5、悪い知らせ
「何のためにこのような事件を引き起こしたのだ?」
「「「・・・・・・・・。」」」
「この者たちは 私にやたらとテレーズ・ダンビルと言う男爵令嬢を勧めてきました。」
「何? 本当か、ここへ呼べ。」
すぐにテレーズは入って来た、つまりは打ち合わせ通りなのだろう。
召喚されたテレーズは 何だか場違いにもはしゃいでいた。
テレーズはメンバーを見て自分がこの場でスタンビーノの婚約者になれると思っているからだ。
「テレーズ・ダンビル 男爵家令嬢 相違ないか?」
テレーズは丁寧にお辞儀をし、とびきりの笑顔をもって答えた。
「初めてお目にかかります。ダンビル男爵家 テレーズと申します。」
ふんわりと優しく微笑むが場の雰囲気に完全に浮いている。
「その方に聞きたいことがある。レティシア・マルセーヌ公爵令嬢を知っておるな?」
名前が出た途端うるうるし始める。
「はい……存じております。」
「ではそのレティシア・マルセーヌ嬢と学園で何があった?」
ノーマンたちは必死に言ってはダメだと首を振って叫ぶが何故かテレーズには聞こえていないのか全く構わず話し始めた。
「レ、レティシア様はぁー、ぐすん テレーズがスタンビーノ王子殿下と仲良くなる事が許せなかったみたいでぇー、テレーズは仲良くなりたかっただけなのぃ…ひっくひっく テレーズの教科書を最初は隠したり…それがエスカレートして破いて捨てられていたり、うっくぅぅぅぅ 制服も何度 破られたか分かりません。それからぁ〜 裏庭に呼び出されてぇ、取り巻きに囲まれて 『王子には近づくな、身の程を知れって』ってああぁぁぁぁぁ、それからも事あるごとに囲まれては殴る蹴暴行を受けて ひっくひっく その現場を王子に見つかった時は『私のものに手を出したこの女が悪い』って髪の毛を鷲掴みにされてぇ あ“あ”―怖かった! それでも頑張れたのは…スタンビーノ王子殿下がいつも優しく包んでくれたからです。えへへ。」
部屋の中は動揺で騒ついていた。
テレーズの口からはない事ない事次々に飛び出した。あまりのリアリティさに実際にあったのではと思わせるほどだった。
テレーズはつい悲劇のヒロインに酔いしれゲーム内であった事、それから乙女ゲームの虐めの鉄板を織り交ぜながら妄想で話していたのだ。
「ではまずこの者たちに聞こう。レティシアの護衛をしていた者たちは、24時間側にいるな? テレーズ嬢が言った事は1度としてあったか?」
「ありません。」
「ふむ、ではこのレティシア嬢がテレーズ嬢と遭遇した事はあるか?」
「遭遇と言うか…レティシア様に関しては1度だけございました。」
「1度? どんな時だ?」
チラッとスタンビーノ王子殿下を見た。
「それは私から言いましょう。実は学園に入学当初 優秀なレティシアに嫉妬してこのテレーズ嬢と先程の3人と共に過ごす事が多かったのです。
その時にレティシアにも嫉妬して欲しくてレティシアの前でテレーズ嬢を街へ誘った事があったのです。その時の事を言っているのだと思います。」
「なんと馬鹿な事を。……それでレティシアは嫉妬してくれたのか?」
「いいえ。 そもそも私に興味がありませんでした、クスっ。
街に出た時 自分の愚かさに気づいてレティシアに謝ったのです。でもレティシアはテレーズの事を認識すらしておらず、王妃教育に精一杯で他の事に構う余裕がないと言っていました。実際に私も同じでしたからその気持ちはよく理解できました。そこから本当の意味で私たちは労わりあうようになりました。
その後もレティシアは自分の責務に対してしか関心がありませんでした。その事を聞くと『私に許されたのは学ぶことだけだから』そう言っていました。ですからレティシアがテレーズ嬢を虐めるなんてくだらない事に時間を割くはずがないのです。
儀式が続く中で成績も落とせない……毎日2時間眠れればいい方だと言っていました。だから先程の3人がレティシアの悪評を植え込もうとして来ましたが気になりませんでした、彼女はそんな人ではないと誰よりも知っていましたから。」
「ふぅ〜、そんな状態になるまで追い込んでいたとはレティシアにすまないな。」
「では 次に3人に聞く、何故影武者の存在に気がついた?」
状況は最悪だと理解していた、私たちに聞いているが既に何もかも把握しているのだ、これはただの踏み絵だと……ここまで来ても足掻く馬鹿か、今からでも恭順の意を示すか。
だが、ここでの返答は慎重にならなければ命はないだろう。
「テレーズは『卒業パーティまでにスタンビーノ王子殿下との関係を深めなければ、ダンザーイに間に合わない』そう何度も言っていましたが何のことかわかりません。」
「はい、私も何度も聞きました。『卒業パーティのダンザーイ』が何かは分かりませんでしたが、その前までに王子と仲良くならないと邪魔者を排除できないとも聞きました。」
「ダンザーイとは何だ?」
「「「分かりません。」」」
「ダンザーイ、ダンザーイ、ダンザーイ……断罪? 陽気なイントネーションで気づかなかったが 断罪ではないか? 邪魔者の排除とはまさか?
テレーズ嬢、卒業パーティで『誰を』『断罪』するつもりだったのだ?」
「えーっと言ってもいいのかなぁ〜? きゅるるん んーーー、もう終わった事だしぃ〜、ちゃんとしたのは出来なかったけど……いっかな?」
周りを見ると皆 優しげな笑顔を浮かべている。テレーズの中ではもう自分がスタンビーノの婚約者でレティシアの事は終わった事だった。
「勿論 悪役令嬢レティシア・マルセーヌの断罪でぇ〜す! うふふ 本当は第1王子の名でしなくちゃいけないんだけどぉ〜、上手くいかなかったからぁ〜。
でも断罪しないとお話が進まないでしょ? だから卒業パーティでノーマンたちに断罪してもらったの! 本当は階段の上からレティシアを見下ろしてぇ〜、王子は私の肩を抱いて、階段の下で座り込み打ちひしがれるレティシアの構図が欲しかったけど、実際はあんな耳元で囁くだけになって ちょっとショックぅぅ。
でも『お前には第1王子スタンビーノ殿下の婚約者である資質がない、婚約は破棄となった』って言った時のレティシアったら クスッ 呆然としちゃって! ノーマンが用意した女があからさまにワインをかけに近づいて来ても立ち尽くしたまま! うふふふ 悪役令嬢のくせにあの顔 おかしいったら! あの女に手を引かれて出て行っちゃった。」
「テレーズ嬢、 レティシア・マルセーヌ公爵令嬢は第1王子の婚約者だ、呼び捨てにするなど不敬だよ?」
「いけなーい。ごめんなさい、アシュトンたちがレティシアはこれで二度と戻って来ないって言ったから、国外追放だけじゃなく証拠隠滅のため もうそろそろ死んだかと思っちゃいました。 てへ うっかり屋さん。」
3人は蒼白どころではなかった………断罪については耳元で言っただけだから護衛にもバレていないと踏んだ、誘拐は他に犯人がいると思わせたかった、断罪と誘拐はセットだ。だからこちらの罪だけは隠し通そうと必死だったのに それをテレーズはあっさり暴露してしまったのだ。
何故こんなにも愚かなのだ!!
だが、テレーズが考えなしに話してしまうのはテレーズの責任ではなかった。テレーズは王家の秘術に掛かっているのだ。この『お口スベール』は竜神の加護の元行える秘術。
重臣たちは隠し事など意味がないと知っていたのだ。
立ち上がったスタンビーノは怒りに震えていた。
「お前たちはレティシアに何をしたのだ!! 何がダンザーイとは分からないだ! もし無事に戻って来なくば 生きたままその目を抉り、指を切り落とし喉を潰してやる!!」
スタンビーノのレティシアに対する思いは、一般的な婚約者に対するものだと思っていたが、それが違っていたようだ…心から大切に思っていると認識を改めた。
シーーーーーーーン
「スタンビーノ王子ったらぁー、婚約者にそんなに凄んだらダ・メ・だ・ぞ! これから結婚して夫婦になるのに冷たくしたら意地悪しちゃうんだからね!!」
その場にいた者は呆気に取られて二の句が継げない。
「3人に聞く、レティシアをどこにやった?」
「・・・ドリュース国に向かっています。国外に出たところで殺すよう指示しました。」
「私は知りません! そう指示したと聞いただけです!」
「わ、私は頭がそんなに良くないので2人に任せていて そう指示したと聞いただけです。」
「今更 自分だけ助かるつもりか!? もう手遅れなんだよ!!」
「ノーマン どこに依頼したのだ?」
「・・・ロブシュに…頼みました。」
「ガストン騎士団長。」
「はっ。 入れろ!」
ノーマンは目を見開いて全ての力が抜け落ちた。腰が抜けてその場にへたり込んだ。
そこにはノーマンが依頼したロブシュの面々が全員捕らえられていた。
勿論 レティシアに近づきワインをかけた女も組織丸ごと全員が捕らえられていた。
全ては掌の上だったのだ。
そう、後は無事にレティシアを保護するだけ……。
ここまで証拠が揃うと レティシアが無事である事を切に願うばかりだった。
「お前が依頼した者たちはこの者たちか?」
「…はははははい。」
震えて言葉が出ない。
「リーダーのテクスだったか、依頼内容はなんだ?」
顔には容赦なく殴られた痕がある。
「そこにいる奴に 女を見張れと言われて、その時に護衛についている奴の服装には特に注意するように言われた。後は剣だとか腕章だとかポケットの刺繍だとか それを日付と行動をパターン化したものを渡した。
卒業パーティの時は馬車の手配を何台かと手筈通りに部屋から女を連れ出して ドリュース国へ運んだ。
まあいい女だったから 売っぱらいたかったけどドリュース国に入ったら足がつかないように殺せって言われていたし、山小屋で焼き殺す算段だったけど 追われていたからトランチャ渓谷の崖から真っ逆さまに落として転落死だ。
馬車も大破、馬も女もぺっちゃんこ 血を流して動かなくなった女を見届けて…これで仕事は終了 そんで報告して金 貰って終了―!
俺たちは仕事は完遂する事をモットーとしている。ちゃんと金の分は働くから評判もいい。」
意気揚々と話すテクス、会場にいた者たちはあまりの傷ましさに息を呑んでいた。
そこへレティシアの後を追っていた先発隊の一部が戻ってきた。
「ご報告致します。トランチャ渓谷の崖より河川敷に落ちた馬車を発見いたしました。崖の上からの確認では、馬車は大破、レティシア様と思われる女性も馬も・・・血を流しありえぬ方向に四肢が向いており…骨が折れ曲がり砕け・・・もはや意識がないように思われました。
か、確認のため崖を下って行きましたが・・・雨で増水した川の水で・・全てが押し流されてしまいました。
エヴァン隊長が潜り確認に行きましたが、川底の血溜まりも目の前で消えてしまったと……。石に引っかかっていたこの髪飾りだけしか……ありませんでした。」
先程 テクスが言った通りの状況に更に言葉を失った。
「あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁ!! レティシア! レティシア! レティシア!!」
スタンビーノは慟哭を挙げ 自分の膝を拳で叩く。
あまりに悲痛で皆胸が痛くなった。
誰も何も言えなかった。
たった今、希望を失ったのだ。
「やれ。」
その一言で近衛騎士がロブシュを全員 処刑した。
全員 討ちし損じがないようにとどめを刺して行く、その目には憎しみとも取れるものであった。
「エヴァンたちの隊は2年以内にレティシアを連れ帰れ。
連れ帰れなかった場合、全員処刑とする。良いな?」
「はい、必ずや。」
会場中がピリついていた。
「あのーーー、ちょっとイイですか?」
その静寂を破ったのはテレーズだった。