43、聖女
ハラダーニュ国に戻ったバマラーン第2王子とジャビスタ第3王子は国境を超えた時点で異変に気づいた。国を守るべき兵がいないのだ。草木は枯れ荒野が続いている。そのまま馬車を走らせていくと、死体がゴロゴロしていて異様な臭いに包まれている。
2週間前とは様変わりしていた。
「何なのだこれは!?」
「宝玉を他国にまで捨てに行ったと言うのに、どう言う事なんだ!!」
飢えて死んだ者も、殺し合って死んだ者も、身体中に斑点を作って死んだ者も 死因は様々のようだ。
兎に角王宮へと馬車を走らせた。
途中休憩を取りたくとも、会いている店 イヤ生きている人間がいる店がなかった。
馬にも休息と餌をやらねばならないが、ハラダーニュ国に入った途端 休憩できる場所がなくなった。川の水を飲ませようとしたが濁っていて いろいろなものが流されてくる。
馬を連れて行っても馬も尻込みするほどだった。餌になりそうなモノを探すが人間の食事どころか馬の餌すらなかった。仕方なく伽藍とした家屋に入り物色して何とか馬にも餌を与えることができた。御者も護衛も王子2人も美味くもないモノだがなんとか口に入れ、馬が落ち着けばまた少し走る、を繰り返した。
どこへ行っても同じ光景で…2回目からは抵抗もなく家屋を物色した。
薄々気づいていたのだ、この国で生きているものはいないのかもしれないと。
やっとの思いで王宮へ到着した。
王宮門の前には人が折り重なるように積み上がっていて死臭を放っていた。
ここまで生きた人間に1人も出逢っていない。
死体をどかし隙間から王宮に入った。
右を見ても左を見ても死体だらけだった。
ここでも死因は様々だった。御者の男は吐瀉し嗚咽を漏らしていた…変わり果てた景色に絶望したのだろう…。護衛たちも奥歯を噛み締めて涙を流す きっとハラダーニュ国に残して来た身内がいるのだろう。
王宮殿も人が様々なところで倒れ死んでいた。
それはまるである時を境に時間が止まったかのよう、一斉に生きているものの時が止められたかのようだった。何の防御も抵抗もなく命を刈り取られその場に倒れ 徐々に腐って行った、…そんな感じだった。そこには見知った顔もある。歯を食いしばり歩みを進める。
『もう、誰も生きてはいないかもしれない』
そう、思いながら王殿を目指す。
「兄上、あの方は竜妃レティシアではなかった。つまりは宝玉の異変とは何の関係もなかったと言う事ですね。」
「ああ、…そうだな。 宝玉は殺され愛する者と引き離され きっと魔術によってこの国に縛られていたのだ。それが千年の時と共に封印が解け千年の恨みを晴らし始めた。
神の怒りに人間に出来ることなどなかったのだ……あの方は ただただ犠牲になったのだ。」
「あの方は誰だったのだろう?」
「本物のレティシア様はあの時 あの方からの宝玉の箱を迷いもせず受け取っていたな。」
「中身を知っていたのだろうか?」
「いや、あの方は既に亡くなっていた、それを動かしていたのは神だ。我々凡人には計り知れない何かがあったのだろう。」
「ハラダーニュ国は滅んだ……ヴァルモア王国はどうなるのだろうか?」
「きっと我々にはその結末を知ることは出来ないだろう。」
「ははははは。」
「どうした?」
「いや、はは なに…くっくっく こうなってみてあの時のあの方の気持ちが分かると思ってさ。 命の期限は確実に迫る、だけどどうすることもできない。今は静かにその時を待っている。」
「成る程……確かにな。逃げても意味がない諦めから心は静かだな。それなのに俺と来たら高価な宝石だドレスだ と無理やり渡して喜べと強要して…叱られた。ふふ ふくくく。」
王殿の玉座には誰もいなかった。
やはり間に合わなかったか……。
ガチャんっ。
ハラダーニュ国に入って初めて自分たち以外の生物の音を聞いた気がした。
音のした方へ駆け出した。近づくと無機質な音だけではなく人の会話 言い争う声だと分かった。その声の正体の元へ行くと それが国王と神官長だと知った。
2人は食べ物がなく死体を貪っていた。バマラーンとジャビスタに気づくと嬉しそうに刃物を持って突進して来た。そこにはかつての父の姿も人間としての尊厳もなかった。既に狂っているのだ。
我々は先祖の行いなど知らなかった!
我々は理想国家を守るべく血の滲む努力をして来た!
何故 先祖の過ちを千年も経った今 そのツケを払わねばならないのだ!!
そう言いたかったが…ここにいたレティシアに対する行いが全てを同じ穴の狢 大差ない そう言われているようで握った拳を振り上げることが出来なかった。
バマラーンとジャビスタは父である王と神官長を縄で縛り、ここから出発してからの経緯を説明した。理解できるかどうかも分からないがどうしても聞かせたかった。
「ヴァルモア王国の王子の妃 竜妃レティシアを宮殿から誘拐してきましたが、彼女は偽物でしたよ。本物は皇太子となったスタンビーノ殿下の横に座って幸せそうでした。
彼女は影武者だったのでしょう、 全ては掌の上だったと言うことでしょうか。」
「この地に縛っていた神は我々を許せなかったようです。国内全土で生物を確認できません 人間だけではなく植物でさえ皆…死んでいます。
全ては王族が都合の悪い真実を隠したことから始まっていたのでしょうね。
なるべくして現状があると感じます。」
淡々と告げる2人の横で獣のような唸り声をあげている国王と神官長。
一人…また一人と身近な者が死んでいく様を目にしているうちに気が狂ってしまったのだ。
「国が亡くなったのだから 国王も神官長も王子もないな、路傍の石と同じだ。」
バマラーンは静かに2人に近づくと自分の手で父の首を刎ね殺害した。それを見たジャビスタも神官長の首を刎ねた。どの道 食べ物が尽きれば死ぬしかないのだから。
「お前たちはこれからどうする?」
護衛や従者たちに訪ねた。
「……………。」
護衛も御者も侍従も何も答えられなかった。
ただ分かっていることはこのままここにいても死ぬだけだと言うことだ。
「正直 荒ぶる神は私たちをどこまで生かすか分からない。先祖の血の流れる者ゆえな。
ただ私は命ある限り 世界の行く末を見たいと思っている。」
「兄上、私もそうしたく思います。この国は滅びました。私たちが持ち込んだ宝玉でヴァルモア王国がどうなるのか…、この国と同じ末路を辿るのであれば我々は命をもって償う必要があると思っています。」
「私もだ。だからヴァルモア王国をもう一度目指すつもりだ。」
「殿下 我々もお連れください。」
「もう国はない 私は殿下でも何でもなくそなたたちに働きに対する対価も支払えない。それでも共に…と言うのなら、結末を見に行こう。」
「「「「はい、ついて参ります。」」」」
残っていた者は王族の宝物庫から金銀財宝と食べ物を馬車に詰め込みヴァルモア王国へ出発した。
ヴァルモア王国ではレティシアの人格が消えた話は聞かなかった。
ただ内々に国王に報告はなされていた。
これに関し国としての決定を出せずにいた。
竜妃は次代の王を産むためにも必要で竜気に慣れさせるためにタネを飲んでいるのだ。スタンビーノの妃であるレティシアは既に飲んでしまっている。つまりレティシアが戻らなければスタンビーノの代はタネがない今 加護が消えてしまうか弱まると言うことだ。
そもそもスタンビーノが新たな妃を迎えることを許可するのかも不明。
その上、レティシアは孕っていたと言うのだ、神に体を乗っ取られてしまったとして、生まれた子供はどうなるのか……。
神として生きるのか、王家の子供として生きるのか。神を宿らせたレティシアは皇太子妃として生きるのか。
竜神様に指示を仰ぎたいのに現在 神殿は閉ざされ立ち入りができない。
どんなにこちらが最善を考えても神の一言で覆るものと分かっていた。
神殿に閉じこもってから一度も食事は運ばれていない……レティシアはどうなったのだろうか……。
国内では皮肉にも新しい陛下と皇太子を祝い街は慶事でどこもおこぼれ商戦もあり未だ活気付いている。それは国民に2人が歓迎されて皇太子と竜妃の儀式が上手くいったことを示唆している。
だがその中で新たな竜妃と同じくらい話題を作っているのが『聖女』の出現だ。
聖女は孤児院や貧困街で施しをおこなっている。
優しい笑顔で食べ物を分け与え、一緒に遊び共に泣き共に笑う。まさに天使のような美しい女性 リリーは大人気となっていた。
ウィンプルからのぞく髪はピンク色で 慈愛に満ちた瞳は薄い紫色 白い素肌に清廉な凛とした佇まいだが 童顔の優しそうな笑顔が可愛らしい女性。
「リリー様! お手伝いします。」
「有難う ふふ ダニーはとても優しいわね。」
「へへ、じゃあこれあっちに運びますね。」
「リリー様! じゃあ私はこれを洗いに行ってくる!」
「ええ、お願いするわね、マリー 走ってはダメよ、怪我をしてしまいますからね。」
「はーい!」
ここにいる子供たちは他所に比べると貧困に喘ぐと言うほどではない。
国からの補助もあるので昔と違って食べるものにも困ると言う民はあまり見かけない。スタンビーノ皇太子殿下が作った孤児院や学校や病院の効果も出ていた。
ここで見るのは事業に失敗した者や、どこからか逃げ出した者、借金を多く抱えた者などが多い。
実際にここにいる子供たちは親もいる、だけどここでお手伝いをするとすごく褒めてもらえるのだ。家では当たり前の事がここでは立派な子供になれる、それが嬉しくて積極的にお手伝いをする。そして何より嬉しいのが聖女リリー様が配るクッキー、
『よく頑張りましたね。はい どうぞ、ダニーのお陰でとても助かりました。貴方は素晴らしい子供ですね、優しくて勇敢で愛を持っている特別な子供です。生まれて来てくれて有難う、貴方にとって素敵な1日が過ごせますように。』
お菓子も勿論美味しくて最高だけど、その言葉は魔法のように心に染みていく。
生まれて来てくれて有難う、特別な子供………何だかとても誇らしい気持ちになる。
ここに来る人間は大人も子供も いつに間にかリリー様の事を聖女と呼ぶようになり、今では聖女リリー様が定着したのだった。
子供たちも集まって聖女リリー様のお手伝い 皆に配るクッキー作りは大人気だった。
皆で捏ねてカットして焼いて包装する。お手伝いした子たちにはいつもクッキーの他にも端っこの部分の味見ができる。これがまた嬉しくてあまりに人が集まってしまうので、順番制にするほどだ。
夕方になると皆 それぞれの家に帰っていく。
聖女リリー様もお迎えが来て帰ってしまわれる。聖女リリー様は郊外にある寂れた教会に住まわれているらしい。そこはもう何年も住んでいる人間がいない廃れた教会だと言うのに慎ましやかな方なのだ。大好きな聖女様 大きくなったらもっと色々なお手伝いをして役に立ちたいと思っていた。
大人もお手伝いをしたりするがそれは働き口を紹介してもらうため、大体は教会を通じて仕事を紹介して貰い消えていく。
「聖女様のお陰です!」
涙ながらに感謝しているのをよく聞くが、そんな時も聖女様は優しく微笑まれて、
「私が何かをしたのではありません 全て貴方の行いに起因していると思います。ですがご縁を結ぶ事ができたのなら良かったと思っております。
どうかお幸せになってくださいね。はい どうぞこのクッキーが貴方の腹を満たす事ができますように。」
聖女様は特別なことは何もしていないと、いつもと同じように微笑まれる。
僕は見たことも会ったこともない竜神様より目の前の聖女リリー様の方が素晴らしい人だと思っていた。




