38、タイムリミット−1
バマラーン第2王子はレティシア妃殿下に礼節を持ちながら まずは丁寧に対応した。きっとその内 化けの皮が剥がれる…そう思っていたが聞いていた通り、神殿との往復以外は自室から出なかった。特に要望もない。
まだ18歳と若い女性がそんな引き篭もった生活を我慢できるわけがないと思っていた。
バマラーンはヴァルモア国でのレティシアを知らない。全く変化のないレティシアに痺れを切らして次に贈り物攻撃を開始した。
豪華なドレスに豪奢な宝石がゴロゴロついたネックレスにバングルに指輪、靴にバッグ それからサーバルキャットの瞳の色が紫色の特別品種、その瞳と同じ色の石の原石の大きな物などドンドン運ばれてきた。
「殿下、バマラーン第2王子殿下より贈り物が届いております。」
秘匿されし人なので、侍女たちは名前を伏せて『殿下』と呼ぶように指示があった。
「有難う……これは 何かしら?」
「殿下への贈り物です。」
「これらを使う機会があったかしら?」
「……特にはございません。きっと殿下へのお気持ちだと思われます。」
「そう……特に使う予定もないから 第2王子殿下に丁重に送り返してくださる?
今の私にはすぎた物だわ。」
あの世まで持っていくことは出来ないものね……クスッ。
「本当に宜しいのですか? 全てかなり高価な物ですよ? 頂くだけ頂いておいたらいかがですか?」
微笑むだけで返事はなかった そしてまた部屋の外を見つめていた。
侍女たちはその様子が切なく儚く申し訳なく思っていた。
バマラーン王子は全て戻ってきたのに驚愕した。
物の価値を知っていれば とてもじゃないが送り返すなど出来ないだろう。
「ふっ、なかなかの好敵手だな。後で惜しくなって欲しいって言ってきても遅いのだぞ!」
独りごちるバマラーン。
その後 礼拝で迎えに行くと やはり物静かに佇んでいた。
少しいやかなりプライドが傷ついたバマラーンはひとこと言わずにはすまなかった。
「殿下、贈り物はお気に召しませんでしたか? ああ、それともジャビスタに義理立てしているのですか? もしご要望があれば添えるように努力いたしますよ?」
「第2王子殿下 沢山の贈り物 感謝申し上げます。身に余る物でしたのでお返しさせて頂きました 申し訳ありません。」
「何を仰る? 王子殿下の妃ともあろう方が! 質に問題がありましたか? それとも量が少ないと機嫌を損ねてしまいましたか?」
バマラーン王子は女性から贈り物のセンスがいいと評判でどの女性もうっとりと贈り物を見つめ、バマラーン王子にしなだれかかって礼を言う それがいつもの光景だ。
自分の得意分野が通用しなかったことに腹を立てているのだ。
嫌味を言うくらいでは気のすまないバマラーン王子はレティシアに当たり散らす。
「ジャビスタからの贈り物は受け取ったのでしょう? それはジャビスタから私に代わったことに対する反抗ですか?
ああ、それとも好みに合わない? オーダーメイドなら満足されますか?
宝石は色ですか? 大きさが足りない? ああ見えて最高級のものなのですよ? ヴァルモア王国ならもっと良いものがあるとでも言うのですか? ああ、私が気に入らないと言うことですか!」
ヒートアップするバマラーン第2王子にレティシア妃殿下は静かに口を開き始めた。
「第2王子殿下……私はこの部屋と神殿の往復しか出来ないのです。着て行く場所がないと言っているのです。」
「何を言っているのですか?いつ着たって構わないでしょう?貴女が望めば何だって致しますよ?」
「残酷ですね……私はいつどこで贈られたものを着れば良いのですか? 舞踏会? あの豪華なドレスを身に纏い誰に見せると言うのですか? その時の私の立場は? 身分は? あれらを持って家に帰れますか? 夫の元へ返してくれるのですか? 私はいつまでここにいれば良いのですか!
そもそも ここに名も伏せられ監禁されていると言うのに…私は生きて帰れるのですか?
用済みになった時あれらを持ってここから出られますか!?
申し訳ありません 感情的になってしまいました。
だいぶ時間が過ぎてしまいました、神殿へ向かいます。」
バマラーン第2王子は言葉を失いがっくりと肩を落とした。
自分の浅はかさが恨めしかった。
物静かでおっとり上品なレティシア様がこのハラダーニュ国へ来て初めて感情を乗せた言葉を発した。分かっていたはずなのに、分かっていた事なのに子供じみたプライドを傷つけられたと、自分に興味を示さないあの人にくだらない感情をぶつけてしまった。
レティシア様はグッと全てを飲み込み『着る場所がない』と言ってくださったのだ。それはここへ誘拐してきたのは国の決定であって我々ではないから。個人の意見など何の意味もないとよくご存知だからだ。
自国の宮殿にいる女性をこんな遠い所まであんな馬車に無理やり押し込んで誘拐してきて、言うに事欠いてこの国のために祈れ、助けろと強要し、この宮殿に押し込めて 贈り物をやったんだから喜んで媚び諂えと強要した…用が済めば殺される未来を肌で感じながらも1人懸命に耐えている人に……私はなんて事をしてしまったのだ!!
その場で聞いていた護衛も侍女も言葉を発することができなかった。
毎日静かにこの国のために祈りを捧げてくれるあの方は、自分の命に期限のあるものだと知っていたのだ! それはそうか 誘拐してきた他国の妃殿下を国に戻せば間にある国を巻き込んでの戦争に発展する事態になるかもしれない…あの聡い人は気づいていてこの国の人にあたることもなく 礼儀を持って接してくださっていたのだ!
シクシク うぅぅぅ
どこからともなく啜り泣く声が聞こえる。
バマラーン第2王子は顔面蒼白させながらも神殿へ向かった。
そこにはいつもと変わりなく祈るレティシア様の姿、彼女は そこで静かに祈っていた。
言葉では言い尽くせないほど清らかで凛として崇高な気配に膝をついて崇めたくなるほどだ。
彼女はどんな気持ちで祈っているのだろう?
その静かさは帰りたいとも逃げたいとも恨みでも怒りでもないと分かる。
彼女はこんな状況でもこの国のために祈りを捧げてくれているのだと分かった。
バマラーンは止めどなく流れる涙を堪えることができなかった。
両手で顔を覆い、膝をついて声を殺して泣いた。
コツコツコツ
「第2王子殿下、戻りますがご一緒されますか?」
「………はい、一緒に参ります。」
戻る間 何も話すことはなかった。
言葉を発すると涙を我慢できなくなってしまうのだ。
盗み見るレティシア様の顔はとても静かだった。
レティシアを宮殿まで送ると自分の部屋へ戻った。
後悔と自己嫌悪でいっぱいで頭をかいた。
レティシア様に傾倒するジャビスタを危険に思ったのも レティシア様の祈りでは効果がない変化を見せない宝玉、大臣や神官たちは次の段階に進むと言っていた…それに邪魔になると思ったからだ。次の段階、まずはレティシア様の血液を宝玉に捧げると言うものだ。もし効果があれば いやなくても最終的にはレティシア様は心臓を取り出されて宝玉に捧げられるのだ!!
だからジャビスタはあまりに申し訳なくてレティシア様を閉じ込めているこの宮殿から少しでも外に連れ出したり食事を共にしたり 彼女の秘めた苦しみに寄り添うとしていたのか…。
惚れたってだけではなかったのだろう……。その先に未来がない事は互いに理解していたのだから。
次の礼拝の時間に迎えに行った際 バマラーン第2王子はレティシア妃殿下に謝罪をした。
「申し訳ありませんでした。自分の思い通りにならないと 貴女に八つ当たりをしてしまいました。己の未熟さに恥いるばかりです。お許しください。」
膝をついて頭を下げて謝罪をした。しかもこの場には護衛も侍女や他の使用人も多数いるところでだ。王子であるバマラーンが膝をつき他国の妃に謝罪をした…あり得ない光景だった。
だが、それを見た護衛や使用人たちも次々に膝をつき頭を下げて同じように謝罪をした。
「私は今 生きています。私は私にできる事をするだけです。謝罪は受け入れます。
さあ、礼拝の時間です、参りましょう。」
レティシア妃殿下は静かにそう述べると歩き出した。
礼拝が終わると神官たちが近づいてきた。
「殿下、少し宜しいでしょうか?」
「殿下を少々調べさせて頂きたく…その血液を分けて頂きたいのです。勿論 ほんの少しで結構です。変化があるか知りたいのです。何卒 ご協力頂きたくお願い申し上げます。」
神官たちは腰を折って懇願した。
「分かりました。」
レティシア妃殿下は静かに了承した。何故ならばいくら拒否したとしても結果は同じだと知っているから。拒否すれば意識のない状態にして血液を盗んでいくだろう、つまりはそう言う事なのだ レティシアには選択の余地がありそうに見えてないのだ。
禍々しい宝玉にレティシアの血液をかけてみても結果は何も変わらなかった。
ハラダーニュ国は選択を迫られていた。
宝玉は禍々しさが進み各地は今までにない災害が増え 国が保障できる限界を突破していた。災害を逃れるために人々は地方からこの王都に押し寄せて来て国に補償を求めた。
そしてその際に病気まで持ち込んだ、あっという間に病が広がりその対応に国は追われていた。もう一刻の猶予もなかった。
「陛下、これ以上は国としての対応はできません! しかも病人が大挙してきて地方だけではなく この王都も医療は崩壊し医者も逃げ出す始末です。 地方から来た者たちは補償しろと暴動が起きていて、兵が対応に出ていますがこのままでは門を破ってくるやもしれません! 陛下 ご決断をお願い申し上げます!!」
「陛下!!」
「陛下!」
この場には当然第2王子 バマラーンも第3王子 ジャビスタも同席している。
握り拳を作り睨みつけている、ここで声高に倫理を訴えても無意味とわかっている。
この国は他国に誇れる倫理国家だったのは過去のもの、安寧の続いた時代は既に静かな滅びを迎えていた。鍋に中の蛙と一緒だ…水から茹でられた蛙は環境が少しずつ変わっている事にも気づかず死んでいく……ははっ! 我々も変化に気づかず対応できず自分たちで努力もせずに絶対的な力に頼り、どうにもならずにみんな死んでいるのだ。
生贄にレティシア様は選ばれてしまった 抗うこともできず流されているようでしっかりそこに立っている。死を前にしてもあの方は高潔だ。
国家のためにその身を差し出せと強要するこの国に反吐が出る。
だが…私たちは 表立って反対することもできない。
どんなに憤ろうとも何もしないのであれば ここにいる有象無象と何ら変わりない。
陛下が口を開く。
「次の段階に踏み込む…だが、最終段階ではない。それが最善かの確認は取れていないゆえ。
『竜妃』は替えがない、段階を経て進めて行く。尚、それは医官と神官の判断を主とする。騒ぎにならないよう緘口令をひく、良いな?」
「「「「「承知致しました。」」」」」
ジャビスタ第3王子もバマラーン第2王子も内心はらわたが煮えくり返っていた。
そこにレティシア様個人を思う人間はいなかった。大義を掲げ1人の少女を血祭りにあげ切り刻んでいくのだ。
「『竜妃』レティシア妃殿下、妃殿下の血液は素晴らしいものでした。その血1滴で万物に息吹きを与えます。どうか その尊き血で我が国に豊穣を齎してくださいませ。」
隣で聞いているバマラーン第2王子は鋭い目つきでその神官を睨んでいる。
検査も嘘だが血液にそんな効能があるなんてのも嘘だ! 全ては宝玉の復活のため!!
それに対するレティシア様の反応は…。
「私の血にそのような効能があるとは思えませんが、お役に立てるならお使いください。」
「ああ、流石は『竜妃』レティシア妃殿下! まさに聖女の如き尊さ!! 早速手配させて頂きます。」
特に反抗されることもなく了承されたことでホクホクしながら神官は戻って行った。
バマラーン第2王子はすぐにレティシアに向き直って話をする。
「殿下! 何故あのような物言いをなさったのですか! アイツらは貴方から何もかもを搾り取って行くでしょう、せめて、せめてもう少し抵抗なさらなければ奴らの要求は膨れ上がっていきます!!」
自分では何も出来ないが どうしてもレティシア様が陵辱されるようで嫌だった。
「バマラーン第2王子殿下… 無駄な抵抗です。了承のもと行われるか無理やり行われるかの違いだけ、そして私の期限もあまりない。クスっ ご心配頂き感謝申し上げます。」
感謝? 感謝なんて出来るわけない! ここでレティシア様に寄り添って尤もなことを言っても何も行動ではしていないのだから!!
間もなくするとレティシアは宮殿に戻ってくることもなくなった。
宮殿は閑散とし主人を失った使用人たちは元気をなくした。それからまた暫くするとレティシアが暮らしていた宮殿の使用人たちは解散した。
そこにレティシアは2度と戻る事がないからだ。




