40、タイムリミット−3
ハラダーニュ国は未曾有の危機に面していた。
あんなにも豊かに実っていた大地は痩せ枯れ果て地面はひび割れていた。それに伴い虫や病気が各地で発生し人間は住む場所を追われていた。
秘匿されし文献は王宮の秘密の通路から地下に入った秘密の部屋に隠されていた。
だが、外に漏らすわけにはいかない…そこで王の息子3人と神官長の4人で密かに確認することになった。第2、第3王子だけではレティシアに心酔しているので信用できなかったのだ、そこで皇太子と神官長も加わった。
千年ぶりに開くであろう書物は下手すると崩れてしまうから慎重にと思ったが これに関わった魔術師はかなりの腕を持っていたようで遜色なく保管されていた。
そこに書かれて真実はあまりに恐ろしくて口に出すことも躊躇われるほどだった。
千年とちょっと前 この地帯を治めていたのは
暴虐王 ゼクロス
恐怖政治で反抗を許さなかった。少しでも目をつけられれば容赦なくぶった斬られる。その圧倒的な恐怖政治の側近が
天才魔法師 ガーディス、軍師 マドラス、将軍 ブータス
その将軍が率いる隊『死の黒鳥』
人間を人間とも思わない所業で次々殺戮を繰り返し あっという間にここら辺一帯を手中に収めた。小さな部族や集落は軒並み皆殺し、役に立ちそうなものだけを残し後は焼き払った。元から住んでいた者たちには逃げる場所も対抗する手段もなかった 話し合う余地もなく次々と殺されていく。だから、死を覚悟して不毛の土地を目指した。だが、作物も育たない荒野が広がるだけの土地、飲むことが出来る川の一つもなかった。そこへ逃げ込んだ者たちも飢えと渇きで次々倒れて行った。
欲望には限りがなく、暴虐王も当然不毛の大地にも手を出した。
だが、走っても走っても何もなくあるのは白骨だけ、その上 夜中は凍るほど寒く日中は水分を摂らないと馬すら死ぬ暑さ ……人間が住める場所ではなかった。
仕方なく暴虐王は不毛の大地の侵略は諦めた。
そもそも世界制覇が目的ではなかった。
暴虐王ゼクロスはただの暇つぶしで殺戮を繰り返していたにすぎない。
弱い者が大嫌いだった。愚かな者も大嫌い、命乞いする者も大嫌い、正義を振りかざす者も大嫌い、愛を語る奴も大嫌い、面倒な事を言う奴も嫌い。邪魔な奴も嫌い。嫌いなもので溢れていた。だから心の赴くまま悪戯に命を弄んだ。後始末は全て側近がする…だから心置きなく殺戮を繰り返した。
だが、村や町ごと焼き払ったので食べ物を作る人間もいなくなってしまった。
それなり支配地が増えると食糧難がやってきた。食えない奴は勝手に飢えろ、そう思っていたが女、子供を食わせねばならない、ゼクロス自身はどうでも良かったが、マドラスがそう進言したことにより、自分の仲間を飢えさせないために食糧を確保するようになった。
派手に侵略していたため、複数の部族や小さな国が結託し攻めてくるようにもなってきた為、こちらも軍を編成するようになった。やはりマドラスは先見の明があったらしい、事前の準備で難を逃れた。しかし膨れ上がる集団は痩せた土地の食料だけでは賄えなくなっていった。
そんな時、ある噂を耳にしたのだ。
『豊穣の神がいれば一生飢えることがないらしい』
『その神は◯◯に住んでいるらしい』
ゼクロスは丁度 誰を殺しても張り合いがなく手応えがないと思っていた、しかも豊穣の神なら一石二鳥とばかりに豊穣の神を奴隷にするべく棲まう地に向かった。
そして子に力を分けて弱っているところに攻め込み、豊穣の神は加護を与えるから子供を離せと懇願した。豊穣の加護をつけさせ子供の解放を約束した、だが、加護をつけさせると豊穣の神とその息子に剣を突き立てた。止めにガーディスの魔法に剣で貫き心臓を抉り出した。
「『豊穣と安寧』が手に入った… その効果の程を検証しよう。」
そう言って2つの心臓を持ち帰りそれを宝玉として祀った。
あとはもっともらしい事をマドラスが考え噂を流した。
策略通り動き、ゼクロスの治める土地は類を見ない豊かな土地へとすぐさま変化を見せた。
それが真相だった。
この国を守っていたルドゥドワ女神は無体に命を奪われた豊穣の神だった。
ハラダーニュの者たちはリアーナの血を与えていたが、リアーナも千年のうちに竜神の血がどこかで混ざっていたのだろう、図らずもそれがガーディスが施した結界の解呪に繋がったのと、豊穣の神は心臓を抉り出される時に呪いをかけたのだ。
力が弱く目の前の人間をすぐに心臓になった状態で報復することは出来ない、だから時間をかけて呪いが発動するように千年の時を経て小さな箱の中から様子を伺っていたのだ。
血による解呪で結界が崩壊し脈動を始めたのだ。
読み終わると愕然として誰も声を発することができなかった。
宝玉から発せられる怒りの波動は気のせいなどではなかったのだ、明確な殺意を持って覚醒の時を待っていることがわかった。
取り敢えず報告に国王の元へ赴いた。
宝玉は我らを守護する存在ではないと分かったが 今後どうするべきかと思いあぐねていた。すると壁に文字が浮かび上がっていく。
『我と息子から平穏を奪った者の血を引く愚か者よ、千年の時をもって恨みを返させて頂く。あの者たちの魂を持つものはこの手で握りつぶしてくれる。』
「ヒーーーーーー!!!」
何もない壁に浮かび上がった文字に戦慄した。
それからもゼクロス、ガーディス、マドラス、ブータス、死の黒鳥の子孫たちの前に血文字は突如として現れることが頻発した。
『お前にはゼクロスの血の臭いがする』
『ガーディスの血は魔法に長けていると言うが…あと僅か』
『死ね』
『マドラス…死んだら生き返ってもう一度死ね』
『憎き者の血を残しておくものか』
そして ある日
『ああ、やっと願いが叶う』
この血文字と共に王宮内の兵や使用人たちが50名ほど一斉に死んだ。
王宮の外も各地から集まった飢えた人々に病気の者たちで溢れかえって外には出られないと言うのに王宮の中も得体の知れない恐怖で恐慌状態だった。
対抗手段もないまま血文字と共に隣にいる人間がコトリと死んでいく恐怖。
王族は間違いなくその血の粛清のリストに入っているだろう……。
血統こそが誇りであった者も今は体内の血を全て抜きたい気持ちでいっぱいだった。
第1王女が死んだ、その横には『ゼクロスとブータスとマドラス 苦しめ』そう書かれていた。基本的には兄弟は全員同じ血が混じっているはずである、つまりは兄弟全員が死ぬ未来が待っていると言うことだ。
「陛下! どうしましょう!!」
最早 宝玉の復活どころの話ではなかった。
「アレは邪悪なるものでした、今すぐ処分しましょう!!」
「そうです、アレはこの国を守護するどころか災いを齎すものです! 今すぐに処分しなければ!!」
第2王子と第3王子は レティシア様を誘拐しておいて今更それか、馬鹿が! 心の中で毒づいた。もう何もかもが手遅れと分かる状況だった。魔術師も祈祷師も何の役にも立たない。我々は神の逆鱗に触れ 死へのカウントダウンを座して待つだけだった。
そこにレティシアを気にするものはいなかった。
血文字が出て明確な殺意を感じてから神官長たちは必死に守り神と崇めていた宝玉に刃物を振り下ろしたり、金槌で叩き割ろうとしたり、毒をかけたり、魔法で破壊を試みたりしたのだ、だが結果はご覧の通り傷一つつけることもなく なす術なく終わっていた。
「へ、陛下 どうでしょう? レティシア様を発見しお返しする名目で馬車にアレも一緒に積み込みヴァルモア王国へ持ち込ませてみては?」
その意見は何だか妙案に感じた、なにせできる事は全てやって こうして手をこまねいているのだから。とにかく遠くへやってしまおうと誰もが考えた。
「ですが、肝心のレティシア様はずっとお目覚めになっておりません。」
「ちっ! でも レティシア様を乗せていなくても そっと他国に持っていくと言うのはいいかもしれませんよ?」
「そうですな、兎に角 破壊が出来ないならどこかへ捨ててしまうのが1番でしょう!」
結局 ヴァルモア王国へ捨てると言うことで意見は一致した。何せヴァルモア王国は2つ隣の国、置いてくれば自国の被害は消えるような気がしていた。
ジャビスタ第3王子は今は警備もされていないレティシアの元へ向かった。
カツカツカツカツ
神殿の地下へと降りて行く、以前は警備兵が1mおきにいたが今は入り口に3名いるだけになっていた。宝玉の警備兵もぐっと減った…こちらは恐怖で逃げ出した と言うべきか。
冷めた目で見ながら 目的のレティシアが横たわる部屋に到着した。
中には1人の神官がいるだけだった。
「レティシア様のご様子はどうだ?」
「未だお目覚めではありません。」
「どれだけお前たちはこの方から血を抜いたのだ……。それにこの包帯…肉片を与えたと言っていたか…お労しい。
レティシア妃殿下 申し訳ありません。
どうやらこんな状態の貴方を馬車でヴァルモア王国へ送って行くそうですよ?
こんな事になるなら 貴方を誘拐する前に…(文献を見れば呪いの発動と分かったかもしれないのに)今更ですね 貴方を不幸にし、命を奪うような事になって申し訳ありません、許して欲しいなどと言えるはずもありません。
この国は呪いによりもうすぐ滅びるでしょう。ここにいても危険なだけです、貴方をヴァルモア王国へお返しできればと思います、こんな異国の地で人知れず葬られるなどあっていいはずがありません。貴方を国にお返し出来るよう尽力いたします。
…供の選定選びにも苦労すると思います、もし誰もいなければ私が責任を持ってお送り致します。私もこの国の王族……最後までお送りできればいいのですが。
こうなってみて貴方の気持ちがよく分かります。
期限のある命とはこのような気持ちなのですね…何故 理不尽な目に遭いながら貴方はあんなにも献身的だったのか。お許し頂ける事ではないと分かっておりますが それでも謝罪させて下さい……申し訳ございませんでした。」
ジャビスタは膝をつき土下座をして深く深く詫びた。
気づくと横にバマラーンも同じように土下座をしていた。
ピクっと動いたレティシアに神官が叫んだ。
「妃殿下! 妃殿下!!」
「どうしたのだ?」
「今 反応があったのです! レティシア様! レティシア妃殿下!!」
慌てて別の部屋で控えていた医官が入ってきた。
「どうしたのですか?」
「い、今 少し動いたのです!」
「少し静かに。」
脈を確認し 瞳孔を確認する。
………………
「くっ、お亡くなりになりました。」
「はっ? 何を言っている。今 動いたと言ったのだぞ? もう一度確認せよ! 亡くなるなど そんな馬鹿な事! 馬鹿な…。レティシア様 レティシア様どうか起きてもう一度謝罪させて下さい、お願いです!!」
「そうです。貴方は我々に復讐する権利がある お願いです 私を恨んで罵って剣を突き立ててもいい、もう一度その目で私を見てください!! お願いです…こんな最期だなんて 自分を許せない! レティシア様 レティシア様!!」
「「ああああああぁぁぁぁ レティシア様―!!」」
亡くなっても葬儀をあげられるわけでもない。その死は秘匿され一部の者しか知らない。 相談の結果、宝玉だったものと一緒にヴァルモア国へ送られることとなった。ハラダーニュ国と名乗れるわけもなく、遺体を王子に返せるわけもない。そっと入国しどこかの教会に置いてくるしかないのだ。王都から遠く離れた地に、地面に置かれ晒される。
愛しいひと、家族の元には結局返す事は出来ない。
バマラーンとジャビスタはレティシアを自国に返してやりたい。
ハラダーニュの者はレティシアと宝玉を一刻も早くこの国から消し去りたい。
思いは別でも結果は同じだ、己と己の国を嫌悪する。
馬車にはバマラーン第2王子とジャビスタ第3王子も同行した。
例の宝玉があると思うと同乗する者の選定が難しかった、2人の王子は宝玉の1番近くにいる為、いつ死んでもおかしくないように思われた とても無事で済むとは思えなかった…そこでそれぞれの王子の従者と護衛も同行した。
レティシアと宝玉を乗せた馬車はしめやかにヴァルモア王国へと向かっていった。




