57、ラビエラ−3
バネッサはオルデバ公爵家をユリシーズと共に家を出たことで、実の娘でありながら思い通りにならない憤りから酷い暴行と監禁が続いていった。
バネッサはひたすら現実を書き綴っていった。もしかしたら自分がいなくなった後この部屋にまた閉じ込められる人間が出るかも知れない…、この家は狂ってしまっている 誰かに気づいて欲しい ここから逃げ出して欲しい 日記がわりに書き綴ったものをそっと書物に隠し自分ではなくいつかの誰かのために隠し守った。
乱れる文字には必死に自分を奮い立たせている様子が見てとれた。
7月8日
今日は4日ぶりに果物が与えられた。
母が私をここに閉じ込める意味は何だろう。私がこれからは全てお母様の言う通りにします…そう言えば満足なのだろうか?私に何ができると言うのか? 王妃になる野望は既に父が死んだ時点で果たすことは出来ない。私にユリシーズ様との婚姻をさせた時点で王妃の母にもなることは出来ない。母は何を目指しているのだろうか。
9月21日
インクがなくなったと扉の向こうの人間に言えば、書いたものを提出するように言われた。今回はインク壺を倒してしまったと取り繕ったが次回は上手くいかないかもしれない。
ここで誰にも会わない生活が3年になった。
もう隠す書籍がない。紙もない、インクも少ない。気力も…ない。
2月4日
今日は来訪者が来た。初めて見る男 名をシュベルツ・フォンデュ ガーランド国の人間だった。まるで蛇のような男…寒気が走る。
シュベルツ・フォンデュはユリシーズと共に同胞を集めるように言った。それを拒否すると『後悔する事になる』そう言った。嫌な予感がする。
2月12日
部屋から何年かぶりに出された。向かった先は拷問部屋。
母の居室だった。
母は私にシュベルツの言う通りにするように強要した、それを断ると母の侍従に私の頬を打たせた。何度も何度も私が頷くまで止めるつもりはなかったようだ、だがその前に私が気を失って終わった。衝撃だった、侍従に私を打たせたのだ。それをシュベルツはねっとりした視線で見ている。母は超えてはならない一線を越え始めた気がする。
3月5日
あれから毎日私はあの男シュベルツと会っている。あの男が部屋まできて私に暴力を振るい ヴァルモア王国をイザベラ様のものにする野望を娘として手伝えと強要する。私は最早 口答えをする気力もない。とうとうあの男に体を奪われた、陵辱されたのだ。だが、ユリシーズ様と愛する娘 ラビエラの為に道を踏み外すわけにはいかない。私はきっとここから出ることは叶わないだろう、この悪夢が終わる事を祈ることしか出来ないのだ。
5月14日
暫く寝ついていた。怪我が化膿しずっと熱に浮かされていたのだ。もう、ベッドから起き上がる気力もない。お陰であの男が来なくなった。
8月8日
窓から可愛いお客さまが来た。ラビエラのお友達のようだ。名をホリイクと言った、 あの娘が元気だと教えてくれた。嬉しい。一度来た後、食べ物を持ってきてくれた。この地獄を早く終わらせたい気もするが、愛するものたちを残していくことも申し訳ない気がする。ホリイクが今のタイミングでここへ来たのは天の意思なのだろう。
8月9日
ラビエラからの手紙を持ってきてくれた。とても心配させてしまったようだ。
私よりあの娘の方が心配、どうか私を捨ててユリシーズ様と2人で別の人生を歩んでほしい。ホリイクのお陰…生きる気力を貰ってしまった。まだこの地獄は続いてしまう。
8月24日
ホリイクがユリシーズ様の手紙を持ってきてくれた。
ああ、ごめんなさい 愛するあなたにこのような逃れられない運命を背負わせて。どうか、私を忘れてあなたの人生を生きてほしい。
11月13日
シュベルツが食事を5日間与えなかったのに私が無事な事を訝しんで部屋の中に見張りを置いた。もう自由はない。今はこうして夜中の僅かな時間しか自由はない。それでもホリイクはそも僅かな時間に差し入れと手紙を持ってきてくれる、有難いことだわ。
竜神様…どうか、ユリシーズ様とラビエラとホリイクをお守りください。
バネッサ様はラビエラ様がご結婚された事もお子様がお生まれになった事もご存じなかった。バネッサ様を心配させないようにその話題にユリシーズ様もラビエラ様も触れなかったからだ。イザベラとシュベルツの興味は最早バネッサ様にはなかった。だから放置され続けた。そんなある日再び思い出される日が来た。ラビエラ様を思い通りにする為の餌にしたのだ。シュベルツは狡猾な男であの手この手でラビエラ様を追い詰めていった。
ある日、ラビエラ様に母 バネッサ様の命か娘ケイトランの命の選択を迫った。
それから母バネッサを見殺しにすれば 娘ケイトランと父ユリシーズの命を助けると言った。次に母バネッサを殺せば 娘ケイトランと父ユリシーズと下僕のホリイクも助けてやると言った。いっそ自分を殺せばいい、そう言うのにラビエラ様に選択を迫る…その意図は何だ?
何故そんなにもラビエラ様に母バネッサを殺させたいのかが分からなかった。
ラビエラはギリギリの精神状態で頑張っていたが、父ユリシーズを娘ケイトランが刺し殺したのだ。絶叫し父ユリシーズに縋りついた、その横でシュベルツは言った。
「ケイトラン様は素晴らしい、愛する母親を守る為に! 貴女の代わりに! 貴女の父親を殺した!! ケイトラン様こそこのオルデバ公爵家を継ぐのに最適な素晴らしい方だ!!」
ラビエラは自分さえ上手く祖母イザベラをやり過ごせれば、自分の代で馬鹿な妄想を止めることができると思っていた。そうしなければならないと思っていた…それが小さなケイトランは生まれてからずっとイザベラに奪われたままで手元で育てることは叶わなかった。
まだ小さなケイトランに祖母イザベラができる事は然程ないとタカを括っていた。
4歳の孫娘に警戒心を持っていなかったのだ。
「お祖母様は悪魔よ! ケイトランはまだたったの4歳なのよ! あの娘の手を血で染めるなど人でなし!! 私から大切な娘を奪っただけではなく 私の父まで奪った! 貴女なんて死ねばいいのよ!!」
狂乱して泣き叫んだ。
「貴女は私の母親だって言うけど、貴女が私に何をしてくれたって言うの? 貴女なんて私を産み落としただけのただの女。自分の役割も理解出来ない馬鹿女、私の母親だなんて言って欲しくないわ。」
娘ケイトランの言葉に愕然とした。
4歳の娘はモンスターの元で育てられ立派なモンスターに育ってしまっていた。
「ケイトラン、貴女何を言っているの? お祖母様は私から乳飲み子の貴女を無理やり奪ったのよ! 私は何度も返してとお願いに行ったけど隠されてしまって!!」
「貴女は私より孤児を拾って側に置いていたんでしょ? 私の代わりが孤児って言うのは許し難いけど、代わりのオモチャを手に入れて満足したってシュベルツも言っていたわ。こんな人が私の母親だなんてガッカリ。全てはこのユリシーズと言う男の血が悪いって大お祖母様は言っていらっしゃったわ、本当ねガッカリな娘 ふん。」
「あ、あ、貴女は本当に私とトゥーリッヒ様の娘ケイトランなの!? あの天使のような子が……嘘よ。嘘よ! 貴女が自分のお祖父様を殺しただなんてー!!!」
「お祖父様? この世には役に立つ人間か、役に立たない人間か その2種類しかいないのだから、お祖父様…あの男は役に立たないだけではなく邪魔な存在だから必要ない、それだけでしょ? くだらない。」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ラビエラは慟哭をあげ父ユリシーズに泣きすがった。
それからラビエラは徐々に壊れ始めた。
イザベラに呼び出しを受けた。
「ラビエラ、いつまでもあんな男の事でグダグダと情けない姿を見せる! お前はそれでもこの私の血を引いているのですか? さっさと忘れてお前のすべき事をなさい。
邪魔なユリシーズを言うことを聞かせる為にバネッサもお前も役不足だったわ。これからはお前のトゥーリッヒがこの公爵家を継ぐのですから、よおく言い聞かせないとユリシーズ二の舞になりますよ、いいですね。」
「………はい。」
勿論、こんなにすぐラビエラが従順になるとは思っていない。
何か裏があると思って警戒をしている。
この時、母を監禁する目的を知った、この公爵家は母バネッサの伴侶に与えられたものだ、全ては父ユリシーズを傀儡にするための策だったのだ。
ラビエラ様は今までとは違ってしまった壊れたのだ。ガーランド国の警備兵たちに行く手を阻まれた それだけで自ら手打ちにした。優しいラビエラ様にはあり得ない行動だった。
「お待ち下さい、確認して参ります。」
バシュっ!
「ぐあぁ」
ドタッ!
ラビエラは表情を変えずに言い放つ。
「私の邪魔をするとは何様のつもり? 片付けよ。」
「は、はい。」
今までのラビエラ様とは違う姿に戸惑いが隠せなかった。
最初は演じていると思っていた者たちも徐々に違うと確信していった、何よりラビエラ様はあの悪魔のようなイザベラ殿下の孫なのだ、やはり血は争えないそう思った。
冷徹さを持ち合わせたラビエラ様をイザベラ殿下は喜んだ。
そして自室に呼びお茶でもてなした。
「シュベルツもお掛けなさい。やはり貴方の作戦は間違いがなかったわね。あんなにも身の程をわきまえず生意気だったラビエラがすっかり甘い考えを捨てやるべき事が分かったようだもの。」
「恐れ入ります。バネッサ様は思い通りに行かず気を揉ませ申し訳ございませんでした。ラビエラ様がお目覚めになり 私も肩の荷がおりましてございます。」
シュベルツのニヤけた顔が癪に触る。
「んー、良い香り ガーランド国産の茶葉が一番口に合う。」
「誠でございますね。」
「ラビエラもそう思うであろう? ふふ。」
コンコンコン
「失礼致します。」
「何事だ?」
「へ、兵が 兵が……。」
「何だ! イザベラ殿下の前で ハッキリ話しなさい。」
「ガーランド国から連れてきた兵が…全員 悶え苦しみ始めました。」
「はっ!? 何を言っている! そんな馬鹿な事が!」
目の前で報告にきた者も、部屋の侍女も侍従も悉く悶え苦しみ出した。
当然 その場にいたラビエラを見つめた。だが、ラビエラは涼しい顔をしてお茶を啜っている。するとラビエラの口からゴフッと言う音と共に血が滴れた。
次の瞬間、イザベラとシュベルツも猛烈に胃や内臓が焼け付く感覚み襲われた。
イザベラ殿下はそのご自慢の高貴な身をうねらせて床に転げ回る。膝をつきシュベルツも体を掻きむしり何度も吐血する。その様子を見ながらラビエラ様はポケットの小瓶を取り出し中身を呷る。
「ぐはっ!」
「ぎゃぁ!!」
「ど、毒か! どこから!?」
目の前で苦しむ者たちを横目にラビエラは身だしなみを整え口元をハンカチで拭い椅子に座ってその様子を眺めている。
「お、お前! 何をした!」
声を震わせラビエラを睨み血を吐きながらイザベラは問う。
「ふっ、くだらない質問だわ。」
「ラビエラ様、早くイザベラ殿下に解毒剤をお渡しください!」
「あははは、何? 忠義のつもり? 本当は誰よりも自分に解毒剤が欲しいくせに。
でも、お祖母様がこれからはいい子にしていてくださるなら解毒剤を差し上げてもよろしくってよ? ふふ、あら、やだ……ごめんなさい 解毒剤2本しかないのに1本は私が飲んでしまったわ。だから残りは1本しかないの ここに置いておこうかしら。」
「は、早く渡しなさい。」
「お祖母様……お約束なさらないと…。」
困った子を見るように眉尻を下げる
「分かった、分かったわ だから早く渡しなさい。」
「ええ 勿論よ。あっ! 誓約書を書かないと…シュベルツ 紙とペンはあるかしら?」
にこやかに鼻歌混じりに問う。
「うっぐぅぅぅ。ラ、ラビエラ様…解毒剤を飲んだ後に書くと言う事で如何でしょう…か?」
「ふふふ ダメよダメ、シュベルツらしくないわ〜、口約束なんて何にもならないもの。」
シュベルツは書斎に向かおうとするが目眩と身体中から力が抜けてまともに歩く事も出来ない。もう、呂律も回らない。
「ラビエラ…こんな事をしてタダで済むと思っているの!? 私はガーランド国の王女なのよ!! ガーランド国が黙っていないわ!」
「あははははははは!! そうね、黙っていない…くっくっく で、どうするの? ねえ、教えてよ! ガーランド国がどうするっていうのよ!」
「ぐあぁぁぁぁ! はっはっはっはー うぐぐぐぐぐぅ。」
「シュベルツ! シュベルツ!! しっかりしなさい! シュベルツ!」
「ああ、ごめんなさい シュベルツの毒は量を間違えちゃったのかも…、お祖母様より早くお迎えが来てしまいますわね、今 飲まないと永遠のさようなら ふふふ。」
シュベルツは最後の力を振り絞ってラビエラを突き飛ばし机の上の解毒剤に手を伸ばした。
「イザベラ殿下 申し訳ございません。私は今後ラビエラ様にお使え致します。」
そう言うと解毒剤を飲み干した。
「お、お前 この私を裏切るの!? あれほど世話になっておいて!」
グビグビグビ
「申し訳ありません、今度生まれ変わったらその時は誠心誠意イザベラ殿下の最期の時を看取るまでお仕え致します。」
「お祖母様はいい部下をお持ちね。そうそう、お祖母様…もう解毒剤がないから 今のうちにお別れを申し上げますわね。
ねえ、お祖母様 お祖母様は王妃になるべくこの国に来たのでしょう? お祖父様ジュードラス殿下がお祖母様の前のご結婚されていて子供もいるってご存知?」
「それがどうしたと言うの? 元の妻を側室にして私が正妻になった 何も問題ないわ。」
「ふっふふふ、この国の王妃、王妃って固執する割に何も知らないのね。この国は竜神様を信仰しているのはご存知?」
「お前如きがこの私を馬鹿にするのか! がはっ。」
「ご存知のようね、この国はね王位を継ぐ者は妻を1人しか持てないの、それがルール。だからお祖父様がお祖母様と結婚しなければ或いは王位を継ぐ事も可能だったかもしれないけど、お祖母様と結婚した時点で王位は望めなくなったのよ? つまりお祖父様はお祖母様を騙していたの。お祖父様は竜神様との契約を甘く見ていたみたいだけど、過去に妻を複数娶った者は例外なく早死にしてるの。
そ・れ・に この国は王位簒奪を目論んだ者はみ〜んな 竜神様の逆鱗に触れて死ぬの!
何故今回お祖父様はすぐに死ななかったかといえば、元からメビュースロ王がご成人するまでの摂政と言う契約だったから、王ではなかったからなのよ?
それなのにお祖母様ったらお祖父様に騙されて…愛してもいない夫の復讐だ、なんだって言って 王女のおめでたい頭で考えたのは娘や孫に凶悪な思想を植え込むこと。
ねえ、考えてみて 叛逆思想を持つ者と縁を結びたがる家がある? あからさますぎるのよ! そんな危険な従姉妹や再従姉妹と結婚する訳ないでしょう? 血も近すぎるし一番最初に除外されるわ! 埒があかないからシュベルツを呼んでガーランド国の者で屋敷を固めた? 馬鹿みたい。 ますます王家から要注意人物として警戒されるだけ。
やっと次の段階に入れると意気揚々としているところに毒を飲んで死ぬ最期なんて、笑っちゃう。
ねえ、家族すら大事に出来ない貴方が王妃 夢に見るのも烏滸がましいわ。」
「ふーふーふー。」
「苦しい? それは良かったわ、ふふふ こうしてみると確かに私の中に貴方の血が流れているみたい! 苦しむ貴方を見て気分が高揚するわ、何故もっと早くに出来なかったのかって。あはははは。」
イザベラは体が震え始めた。老体にはこれ以上耐え難かった。




