39、タイムリミット−2
バマラーン第2王子やジャビスタ第3王子はレティシア妃殿下に会おうと手を尽くしたがなかなか会わせてもらえなかった。それぞれが自分の抱える密偵にどこにいるか探らせていた。どうやら神殿の地下にいるらしい と言う事は分かったが、侵入する事は出来なかった。入り口が一つしかない その入り口には大量の兵で守られている。王子であっても立ち入りを禁止されて会うことは叶わなかった。
陛下は段階を経てと言っていたがレティシア妃殿下が血液の提供の話が出てから宮殿に戻らなくなったのはあまり間がなかった。神官が事を急ぐ何かがあったと見えた。そこで2人は祈りを捧げる名目で宝玉の元へ行った。
愕然とした。
厳重な警備は以前からついていたがそれが更に増えていた。そしてその警備についている者たちの顔色は悪い。そしてその正体が宝玉にあると知った。
今まで我が国を守っていた守り神はそこにはないと本能で理解した。
二子山の宝玉の形は多くのレティシア妃殿下の血を吸いドクンドクンと脈打っていた。
アレは無機質なものではなく生きているのだ!!
「こ、これがあの宝玉だと言うのか!? 一体何があったのだ!?」
「殿下……。」
神官はあわあわしている。
「これが隠せると思うのか! いいからさっさと言え!」
「竜妃様の血をお掛けしても何の反応もなかったのです。量が足りないのか、そもそも血ではダメなのか…何も分からぬまま量を増やしながら記録を取り観察を続けました。
ですが、量を増やしても時に肉片を捧げても一向に変化はなかったのです! ですから最終手段 心臓を取り出すことも視野に入れておりました。赤黒い差し込みは日毎増え禍々しさを増し き、昨日の夜 突然静寂に包まれた神殿に こ、鼓動が響き 確認するとこの様に脈動していたのです。し、しかも鼓動は2つ…別々に脈動しております。」
「大量の血液に肉片!?」
石だと思っていたそれがドクンドクンと動いているのだ。しかもそれは物言わぬ物体ではあったが、とても慈愛・守護する存在ではなく憎悪・敵意があると肌で感じられた。側に近寄るだけで悪寒が走り変な汗が出てくる。今にも食いつかれそうで本能がそれを拒否している。その不気味さから警備の者たちも恐怖で腰がひけている。
「陛下には報告したのか?」
「今、神官長が向かっております。」
「そなたたちは宝玉の成り立ち、何故 我が国の守り神になったかなど把握しておるのか?」
「秘匿されており、代々の王と神官長のみが引き継いでいると聞き及んでおります。」
「今すぐ確認したい。」
「それは難しいと思います。」
「では そなたは目に前のこれが我々を守る存在に見えるのか?」
「くっ、それは……。」
「まあそなたの一存で決められる事ではないだろう、陛下にお会いする。」
国王は秘匿されし文献を明らかにする事を躊躇した。そこで実際に宝玉を見てもらうことにした。変わり果てた宝玉に国王も言葉を失った。
「こ、これがあのルドゥドワ女神だと言うのか!? レティシアの血が穢れを産んだのではあるまいな!」
「ですが!……これまで異変が起こり始めてから血を捧げても何も変化はなかったのです、正直元々の異変が進行したのか、血を吸って別物になったか判断はできません。赤黒い筋は増えてはいましたが…突如起こったのです! 我々も正解がわからない中 懸命に処置を…」
「言い訳など沢山だ! そうだ、レティシア! レティシアから竜神について何か聞けないか? 確認してみるのだ 何か伝承があるやもしれん!!」
「そ、それが…レティシア妃殿下は血液を抜きすぎて意識がないので肉片も一部削ぎ取り…その、ここ数日は意識が戻りません。」
「ちっ! 使えん奴らめ!」
「ですが、陛下が本日か明日には心臓を取り出すと おっしゃっていたではないですか!」
「黙れ!」
やり取りを黙って拳を握りながら聞いていたバマラーン第2王子とジャビスタ第3王子。
「陛下、処置が合っていたか間違っていたか それも文献を見れば何かヒントがあるかもしれません。今は秘密を守る事よりも アレをそのままにしておいていいのかを確認する必要があります。もし 気になる様でしたら我ら兄弟で確認しその後誓いを立てても構いません。私にはどうしてもアレが邪悪なものにしか思えないのです。確認を、確認させてください!!」
「私からもお願い申し上げます。 アレが元に戻るのか…、若しくは新たなる守護石が必要となるのか 我々は見極めねばなりません、竜妃に替えはおりません、ここは何としても手立てを見つけるしかないのです。」
国王にしてみればこんな事態になり先祖に申し訳が立たず何とか収めたかったが、側で見ているアレはドクンドクンと脈打ち 殻を打ち破り敵意を持って今すぐ飛びかかってきそうな雰囲気だった…よもや一刻の猶予もなかった。
ようやく王家に伝わる秘密について話してくれたが、陛下と神官長が引き継いだ内容はとても真実とは思えなかった。
『ある日ご信託があり天から宝玉が贈られた』それにまつわる尤もそうな話もあったが、到底事実には思えない。お伽噺でももっと内容がある話をするだろう、そして1000年ぶりくらいに秘匿され文献が取り出されることとなった。
ヴァルモア国 スタンビーノが自室に戻るとレティシアが神殿からまた帰ってきていないと言う。
はぁー、また寝ちゃったのかな?
「ちょっと迎えに行ってくる。」
もうすぐ式典だから最近忙しかったからね。ふふ 充電に行ったのかな?
やはり神殿の前には護衛たちが待機していた。
「殿下!」
「いいよ そのままで。レティはまた?」
「はい、実は午前中からずっと中に入られたままです。」
「えっ? 食事も摂らずにずっと? 分かった。」
中に入るシーーーーーンとしている。
ドクンと心臓が跳ねる。気配がないと またレティシアが誘拐されたのでは?と不安になるのだ、レティシアだけではなくスタンビーノもすっかりトラウマだ。
大丈夫、大丈夫 レティはちゃんといる。
そう言い聞かせながら近づいて行く。
スタンビーノ目に入ったのはレティシアの腕から血が滴りその腕が横たわる竜神様の口の中に入っている情景だった。
「レティシアーーーーーー!!」
走り近づいて行くと口に入っている腕とは違う利き手の右手には短剣が握られていた。
必死に叫ぶ声で目を覚ましたレティシアと竜神様、レティシアはずっと隠してきた事が露見した予感がした。だが、知られたくはない……そっと短剣を腕の中にしまい、左腕を竜神様の口から引き抜く。そしていつものように取り繕う。
「あはは また寝ちゃったみたい。」
竜神様は器用にレティシアの腕についていた血を舌で舐め取り傷口を塞いだ。
「またそうやって騙すの? レティにとって俺はなに? さっき隠した短剣はなに? 隠せると思っているの? 俺が…レティの姿が見えなくなるたびに心臓が痛くなるほど恐怖と戦っていること知ってる? どうして話してくれないんだよ!!」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい スタンごめんなさい お願いこっちを見て? ねえ スタン? お願いよこっちを見て? ごめんなさい 許して お願い ね? スタン?」
「スタンビーノよ、私のせいだ。レティシアは私の命を繋ぐために密かにこうしていたのだ。その身はスタンビーノのものだから それに代わるものとしてレティシアの血を我が身に捧げてくれているのだ。」
「竜神様の命を繋ぐ…とは どういうことですか? レティシアの血を? えっ? 充電? レティ ねえ誤魔化さず真実を教えて。 もう何も隠さないでキチンと話して。」
「スタンビーノ、レティシア…私から話そう。
千年前 私には妻と子がいた。
神と神の間に子を作ることは稀なことだった。
私は創造の神、妻は豊穣の神。
通常新たな神を生み出すときは 神々が集い話し合い10人くらいが集まって必要な場所に必要な神を創るのだが、我が息子は夫婦の間に安寧の神として産み落とされた。
だがそれによって弊害が起きたのだ。
世界は殺伐としていて神を様々な場所で必要としていた。私たち夫婦は息子を産むために多くの力を注いてしまったため力が弱まっていた。
特に妻は息子が成長するためにも力を吸い上げるものだから回復が間に合っていなかった。そこで代われるものは私が代わりに赴き仕事を肩代わりしていた。
そしてある日…家に帰ると妻と息子の変わり果てた姿があった。
2人の体からは神核が抜き取られていた。それにより2人を再生する事が出来なくなった…私は2人を失った苦しみのままに己の力を使い感情をぶつけていた。
気づくと私は創造の神ではなく竜神となっていた。虚しさを抱え無意味に過ごしていた私に呼びかける者がいた…それがスタンビーノのたちの先祖のトーマだ。
彼のこの地で生きて行きたいという願いを叶えてやった。
まあ、その後は王家の蔵書を読めば大体のことはわかるだろう…。
ここからが本題だが、私と妻と息子は…息子を生み出し育てるために繋がっていたのだ。
それを無理やり神核を奪われてしまった為、私の力はずっと不完全なままだったのだ。
力は弱まりとうとう私の寿命も尽きようとしている。
レティシアはそれに気づいて私の延命をしようと 私の意識が薄くなると自分の血を飲ませていたようだ。
私はもうこのまま終わってもいいと思っているのだが、私が消えればきっとこの地はまた不毛の地へと戻るかと思うと、レティシアの気持ちも無碍には出来なかったのだ、ソナタの愛するものを…すまぬな。」
「以前にその話は聞いていたのです。ただ、隠し事はないと…自らの血を分け与え命を危険に晒すことはしないと思っていたので…。」
「でも、いつもはちょっと口に含ませたらすぐに意識を取り戻されるの。だけど今日はなかなかお目覚めにならなかったから私も眠ってしまっただけなの。 そんなに危険なことはしていないのよ?」
「でも意図的に血の話しはしなかったんだよね? どうして?」
「心配すると思って…ごめんなさい。」
「そうだよ、凄く心配した。 私は今なら竜神様の痛みや苦しみがわかるよ? 愛する者を突然失う辛さを 無力な自分が何もしてあげる事がなくて見ていることしかできない虚しさを ねえ、レティ……突然私が死んだらレティはどうする? 」
「止めて! 考えたくない! 恐ろしいこと言わないで!」
「勝手だね…。私にはその思いを何度もさせるのに…。
もう大丈夫なら一旦宮殿に戻ろう、皆 心配している。」
「スタン? ねえスタン 怒ってるの? 怒らないで、ねえスタン? スタン!」
「レティシア スタンビーノについて行きなさい。そしてちゃんと話をするのだ。」
「はい、また来ます。」
スタンビーノは眉間に皺を寄せ難しい顔をしたままレティシアを振り返ることはなかった。
いつもならレティシアの歩く速度に合わせてくれるスタンビーノ だけど振り返りもせずに歩いて行ってしまう。小走りでスタンビーノの背中を追いかける。
プライベートルームに着き寝室に入るとスタンビーノはレティシアが入る前に扉を閉めてしまった。レティシアにはその扉を無理やり開けて中に入る事が出来なかった。
扉の前で力が抜けて座り込んだ。こんなに冷たいスタンビーノはテレーズの事件以降初めてだったのだ。膝を抱えて必死に声と涙を堪えていた。泣くな! 泣いちゃダメ!そう自分に言い聞かせても我慢すれば我慢するほど堪えきれなくなる。
スタンビーノの怒りや失望はレティシアを愛している故だ、そう思うと申し訳なくなってまた涙が出てくる。
前世の時からこんな風に自分を愛してくれた人は初めてだった、だからスタンビーノが守りたいと思っているこの国を守りたかった…。大好きな竜神様を死なせたくなかった。
そう思っていただけなのに、愛する人は顔を見ることも厭い拒絶された、もうどうしていいか分からなくて、隣の部屋にいる愛する人に声が掛けられない。次に顔を見た時に決定的な言葉をかけられたらと思うと怖くて扉を開くことも出来なかった。
スタンビーノは真っ暗な部屋で1人やり切れない気持ちを抱えていた。
レティシアが自分の血を竜神様に捧げていたのは この国と竜神様の事を思ってのことだと分かっている。
竜神様が滅びる その時はこの国が滅びる時だろう。
千年の時をこの地で命を繋ぎ育んできたが、レティシアに危害を加えたあの3家に加護が消えた途端様々な天災に見舞われた。あれは竜神様が罰を与えた訳ではない、加護を消しただけだ。つまり千年経った今も竜神様の加護なしにはこの地で生きて行く事が出来ないと言うことだ。そう考えるならばレティシアの行動は正しいと言える。
だけど! どうしてレティシアだけがいつも犠牲にならなければならないのだ! 愛する妻を生贄などにできない! どうして人知れず自分を傷つけさせ意識を失うまで出血させ血を捧げなければならない! レティシアは道具ではないのに!!
レティシアが以前言っていたように ハラダーニュ国に竜神様の家族の神核があったとして竜神様が滅びるまでに取り戻せるのか? 神核を取り戻せたとして本当に元に戻るかも分からない。全てはレティシアの想像でしかない
レティシアは本物の竜神様の家族のものかが分からないから この事は竜神様には伏せているのだ。
上手くいけばいい、だがもし違った場合……竜神様は更に弱り『竜妃』が本来生贄だった風習を知れば、アイツらは声高にレティシアを生贄に差し出せというのだ。
どうしたら、どうしたら助けられるのだー!!
頭を掻きむしり憤る、嫌な想像ばかりしてしまう。
ヴァルモアの王子 いずれ王になるのだろう。
私が王となり この国と愛する妻のどちらかの選択を迫られた時 私は選択できるのだろうか?
この国を守るために存在する私、生まれた時からこの国の民の為に生きる事を定められた私、自国の民のために生きる事を義務付けられ何もかもを犠牲にしてきた私が、唯一愛した妻レティシアを 心に従って選ぶ事が出来るだろうか?
自問自答を繰り返しながら頭の片隅では答えが出ている気がした。
そんな自分に自己嫌悪を抱き自嘲する。
投げやりに部屋に目をやれば、暗い部屋に1人でいた。
ハッと現実世界に戻ってみると傍には誰もいない。
「レティシア」
レティシアはどこにいるのだ? 自分の宮に帰ったのか?
バカヤロー、血を抜きすぎて気を失っていたのに なに浸って無視してるんだ、早く手当てをしなければ! 侍女が既にやらせたか? いやあの時竜神様が……くそっ何やってんだ俺は!
寝室の部屋から出ると隣の部屋も灯り一つ入っていない。どうなっているのだ?
ため息をつくと何やら音がする…音の正体を確かめていると足元から聞こえる。目を凝らすとそこには膝を抱えて泣いているレティシアがいた。
「レティ! 何故こんなところに!?」
「ス、スタン? ごめんなさい、ごめんなさい…許してぇ〜、嫌いにならないでぇ〜!」
足に縋りついて泣いている。
慌てて部屋に灯りをつけ、座り込んでいるレティシアを抱き抱えソファーに座わらせ、優しく肩を抱き背中をさする。心なしかドレスが湿っている。はぁー、アレからずっと泣いていたのか…。
顔に引っ付いた髪を優しく剥がし涙を拭い見つめると、必死に声が漏れるのを手で押さえていたらしく口の周りに手の跡がついてしまっている。
俺のクソやろー。
「ごめんレティ、レティがまた自分を犠牲にしていることに腹は立ったけど そうじゃないんだ。レティシアはこの国のために竜神様のために…いざとなったら犠牲になる覚悟をしてしまっている。
レティシアを私の婚約者、妻にしたばかりにいつも我慢や無理をさせている事が辛かったんだ。私はこの国がどうなろうともレティシアに無事でいて欲しい! でも 竜神様の事が知られて仕舞えばやはり止める術はないのだろうと その事実が辛かったのだ、レティを守るなんて言っても肝心な時に守れない自分が情けなくて逃げ出したんだ!
私は レティを奪われるような事になったら…2人でどこか遠くへ連れて逃げてしまいたい、この国の王子でありながら利己的なことばかり考えてしまうダメなやつだ。
そしてレティの言う通りハラダーニュ国の人間が竜神様の愛する家族を奪ったのなら、人間とはなんと強欲なのだろうと、そして同じ人間である私たちに加護を与え生かしてくださった竜神様の寛大さを知りながら 竜神様ではなくレティシアを取りたいと願ってしまう私の強欲さに辟易としていたのだ。すまないレティ…情けない男ですまない。」
「うわぁー!!! スタン 好き好き大好き愛してる お願いずっと側にいさせて!! お願い捨てないでぇ〜! ただ、大好きなスタンと竜神様のために何か力になりたかっただけなの。誰にもいなくなって欲しくなくて…失いたくなかっただけなのぉ〜、うわぁぁぁ。」
「うん うっく うん 一緒に…ふぅぅぅ 一緒にただの夫婦として家族として生きて行きたい! 俺もね、レティシアが大切で何があっても失いたくない、失えないんだ。きっと、レティシアを失ったら心が死んでしまう、今見えている世界は色を失うだろう、きっと心から国民を愛する事も出来ない…いや私からレティシアを奪ったこの国を憎むだろう、レティシアの代わりはいないんだ。
私のためだったのに…責めたりしてごめん。俺の方こそ許してほしい、でも自分を犠牲にしたりしないで。
何があっても一緒にいようね、うっく レティシア 私の最愛の人…愛してるよ。」
得体の知れぬ不安から互いを抱きしめる事しか出来なかった。




