29、衝撃
スタンビーノはレティシアを抱き抱えながら寝室の扉をくぐりベッドに腰掛けた。当然レティシアはまだ腕の中だ。スタンビーノの腕は一向に緩まる気配がない。包まれた布団から顔を出してスタンビーノを見ると眉間に皺を寄せ苦しそうに体を震わせて泣いていた。
緊張の糸が切れたのだ……、冷静になると もしあの時 疲れてうっかり自分が寝てしまっていたらレティシアはどうなっていたんだろう? そう考えると今更ながらに怖くて堪らなかった。レティシアを抱きしめたまま気づけば取り止めもなく涙が頬を伝う。
レティシアはその腕に抱かれながらそのままスタンビーノが落ち着くのを待った。
スタンビーノは落ち着くとレティシアと自分の服を夜着に替え布団を捲り足の間にレティシアを挟んだ。
えっとぉー、これから話をするのよね?
そう思ってスタンビーノを見上げると、
「レティは私にくっついていると充電ができるのだろう? だったらこれからはなるべくくっついていないと。」
「あ、そうね うん 有難う。」
「さあ、話してくれる? さっき竜神様はレティの隠し事は竜神様に関係があると言っていたけど?」
「そうね、どこから話したらいいかしら?」
「全て… お願いもうあんな思いをするのは嫌なんだ。」
「ごめんなさい。えーーーと そうね……。
崖から落とされてタネが芽吹いた体に竜神様の竜気を沢山注入して頂いて生き返った。それにその後ずっとシエルも傍にいた事もあり…その よく夢に見るようになったの。」
「夢?」
「うん、夢の中で 竜神様の過去をランダムで見るようになり図らずもさまざまな事を知るようになったの、偶に感情が昂って泣いてしまったりしていたでしょう? あれのこと。
この国の成り立ちなど……本当にさまざまな事を知ってしまった。
簡潔に言えば、夢の中で竜神様の過去をなぞるうちに私自身が竜神様と同調するようになってしまったみたい。」
「同調?」
「うん、先程意識がなくなっていたのも…竜神様が意識を失っていたから私も意識が引き摺られてそうなったみたい。」
「な、何故 竜神様が意識を失うのだ? ……何が起きていると言うのだ!?」
「竜神様は……もう何年も生贄を受けていないので力を失いつつあるみたい。」
「生贄!? 生贄とはなんだ! そんなもの過去の文献にも見たことが無い!」
「『竜妃』とは本来竜神様に捧げられる生贄の事だったの。」
「ば、馬鹿な!! 何を言っているのだ!」
レティシアを抱く手に力が入る。
「竜神様はその昔 別の神様であり、奥様とお子様がいらっしゃったの。だけど、ある日 家に戻ると妻と子が殺されていたの。そして嘆き悲しみこの地を荒野に変えた。
ヴァルモア王国の始祖たちが他の地から逃れてこの地へ辿り着き、竜神様にここで生きていけるよう願い出ました。竜神様は加護を与えここに住む事を許可し見守っておられましたが、国が大きくなるに従い広くなった領土を竜神様の鱗だけでは賄えなくなってきて 領土の隅々まで加護が届かず人間は命を育めない、そこで竜神様は王女との間に子をなす事を選択なさった。
でも竜神様にとって愛する奥様以外と交わる事は想像を絶する苦痛だったの。
各地点に鱗を置いて広い国土に加護を与える事もかなりの力を使っていたし、竜神様が望んだことではなかったけど神から竜神へと変わり 使える力が限られている中で加護という形で常に力を放出していた、放出し続ける力を補充させるため始祖から定期的に生贄を捧げられていたの。
でもそれも王女との間に子をなしてからは受け取りませんでした。
竜神様は足りないエネルギーをこの地に縛られる事で大地から得ていました。
長い年月をそうして生きてきたのに、私が死にそうな目にあったことでかなりの竜気を使ってしまったのです。そして私に危害を加えた者たちに対しても、シエルに対しても常に力を放出していたので回復が間に合わず 現在はとても弱っていらっしゃるのです。ですが、竜神様は供物を受け取らない……静かなる滅びを望んでいらっしゃる。そう思うのです。
私は竜神様がお与えになったタネを体内に宿してる。無意識になると足りない力を自分に最も近い者から補給し始めてしまった…補給しないと維持することが難しい。
竜神様と私は互いの側にある事で補い合っているみたい。そして私は竜神様の血を引くスタンからも補給ができる…そう言う訳 です。」
「ねえ、イマイチ分からないことが多いのだけれど 竜神様が滅びる そんな事あり得るのか? 竜妃が生贄ってレティシア…変な事考えてないよね?」
「竜神様が滅んで仕舞えばこの国も即ち滅びを迎える。 手段が見つからない場合は…スタンとの間に子をなし無事出産が済めば 生贄として竜神様の元に向かうのが最善だと思ってる。」
「レティ!! どうしてそんな他人事みたいに言えるの!? レティの人生はどうなるの? 辛い思いばかりさせて最後は命まで差し出せって!? そんな馬鹿な話はない!!
子を作って産んで命を差し出せってレティシアがあんまりにも可哀想だ!!
それに私は? 私の事を捨てるの? 置いていってしまうの? そんなに簡単に切り捨てられる存在なの?」
「スタン……ちゅう。大好きよ、大好き 私の人生でこんなにも温かい存在に出会えた事は幸せだと思ってる…だから今 他の手段を模索しているの。」
「他の手段?」
「うん、私は竜神様もスタンもこの国も大事よ。だから守りたい、私にできる事だったらなんでもしたい。だけど…私がいなくなる事でスタンを苦しめたくない。
……他にも夢の中で気になることがあったの。」
「気になること?」
「竜神様の奥様とお子様は誰が殺したのか……と言うもの。何の為に? その後 竜神様が嘆き悲しみ感情を爆発させている間にご遺体は無くなってしまわれたようだけど、私は竜神様のご家族を殺した目的が気になったの。 もしかしたら最初から神の力を手に入れる為に狙ったのではないかって。」
「ああ そうか……、竜神様ではなくその家族の命を狙った目的か… それにも心当たりがあるのだね? ……まさか それがハラダーニュ国なのか!?」
「うん、急速に成長し絶対的な王権 そして建国の時期、女神の加護、国民の一糸乱れぬ思想 些か不自然なほど統一されている事が気になったの……。
ヴァルモア国の始祖たちは圧倒的な力を恐れこの不毛な大地まで逃げてきた。
それはどの道死ぬなら 一縷の望みに懸けてこの地に辿り着いたとあったけど、つまりはこの不毛な大地にはそれを覆すことが出来る存在があると知っていた と言う事でしょう? つまりは神という存在を知っていた、その力もある程度知っていたとしたら…。
転々と旅してた時に 行った国で実は他にも神様にお会いしているの。
竜神様はこの世界 唯一無二の神ではないの、多くの神々が存在する中で何故 竜神様だったか、竜神様のご家族だったのか…それが気になるの。
そして 今 竜神様は弱っていらっしゃる、このタイミングで私を攫いにきた… 若しくは心臓だけでも持ち帰るようにと指示を出していたのがハラダーニュ国だったわ。
私は…その昔 竜神様のご家族を殺したのはハラダーニュ国の先祖だと思ってる。生きていらっしゃる竜神様も最近 体調が思わしくない……。きっともっと前からハラダーニュ国には異変が起きていたのではないかと思うの。
そこで手の者を忍ばせて調べてる。
それがこちらの報告書……もう20年前から異変は始まっていたわ。」
「こ、これは本当か!? 理想国家の化けの皮はとっくに剥がれていたって言うことか……。」
「ハラダーニュ国の繁栄は恐らく竜神様のご家族から心臓か神核を盗んだのだ効果だったのだと思うの。
長年繁栄を齎したルドゥドワ女神の宝玉……それに異変があり 文献にてどこまで伝承されていたかは定かではないけど、それに代わるモノを求め竜妃の心臓を欲したのだと思うの。」
「執拗にレティシアを狙う理由がそこにあったか……それで あの時レティシアの心臓だけでも持ち帰れと言う指示を聞いて 予想通りだったから笑った…のかな?」
「うん、そしてこれは確証がない事なのだけれど…、ご家族の心臓なのか神核を竜神様に戻して差し上げる事ができれば 生きる気力を取り戻してくださる気がするの。そして上手くいけばご家族を…心臓だけでも傍に取り戻せる。
私は今 その手段を模索してる。」
「それは誰にやらせているの?」
「リーダーはシエルです。手足となって動いているのはノーマン、グレッグ、アシュトンです。」
「冗談だろう!? まさかあの者たちを! 何故そんな助けるような真似を アイツらは殺しても殺し足りないのに!!」
「うふふ 怒ってくれて有難う、でも元は優秀な者たちでしょ? …それに捕まれば命の危機もある。都合が良かった それだけよ。」
「そう…。でもやはり私は信用できない。」
「そこはシエルが上手くやっていると思う。」
「そうか シエル殿か……どうして言ってくれなかったの?」
「確信のない事だったから…。もう少しハッキリ確証を得てから話そうと思っていたの、ごめんなさい。 ねえスタン・・・久しぶりにこうしているのよ?
お願い もういいでしょ? いつもみたいに甘やかして…ね?」
「むちゅう ずるいなぁ〜。 はぁ………。でもこうしてくっついていると本当に私から充電できるって事だよね? それだけ私とレティは繋がっているって事だよね?
ふぅー、愛する奥様のご希望に沿うようにたっぷりとご奉仕しますよ。ちゅう。」
「うふん 嬉しい 大好きよ…ずっと一緒にいたい だから諦めないわ。ちゅう」
「ああ、ずっと一緒にいよう 共によぼよぼになるまで…出来れば私を看取ってほしい。
これからは情報共有してくれるよね?」
「勿論よ 旦那様。あん。」
約束とは裏腹にレティシアはどこか諦めているような気がした……いつか竜神様がいなくなってしまうような事態に陥ればその身を惜しげもなく捧げる、その時に私が懇願しても私たちの子供が懇願してもそうしてしまう…そんな嫌な予感がするのだ。スタンビーノは不安を隠してレティシアを大切に大切に抱いた。
スタンビーノは報告書を読んでいた。
実はわざとレティシア宮からレティシアを誘拐させたのだ、勿論本物ではない…そうリアーナだ。リアーナの家族には魔法で別の者の処刑を見せた。そしてリアーナをレティシアとして扱い偽物とバレないように誘拐させたのだ。目的はどこに運ばれるか?とレティシアを執拗に狙う理由が知りたかった。
レティシアの話を聞いて納得するものがあった。向こうにしてみれば我が国の誰でもいい訳ではない、王子の妃でもなく、『竜妃』でなくてはならないのだ。母も『竜妃』だ、だから最悪母でもいいのだろうが 多分レティシアの話の予想が正しいのであれば神核の劣化…永遠ではないと知ったならばより長く保つように新鮮なものを求めたのだろう……。
それとも 我々がまだ知らない何か理由があるのか…? 何も確定した事実はない、だがリアーナにつけた暗部の報告により、リアーナは確かにハラダーニュ国へと運ばれたのだ。
レティシアの話に俄然 信憑性が上がった。
いや信じていないわけではない…寧ろ信じたくない、嘘であってほしいと思っているだけだ。
リアーナは上手く連れ出す事が出来たので生きたままハラダーニュ国へと運ばれた。
その間 一度も馬車を降ろされる事もなかった。
いや馬車と呼べるかどうか… 大型荷車は改造が施されているようで まるでサーカスの象の移動のようだった。荷車が一つの部屋になっているらしくかなり大きい。
四方を囲む壁には出入り口はない、御者の所に小さな窓が付いているのと天井に扉があり食事はそこから投げ入れているらしい。まあ普通の女であれば天井から逃げ出す事など出来ない逃げられない作りになっていた。いつから考えていたのかは分からないが間違いなくこの馬車は『竜妃』を攫うために作られたものであった。
リアーナは魔術で自分の意思を話す事も書いて伝える事も出来なくされていた。
牢に入れられていたと思ったらかつて自分が好き勝手していたレティシア宮で綺麗な服を着て周りの者たちは自分を『レティシア様』と呼び傅く、訳がわからず質問しようとすると言葉が出ない。
『これはどう言う事なの!?』
「・・・・・・・・・・・・。」
『何故 私をレティシアと呼ぶの?』
「・・・・・・・・・・・・。」
『やめてよ! いい加減にして! 何なのこれ!!』
「・・・・・・・・・・・・。」
『もう、帰りたい。王宮から帰りたい。あの頃に帰りたい。』
「・・・・・・・・・・・・。」
『どうなっているの? 分かるように説明してよ! 何で皆 私をレティシアって呼ぶのよー!!』
「・・・・・・・・・・・・。」
何を言ってもリアーナの聞きたい質問には声が出なかった だから回答は得られなかった。
自分の声が出ていない事も理解した。泣き叫んでやっと落ち着くと喉が乾いた。
「喉が乾いたな。」
「只今 ご用意致します。お水で宜しいですか? それとも別の物をご用意致しますか?」
「えっ!? 私の声が聞こえるの?」
「はい、聞こえておりますが?」
『じゃあ、何で私をレティシアって呼ぶの?』
「・・・・・・・・・・・・。」
レティシアに関する事 自分の感情に関して話そうとすると声が出ない事が何度か繰り返したやり取りで理解した。それに触れなければ会話も筆談もできる事がわかった。
私が『レティシア』として振る舞い 発言する分には何の問題もなかった。
レティシアとして皆 接してくれるから牢の中より待遇も環境も全然良かった。何よりあのレティシア宮で自由に過ごせるのだ、監視されている事は理解したが、フカフカの布団で綺麗なドレスを着て、美味しい食事を食べ、湯浴みの手伝いをさせ、美味しいワインを飲み あれやこれと好き放題お姫様生活を満喫し 次第に何も考えなくなった。
自分がレティシアと呼ばれる事にも違和感がなくなった頃、1人の男がリアーナに近づいてきた。
「レティシア様 いえ今だけはリアーナ様とお呼びしましょう。
『リアーナ・ドリトル伯爵令嬢』は既に処刑されました。ドリトル伯爵夫妻の前で刑は執行されたので既に貴女が生きていると思っている者はおりません。
因みにドリトル伯爵家はお取り潰しとなった。故にお前の父も母も姉も平民となった。姉 マリアンの婚約は解消された、現在は資産で郊外に家を購入しそこで3人で身を寄せて暮らしているが…離散するのも時間の問題だろう。
王家はお前の命だけで伯爵家存続の道も示してやったが、伯爵はお前を哀れに思い共に滅ぶ道を選んだ。母と姉はお前の処分は仕方ない どの道死ぬのなら伯爵家を存続させなければマリアンの結婚もダメになるし多額の弁済金も返す事が出来ないと主張したが、 結果妥協案を了承しなかった為当初の処罰通り ドリトル伯爵家は無くなった。
お前には帰る家はない、侍女の一人もいない家 いずれ父親も不満の捌け口でしかない家には寄り付かなくなり収入のない母と姉は親族にたかるようになるのであろう。
さてここまでがドリトル伯爵家の現状についてだ。何か質問はあるかな?」
放心状態で何も考えられなかった。
「お前は成り代わりたかったレティシア様の影武者となった。故にここでは皆 お前をレティシア様として扱う。ああ、勿論 本物のレティシア様はスタンビーノ殿下の元にいる。
お前がなりたかったレティシア様の本当の日常をお前に体感させてやろう、と言う配慮だ。
よって魔術でレティシア様としての発言しかできない。そこにお前リアーナとしての感情が乗ると制限がかかる。これよりお前はレティシア様として生きるのだ 良いな?
ああ、勿論 拒否権はない。
上手くレティシア様として生きていけばいい、ここでは誰も咎めない。お前の家族が食うに困って物乞いのような真似をしようとも お前はここで専属の料理人の作った料理に舌鼓を打てばいい。お前の家族が平民服のボロを着ようとも綺麗なドレスに身を包み使用人を傅かせればいい。母と姉が自尊心を失くし親戚中に煙たがられて落ちていく様をここで見ていればいい。残念だが 以前のように高級品を取り寄せたり 娯楽も道楽もなしだ。
但し、このレティシア宮の中だけの事だ。お前が生きている事が知られると もう一度処刑しなければならず余計な手間がかかるからな。
せいぜいレティシア様としての第2の人生を楽しむがいい。」
そう言うと男は部屋から出て行ってしまった。
残された部屋でリアーナはまだ立ち尽くしていた。




