35、ハラダーニュ国のリアーナ
リアーナはレティシアとして慎ましやかに過ごしていた。
ハラダーニュ国も国賓として迎えると言った通り対外的に知らせる事はないが、何も不自由のない形で丁重に扱っていた。
王宮内の国賓をもてなす為のゲストハウス丸々レティシアのために与えられ、専属の侍女・侍従・護衛がつき 入国して話しが纏まるとすぐに専属のデザイナーが採寸に来て空になっていたドレスルームは10日も経つと物で溢れていた。
竜妃レティシアにハラダーニュ国側から求められるのは一日中3回神殿で祈りを捧げる事それだけ、あとはその存在を知られないようにすること。
神殿に行く際にはこの国の第3王子が同行している。
リアーナだって、この丁重すぎる対応は竜妃に対する期待の表れだと分かっている…期待されても偽物の竜妃に何か出来るわけもなく、成果を出せないまま偽物とバレれば恐らく無事ではいられないだろう、ヴァルモア国に帰っても もう伯爵家もない、家族もない ここも決して安全とは言えない守ってくれる人はいない…いつバレるかと薄氷を渡る心地で憂える。
その表情はハラダーニュ国側の者から見ると 誘拐の上の軟禁ゆえと理解していた。
手厚く侍女や護衛がいてもそれはレティシアが逃げ出さない為の見張りにすぎないのだ、ここに心を許せる者は誰もいない。いや、この世に誰もいないのだ。
第3王子 ジャビスタはその様子を痛ましく思っていた。
美しいレティシア様は無理やりここに連れて来られたにも関わらずこの国のために真剣に祈りを捧げてくれている。この状況が恐ろしくないわけがない……でも涙も見せずに耐えていらっしゃる。その顔には憂いの色が、それが更に彼女を美しく見せる。
侍女や護衛に聞いても何も仰らないらしい。何が食べたいとも何が欲しいとも お部屋に行くといつも窓の外を眺めていらっしゃる。
レティシア様はスタンビーノ王子殿下と長年の婚約関係でやっとご結婚に至った……関係としては長いが夫婦関係になってからはまだ短い…所謂 新婚だ。
ヴァルモア国に国賓としての招待を手紙で知らせると約束したがする訳がない。
これはれっきとした誘拐で ハラダーニュ国の名を貶める誘拐を肯定する事をする訳がない。当然、レティシア様がスタンビーノ王子殿下宛にお書きになられたお手紙も握りつぶされて届く事はない。
レティシア様がスタンビーノ王子殿下に宛てた手紙には
『スタン 私は遠い異国の地ハラダーニュ国へ来ております。
私は『竜妃』としてのお役目を賜っております。お役目が終わった時 貴方の腕の中に私は戻る事が出来るのでしょうか?
貴方は待っていてくださいますか?
私が戻った時 変わらぬ愛をくださいますか?
その時は『竜妃』ではなく、レティシアとして待っていてくださいますか?』
そうあったと聞く。
これは 出した手紙が読まれる事はないと知っている心内を吐露した自分宛の手紙だ。
申し訳なさで顔を上げて話しができない。彼女は知っているのだ、よくてこのまま一生監禁 ここから自国へ戻る事は出来ないと…最悪 証拠隠滅で跡形もなく消される運命だと。
ああ、美しいレティシア様……我々は恐ろしい罪を貴方に犯した、許して欲しいと乞うことも出来ない…それでも心の中で謝罪させてください。
ジャビスタ王子と1日3回も礼拝に行くので 少しずつ互いに親近感を持ち始めていた。
レティシアは18歳、リアーナは19歳、ジャビスタは21歳 年も近いので何かと世話を焼いてくれるようになった。
ジャビスタ第3王子にも当然仕事があって忙しい、その上 彼にも立派な婚約者がいる。だが最近空いている時間は全てレティシアの元を訪れていた。
食事も時間が合えば共にしていた。それに伴い婚約者とは疎遠になっていった。
婚約者はキャスリーン・トラベルト侯爵令嬢 18歳 今年学園を卒業したので 結婚に向けて具体的なことを決めていくタイミングでジャビスタ王子と会えなくなってしまったのだ。いつ面会を申し込んでも都合が悪いと言う、都合が良い日を連絡して欲しいと言っても暫く難しいと侍従からの手紙のみ。不満で仕方なかった。
何より最近のジャビスタ王子の態度が冷たく、邪険に扱われる事にプライドが許さなかった。
どうしても顔を見て話をしたかった。
会えないと言われていたけどジャビスタ王子の口から直接聞きたかった。
ジャビスタ王子殿下の宮殿に着くと当然約束のない者は通してもらう事は出来ない。
「私を知らない訳ではないわね? ジャビスタ王子殿下の婚約者である私が婚約者に会いに来たと言うのに何の問題があると言うの! そこを退きなさい!!」
「トラベルト侯爵令嬢 職務ですのでここをお通しする事は出来ません。許可証をお持ちください。」
「貴方の名前は? いつまでそんな態度を取っていられるかしら?」
そうこうしていると中からレティシアを伴ったジャビスタ王子殿下が出てきた。
最近はジャビスタ王子殿下の所で昼餐を頂いて それから神殿に向かうのだ。つまり神殿に向かう途中に出会したのだ。
ジャビスタ王子にレティシア それにお付きの者たちも和やかな雰囲気で出て来た まるで恋人同士のように甘やかな雰囲気がある。目の前には物凄い剣幕で番兵に食ってかかっているトラベルト侯爵令嬢がいる…非常に気不味い状況だ。レティシア以外の者は顔を顰めた。
「ジャビスタ王子殿下! どうしてもお会いしたくて参りましたの!」
絢爛な装いに薔薇のどぎつい香りを漂わせ、ジャラジャラと宝飾品どうしがぶつかる音がする。満面の笑みでジャビスタ王子に擦り寄ってくる。
場がしらけているのをキャスリーンだけが感じ取れない。
「ああ…… 何故ここに。ふぅ、会えないと連絡してあった筈だけど、聞いてない?」
「勿論伺っております。ですが、ここ何週間も一度もお会い出来ないだなんて…あんまりです。お忙しい殿下の顔を一目見るために婚約者の私がこちらまで足を運んだのです!! まさか追い返したりしませんわよね?」
偶にしか会わなかったから今までは何とも思わなかったが、ずっとレティシアの側にいたため、キャスリーンの軽薄さと傲慢さが際立って辟易としていた。それは護衛や使用人たちも同じだった。
リアーナはキャスリーンを見て
ああ、レティシア宮では私もああ言うふうに見られていたのね。
「殿下、お取り込みのようですので私は先に向かわさせて頂きますね。」
「ああ、すまない。すぐに追いかけるのでそうして頂けると助かります。」
カーテシーをしその場を去ろうとするレティシアに対し優しい顔を向けるジャビスタ王子殿下、キャスリーンは女の第6感でピンときた。
「ちょっとお待ちなさい。侯爵令嬢である私を無視して行くの? お前どこの家なの?」
リアーナは伯爵家の者だから確かにこのキャスリーンの方が身分が高いのだろう。だが今はレティシアとしてここにいる、レティシアはヴァルモア国の筆頭公爵家の令嬢で王子殿下の既に妃 つまりは王族だ、どちらが上かと言えばレティシアの方が身分が高い。
だが、今は不用意に自分の身分も名前も明かさない方が賢明だろう…。
明かせばジャビスタ王子やこの国が困ることになる。
リアーナは困った顔をして綺麗なカテーシーをし、
「申し訳ございません お嬢様、次のお約束がございますのでこれにて失礼させて頂きます。」
「待ちなさい、見たことのない顔ね。私はお前に名を名乗れと言っているの、勝手に去ることを許していないわ。」
「いい加減にしなさい、すみません どうかこのままお行きください。モントレー彼女をお連れして。」
「はっ、それでは参りましょう。」
頷くと
「失礼致します。」
そう言うと去っていってしまった。その姿は儚くも美しいレティシア。
何なの! 何なの!あれ!! むきーーー!
リアーナはレティシアの真似をさせられていたのがこんな所で役に立っていた。
リアーナも我儘だったがあそこまでではない。いくら筆頭公爵と親戚でも傍若無人に振る舞えた訳ではない、所詮伯爵家の人間だし礼儀作法には母は厳しかった。密かに自分の娘に方が出来がいいと作法を教え込んだのもある、それからレティシアにはなれないと理解してからも対面を保つために目立ちすぎないように注意されていた。
リアーナが箍を外したのはレティシア宮でトップに立ったことにより起きた勘違いなのだ。
「殿下! アレは誰ですの! まさか最近お会い出来なかったのは アレが原因ですの!?」
目の前の女の声がブヒブヒ言っている気がして来た。同じ人間には到底思えない。
なんて品がないのだ。
あの美しい人に向かって『アレ』だと? 何故 私の婚約者は『コレ』なのだ。
「キャスリーン お前に話すべき事はない。私はお前と会う時間はないと伝えてあった、私の言葉を軽んじるつもりか?
非常識だな。悪いが、来週の舞踏会のエスコートは出来ない。少し距離を置きたい。
もう一度言う、暫く会う時間はない。失礼するよ。
お前たち私の許可なくキャスリーン・トラベルト侯爵令嬢を私の宮に入れることのなきよう、よいな!」
冷たく言い放つと歩き出してしまった。
「あの女のせいなのですか? 私にこの様な仕打ちをするなんてあんまりです! 酷すぎます!! 私…諦めませんからーー!! 私は殿下の婚約者です! あの女を処罰してやりますからー!」
キャスリーンと別れるとジャビスタは憤りを露わにした。
比べても仕方ない、キャスリーンが変わった訳でもない ただキャスリーンがレティシアではない事に憤る。ジャビスタも分かっている、どんなにレティシアを望んだとして未来はない と。
身分ではなく 彼女は他国の王子の妃 人妻を誘拐して来たのだ。恋慕を寄せても仕方ないと分かっている …それでも渇望してしまう。
あの状況でも彼女は名乗らず我慢してくださった。
最悪 キャスリーンを始末しなければならない状況だったのだ。自国の貴族の娘、私の婚約者……要らぬ軋轢を産まぬ様に配慮してくださったのだ。その思慮深さにも深い感銘を受け 更に思いが募る。
早々にキャスリーンを返し神殿に向かった。
あの方は今日も同じように同じ場所で清らかなる祈りを捧げてくださる。その直向きな姿勢に声をかけるのも躊躇われる。そっと後ろにつき同じように祈りを捧げる。
国に起きている変異を改善いただくために祈りを捧げているのに、不謹慎にも私は彼女とのこの時間が永遠に続いて欲しいと祈ってしまう。思いを告げることも出来ないと分かっている、ただこの時間だけは彼女は私の隣にいてくださる それが嬉しい。
祈りが終わり宮殿へ送る。
レティシアは先程の事を露ほども気にしておられない様子…それが胸を締め付ける。
1人気不味さを覚える。
いっそ不満を口にして下されば…。
数日後 部屋に4日後に行われる舞踏会の衣装が届いた。
これはキャスリーンが揃いで作らせたものだ……特に興味もないのでいつもキャスリーンに任せていた。互いの瞳の色をアクセントにした流行りのデザイン キャスリーンを美しく見せるための添え物となるべく作られた衣装……だが、その装いを見ると切なさが込み上げてくる。秘匿されたレティシアはこの国において あってはならぬ存在…あんなにも美しい人は着飾って人前に出る事はない。
18歳のこの美しい時間を我々は無理やり押し込めて奪っている、この理不尽な暴力にも文句も言わず この国のために祈りを捧げてくれるあの人を! 欲しい!……あの人を夫の元に返したくない!!
人々の中で輝くあの人と踊るダンスはどんなに楽しいだろうか?
コンコン
「殿下、失礼致します。」
「こんな時間にどうした?」
「キャスリーン様から正式にトラベルト侯爵を通じて抗議があったようです。」
「抗議?」
「婚約者を蔑ろにして女を連れていたと。」
「はっ! 本当にあの者が私の妻になると言うのか!? それで父上はなんと?」
「国に招いている他国の姫君だと侯爵にはご説明になったようです。
それからルドゥドワ女神について勉強のため国賓で招いていると。ただ極秘のため明かせなかっただけだと。一応 侯爵は納得されていましたが、泣き続ける娘が不憫だから舞踏会には共に出席させて欲しいと願い出たようです。」
「それで?」
「陛下も竜妃様に対するキャスリーン様の言動に不快感を示され、殿下の意思を尊重になり『相手の身分の如何に関わらず礼節を持って接するべき、教育をし直せ』と指示されたそうです。」
「ふぅ、有難いな。」
王宮でのレティシア様の評判はかなり良かった。
誰に対しても横柄な態度を取ることもなく常に丁寧で物静か、流石は完璧令嬢レティシア様だと言われていた。侍女たちは自分の仕事をしているに過ぎないが『有難う』とお声がけくださる、それがまたレティシアの評価を上げる。リアーナは単にレティシアの真似をしていただけだったが、高位貴族になれば滅多に使用人に礼を言うことがない 使用人たちからも絶大な人気となっていた。
王家も他国の王子の嫁でなければすぐにでも欲しい人間であったが、彼女がここにいるのは彼女の意思ではないのだ。少しでもここで心安らかに過ごして欲しい、それがせめてもの償い。
ジャビスタ王子はそれから変装して度々レティシアを街に連れ出すようになった。




