46、解放
「竜神様 それは…どういう事ですか?」
「レティシアが我々に献身的に尽くしてくれたお陰で フェルティアとオルシィミの人間に対する不信感や憎悪が和らいだのだ。神核に影響していた怨念めいたものが徐々に癒されていたのだ。レティシアに入りレティシアの綺麗な魂に触れ 穢れていた神核が浄化され元の美しい神核に戻ったのだ。それにより私の神核とリンクし互いの力を満たし分け合える様になった。だからレティシアからエネルギーを分け与えられずとも問題なくなった。スタンビーノ 遅くなってすまなかった、愛する者が弱る姿を見るのは辛かったであろう? もう大丈夫だ。」
「もう 大丈夫? …うっく、ふぅぅぅぅ 良かった、良かった。」
「よく耐えたな。」
「それでは! ……レティシアは? お腹の子供は?」
「フェルティア? オルシィミ?」
「……分かったわ。」
目の前に美しいフェルティアと男とも女とも言えない中性的な容貌のオルシィミが佇んでいる。すると、レティシアの体がフラフラしたと思ったら 空な瞳に力が戻ってきてレティシアになった。
「レティシア、有難う 憎しみに囚われていた心があなたのお陰で晴れたわ。」
「レティシア、僕からもお礼を言うよ。レティシアのいつも人のために尽くす姿勢は 人間に失望したままにならずにすんだよ。それに美味しい食事を有難う。」
「私からも礼を言う、自分を顧みず私に尽くしてくれた事、こうしてまた家族に再び会えた事…全てレティシアのお陰だ。
ソナタの数奇な運命は我らのためではなかったかと思うほど 救いになった。神だというのに情けないがソナタに会えて嬉しく思う。」
「お役に立てたなら良かった…良かったですっ! 私…3人の事 夢で見て理想の家族像だったんです、もう一度あの姿が見たいって その一心でしたけど…本当に良かった!」
「竜神様! そ、それではレティシアは レティシアは私の妻として生きていけるという事ですか? 私は私の子を抱く事が出来るのですか?」
「ああ、フェルティアもオルシィミも レティシアの中にあるタネで竜気に癒され力を取り戻したゆえな。本来の姿に戻る事が出来た。もう レティシアに頼らずとも形を維持できる。」
「あ゛――――! あ゛―――――!! あ゛あ゛あ゛―――!!!」
スタンビーノはレティシアを抱きしめ慟哭を上げた。レティシアもその腕に縋った。
「ごめんなさいね、愛する者とその子供まで奪う様な事を言って。」
「いいえ…。 あら? フェルティア様 口調が変わられました?」
「ええ、呪いの様な恨みに囚われた心が解放されたので 口調も昔に戻ったみたい。」
「凄く素敵です。前のフェルティア様も威厳があって素敵でしたけど、今のフェルティア様も貴婦人って感じで素敵です。ふふ。」
「レティシア 僕は?」
「オルシィミ様も素敵です。夢の中ではまだ赤子でしたので、こんなに大きくなられたオルシィミ様を拝見出来て感激です。目の前の素敵なお方があの坊やだったのですね、感無量です。とても中性的でお綺麗ですが 神様に性別はあるのですか?」
「そうか、僕は赤ん坊だったのか。性別はあるともないとも言えるかな。自在だからね…父上は男を選んでおられるが、女になろうと思えばなれる。皆 好きな形を勝手にイメージして作っているんだ。」
「なるほど…。因みに成長はどうなのですか? オルシィミ様は千年経ってもお子様の形を取られていますが、それも自在ですか?」
「ふふ そうだよ。神だからね…神としては未熟で若いと神同士には思われるが、大人にも子供にもなれる。その場にいる相手の望む形を取る事が多いのだけど、僕は生まれたばかりで家族を奪われたから 両親の子供でありたいという心理かな? 僕は生まれ方が特殊で両親を持っているからね。」
「フェルティア様、オルシィミ様 それにレクトル様 お幸せになってくださいね。」
「ふふ ソナタはまるで菩薩の様だな。勿論 ソナタも幸せになるのだぞ。」
「はい、でも私はレクトル様やフェルティア様にオルシィミ様 そして愛するスタンビーノとシエルがいればそれで幸せだったのです。だから今も十分幸せです。」
「そうか……。」
「あなたにとっての家族なのね…。あなたの家族になれて嬉しいわ、レティシア。」
「有難うございます フェルティア様。」
「スタンビーノ、あなたの純真も感じたわ、辛い思いをさせてごめんなさい。そして有難う。」
「勿体ないお言葉です。私も愛する者を得て 突如奪われる苦しみを知りました。私ども人間の強欲に 辛い思いをさせて申し訳ございませんでした、同じ人間として謝罪申し上げます。」
「辛く苦しい時間だったわ。それでも今こうしてあなたたちと巡り会えた時間を愛しく思います。先程レティシアにも言いましたが、スタンビーノ ソナタも家族として慈しむわ。」
「心より感謝申し上げます。」
これでやっと皇太子妃レティシアの懐妊が正式に発表する事が出来た。体調不良とだけ報じられていたが、それが懐妊と知り周りの者たちは納得しこの慶事に国民全土でお祝いムードに染まった。
アシュトンたちはまだ国内にいた。
「おいノラ お前は家の様子とか気にならないのか?」
「私はもう ただの平民だ、平民に心配などされたくないだろう?」
「本心か?」
「本心って言うか…、アースの例もある関わりを持てば また巻き込んでしまう。それにやはり平民のノラなんて侯爵家には不要だよ。」
「そうか…。」
「グランは気になるのか?」
「…、関わりを持ちたい訳ではない、ノラと一緒でまた迷惑をかける事を考えると足がすくむ思いだよ。だけど、一度自分の目で現状を知りたいって言うのが本音、私のせいで没落しているなんて事になったらと…そう思うと確認したいって言うか…。」
「それはあるな。父上が私と母を捨て公爵家を守った時、人の情のない人でなしと思ったけど 今ならあの判断は間違っていなかったと思うよ。人がどうこうできるものではない…人外の力 竜神様について父上は知っていたのだな。
母上も私が可哀想だって言いながらいずれ役に立つ時が来るって 道具扱いしてた。
一度は死ぬ覚悟もしたけどいざとなると怖くてつい楽な方に流されてしまった。私のせいで次々天災に見舞われる領地や父や伯父を見るのは辛かった。
優しかったはずの母上は最後私を罵ることしかしなかった、ああしてしまったのが自分だと思うのはキツかったけど 今はそれだけの罪を重ねたんだって理解したよ。」
「そうだな、早めに家を離れて良かったと今は思う。」
「俺たちの断罪の場の事…記憶が曖昧だったけど それも竜神様の介入があってのことだったのだろう。」
「そうだな。俺たちみたいな高位貴族が王家に何の反発もしないことが不思議だったが、父上たちは知っているのだ、竜神様は信仰の対象だけではなく実在し介入する力があると。」
「竜妃についてもきっと知られていない事実があるのだろう。」
3人はハラダーニュ国が目の前で滅亡するのを実際に見ていた。
リアーナを監視していたのだ何があったか理解していた。
「なあ、レティシア様は小さい頃からあのような危険な目に遭っていたのだろうか?」
「『竜妃』とは単なる名誉職ではないのだな、何かしらの役割があって選ばれたのだ。」
「影武者なんて大袈裟と思っていたが、まさか王宮の自室にいて誘拐されるとはな。」
「ああ、竜妃になんてなるもんじゃないな。」
「ああ、6歳の時からだっけ? 息苦しいな。」
「ああ、公爵家令息なんて目じゃねーな。」
「「はは 違いない。」」
「さて、そろそろ行くか?」
「……その前に遠くから見てきてもいいか?」
「……気になるのは分かる…だけど、シエル様に確認をとってからだ。やはり それだけはするべきだ。」
「そうだな。では連絡を」
『ふふ それでいい。』
「「「シエル様!」」」
「現状が見たいのだったか…。まあ、いい。だが、見られる訳にはいかない。よって全員で行く、結界に囲うのでこちらの気配もましてや声は聞こえない。文字通り見るだけだ、よいな?」
「「「はい、感謝申し上げます。」」」
ノーマンのスタリオン侯爵家は特に変わった様子はなかった。
ノーマンがいなくなった後、今まで天才の影に隠れて卑屈になっていた弟のバークマンに後継としての教育が施される様になっていた。母は15歳のバークマンに『あなたは天才ね、我が家の宝だわ』そう言って弟に聖母の様な笑みを見せていた。
分かってはいた事だが、子供とは単なる駒なのだ。使えなくなったら交換するだけ。
私は長男だったし それを当然として生きてきたのでそれほどではないが、弟に対する両親の掌返しは息苦しさ感じる事だろう。何もかもを弟に押し付けた様で申し訳なくなった。
グレッグのハーマン伯爵家も特に変わった様子はなかった。
庭では騎士見習いが稽古をしている。両親も特に変わりはなかった。だが、長男の私が籍から抜けたことで 妹が婿を取ってこの家を継がなければならない、そして我が家は代々近衛騎士や騎士団長を出した家でもある12歳の妹の相手として選ばれる男は筋骨隆々で、お城の王子様に憧れているキャシーには辛い現実の様だ。
騎士を目指すのは通常は家を継げない子息が殆どだ、婚約者がいない剣の腕がたつ男となると 節操のない色男か売れ残りのどちらか…運良くどちらでもない者は生粋の剣バカか…、それでいて父のお眼鏡にかなう者となると…兎に角キャシーの好みはいないのだ。
妹に皺寄せが行ったことに胸を痛めた。
アシュトンのカーライル公爵家は…カーライル公爵が今にも過労死しそうであった。
領地のあちこちで起きた異変に未だにかかりっきりで、父はまともに家で眠ってもいなかった。白髪の混じった無精髭が生え 目はギョロ付き服装も何日も風呂に入っていないらしくヨレヨレの服を着ていた。アシュトンはそんな父の姿をかつて一度も見た事がなかった。
「少し馬車で仮眠を取る、1時間経ったら起こしてくれ」
そう言って馬車に乗り込むと電池が切れた様に膝から落ちて座面に座ることもなく土のついた足置きに頭を乗せて目を閉じていた。どこか具合が悪くて意識を失ったのでは? そう思ったが たった5分で父の睡眠は妨げられた。
「公爵様! 水が! 水が流れました!!」
「うっ…。」
気怠そうに身を起こし少しの間 頭を片手で支えていたが 呼吸を深めると大きく吐き出し 立ち上がって馬車から降りてきた。
「本当か? どれ 見にいくぞ!」
『アキュロスの棲家』の滝は領民の生活の根幹であったが アシュトンの事があってから枯渇寸前まで行っていた。だがアシュトンと妻キャロンを追い出し徐々に水位を上げていたが流れ落ちるほどはなかったのだ、それがやっと滝となり流れ落ちた事で領民は歓喜の声を上げた。
カーライル公爵も一番の危惧であった滝が元の姿を戻しつつあり安堵からその場にあぐらを描く様に座り込んだ、張り詰めていたものが切れたのだ。
「公爵様―!」
「領主様!!」
「ああ、なに大丈夫 ホッとして気が抜けたのだ。これでまた皆が元気になるな、良かった…良かった。」
「旦那様、今日ぐらいはゆっくりお休みになってください。」
「ああ? ああ、そうか。」
そう言いながらも領地のあちこちを見て周り領民に声をかけて行く父、アシュトンは申し訳なくて申し訳なくて声を上げて泣いた。ノーマンもグレッグも同じだった、自分たちの家はアシュトンほど酷くはなかったが その原因は同じだからだ。
アシュトンは歯を食いしばって、
「すみません、もう1箇所だけ…母のところへお願いします。」
そう言って連れてきてくれた場所は自分もかつて入っていた牢屋だった。あれから随分経っているのに母親はまだ牢に中にいた。
牢には伯父のパメロン侯爵が金を払いずっと置いてもらっていると言うのだ。
「あっああ 何故? 母を出してあげる事はできないのでしょうか?」
「はぁー、まだお前は分かっていないのか? お前の母親は誰かの庇護下でなければ3日として生きられない。だが出てくればまた誰かれ構わず迷惑をかける。 母親はもう壊れてる、過去の栄光の中に生きている現実を受け入れる事は出来ない。ここにいれば取り敢えず食べる事は出来るから死なない、残念だがお前の母親は元に戻る事はない。そして外に出せばお前の父親は後始末に追われて死ぬぞ? それでもいいのか? 」
「ふっぐぐぅぅ。父も伯父もこれが最善と選んだ結果なのですね?」
「そうだ。」
「すみませんでした、このままで構いません。」
「最後はお前も罵られていたのにまだ情があるんだな。」
「当たり前です! 私のせいでこうなっているのですから!」
「へー、自分の親のことは労われるのに他人に対しては想像力が乏しいんだな。
レティシアの両親は 自分の娘を竜妃なんかにしたばかりにいつも危険な目に遭わせてと、泣いてたよ。死んだと聞かされた時は母親は倒れてしまっていた。父親も『竜妃』が死んだなら別の者を擁立しようと言われてずっと歯を食いしばって耐えていたよ。
リアーナを見ていただろう? 従姉は自分の地位を奪うべく『レティシア』を乗っ取った、お前たちみたいなのに嵌められて殺されそうになって 今だって危険な目に遭ってる。
何が家族が無事である様にだ、ふざけるな! 厚かましい! 何故生かしておくのか理解できない! あの時処分されていれば大事な家族を心配する事もできなかったな!」
つい、シエルは感情のままにノーマンたちを責めてしまった。
シエルはまだレティシアが解放されたことは知らなかったのだ。
シエルの話を聞いた3人はがっくりと肩を落としていた。シエルの言ったことが深く胸に刺さった、皆1人で生きている者などいない、自分たちの軽率な行動でどれだけの人を巻き込んだか考えると申し訳なくてこれ以上何も言えなかった。




