の人生をこの家の妄執に巻き込んでしまった、ごめんなさい。」
「私は貴方にこの命を頂いたのです、何一つ後悔することはございません。私の人生でラビエラ様のお傍にいられた時が最も輝いていた時間です。」
「ホリイク・タキトー 貴方と出逢えた事は私の最良だったわ。貴方は貴方の愛する者たちと幸せになって。
ふふ 最近ね…昔の事をよく思い出すの、ホリイクと出掛けた先で見た絵やお芝居、それに景色 どれも素晴らしかったわね。
お母様がお父様と逃げ出して連れ戻されるのを見て 私は逃げる事を諦めてしまったけど…貴方たちを連れて逃げていたらどうなっていたのかしら?」
今日は『ラビエラ様』を保っていらっしゃる。
「ホリイク…私 イーザックにもパードックにも酷いことをしたわ。逃してあげれば良かった…この家から逃して 自由にしてあげれば良かった。 私にはそれが出来たはずなのに! あんな人と同じことして 罪深い ああ、私も怪物になってしまった。」
大粒の涙がボロボロ溢れていく。
そうだ、ラビエラ様はこう言う方だ、とても優しく慈悲深い温かい方。全てはイザベラ様が負わせた罪悪感が狂人に仕立ててしまったのだ。唇を強く結び声が漏れてしまうのを必死で堪えている。
「ラビエラ様、いいんです、貴方は素晴らしい方だから…好きにしていいのです! 私はずっと、ずっとお側におります。私がラビエラ様の望む全てを叶えてみせます! 貴方に育てて頂いたこの能力を使って何でもして見せます!さあ、ご命令ください。」
ラビエラ様は優しく微笑むだけだった。
「ホリイクのお店はとても良い店らしいわね、ふふ 貴方は出会った時からとても賢かったものね。貴方のお店をこの目で見たかったわね〜、きっと もう無理ね。」
「何を仰るのですか! 私がお連れします、いつだってお連れします、だから…だからもう少し頑張ってください。私をまた…一人ぼっちにしないでください。うっくぅぅぅ。」
「泣かないの。」
手を伸ばしてホリイクを撫でる、その手は弱々しい。
「ああ、この家に生まれなかったらどんな人生を歩めたかしら? この国に生まれなかったら平凡に生きられたかしら? 家族一緒に暮らすことが出来たかしら? 子供をこの手に抱くことが出来たかしら? 人殺しにならずに生きられたかしら?
言っても仕方のないことね、私にはあの人の血が流れてる、沢山の人をこの手で殺したんですもの。 貴方を残して…ごめんなさいね。」
「ラビエラ様は何も悪くありません! 悪いのはイザベラ様です! ジュードラス様です! あの方たちの血を引かれていてもラビエラ様は高潔でした! あの方たちとは全然違います!! 私が保証します、貴方は私みたいな孤児を拾って慈しんでくださった、貴方は…貴方は 私の生きる希望でした!!貴方のいない世界に興味などない、私を置いていかないでくださ っ!!!」
ラビエラの手がダランと落ちた。
「ラビエラ様! ラビエラ様!! あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!」
ホリイクが唯一愛した主君がこの世を去った。
狂ってしまったラビエラ様の死を悼む者は誰もいなかった。
夫であるトゥーリッヒ様ももうお亡くなりになり 本当のラビエラ様をご存知の方はいない。ホリイクは参列者もいない寂しい葬式を一人で行った。ご息女ケイトラン様とは結局 和解される事はなかった。ただ、ラビエラ様がイザベラ様になった時は一緒になって残虐の限りを尽くしていたが ただオモチャを一緒に遊んだだけ、母親の死も何とも思っていなかった、ただ ラビエラ様とケイトラン様では頭の出来が違い敵わないので イザベラ様の死後 表立って反抗しなかった。混ぜると危険な2人になるので あまり一緒にいさせない様にしていた、それもあってラビエラ様の死を「やっと死んだ」そう表現した。




