50、夢花−1 ムカ
陛下にも漸くレティシアの事を説明し ここ最近『皇太子殿下に側室を!』と声高に叫ぶ連中を黙らせるためにも 皇太子妃レティシアの懐妊を正式発表する事ができた、
5大公爵家はレティシアの妊娠と神々の母体の計画については知らされていなかったが、直系王家の結婚には竜神様のお許しなくば出来ない事は理解していた為誰も騒ぐことはなかった。主に騒いていたのは外野の連中だ。
病弱で引き篭もりで神殿に行く以外何もしない名前だけの皇太子妃と聞いていたのに、正式発表された時にはもうかなりお腹が大きい状態で周りの者は驚きを隠せなかった。
公式な場所に出てきた時スタンビーノ皇太子殿下は優しく微笑まれて片時もレティシア皇太子妃殿下を離さなかった。対するレティシア皇太子妃殿下も甲斐甲斐しく世話を焼くスタンビーノ皇太子殿下に嬉しそうに微笑んで応えられる それはもう仲睦まじく、それを見た 側室を叫んでいた貴族たちは黙るしかなかった。
しかも冷たい完璧令嬢と言われていたが、そこにいるレティシア皇太子妃殿下は冷たい印象は少しもなかった。柔らかな雰囲気に慈愛の女神のような温かさまで感じた。
国を挙げてこのお祝いムードに染まった。
そして体調不良を心配していた国民も『ああ、お子様がお腹に入って体調が思わしくなかったのだ。これで安心だ』と体調不良説も払拭し、お世継ぎ問題も解決した。
手っ取り早く手の者を送り込み権力を手にする事が叶わなくなり、また別の方法を模索し始めた。
まあ、いい 他にも手はある。絶対に今の権力集中型を突破して我が手に最高権力を手にし上り詰めてみせる!!その為の布石は打ってきた、必ずやこの手に!
有象無象は次の手を思案し始めた。
「スタン? これでは仕事が捗らないわ。」
「ああ、確かに進捗状況はよくない…だが 片時も離れたくないのだ。」
「スタンたら…皇太子としての威厳が皆無よ?」
「分かった…では1件片付けよう、それまで暫しの別れだ。」
「ふふ 大袈裟ね、では私も机に戻って…。」
「駄目、ここにいて。」
「スタン、ここで働く皆が驚いているわ。」
「構わない、ここは私の部屋で彼らは私の部下だからね。」
「もう、分かったわ ここでスタンの横顔を見ているわ。」
「ああ そうするといい。」
そうここはスタンビーノの執務室、スタンビーノは執務机に座り横にレティシアを座らせてその腰を抱いているのだ。
一時期レティシアはフェルティア様の憑依によりここ執務室には来ていなかった。
元からスタンビーノはレティシアを溺愛していたが、フェルティア様よりレティシアとお腹の子供を取り戻せた事でタガが外れてしまっていた。人目も気にせずずっとそばに置きたがった。お腹も8ヶ月過ぎているのでレティシアも外せない公務以外は調整されて時間が出来た、そこでレティシアのスケジュールを全てスタンビーノが把握し、自ら送り迎えし、こうして空いた時間は自分の横に置いているのだった。
当然 過保護だと一部からは注意もあったが(皇太子を直接非難することは出来ないので、王妃陛下経由で行われた)両陛下はフェルティア様たちの件をご存知だったので、愛する者と自分の子をもう2度と奪われたくないと必死に守っているスタンビーノに強く非難は出来なかった。逆に『初めての子が嬉しいのだろう、それに以前誘拐されたこともある、今は心配で仕方ないのだろう。もう少しすれば落ち着くだろうから温かく見守ってやろう』と周りを沈めてくださったりもしていた。
まあ、竜神様のお気に入りのレティシア皇太子妃殿下を公に注意することもできなかった。
そんな状況なのでスタンビーノは更にレティシアを片時も離さない。執務室の中では常に甘い会話が垂れ流されている。レティシアは流石に羞恥心から机分くらいは離れたがるがそれを許さない。そして偶に大きな腹に手を当て微笑むとレティシアの頬にキスを落とす。
レティシアの手を取りその甲を指でなぞる。
周りはゲロ甘で またか!と呆れているが、スタンビーノにとっては一度は失ったと思った幸福の形が再び手の中にあると思うと幸せで満たされた。こうして手をなぞると、ああ幸せだな そう思って夢か現実か確かめずにはいられない、そして2度と失いたくないとこの手を離せないのだ。
ある時、健診のため王妃宮へ向かっていた。
そこに行く途中の廊下に油が撒かれていた、当然スタンビーノがエスコートして向かっていたので、護衛騎士が気づきすぐに油の撤去が命じられた。そしてある時は 皇太子妃宮に乳母の選定で向かった際は皇太子妃宮の全ての廊下に油や水が撒かれていた。
これによりなお一層レティシアの周りは厳しく警護するようになった。
そして今度は王宮内の使用人たちからレティシアに対する悪評が広まるようになった。
それに反してますます高まる聖女の評判、いい加減スタンビーノも我慢の限界だった。
王家の暗部を司る『シャドウ』を動かした。
シャドウも過去にレティシアを誘拐された汚点があるため闘志に火をつけた。
すぐにこれらに関わった人間たちが洗い出されていった。
スタンビーノは執務室に机でそれらの報告書に目を落とす。
コツコツコツコツ
指先で机を叩き苛立ちを表す。
「ふぅぅ、いい加減邪魔だな。」
緊張感と殺気で張り詰めた部屋に漏れたため息混じりの一言。そこにいた者たちは背中に冷たいものを感じながら全身で静かにスタンビーノに注視していた。それを打ち破ったのがエドワードだった。
「殿下、何かございましたか?」
「……最近 王宮内のレティシアを害そうとするものや、悪評を振り撒くものが多いのだ。」
「報告を受けています。殿下がおられねばお腹の子にも影響があったかもしれないと。」
「何故 王宮内でこのようなことが起こったのでしょう? 使用人たちは身元が確かな者たちしかおりません。」
「そうです、皇太子妃宮などは使用人たちは全員 殿下の息のかかった者たちです。そのような場所で何故起きたのでしょう?」
「そこだ。関わった者たちは大分掴めたが、後ろ盾になっている家も派閥も同じではない。共通点がないのがまだ全てを晒せていないのだろう。」
「一体何の目的で行っているのでしょうか?」
「はい、妃殿下のご出産も間もなくと言うこの時点で……不敬ではすみませんね。」
「そしてレティシアを貶める発言の裏で台頭する聖女の存在だ。聖女について何か分かったか?」
「調べたところによると、聖女として特別な力を使用したなどの話はございませんでした。ただ、聖女と崇める者たちの熱狂ぶりは常軌を逸していると言えるものがあります。
聖女と呼ばれる女の行動は至って普通です。奉仕活動…施し、清掃活動 主に食べるに困る者たちに食事の提供による人気かと思っていましたが、他にも共に行動を共にしている修道女がいるにも関わらず 賞賛を受けるのはその聖女と呼ばれるリリーと言う女だけなのです。大人から子供までそのリリーと言う修道女を悪く言う者はいません。
ああ、特にリリーが笑顔と共にクッキーを手渡し『あなたの味方です』と囁くと、受け取った者たちは恍惚の表情を浮かべていました。」
「そうなのです。外から見ていると至って普通なのです。 何故彼女だけが賞賛されるのか分かりません。」
コンコン
「殿下、シエル殿がいらっしゃっております。」
「シエル殿が!? お通ししろ。」
そう言うと、スタンビーノは立ち上がり扉まで迎えに行く。敬意を払い慌てた様子で身嗜みを整える。その姿を見てもこのシエルと言う者が只者ではないと分かる。
「邪魔してもいいかな?」
普段は目立たないように行動し、レティシアがいないところでは殆ど姿を現さないのに、自分宛に尋ねてくることに些か不安を抱え椅子をすすめる。
「珍しいですね、他の者は席を外させますか?」
「いや いいよ。だからここへ来たのだから。」
「何か お飲みになりますか?」
「そうだね、ではお茶を頂こうか。」
目線で指示を出す。
明らかに立場が皇太子殿下であるスタンビーノより上である。つまりは我々もそれに準じた対応が必要だということだ。
「ここへ来たのは 一つ情報を持ってきたからだ。」
「情報でございますか?」
「そう、 スタンビーノ ティアに多くの敵意が向く中よく守っていると思うよ。」
周りの者は顔には出さず驚愕した。
皇太子殿下を呼び捨てにした上 妃殿下には愛称呼びを夫の前でする 間違いなく上位者からの評価にスタンビーノ皇太子殿下は恐縮し絶対的な敬意を払っている。王族が萎縮するほどの相手……。
「ティアに害意を持っている者の正体が絞り込めなくて困っている 違う?」
気不味そうに顔を顰めるスタンビーノ。
「そうだと思っていた。だから来たんだ。」
「シエル殿は犯人をご存知なのですか?」
「まあ、裏で糸を引いている者はスタンビーノが考えている通りの人物だろう。ただ、そいつに繋がる物的証拠が何もない、あくまでも考察の域を出ない 違うか?」
「はい、仰る通りです。5大公爵家や王家に恨みを持っている者はあの者しかいないと思っています。」
「先日ね、例の者たちの使い道に困って地方へやろうと思っていたところ 偶然誘拐事件を目撃してしまったんだ。」
急に話が変わりスタンビーノ以外は戸惑いと苛立ちを感じた。
「はい。」
次を急くでもなくスタンビーノはシエルの話に真剣に耳を傾ける。その様子に満足する。
「取り敢えず追わせたのだ。子供を乗せた荷馬車はバートン伯爵領へ向かった。ご丁寧に途中 馬車を乗り換えてね。しかも領に着くと検問を行うフリをして追っ手を巻いていた。」
「随分 組織的なのですね。」
ニヤっと笑うシエル。
「そうだな、着いた先そこはアスカ商会の倉庫だった。だが、その後いくら探しても拐われた子供も見つからないし、痕跡もない。アスカ商会は地元でも有名な優良商家で、どちらかと言えば善人で通っている立派な家だった。」
難しい顔でスタンビーノが考え込んでいると、ギルバートがそっと手を上げて発言を求めた。シエルが促すと、
「すみません、拐われたという事が勘違いだったか、途中で見失ったと言う可能性はないのですか?」
「ない。」
「あっ、はい すみません。」
「アスカ商会とは 最近巷を賑わせている『聖女』の後ろ盾を名乗っている バース男爵やチャールストン伯爵、ブルックス侯爵とも関わりがある商家ではなかったでしょうか?
そして『聖女リリー』の奉仕活動の支援者でもあったと記憶しておりますが。」
ニヤっと笑うと、
「そうだな。」
「シエル殿……アスカ商会についてご存知のことを教えていただけるのですか? それともこれから探れ、と言う事でしょうか?」
「そうだな、結論から言えばスタンビーノたちに任せて真相に辿り着く前にティアに危害を加えられる可能性の方が大きい。 だから情報提供に来たのだ。」
「えっ!? それはどう言う意味ですか!!」
「まず最初に誘拐された子供は屋敷中探したが見つからなかった。でもそこに連れてこられたのは間違いない、魔法で転移させられるなら最初から使っただろう、つまりそれも違う。ではどこに消えたのか……? 答えは地下に巨大都市があった。」
「巨大都市ですか? 地下階ではなく地下都市? 大袈裟ではないのですね?」
「そう、完璧に隠蔽された地下都市、それは近くの山の洞窟に入り口があった。そこにもいくつも鉱山のような偽装が施されていた。
連れてこられたのは子供は 倉庫でまず裸になり洗浄される。身につけていたものは全て処分され 変な道具で隠し持っているなどないかを入念に確認し、新しい服と識別番号を振られる。
その後 その地下都市に運ばれ 学習能力、運動能力、順応能力、判断力などの適性によって区分けされていく。
その中で5年ほど経過観察をし優秀な者、凡庸な者、愚者などのラベルを貼り、見目の良い優秀な者を高値で出荷する。優秀な密偵などに仕立てたり奴隷を生産するため…その工場まで出来ていた。借金で首が回らない者たちも借金のカタに連れてこられて媚薬で強制的に子供を作らせて、出来た子供も同じように出荷するための商品としていく。
基本的には見目の良い者を拐っているようだが、あまり好まれない容姿で特出するべき才能がなかったり買い手がつかなければ『花畑』と呼ばれる部屋に回される。
さて問題、そこで何が行われていたと思う?」
あまりの衝撃に皆固まって頭が回らない、まだ何も答えられない。
密偵などをそんな大掛かりに作るなど 考えもつかない。あまりにも手間暇をかけた金のかかる事に馬鹿らしく感じる。荒唐無稽としか考えられなかった。
「子供の時から洗脳したとして 都合よく従順な密偵となるでしょうか? 寧ろ自由を奪われ囚われて親とも離された子供たちは恨みを抱くのではないでしょうか?」
「まあ、普通であれば…な。」
「まさか! 先程の質問に繋がるのですか!?」
ニヤっとまた笑う、だが今度はその笑みの向こうに静かな殺意を感じる。
「ふーーー、そこではある花が栽培されていた。そしてそれから抽出したエキスは麻薬と呼ぶべきか毒と呼ぶべきか……。少量を体内に入れても変化がない、だが恐ろしい中毒性があるものだ。最初 子供などは食事や菓子に混ぜて食べさせていた。その時は普段と変わらなかったが、それを突然与えなくなるとおかしくなった。
凶暴性を見せる者も、泣き出す者も、苛ついて暴れる者も症状は様々だった。どうやら現れる症状は個人の本質によるようだ。
そして傀儡にするにはいくつかの条件がある。」
「条件ですか?」
「1日1回 その麻薬を摂取しそれを5日以上継続させた上で 突然摂取を止める すると禁断症状が現れ強く麻薬を欲する状態になる……次に麻薬を与えた時の人物が絶対的な主人となるようだ。 どうやら脳に刻み込まれて逆らう事ができない。」
「なんて事だ! つまりずっと薬を与え続け奴隷契約の際 薬断ちさせた者に取引相手がその薬を与えれば従順な密偵が手に入り、従順な奴隷を作ったアスカ商会は絶対的な信頼を得る、そういうことですか!?」
「そして取引相手は従順な奴隷のままでいさせるために 薬を永久的に購入するわけか。」
「なっ!! なんて恐ろしい!!」
「その薬の事も調べてあるのですか?」
「連中はそれを『夢花 ムカ』と呼んでいた。
「夢花…ですか。」




