3、邂逅
レティシアは力を振り絞り河川敷から間一髪で転移し、レティシアを追いかけてきた者たちがいた崖の川を挟んだ反対側の森の中に潜んだ。
「ぐふっ、痛い 痛い。助けて・・・。」
レティシアは意識を失ってしまった。
なんとなく温かくなって急に体が楽になった、うっすら目を開けると目の前には神々しいイケメンがいた。誰だっけ?
優しい光に包まれ安堵感から また意識が夢の中に潜った。
そうだ 私はレティシアではなく別の人間だった記憶がある。
私の名前は・・・遠野柑奈 25歳 丸本商社の会長付き秘書だ。
1年下積みしたタイミングでベテラン 柳本さんと共に会長の秘書についた。
アシスタントとはいえ異例の出世だった。会長ともなると秘書に間違いがあってはならない だから1年下積みした程度の秘書が付くことなどないのだが、柳本さんは新人教育に定評があった、そこで会長の仕事も社長にだいぶ移行している事もあり柳本さんと共に会長の秘書をさせて頂くことになった。
仕事にはやりがいもあり楽しくも辛くもあった。
一番辛かったのはパーティーに同行する際 出席者500〜1000名のプロフィールから交友関係、顔、名前、ライバル関係、趣味嗜好などあらゆる情報を覚えなければならないことだった。常に情報は新しく更新し、冠婚葬祭も全部頭に叩き込む。
ここでは会長の代わりの記憶係なのだから間違いは許されない、毎日必死で覚えた。
それからメイクにドレスにスーツ 案外出費が多い…華美ではなくかと言ってダサくもない 隣に立って恥ずかしくない装いにプロポーション。
お土産や店のチェック 個室の有無やランクに好みを取り入れてくれるかどうか、 系列のチェック アレルギーに駐車場が近い遠い、タクシー ハイヤー 常に頭に入れておかねばならない。
頑張って寝る間を惜しんで歯を食いしばって夢中になって打ち込んで 足を引っ張らないようにと必死だったが、異例の抜擢にやっかみも多かった。
その内 嫌がらせに変な噂流されたり、終いには私には必要な情報を流してくれなくなったり……これには参った………仕事に支障をきたす。秘書課課長に相談した。
それが更にエスカレートさせることになり 辛くて仕方なかった…。
仕事終わって現実逃避するのに乙女ゲームにハマった。
今日もよく頑張ったね、よくやった! 誰かに認めて褒めて欲しかった、頭ポンポンして欲しかった。何も考えずこちらの都合だけ聞いて欲しかった、癒されたい時だけ癒して欲しかった。
綺麗に取り繕っても現実は彼氏もいない毎日に疲れている25歳。噂のせいで勝手に男好きにされて言い寄られる、あー面倒。
会長付き、社長付きに何で皆なりたがるか後で分かったが、能力の評価ではなく結局は婚活だ。ハイクラスな人間を物色しターゲットを見つけたり、社長の息子、会長の孫を身内の立場から薦めさせるため。しかも27歳までには結婚を決めたい先輩たちは一番のポジションを私に取られた事が許せずあの日も私を非常階段に呼び出し詰め寄った。
「あなたから力不足だから常務付きにさせて欲しいって課長に言いなさいよ!」
「そうよ、あなたには常務がお似合い、これも研修よ!」
常務はデブでハゲで臭い。
その上セクハラをする。お触りは流石にしないが視姦で女を舐めまわし、自分の好みのスーツを着させる、そしてパンチラを楽しむ。ほんとキモい男だ。
そんな事を考えていたら、
「ちょっと聞いているの!? いい? 自分から言うのよ!!」
「本当に生意気ね!!」
「私は純粋に今の仕事が楽しいんです。まだお役に立てているとは言い難いですが柳本さんの元でもっと学んで立派な秘書になりたいんです。だから配置替えなんて申し出たりしません。それに仕事に支障をきたすので連絡事項を潰したりするのはやめて下さい。」
「何ですって!! そんな態度ならもっっと後悔する事になるわよ、いい? 泣いて謝るまで許さないわよ!」
「いや、止めてください!!痛い! 離して!」
カツン カツン カツン カツン
上から誰から来る気配で先輩たちはすぐに手や足を止めた。
そして見上げるとブルブル震え始め後退りし始めた。私は先輩たちに囲まれていて誰が来たのかは分からなかった。だがその後 声で知ることになった。
「あああああの、これは違うんです。」
『はぁ? 何が違うって言うのよ。いい年した女が1人の女を囲んで顔以外を殴る蹴る、取り繕いようがないでしょ? ああ、でも何でこんなに慌てているのかしら?』
「へぇ〜、何が違うって言うの? 私はずっとこの上にいて一部始終を見ていたんだよ?それで何がどう違うって言うんだ?」
ジリジリ近づく人物に焦った1人の先輩が私の側に立って、その人物に何もされていないと説明させようと立ち上がらせようとした。だけどさっきから苦しくて立ち上がるどころか呼吸も苦しくて脇の下に入れられた手でバランスを崩し階段の下に落ちていった。体には力が入らず最後に見た光景は社長が手を伸ばしている姿だった。
ああ、やっぱり…だから彼女たちは慌てていたのね………。
私は首の骨を折って死んだ。
でもその前に内臓破裂してたか、肺に骨が刺さっていたかしてたと思うからどの道な気はするが、あーあ 仕事楽しかったのになー。会長に有難うって言われると凄い充足感を得られていたのに………。
結局恋愛とは無縁の人生… 恋愛は乙女ゲームでしか出来なかったぁ〜!! 私の青春 擬似体験のみかーーー!! ああ、スタンビーノ王子もいいけど従者? 護衛のシエルも良かったよなー、あの先回りしてよく気がつくところとか、尊敬すべき秘書って感じで戦闘シーンさえも仕事の出来る男って感じだったなぁー。
攻略対象のノーマン、グレッグ、アシュトン… 全然キャラクターに魅力を感じなかった。
是非 今度はシエルを攻略対象に加えて欲しい。
……………………………………ん?
………………スタンビーノ? ノーマン? グレッグ? アシュトン・・・!!
マジか、私が所謂 悪役令嬢だったのか!!
あああーー! あんなに頑張ったのに、悪役って! 今世でも頑張って 頑張って殺されるって!
前世と同じかヨォぉぉぉぉ!!
はっ!
つまりこの状況は断罪後って事!?
はぁーーーー!? 思い出すの遅くねー? ここは普通人生やり直すかのように幼少期に思い出せよ 自分!! ついてないって一言で言えるのか!?
あれ? 断罪って本来は王子がするものじゃないの!? はて? 王子に断罪されたっけ 私?
そうか…でも何もかもを終わったのか………ん!?
私まだ死んでない! イヤ今すぐ死にそうだけど、まだ死んでない!?
そっかー! そっか、そっか 前世も殺されて今世も殺されるそんな人生だったけど、取り敢えずまだ死んでない!!
よし、今世は最後まで生きてやる!! こんなところで死んでたまるもんか!!
私はガリ勉 公爵令嬢じゃない! 遠野柑奈の人生も背負っているそれに力も宿っている・・・あれ?
目を見開くと目の前にはさっきのイケメンがまだいた。
「記憶の整理はできたか?」
「あのー、どちら様でしょう?」
「お前が助けを呼んだ、だから来たのだ。」
「助け? どこから?」
胸が熱くなった、つながりを感じる。
「まさか!? 竜神様ですか!?」
ニヤっと笑って
「そうだ。」
反射的に儀式で教わった礼をとる。
正座し胸に手を当て両手を天に向けお辞儀をし、両手を地面につけ額を地面につけまた胸に手を当て深くお辞儀をした。
「うむ、もうその辺で良い、ソナタは我の妻ゆえ楽にせよ。体は治したが 他には問題ないか?」
「えっ? 本当だ、さっきまでの息苦しさはない。竜神様が治して……感謝致します。」
「そなたには既に我の力の一部が譲渡されている。感じるな?」
「はい、お陰様で転移しここに潜む事ができました。」
「そうか、ソナタが寝ている間に記憶を見た。」
「はい。」
「お前はこの後どうしたい? ヴァルモア王国へ帰るか? それとも別の国で生きていくか?」
「まだ 自分がどうしたいかは分かりません。でも今すぐあの国に戻ることはできません。だから……暫く、旅に出たいと思います。あちこちの国を回って勉強した事を実際に自分の目で見てみたいです。
それから最大の目標は今世こそおばあちゃんになるまで生きていきたいです。」
「そうか、そうだろうな。しかし我の本体はヴァルモアの地にあるためついていく事が叶わぬ。ソナタにこれをやろう。」
腕に手を当てるとイケメンの腕の一部が鱗のついた腕に変化した。そしてその鱗の一枚を抜き見つめていると徐々に大きくなり人形を取った。
「これは我の眷属だ、名前をつけよ。」
ああああああ、この顔はシエル!!
「はい、では『シエル』と名づけます。」
名前をつけると目が開き跪いた。
「シエル、お前は我の代わりにこの娘 レティシアを護るのだ。良いな?」
「はっ、承知致しました。」
「それからどうしても我が必要になった時は そうだな『レク』と呼べ。お前は我の妻、竜妃ゆえ護ってやろうぞ。」
「レク様、私は一連の儀式を済ませ殺されたことになっております。これはどうしたらよろしいでしょうか?」
「ふむ、少し考えがある。まあどの道、馴染ませねばならぬゆえそのままで良い。その為のシエルゆえな。」
ニヤっと笑う。パチンと指を弾くとさっきまでの血塗れであちこち破れていた衣服や体についた汚れが一瞬で綺麗になった。
「今後は、まあソナタでもできるだろうがシエルにやらせるが良い。
ソナタの捜索隊がこちらへ向かっている。まずはどこへ行きたい?」
「……ソトマウラ国へ向かいたいと思います。この時期は夕日に向かいハネチャナが飛び交いとても幻想的だと聞きましたので、見てみたく思います。」
「そうか、ではそこへ送ってやろう。丁度距離も遠くていいかもしれぬ……後はシエルと旅を楽しむが良い。達者でな。」
「レク様、何から何まで有難うございます。」
パチン
ヴァルモア王国の隣のドリュース国からレティシアはシエルと共に消えたのだった。
乙女ゲームの攻略者たちスタンビーノ以外は、スタンビーノがレティシアに肩入れした事で、スタンビーノ王子にはバレないように自分の配下を使ってレティシア(サリー)に嫌がらせを繰り返し有りもしない噂を立て名を貶めていった。
だがあまり堪えていない様子のレティシアにイラついていた。
「普通なら今頃、反撃に出てもいいはずだ、それが全く響いていないみたいだ。いったいどう言う事なんだ!?」
「未来の王妃の座を逃すまいと必死なのだろう?」
「どこまでも厚かましいな!」
「テレーズはどうしている?」
「最近、殿下が冷たいと泣いている。それにこのままではダンザーイが何とかって、言っていた。……意味は分からないが。」
「はあー、何故殿下はあんな可愛げもない女を大切にされるのだ!?」
「何故、テレーズの良さに気づかない?ボンクラめ。」
「おい、どこで聞かれているかわからない。慎め。」
「悪い。」
学園ではレティシアは悪女と悪名轟いていたが、社交界・王宮ではレティシアの優秀さは群を抜いていて評判は高かった。しかも大臣クラスは儀式にも極秘で出席している、勿論、この国の5大公爵もだ。だからあくまでも学園に中だけの悪名であった。
陰でチンピラも雇ったが、護衛がついて王宮か自宅にしか行かないので襲いようもない。
だからテレーズを虐めている状況をでっち上げるしかなかった。
後は自分の言いなりになる人間や派閥の者を使って悪い噂を撒いた。
だがスタンビーノ王子はレティシアと距離を置くどころか自分たちと距離を置き始めた。こんな筈ではなかった、その上、テレーズに『私に任せておけ』なんて言っていたのにテレーズどころか自分たちも側に置いてもらえなくなって、側近の立場も怪しくなってきた。
悪名を轟かせても婚約破棄はされなかった、そこで卒業パーティに一つの計画を立てた。
いくら王子に言っても駄目なら、その元凶を取り除けばいい。
そうすればスタンビーノ王子もテレーズを見るしかなくなる、そうすればテレーズも私をまた褒めてくれる筈。