24、護身術
アシュトンの居場所が最初に分かった 当然どこにも隠れようもない動かないアシュトンに会いに来た。
だがそれもちょっと大変だった。
アシュトンが収監されている牢は 孤立無縁の無人島みたいに交通手段が分断されていたのだ。近くまで行ったが商売や作業人やらが溢れていて『ちょっと友達に会いに来た』なんて言える雰囲気ではなかった仕方なく日を改めて何度か見にくるハメになった。必死の復旧作業でやっと通れる様になったと聞いてやっと会いに行くことができた。
折角遠い道のりを何度か往復して開通して落ち着くのを待って会いに行ったのに!それなのにアシュトンは頭がおかしくなってしまったみたいで、私が話しかけてあげているのに上の空で何の返事もしない。こちらを見ようともしない、『ねえ! 聞いてるの!?』何度怒鳴ったことか…と言うのも隣にいる煩いおばさんが私以上に怒鳴り散らしているから全然声が聞こえない。『煩いおばさん黙ってよ! このイカれトンチキ!』叫ぶとそれに対しまたおばさんの猛攻、ほんと喉が潰れるかと思った。憲兵の人にアレがアシュトンのお母さんと聞いた時はビックリした。
だけど私が『私たちに対する処罰は不当!国に責任を取らせるべき!』と言う言葉にいたく感動して急に意気投合して『一緒に頑張りましょう!』とか言ってたけど…2人とも牢に中だからできる事は何もない、そう理解して適当に相槌を打って引き上げた。
全くの無駄骨、時給換算でお金欲しい、はぁー。牢に入っている人は頼りにならない…うん 教訓だね、よし! つぎつぎ!!
次のに居場所が分かったのはグレッグ。
グレッグは一般兵として働いているらしい。
今度は牢の中じゃないからきっと私の力になってくれるはず! 意気揚々とグレッグの兵舎に向かっていった。これまたすっごく遠い場所で最近稼いだ金を注ぎ込むことになった。
でも…グレッグは脳筋 騎士に憧れた単純バカだから、私が泣き落としすればすぐに靡くと踏んでいた。『頼りになるぅ〜 さすが騎士様』これグレッグの大好物。頑張るぞ!
スタンビーノ王子の執務室では今はキチンとレティシアの机も立派なものが置かれている。
そこに座ってスタンビーノ王子の側近の代わりに働いている。
「レティシアは優秀だからすごく有難いけど、やっぱり実務をさせられる者を入れなければならないな。」
「そうね…、私は書類仕事は出来てもその他はお役に立てないものね。」
「うーん、それにレティの体調に良くない時や その…子供ができた時の事も考えるとね。勿論 ここにいたい時はずっといて構わないけど…。私はゆっくり休ませてあげたいとも思っているんだ。 うたた寝してても良いし、自分の趣味に時間を使ってもいいんだよ?」
『ゆっくり休ませる』これには訳がある。
一緒に生活を共にする様になって分かった事だが…レティシアは今も夜中 偶に夢を見てうなされるのだ。今は10日〜2週間に1度位の頻度で隣にいるこちらが苦しくなるほど悲しそうに泣く。
この間も夜中に
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ! いやーーーーー! やめてー! やめてー! 助けてー!! お願い! お願い!! きゃぁぁぁぁ!!」
「レティシア! どうした!? ああ、大丈夫 大丈夫だ!夢だよ、全部夢だ。」
「あ゛あ゛ぁぁぁ、苦しい あ゛あ゛痛い あ゛誰か助けてぇぇぇぇ!!」
「殿下 どうなさいましたか!! 入っても宜しいでしょうか!」
うち扉ではなく離れた外の番兵にまで聞こえる声で泣き叫んでいた。
「い、いや どうやら夢のようだ。入って来ずとも良い。レティ 大丈夫もう大丈夫だよ。もう終わったんだ、夢だからさあ起きるんだ。」
「…ううん……うぅぅ ふぅ スタン!?」
「ああレティ 大丈夫? うなされていたよ。」
「ヒックヒック スタンごめんなさい また起こしちゃったのね? ごめんなさいごめんなさい…でももう少しこうして抱きしめて貰ってもいい?」
「ああ、落ち着くまでこうしているから眠れるようなら眠りなさい。」
「うん、ふーふー ヒックヒック。」
泣きながら胸に顔を擦り付ける。
「よしよし 今のは夢だよ、もう終わったんだ大丈夫、大丈夫。」
そう言い聞かせながら寝かせている。
レティシアは未だあの事件に苦しめられているのだ。
スタンビーノは悪夢の次の日くらいはゆっくり眠らせてあげたかった。落ち着いたレティシアは申し訳なさそうに『やはり寝室を分けた方がいいみたい』私を気遣ってそう口にする。だから私はその度に『傍にいて悪夢から起こしてあげられるこの役目を他人に渡すつもりはないよ』そう、言い聞かせる。レティシアが悪いわけではないのに何度も私に謝る彼女の姿に胸が締め付けられる。
護衛たちも悪夢にうなされるレティシアの悲痛な叫びを何度となく聞いては声を殺して泣いていた。それほど心に刻まれた凄惨な事件だったのにレティシアは責めるような事を言ったりしない、嫌な顔一つしない。起きている時は私以外には相変わらず無表情だが 完璧令嬢だったで何事もなかったように振る舞う。
今も苦しんでいるレティシアに出来ることがなくて不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。
学園時代スタンビーノ王子の側近として選ばれたのは単純に家柄と同じ年 その条件に当てはまったからだ、殿下の護衛はグレッグである必要は元からなかった、スタンビーノ王子には元から護衛がいるのだから、5大公爵家のアシュトンはいずれ事実を知らされる立場 だから選定された。ノーマンも優秀だったので近い将来宰相となれば事実を知らされる こちらもその『知る』立場にいたからだ。
ノーマンもアシュトンは優秀ではあったが絶対に彼らでなければならない訳ではない、実際に学園では常にスタンビーノ王子とレティシアが主席だった。優秀と言っても換えが効かないと言うほどではない。そこで新たに集められたのは5大公爵家の一つ
リンクス公爵家の次男とヘンキュスト侯爵家の長男が側近候補として決まった。
「ご挨拶させて頂きます ギルバート・リンクスでございます。」
「ご挨拶させて頂きます エドワード・ヘンキュストでございます。」
恭しく挨拶をする2人の前でスタンビーノ王子殿下の執務室でソファーに隣どうしに座り手を繋いで聞いているレティシア。
「スタンビーノ王子殿下の為に尽力してくれる事を望みます。」
借りて来た猫…人形のように大人しい。
「ぷっ! レティ、大丈夫だよ、そんなに畏まらなくても。どうせこれからこの部屋で一緒に過ごせばすぐにバレるよ。ほら、ちゃんと呼吸をして。」
「あん 最初くらいちゃんとしなくちゃって思ったのに。」
「いいよ、私の傍にいる時ぐらい肩の力を抜いで。そうじゃないと寄り掛かれなくなっちゃうよ?」
「それは…困るわ。」
ポスッとスタンビーノ王子の胸に抱きついた。
「うん、この部屋と2人の部屋はいつものレティで、ね?」
「殿下と妃殿下は随分仲がよろしいのですね?」
「まあね、意外?」
「はい。あ、いえ。 妃殿下は完璧令嬢であまりお見かけしたことがなかったので、そのー、あまり感情をお出しになられない方なのかと。」
「ねえレティ レティについて知っておいてもらいたい事を言ってもいい?」
「スタンに任せるわ。」
くっついたまま顔だけスタンビーノに向ける。
「有難う。 ふぅ、私もレティも小さい頃からずっと英才教育を施されて来た。特にレティは間違いがあっては、万が一があっては、と正直 隔離生活を強いられて来た。
その影響で同年代と話をした事もないんだ。人間関係も教科書に載っているものくらいしか理解していないんだ。だから特に男女の機微や微妙な言い回しには免疫がない、世の中の普通とか、言ってみれば『王族として 模範』と教え込まれた以外は知らない事が多い、そう思っていてくれ。 今 私が私たち夫婦の関係のあり方を教えてあげているんだ。」
「はぁ……その、お茶会も行ったことがないのですか?」
「ありません。」
「夜会は? 夜会はあるでしょう?」
「スタンとデビュタントの時と学園の卒業パーティーの時の2度だけ参加しました。」
「因みに街に出た事は?」
「ありません。」
「……………。」
「本当にごめんね、今度一緒に行こうね。」
「買い物とかはどうされていたのですか?」
「侍女がしていました。」
「失礼ですが……不満を訴える事はなさらなかったのですか?」
「日々に精一杯で余裕がありませんでした。今はこうして様々な事を王子殿下から教えて頂いて学んでいる最中です。」
「完璧令嬢は究極の箱入りお嬢様だったのですね。」
「だから普通と違う言動をした際は教えてやって欲しい、優しくね。それから 周りの甘言や欺瞞からも守ってやってね。ああ、でも私のものだから思いを寄せてはならないよ。」
「「はい、勿論です。」」
ちょっと想像とは違うレティシアに戸惑ったが それより戸惑ったのはレティシアの優秀さにだ。
「殿下、妃殿下は大変優秀なのですね。」
「そうだよ、私が劣等感を抱くくらい優秀だよ。」
「はぁーそれほどですか…、でも納得イヤ 妃殿下はちょっと超人的に優秀ですね?」
「勉強しかして来ませんでしたから。」
何でもないことのように言う。
特別に興味も持たずにカリカリとペンを動かす。
「殿下、エヴァン隊長がお見えです。」
「通せ。」
「失礼致します。少々お耳に入れたいことがございます。」
「ラーズ、サックを呼べ。」
「それで、どうした?」
「妃殿下の宮に忍び込んだ賊が…。」
チラッとギルバートとエドワードの様子を窺う。
「ああ、ギルバートとエドワードはここで見聞きした事は秘匿するように。」
「「はっ、承知致しました。」」
「話せ。」
「忍び込んで情報を盗む目的ではなく、誘拐もしくは殺す目的で侵入しているようです。」
物騒な話をしているのにレティシアは顔色を変えない。
「そう、今までとは違うってことだね。 敵は誰か掴めているの?」
「捕まえた者たちは金で雇われており黒幕は知りませんでした。」
「ふーーん、煩いハエだね…。ギルバートやエドワードだったら真犯人とその協力者をどうやって炙り出す?」
「えっ、その前にそんなにも妃殿下は襲われているのですか? 妃殿下の宮に忍び込むなどあってはならないことです! 容認しているのですか?」
「容認とは違うかな、まあレティシアが自分の宮戻る事は殆どなくてね。当座危険はないのだ。でも不思議なことがあるんだよね……。レティシアの宮に何度も入るには中に手引きした者がいるはずだ、でもそうなるとレティシアがそこでは生活していないと知っているにも関わらず忍び込む…その真意は何だと思う?」
「妃殿下がいない宮に忍び込む真意……か。」
「盗み…ですか?」
「盗むと言っても多くの荷物は殿下の宮に移しているのですよね? まして今回は殺す目的とはどう言う意味ですか? レティシア様がいないと言うのを知ってて…? 違和感があります。」
「確かに…。訳がわからない。
「殺害目的のために宮にそのまま潜伏していたと言う事ですか?」
「皆さん難しく考えすぎです。犯人を同一犯とするから訳がわからなくなるのです。
盗みに入った者と、殺害目的で来た者は別と考えるべきです。」
「妃殿下…そんな他人事みたいに……。恐ろしくはないのですか?」
ニコッと笑うとスタンビーノ王子におねだり。
「スタン…エヴァン隊長に護身術を習ってもいい?」
「必要ないのではない?」
「でも 今までも教わっていたのよ? 運動がてらどうかしら?」
「エヴァン隊長…頼める?」
「命に替えましても。」
「レティ、無理しなくてもいいんだよ、でもレティがやりたいなら反対はしないよ。
ちゅう 気をつけてね。」
「はい、行って参ります。」
レティシアはエヴァン隊長と共に出て行った。
「殿下、レティシア様はご自分が狙われているのに落ち着いていらっしゃるのですね。」
「そうだね、ただ真実は表面的なものでは分からないことの方が多いよ。
ふーー、最近はひっきりなしに来るんだ。でも、妃殿下宮に入られすぎだよね。
そろそろ 炙り出すかな? でもレティが悲しむかな?」
「目に余れば仕方ありますまい。」
「犯人に目星はついているのですね?」
「まあ、最初に忍び込まれた時から当然掴んだ上で 犯人は泳がせていたよ。でも殺害目的とは穏やかではないね。まあ情報が漏れているのだろうね…各方面に。」
レティシアはエヴァンたちとホールで護身術を習っている。
小さい頃からダンスと同じように習っていたので基本的な型は分かっている。
特別に習わなくてもいいと思えるほどだ。
程なくしてスタンビーノ王子が護身用の小さな短剣をガーターベルトに仕込めるように作ってくれた。
レティシアの相手をするのはクレイブとロジャー。
レティシアも女性らしく成長し以前とは若干動きを変える必要もあった。その調整においても有効だった。体を動かし汗をかいた後は スタンビーノ王子の宮に行って汗を流しパメラに着替えをして貰ってまたスタンビーノの執務室へ向かう。
薄々感じる気配に深いため息を吐く。
「シエル…私ちゃんと出来ているわよね? はぁー。」




