20、霊峰 モントラ山−4 帰城
その知らせを聞いて公爵家の中は久しぶりに明るくなった。
マルセーヌ公爵は知っていたが初めて知ったフリをした。
妻 マグリットは膝から崩れ落ちた。
「そ、それであの子は今? 今はどこに!? どこにいるのですか!?」
詳しい事は言えない…、チラッとマルセーヌ公爵を見てから答える。
「申し訳ございません、まだ分かっておりません。ただスタンビーノ王子殿下が捜索に出ておられて、以前レティシア様が興味を示した場所に人をやったそうなのです。
そこに目撃情報だけではなく、お顔を拝見したことがある者がレティシア様と確認したとの事です。
残念ながら近づくとお逃げになられて誤解を解く事は出来なかったようですが、生存は確認されてとのことです。」
「ああ、ああ神様!! 竜神様!!」
「レティシア……!!」
「ケンブラント公爵様 有難うございます! 有難うございます!!」
「いえ マルセーヌ公爵夫人 私はお伝えしに来ただけで捜索はスタンビーノ王子殿下が自ら行っております。我々は殿下が連れ帰って下さることを信じましょう。」
「はい、はい…うぅぅぅぅ信じます信じます! 生きて帰って来てくれることを信じます!」
「ケンブラント公爵殿…忝く思います。」
レティシア…正直私は護衛たちをこの手で殺したいと思うほど憎いよ?
無事に帰って来てほしい、悲しい決断だけはしないでくれ。嫁に行かずともどうか戻って来てくれ。
テレーズは実母を見つけられなかった。テレーズがは心当たりを全て探したが手がかりもなかった。だが死んだとも聞かなかった。そこに一縷の望みをかける。
『母さんはきっと生きてるわよね? なんて言っても母さんは美人だもの!
きっとどこかの金持ちを捕まえて生きてる!! そうよ、だって死んだって誰も言わないもの きっとどこかで生きているに決まってる! もしかしたらどっかの貴族の後妻になっているかも! ひっくひっく 母さん 生きていてぇ〜。』
そう思っていたテレーズだがテレーズだって食べるものも寝るところも必要だった。
5年ちょっと前までここら辺に住んでいたはずなのに 今は知らない場所に来たみたいにこの街が自分を拒絶している感じがした。頼る人間もいない……、昔 言い寄られた男のところに行けば当然 体を要求されるだろう。一泊一食得る為に体を売るのか…そう思うと気が滅入った。それでも野宿よりはマシだと思って昔執拗に言い寄って来た男の元へ行くと ギョッとした顔をされた。
「お、お前 何でここに?」
「ねえ あの実は…。」
「ちょっとあんた誰だった?」
男の奥から出て来たのは 赤ん坊を抱っこした女が客を確認するために出て来た。
焦って私を知られないようにしているみたいだった、はぁー当てが外れた。
「あんた 誰? ちょっとーまさか浮気なの!? 誰よこの女!」
招かざる客だ、そうか5年半と言う月日は 別の誰かと恋愛をして子を儲ける時間を持つには十分な長さだった訳だ。
「あっ、違います。 えっと……昔ここら辺に住んでいたんですけど、私の母がどこに行ったか知らないか聞きたかっただけです。実家にも店にもいなくて誰か知らないかと思って…。」
そういうと女の機嫌はすぐになおった。実際はまだ疑っているんだろうけど、私が白旗を振ったとでも思ったのだろう。
「お前の母さん どこ行ったか分からんのか?」
「うん、グランおばさんもいつの間にかいなくなったから私と一緒にいると思ってたって。心当たりは探したんだけど…どこにもいなくて。」
「そっか…、でも俺たちも分かんねーや。グランおばさんが知らないなら知っている奴 いねーんじゃねーかな? まあ悪い 力になれない。」
「ううん、取り敢えず皆に聞いてみるしか出来なくて、ごめん 有難う。」
「んじゃあな。」
バタン
はー、厄介ごとな訳ね。
良いわよ 良いわよ、今はちょっと金のないくだらない男に関わる気はないし、あんたなんて別にタイプでもない。ただ今晩寝る場所とご飯が欲しかっただけだし。
はぁーーー、後は…… 誰がいたかな?
他の男もみーーーんな所帯を持っていた。
ますます取り残された気になった。
ああ、お腹が空いた。こんな状況でもお腹って空くんだなぁ、母さんはご飯ちゃんと食べてるかな? はぁーー、どうしたらいいかなーーー。
テレーズは酒場に行く事にした。
酒場に行けば助平なオヤジにご飯を食べさせて貰えるかも知れないからだ。
酒場はむせ返るような安酒の臭いに、男たちの体臭と女の化粧の匂いがした。他にも食べ物の匂いもするし、すえた臭いもする。テレーズが今まで嗅いだことのない臭いに気分が悪くなる。でもそうも言ってられない…この中で1番金を持っている奴を見極めなくちゃ!
だけど テレーズはまだ18歳、ピンクのほわほわの髪にくりくりの目 天使のように可愛い外見をしておる。どう考えても不似合いだった。
男女問わずに店に入れば視線をさらった。テレーズを視界の先に捉えジッと観察する。
テレーズも観察するが圧倒的に周りにも観察されていた。
テレーズは空腹から構わず物色する。
シーーーーーーン
狼の巣窟に足を踏み入れた自覚はない。
下卑た視線で男たちから視姦されている。
自分の事で精一杯で自分がどう見られているか気にしていない。
どう見てもあのテーブルあたりがならず者―!って感じ、それからあっちは旅の人っぽいから駄目。
あそこは あー、ただの酔っ払い? 酒癖の悪い男なんて殴られそうで嫌だし…… あそこは偏屈そうな男も理屈っぽそうで嫌 それにケチ臭そう。
「おい、ねーちゃんここには何の用で来たんだ?」
人間観察に夢中なテレーズは気づかない。
「おい、無視してんじゃねーよ。」
「ちょっと真剣なので放って置いて下さい。」
「ああ? おい、ふざけてんじゃねー。」
「ふざけてなんかいません! こっちだってお腹空いてるんです!」
「意味がわかんねーよ。腹が減っていることと何が関係あんだよ!」
「ええ!? だ・か・ら! ご飯食べさせてくれそうな人を探してんのよ! 暇じゃないの! 放って置いてってば!!」
シーーーーーーン
「こっち連れて来い。」
「へい。」
両腕を掴まれ引き摺られて連れて来られた。
「お前 飯を男に奢らせてお前は男たちに何を提供できるんだ?」
「………あなたに話す必要はないでしょう? だって相手が何を求めるかなんて人それぞれだわ。 だからあなたは値踏みするだけなら関係ないから黙ってて。」
「生意気だが面白い。お前いくつだ?」
「何? あなたがご飯と寝床を提供してくれるの?」
「仮に俺がお前の飯と寝床を用意したらお前は何を提供するつもりだ?」
「………そうね、あなたはきっと 女として私を侍らせたい訳ではないと思うわ。
そうね…私は、私を何かに利用しようと思っていると思うから ご飯と寝るところと服を用意してくれるなら協力するわって答える…そんな感じかしら?」
「そうか… ふん。つまりお前は宿なしって事だな。おい、ヤン コイツに飯と宿を用意してやれ。」
「はい。」
「有難う! あなたなんて言うの?」
「……いいから連れてけ。」
「どこ連れてくの? ご飯は? ヤンさんのボスさん、怖い事はしないでよね!」
テレーズは自力でスポンサーを見つけたのだった。
グレッグ・ハーマンはただの平民となると誰にも相手にされない、食べる事も満足に出来ない。友人を頼って友人に迷惑をかけたら と思うと結局出来ず……いや違うな、エリートコースを外れ落ちぶれた自分を見せることが出来なかったのだ。
エリート騎士の家系は騎士になれなければ他に取り柄もない。だが、結局は兵士としてしか生きる道もなかった。
王都から遠く離れた隣国と緊張状態にあるサンテ・バークスの国境部隊に志願兵として入隊した。知り合いもいない辺境の地で平民の兵は理不尽な待遇に皆根を上げる中 食べる為に必死に食らいついた。こんな場所で志願兵になる連中は皆訳ありだ。
肩書きのない自分が出来ることもなかったけど、こうして今 衣食住がなんとかなっているのは小さい頃から訓練して来た剣の道だった。結局これしか出来ない…こうして生きていていいか分からないが、息を潜めて暮らしていた。
エヴァン隊長がスタンビーノ王子の元へ戻った翌日 レティシアとシエルは戻ってきた。
「お待たせ致しました。それでは早速お話をさせて頂きます。
私の護衛たちの処分を取り消し、これまで通り私の護衛としてつけて頂きたいのです。」
「…気持ちは分かるが それは難しいだろう。今回は偶々…救っていただいたが 本来であれば誘拐されたことは失態以外の何物ものでもない。陛下の一度出した決定を覆すのは…難しい。」
「私が生きて戻っても死んでも戻っても同じ結果ということですね? であるならば、私は戻りません、このままシエルとどこかへ行きます。」
「レティシア! 君が今無事なのは奇跡だ! 誘拐されあの崖から落とされ君の体は粉々だったはずだ! これをなかった事には出来ない!!」
「その通りです。お気持ちは有難いですが それはあってはなりません、規律が乱れます。
それに…主様がその時の状態を見せてくださいました。死んでお詫びしても足りません。
護衛として失格です、警護対象者を奪われた上に殺されたのですから! これ以上生き恥を晒すわけには行きません!!」
「…では 私はまた知らない者たちに警護につかれ信頼関係を築けないまま、怯えながら暮らさなければならないと言うことね。エヴァン隊長たち以上には信頼できないもの…スタン…スタンビーノ王子殿下 申し訳ありません一緒に戻る事は出来ません、私は死んだものとして新たなる『竜妃』をご選定ください。」
「レティ!! あんまりだ! 私の存在はレティにとってそんなにも軽いものなのか? 確かにレティには無理ばかり強要してきた でもこれからは2人で同じ気持ちを共有して生きていけると思っているのに 私を捨てるの? 私はそんなにも簡単に捨てられるほどどうでもいい存在なのか? この12年間築いてきた関係は私の独りよがりか!?」
「おい、論点がズレてるぞ。ティアは王子との関係がどうとか言ってない。
自分が死ぬ目に遭ったから もう誰にも死んで欲しくない…そう思ってるだけだ。
見て分かるだろ? ティアは夜会の途中で誘拐された…だから何も持っていなかった。この数週間ずっと何も持たなかった、ただ食べて寝るだけ そこにあるものをありのまま受け入れていた。公爵令嬢である竜妃がだ、時には追われて森の中で野宿もした、木に寄りかかって地面に蹲って寝た。だけど何も文句も言わず何も持たず何も失わず…、これ以上ティアから奪ってやるなよ。」
「ぐっ!」
「スタン…各地を回っているうちに 今回の事スタンは無関係じゃないのかな? そう思ってちゃんと話を聞こうって思ったよ、この景色をスタンにも見せてあげたいそう思った。 私の中にもちゃんとスタンビーノ王子は存在している…この12年の絆が確かにあったと思う、でも 私に関わったことで誰かの人生が終わってしまうなんてとても怖い、側にいてくれた人に情もある…私が殺したみたいで 恐ろしい。
言葉が足らなかったね…。ごめんなさい。」
「私こそすまない、私と一緒にいることよりも護衛の方が大切なのかと、意固地になっていた。 そうだね、私たちにはこの数週間の事を含めて会話が足りないな。
レティ 時間はある? まずは父上に手紙でエヴァン隊長たちの命令の撤回を求める、それが終わったらこれまでの事聞かせてよ。」
「うん…でも、ここでなくともいいわね。
続きは王宮で話すと言うことで如何でしょう? スタンは王宮まで転移で送って、後は普通に帰ってきて貰う… 皆が帰ってくるまで部屋で話しませんか?」
「何で? 偶によそよそしくなるのは何故? やっぱり怒ってるの?
ふぅ〜、うんそうだね…エヴァン隊長たちも戻って来たから これから帰城の途につこう。」
こうしてスタンビーノ王子とその他の隊は城へ戻る事になった。
スタンビーノ王子の護衛もついていくと騒いだが、王宮までは距離があるのでやはり別行動となった。スタンビーノ王子の護衛のラーズとサックは2人だけでも最速で王宮へ帰る為に別行動とした。エヴァン隊長たちも一緒に取り敢えずヴァルモア王国を目指すことになった。




