21、絆
転移してついた先は王宮ではなかった。
小高い山の展望台、目の前には見渡す限りに海が広がっていた。水平線と空の青さがどこまでも続き雄大で穏やかで心が躍る。山肌にはリリの花が色とりどりに咲き乱れ何とも美しい光景に目も言葉も奪われた。
「ここは?」
「ジャネヴァーロン国の『生命の誕生する地』ラヴィー展望台です。
ティアがここに王子殿下と一緒に来たいと以前言っていたので。」
「そうか、有難い。」
チラッとレティシアを見れば、レティシアは目の前に広がる景色に夢中だった。
思いっきり空気を吸って体に染みこませているかのよう、そして太陽に光を体いっぱいに浴びている。海からの潮風にリリの芳しい匂い 体内に取り込んだ空気を入れ替えるかの様に深呼吸を繰り返す。
普通の令嬢は日焼けをしたがらない、色白であればあるほど高位貴族の深窓令嬢の証だ。
正直 男の目から見て…と言うのであればどうでもいいと思うのだが、白粉で白く塗られているのは度を超えているものは不気味にすら感じている、女性の美に対する執着は口出ししない方がいいと講師からも聞いているから見て見ぬふりをしているが、肌の白さのこだわりが有るのは、ライバル視している女性同士だけではないだろうか。
レティシアは日焼けに関して何も拘りがない? って!!
「レティ? 化粧もしていないよね? 日焼けは大丈夫?」
「えっ? お化粧は夜会の時しかしてなかったし、今は逃亡中で何も持っていないから。
日焼けは気にしたことがなかったな…ずっと家と王宮の往復で日焼けする暇もなかったし…ふふ そう言えばこの間 川で泳いだ時もそのままだったから日焼けしたかも。」
そう言うと胸元を開いて自分の日焼け具合をチェックしている。
それをスタンビーノ王子もシエルもギョッとした目で見た。
そしてクルッと顔を背ける。その顔は真っ赤だ……レティシア、レティシア!
レティシアは淑女の鑑 完璧令嬢のはずだろ? 貴族の令嬢の行動とは思えない…何が? どうして? シエルを見れば額に手を当てて考え込んでいるようだ。
「ゴホッゴホン あのーシエル殿 旅の間ずっとあんな感じなのですか?」
「はぁー、はいでありいいえです。
レティシア様は一度死んで生まれ変わったと仰っていました。申し上げにくいですが、我慢に我慢を重ね人間らしい感情を忘れていた、と。
ヴァルモア国に戻れるか分からない状況で 目下の目標は長生きなさることだそうです。
美しいものを見て美しいと感じる感情をお持ちになりたい、と。
令嬢らしからぬと思った事は多々ありましたが、完璧令嬢の殻を破りご自分の心の赴くままに過ごされる様子は天真爛漫でお可愛らしいですが、ご自分でも手探りのようです。」
一応尤もらしくフォローする。
「そうなのだな、長生きする事が目標とは……私はあまりに深い傷を体にも心にも負わせてしまったのだな。
まあ素直に生きる事は悪い事ではないのだが、あまりに無邪気で心配になるな……あれでは周りの者は皆レティシアに夢中になってしまう。」
「それは…お察し致します。よぉくお守りください。」
2人は見つめあって「「はぁーーー。」」大きなため息を漏らした。
右奥のデッキの端に行っていたレティシアはこちらを向くと両手で大きく極上の笑顔で手を振ってくる。屈託のない笑顔についこちらもニヤけて手を振りかえしてしまう。
「シシシエル殿! レティシアの可愛いがとんでもない事になっています!
あれでは あまりに危うく公の場の出したらすぐに欲望に塗れた者たちの餌食になりそうです!!」
「そうですね、まあ1番危険なのは殿下ですよ? 完璧令嬢の殻を脱いだ状態を近くで見続けるのですから。学園も卒業し多くの時間を共有なさるのでしょう?」
「………そうだったね、だが今後は私も公務に携わるようになるから やはりレティシアの側に1番いるのはシエル殿では?」
「……そうですね、ですが私はレティシア様のお命を守るために竜神様に遣わされた者です、用が済めばどうなるかは竜神様次第でございます。」
「そう……、レティシアはとても貴方に信頼を寄せているようですが?」
「彼女曰く 兄のような友人のような…だそうです。
私も必要に以上に信頼を寄せていただいているのは自覚があります。ですがそれは、竜神様が目の前で私をお作りなり、頼れる者が私しかいなかったからです。
私がいなければ1日として生きる事は出来ないと仰っていました。それを自覚されているだけに 生存本能から私を頼りになさったのでしょう。」
「そんな言い方して気を遣う必要はないですよ。
シエル殿とレティシアの関係を見ていれば私とレティシアが築いたものとは違うと分かっています。ですが、彼女は私と共に帰ると決断してくれた…まあ今は保留中ですが、私がレティシアから信頼を勝ち得なければならないと理解しています。
まあ、時間はあります 頑張りますよ、私も。」
「これだけは助言しておきましょう。レティシア様は勉強ばかりしてきたので男女の機微について疎いようです。それも机上で学んだ以上のことは分からない…もどかしくとも 追い詰めないであげて欲しい。本当にどうすべきか分からないだけだと思うので、優しく導いてあげて欲しい。
まあ、彼女から直接言われるかもしれませんがね。」
「いきなり貴方のポジションに行くことは無理だと分かっています。ご忠告に従いゆっくり彼女のペースで歩み寄るようにします。」
「ふふ。頼みます。」
王宮に戻る前に何故この地に来たのか…、まさか最後の思い出作りじゃないよね?
スタンビーノはレティシアほど晴れやかな気持ちでこの風景を見る事は出来なかった。
その後王宮に一足先にスタンビーノを送り届け レティシアはシエルと共に消えた。
消えて向かった先はマルセーヌ公爵家だった。
今回は家族全員に会った。そして無事に生還を伝えた。
だが父以外に真実は伝えられない……、レティシアは川に流され途中引っ掛かった木にしがみついて、近くの草の中で傷を癒した 幸い竜神様の加護で数日経ったら傷はだいぶ癒えたけど、追っ手に殺されると思って近くの洞窟に潜伏していた。そこに偶然通りかかったシエルの世話になってしばらくを身を隠していたが、自分を攫って殺そうとした人たちが捕まり裁かれたと聞いて出て来た、そう弁明した。
だけど、護衛を元に戻してもらえないなら国外逃亡するつもりだと伝えると母マグリットは微妙な顔をしていた。
愛する自慢の娘が折角生きていたのに、国を捨てるなど納得できなかったのだ。
「レティシア…優しさは美徳だけれど私は死んだと思っていた娘が生きて戻って来たのよ? また会えなくなるなんて辛すぎるわ。」
「ごめんなさいお母様…でも私 私のせいで誰かが死ぬのを見たくないのです。
死に直面して『死にたくない』って強く思ったの…それなのにいつも側で守ってくれていた人たちの死を当然として受け止めるなんて出来ないの。辛くて苦しくて重くて……はぁー、はぁー、ひゅー、ひゅー、うっく ぐぅぅぅ。」
レティシアは発作を起こし苦しみ出した。
「レティシア! レティシアどうしたの!?」
「部屋に戻ります、これは発作です。精神的ショックでこの数週間も偶に思い出すとこの様になりました。 部屋で休ませます。」
マルセーヌ公爵は納得するがマグリット公爵夫人は得体の知れない者をレティシアの側に置くことを嫌がった。
「お、お母様…でも シエルが側にいないと苦しくて辛いの。シエルだけは絶対に私の味方でいてくれるそう信じられるのです。だか…ら、お許しになって?」
そう言うとシエルに縋りついた。
レティシアの部屋にお姫様抱っこで連れていくと流石にベッドに2人きりでは不味いだろう、とソファーで抱きしめながら背中をさすった。
「どうした?」
「ん、言いながらあの悲しい夢を思い出しちゃって……。シエル シエル…ギュッてしてて?」
「ああ、分かってる。大丈夫ここにいるから。」
「うん 温かい……スー スー。」
気を失う様に眠ってしまった。それでも腕にしがみついて離そうとしない、 そのまま腕を差し出し眠らせた。
マルセーヌ公爵は王宮へ行きスタンビーノ王子殿下とケルスターク皇太子殿下に謁見を求めた。既に有力貴族が集まり話し合いが行われていた。
護衛だった者たちをレティシアの護衛に戻してくれないなら国には戻らないなど、自分が『竜妃』で替えが効かないからと脅すなど、この先も何かある度に持ち出されたのでは敵わない、そう取られて仕舞えば王家とレティシア、ひいてはマルセーヌ公爵家との関係が悪くなる。そこで様子を見に来たのだ。やはりと言うべきか、レティシアの態度が以前と違う事に不満を持つ者は出て来ていた。
5大公爵家以外は真実は知らない、レティシアの代わりに自分の娘を推していた者は反発必至だった。知っている者たちも自分を守れなかったと傍若無人に振る舞われるのは認められないものがあった。だが竜神様が気に入っている事が全てである事も理解していた。
「誤解です。レティシアは決して自分の意のままにしたくてその様なことを言っているわけではないのです。レティシアは今も『死』と言うものと戦っています。『死』を口にし考えると発作を起こし呼吸もままならなくなるのです。あの時の情景が目の前に広がりもうすぐ自分に訪れるであろう『死』…苦しくて痛くて恐怖し戦っているのです。ですから身近な者の『死』が儚く失って仕舞えば二度と取り戻すことができない その事が恐ろしくてならないのです。
自分の意を通したいのではなく ただただ身近な者の『死』が恐ろしいのです。」
シーーーーーーン
マルセーヌ公爵の姿は野心に燃える目ではなく すっかりやつれた顔は憂に満ちていた。その様子は未だレティシアが悪夢の中にいる事を物語っていた。
「レティシア 嬢は…今 どうしているのですか?」
スタンビーノ王子殿下が恐る恐る聞いた。
「妻がレティシアにこれまでどうしていたのか聞こうとしたところ…思い出してしまったらしく発作を起こし倒れ 今は休んでおります。
倒れる際 苦しみだし痛いともがき呼吸困難に陥り…意識を失いました。」
「レティシア!!」
「しかしながらそれでは 後の王妃のお役目は果たせないのでは?」
「黙れ! 黙ってくれ!! 私はレティシア以外を妻に迎えるつもりはない!」
「落ち着きなさいスタンビーノ。 私もスタンビーノの妻にはレティシア嬢こそが相応しいと思っている。彼女の進退の議論をここでするつもりもする必要性もない。
今は護衛たちの処遇についてだ。
マルセーヌ公爵はその様な目に遭わせた護衛たちを信頼出来るのか?」
「…レティシアが信頼するのであればそれが全てかと。二度とこの様な事が起きない様に心を尽くしてくれると信じております。」
「皇太子殿下、エヴァン隊長たちをレティシアの元にお戻しください。 これ以上レティシアの心に負担をかけたくないのです。」
「そうか、1番はレティシアの心を守ってやる事だろう。一先ずレティシアの護衛たちは戻す事とする。エヴァン隊長と以下の者たちは心してレティシアを守るのだぞ!」
「「「「はっ! 命にかえましても!」」」」
エヴァン隊長たちはレティシアの心の苦しみを刺激しない様に歯を食いしばって任に就くことにした。警護対象者を奪われるなど護衛失格の烙印を押されたも同然 辱めを受けながら生きるより死を選びたかった。だがそれがレティシア様を苦しめる事だと知り黙って受け入れる事にした。
スタンビーノ王子殿下はマルセーヌ公爵に詳しい話を聞きたく呼び止めた。
「レティシアは発作以外ではどの様に過ごしていますか?」
「…私以外は知らないのでレティシアは偶然通りかかったシエル殿に助けられたと説明しています。」
「ああ、そうでしたか。」
「シエル殿については?」
「レティシアから聞きました。」
「シエル殿の話では 思い出すと発作を起こすのは何度かあると言っていました。発作を起こしたレティシアがそばに置くのはシエル殿だけです。出来ましたら今後もシエル殿を傍に置いて頂きたく存じます。」
「実はこちらに戻る前 3人で話をしました。
私も常に側にいる事が出来るシエル殿が必要と思いますが、シエル殿は竜神様のお作りになった存在なので 全ては竜神様次第だと仰っていました。
レティシアはシエル殿を兄以上に…親密に思っています。彼女の心が癒やされるにはまだ時間が必要ですそれにはシエル殿の存在が必要不可欠、 それだけ彼女の中では大きな存在という事です。
でも彼女は私と話をするためにここへ戻ると自ら決断してくれました、だから これからは私ももっと大きな存在になれるよう互いを大切にし親交を深めたたいと思います。」
「感謝致します、感謝致します殿下。」
マルセーヌ公爵はエヴァン隊長たちを伴ってマルセーヌ公爵家に帰って行った。




