33、ハラダーニュ国 潜入
アシュトンは牢の中にいたが毎日 愛する母親から垂れ流される暴言で 心が擦り切れていた。父が言ったように私を助けた事により様々なところで不和と天変地異が起きていて怖くて仕方なかった。いっそ狂ってしまいたかったが狂う事も出来ない。
ただ目の前で自分と関わった者たちが不幸になり問題を抱え変わってしまうのを見ていることしかできなかった。まさに地獄だった。
急に世界が固まった。
静かになったのだ。隣の牢で目が覚めた瞬間から眠る瞬間まで私に向けた悪意の塊のような刺々しい言葉を垂れ流していた母は、口が開きまるで呪いの言葉を発するかのような形相の顔のまま固まっていた。他の囚人の声も憲兵たちの声も皆 いつも通りの光景なのに喧騒がない固まっている……自分だけが動ける違和感。何が起きた!?
「母上? 母上! おい、みんなどうしたんだよ! おい!!」
見回し牢の中から叫んでも柵を揺らしても誰も何も反応しない。
あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛―――!
皆が動かない中 自分だけが動いている異物感 疎外感 孤独感。
私はとうとう狂ったのか!?
その場に膝をついてがっくり項垂れていると 目の前に足があった。ここは牢の中…誰も動かない中 急に増えた景色。顔を上げると恐ろしく綺麗で冷たい視線で見下ろす。
「あっ、動いてる。 だ、誰? 死神?」
「………………。 くだらない。」
「あっ! 喋った! 生きてる! これってどうなっているのですか? 私がここいるからここまでおかしくなったのですか?」
「そうとも言えるし違うとも言える。 お前は私の元で密偵になるならばここから連れ出してやる。騒ぎは面倒だから時間を止めた、それだけだ。」
律儀にも答えた男……、時間を止めた か。
「貴方の元に行く事でまた他の誰かに迷惑をかけたりしませんでしょうか?
これ以上 私に関わり不幸になるのを見るのが辛いのです。私はここで朽ち果てたい。」
「へぇー、その自覚はあったのだな。家との関わりを断てと言われていたのに結局は自分が可愛くなって自領で匿われ悠々自適に暮らしていたのにな。牢に入るまでも結局は1人になるのが怖くて母親に言われて仕方なく従うフリをしてその実 死を恐れ1人になることを恐れ何も自分では決断できない、それがお前だ。」
「な、なんでそれを・・・。」
「ずっっっっと見ていたからだよ、言ったはずだ。お前たちは監視下にあると。
お前が自領の自室で何を読んでいたかも分かるぞ?」
ニタリと笑った顔に全身の皮膚が粟立った。
「何故 密偵として私をお使いになるのですか? たいして役立つとも思えないのですが。」
「全くだ、他の2人は少なくとも自分1人で生きる道を模索した。家の者も誰も手助けしない、それが本人のためであり家にためであると徹底されている。
お前だけが1人で生きる覚悟が出来ていない。最初に家に行った時もただそこで朽ちる事を望んだ、自分で何かをしようと努力しない。
密偵として使えるか否か 使えないだろう。お前は金で人を動かしてきただけで自分で何かをした事などないのだから。
まったく何で好き好んで……はぁー、だが 本来優秀な者たちを腐らせておくのは勿体ないと言う……、きっと厄介ごとが増えるだけだろうに。
やはりお前はこのままでは使えぬ。3週間自分の力で生きる事ができればもう一度お前の前に現れてやろう、だが お前がその甘さが捨てられないのであればそのまま朽ち果てろ。」
パチン!
アシュトンは牢屋からヴァルモア国の モンタール地方の山の中に飛ばされた。
そこには山小屋があるだけだった。
だけど少しホッとした。誰もいない 知り合いもいない だけど弱い自分に決別するには1人にならなければ変えることはできないと分かっていた…、こうして強制的に1人になった事でやっと 生きるべきか死ぬべきか 自問自答し生きる決断をし、過去と決別する覚悟が出来た。
まずは周辺を把握しよう! 危険なモノや食べられるモノ… 水の確保 ここで迎えに来るのを待っていても仕方ない。出来る事、やらねばならない事を自分で考え探さねば!
山の中のサバイバル生活も1人だが1人ではない きっと見ていてくださっている、そう思うと自分を奮い立たせる事ができた。しかも『私の元で密偵になるか?』今後についての道も示してくださった…後は 使える人間と示せばいい! そこには公爵家のご令息アシュトンはいなくなっていた。
こうしてアシュトンは合流がだいぶ遅くなったが、3人は久しぶりの再会を果たした。
3人はまた別の場所に連れて行かれた。
見知らぬ山小屋と近くには広場があった。そこで昼過ぎになると綺麗な男は来て3人を鍛える。密偵として必要なスキルを磨かせた。そして終了すると消える。
だから3人は協力して狩りをして獲物を捕まえたり植物を集めて食べたりして生活をした。
そして互いのこれまでのことも話した。
1番興味があったのは あの綺麗な男は何者か……?
グレッグの話しでどうやら 自分たちに生きる場所を与えてくれたのはレティシア様だと言うことは理解した。つまりあの男はレティシア様の部下なのか? だけど、それにしては『あの娘』呼びや人外の力について考えると只者ではなかった。
自分たちで選択したつもりだが レティシア様が望んだ時点で決定事項だったのだ。
殺すだけならこんな手間をかける必要はない、つまりは本当に密偵にするつもりなのだろう。もう貴族としては生きてはいけないのだから、罪滅ぼしができると思えばなんて事はない。
「ノーマンは正直 意外だったな。」
「悪い、俺のことはノーマンじゃなくてノラと呼んでくれ、ノーマンは死んだのだ。」
「「………………。分かった、確かにそうだな。」」
「私も過去の自分は死んだ、グランと呼んでくれ。」
「私も…アッシュ いやアースと呼んで欲しい。」
頷き合った。
互いが培ったスキルも教え合った。
今では何も待たずに潜入しても気配に気づかれることなく目標を遂げられるようにもなっていた。
本来の目的は3人で集まった時にすぐに話してくれた。
『ハラダーニュ国へ潜入し神殿奥深くに祀られているルドゥドワ女神の宝玉について多くの情報を集めることだ。
過去1000年に渡りハラダーニュ国を守護してきたルドゥドワ女神…これまでの女神の加護と、ここ数年起きている異変について詳しく調べる。』
初めて聞いた時は正直拍子抜けした。
てっきりその流れで行くと神殿からその宝玉を盗んでこいと言われると思っていたからだ。
その反面 期待されていないのかとガッカリもした。
「彼女の望みが『多くの情報が欲しい、仮説が事実かの検証をしたい』とお望みだ。それ以上でも以下でもない。」
ノラはすぐに切り替えた。
「それには余計な事をするな、と言うことも含まれているのですね?」
「そうだ。必要があれば次の指示があるだろう。」
「あの、貴殿については何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「……あの娘に貰った名はシエルだが、お前たちにその名でたくさん呼ばれたくない。」
なんだ? そのツンデレの可愛い顔は けしからん。
それに レティシア様が与えた名前? その名で呼びたいとは言っていないが……。
「ではルゥでいいや。」
「「「承知致しました ルゥ様。」」」
ハラダーニュ国へ潜入する前に腕試しと、人攫い組織を壊滅させたり、汚職軍部の不正を暴いたり段階を経てステップアップ。すると次第にチームワークも良くなり格段に動きやすくなった。ルゥ様(シエル様)の特訓も山の中の生活も全てが無意味ではなかったと知った。
そして何より やり甲斐 もう一度プライドを持てるようになった。
グランも以前は人殺しはしたくないと言っていたが、目的遂行のために手段は選ばなくなっていった。優先順位が確立したのだ。
甘ちゃんのアースも 誰も自分のせいで周りが傷つかない環境、仲間と共に生きられる喜びを噛み締めていた。
ノラはもう一度自分の才能を活かせる事に喜びを感じていた。
そしてとうとうハラダーニュ国へ潜入。有力貴族の嗜みとしてハラダーニュ国についてはある程度は知っている、模範的国家 我が国よりも豊かで道徳感のある国民性 連帯感のある国防 手本とするべき国。
だが潜入してみてだいぶ状況が変わってきている事に驚いた。
犯罪も犯罪のはの字も無さそうな国だったのに今は他の国と変わらない……。国家的な情報操作だったのか? そう思うほど実情は変わっていた。
言われるままに潜入し現状とルドゥドワ女神の情報を探る。
だが、民では詳しい事は分からない…神殿に侵入し詳しい情報を探る。
神殿では連日 各地で起こる異変に対応するため皆が泊まり込みで対応にあたり疲弊していた。いつ終わるとも先の見えない恐怖、天変地異、女神の怒り。
不安で逃げ出したくとも逃げる場所もない。
やはり異変が起きていて 今は通常の状態ではないと言う事だ。
その中で 繰り返される『竜神』『竜妃』『宝玉の異変』『天変地異』『ハラダーニュ国の崩壊』『生贄』『身代わり』『誘拐』『潜入』
物騒な言葉が飛び交っている。
「ルゥ様、ハラダーニュ国は竜妃様の誘拐を考えているのですか?」
「そうだな。」
「竜妃様はご存知なのですか?」
「……ご存知…かな〜? まあ報告はした。」
「我々はこの地にいるのです。何かしなくてもいいのですか?」
「ああ、何もする必要はない。」
「我々が信用に値する人間はないからですか?」
「…相変わらず面倒臭い奴らだ。 ティアの望みは別にあるからだよ!」
いつも『彼女』とか『あの娘』とか言った呼び方をしていたのに うっかり愛称で呼んでる。
「我々はあの方の望みを聞く事を許されますか?」
「………今までの事を整理すると 今この国では何が起きていて何をしようとしているか分かるか?」
「この国のルドゥドワ女神の宝玉に異変が起き 各地に天変地異を齎している。それを止めるために我が国の竜神様か竜妃様であれば天変地異を止められるかも知れない、そこで誘拐を計画、竜神様は流石にどこにいるかも分からぬため、まずは誘拐して竜妃様の側に置いて変化が起きるか知りたい。それが駄目なら竜妃様から心臓を取り出し 代わりになるようであれば新たな宝玉として祀りたい。その為に竜妃様 誘拐計画を国家機密扱いで暗部指導で着々と進行中、と言う事でしょうか?」
「その通り! あの娘の望みはその宝玉がどこにあるかが知りたいんだと。
まあ、お前たちにはもっと詳しい情報はやれない。まあ知ったところで口止めするだけだ。
だから お前たちの仕事はあくまでも情報を仕入れる事 OK?」
「「「はい。」」」
「また、何の罪もないあの方が標的となり狙われるのですね……。」
「グラン…。」
「そうだ、はぁーーーー、ハラダーニュ国が宝玉を大事にするように ヴァルモア国には竜神様と竜妃の存在が不可欠なの、でもあの娘はただの人間だ 失う訳にはいかないから影武者がいたの!
でも…今回ハラダーニュ国が竜妃を欲する理由はちょっと複雑だ。
竜妃の心臓を宝玉に与えたからと言って宝玉の異変とやらが治るかは全くの未知だ。
それなのに! そんな事の為に狙われる、あの娘の意思で竜妃になった訳でもないのに!」
シーーーーーーーーーン
「「「申し訳ありませんでした。」」」
「……全くだね。あの娘の献身を知れば……、はぁー。まあ兎に角多くの情報を集めてくれ。」
そうして情報を集める中、ハラダーニュ国は『竜妃』レティシア様を誘拐してきた。
遠くから見てもレティシア様とは似ても似つかない女、その女はレティシア様になりきっていた。
影武者だってもっとレティシア様に似せていたっていうのにどう言う事だ?
「ルゥ様 あの女は誰ですか?」
「ああ、んんーーーー、ああーーー、なんて言うかなー、あの娘の従姉なのだがあの娘が神殿に篭って神事を行い公務を行なっている間に 宮殿にある両陛下や皇太子夫妻それに王子殿下から贈られたモノを売っぱらって現金化して屋敷買ったり何だりと好き勝手してた訳。それこそ あの娘が王子の宮殿から戻らないモノだから業者を引き込んで 献上品から証拠品も倉庫にあるものまで売り払ってた。その業者が『俺はレティシア様の宮殿に顔パスだ』なんて吹聴したものだから 刺客や密偵まで引き込んだ そんなにレ…あの娘になりたいなら そう扱ってやるってなって、間違えられて誘拐されたって訳。」
「とんでもないことではないですか!! 何故処罰もされずに生きているのですか?」
「ケラケラケラ 処罰ってどう言う事?」
「普通で考えれば 本人は処刑の上 弁償にお取りつぶしでしょう?」
「ああ、それか。 この事件が発覚した時 あの娘は神事中で神殿に篭ってた訳だ。全ては王子が決めた事だが、優しいあの娘が悲しむかもと、あの女を身代わり誘拐に同意するなら領地召し上げで爵位は残すと条件を出した、だけど父親は娘が不憫で同意しなかった。
だからリアーナ ああ あの女の名前な リアーナは処刑され家は取り潰しとなり 一家離散した。母親ともう1人の娘は腹が減ると王宮に来て牢に入れられて食事をしている。そんな生活をしているのにあの女は偽物の王子妃となって周りに傅かれて優雅な生活をしていた。」
「処刑された者が何故ここにいるのですか?」
「決まっている あの娘の影武者と同じように別の似せたものを代わりに処刑して見せたのだ。レティシア宮にはリアーナを住まわせ 執拗に竜妃を狙う者が誰かを知るための罠にあの女を使ったのだ。下手すれば心臓を抉り出される役目を大事な部下は使えんだろう?
ほら、あそこにもあそこにも王子の手の者があの女を見張っている。」
「えっ? それをあのスタンビーノ王子がやったのですか?」
「そうだよ。」
「信じられない、あの優しい殿下が!」
「そりゃね。あの娘が話さないから…不安でね。あの娘が何を隠してても自分で対処できるように苦肉の策だ。」
「隠し事……。」
「あの方に迫る手は他にもあると言う事ですか?」
ニヤっとするだけでそれ以上は答えてはくれなかった。




