17、霊峰 モントラ山
スタンビーノ王子は今までのレティシアの出没箇所には6割の確率で当たっていた。
だが、向こうは転移で移動しているためこちらと違い旅の日程などはお構いなし行った時には既に数日前に旅立っている事もしばしばだった。
その上 あまり面識のない兵と鉢合わせても逃げられるだけ…どうにか 話を聞いて欲しかった。でも次の出没場所が分かるわけでもない、八方塞がりだった。
そこでレティシアの護衛をしていたエヴァン隊長をある場所に向かわせた。
そこにレティシアが行くかどうかは不明だ、だけど一縷の望みをかけてエヴァン隊長にはそこに潜伏してもらっている、その作戦がどうか上手くいきますように!!
レティシア、今 怖い思いをしていない? 逃げ回る生活は苦しくない? 辛くはない?
一緒にいるのは誰? また私の元へ戻ってくれる?
遠くレティシアと繋がっているだろう空を見つめた。
キャロンの元に通達が届いた。
届いた書類は離婚証明書だった……これにて正式に貴殿の離婚を認める。
キャロン・パメロン 確認書………。
『何よ これ!!』
バン!!
脅しじゃなかった! ふざけないでよ!! 本当に離婚するなんて!
もう…公爵夫人ではない!? やめてよ! アシュトンが戻っても意味がないじゃない!! 何なのよ!!
「出掛けるわ、支度して。」
キャロンはカーライル公爵に文句を言う為に準備を始めた。
「キャロン、そんな格好してどこへ行くつもりだ?」
「お兄様、……先程離婚の正式書類・証明書が届きましたの。こんなのってないわ! すぐに訂正させなければ! こんな事が社交界に広まったら恥ずかしくて表を歩けないわ!」
「座って話そう。」
「ごめんなさいお兄様、話しは帰ってきてからでもいいかしら? 取り敢えず公爵家へ向かうわ。」
「座りなさい!」
「な……………、なんですの?」
「お前は事前にアシュトンに関われば離婚すると言い渡され納得して書類にもサインしていた。それにも関わらずアシュトンを領地に匿った。その結果竜神様の怒りをかい 今 カーライル公爵領は天災に見舞われその対処で公爵は家にはいない。連日 領と王宮の往復をしていると聞いている。
お前はこうなるであろう結果を事前に聞いていたのに愚かにも自分の自尊心を満足させる為にしてはならない事をしたのだ。
離婚してくださったのは公爵の温情でもある、いいからここで大人しくしていなさい。
いいかい? お前は妹だから私も仕方なくここへ置いているが、またアシュトンと関わろうとすれば私もお前をここから追い出す。いや殺すかもしれない。
お前は侯爵令嬢として育ち 公爵夫人として生きてきた、アシュトン以上にここから追い出されればお前は生きていく事ができないと自覚しなさい。
アシュトンに関わってはならないとは、公爵のお気持ちでそうしているのではない、国の決定だ! それをお前は甘く見ている。私もお前にこれに署名する事を望む。
これにはアシュトンに関わってはならないと再三に渡り説得されたにも関わらず、約束を守れなかった為、今後 パメロン侯爵家とは一切関わりなく生きていきます。そう書いてある。
これに署名しなさい。」
「正気ですの!? 何なのです? お兄様もあの人も…、母親として当然でしょう?
我が子が今にも死にそうなのよ? 手を差し伸べるのは当然でしょう? 何故そんな事を仰るの!?」
「純粋にアシュトンを思ってのことか? ……まあいい。 お前のしたい事はこの国を滅亡させてもしたい事か?」
「な、何を…大袈裟です。」
「カーライル公爵もお前の事もアシュトンの事も救えるなら救いたい、屋敷で囲うくらいならなんて事はない、だけど公爵家の権力を使ってもそれが叶わないから決断したのだ!
お前は他にも子供がいるだろう、アシュトンに固執するあまり他の子供たちを捨てたと自覚しているのか?
まだ理解できていない様だな……。お前がこの家から出かけようとすればお前を追い出す。二度とこの領地を踏ませない。ここまで言っても理解出来ないならお前を殺すことも厭わない。お前は何の支援もない中で1週間と生きる事は出来ないと胸に刻め! ロン、キャロンを部屋に閉じ込めなさい。」
「承知致しました。」
「やめて! お兄様! 離しなさい! やめて! あの子はこんな事で終わる子ではないの! いつかこの国の根幹を支える人間になるのよーーー!!」
「はぁーーー、厄介だな ちっとも理解しようとしないだなんて……、公爵の苦労が目に浮かぶ。ボルト、私兵をキャロンに10名ほどつけよ、決して屋敷から出してはならない、いいな?」
「承知致しました。」
ノーマンの実家であるスタリオン侯爵家は早々に一切の関わりを絶っていた。
最初は母親の冷たい仕打ちに打ちひしがれたが、現実を受け入れ始めた。
自分は平民として生きていくか、それともこのまま朽ち果てるか考えた。
栄養の行き渡らない頭で考えた…足掻いてみよう! のし上がってやる!!
今にも潰れかけの店の扉を叩き策を与え軌道に乗せる、その店を大きくし王都一の店にする、そして自分の存在価値を見せつける!
そして行動を開始した。
だがノーマンが立てた計画は悉く失敗した、ちっとも上手くいかない。今までは何でも上手くいったし何でも計画を実現できたのに だが平民として出来る事には限りがあった。
例えば商品を多く人々に知らしめる為に、ノーマン・スタリオンであれば ただで大勢に商品を配ったり人を使って噂を撒いたり各茶会や夜会に仕込んだり、同じ派閥のものに大量に購入させたり……だが、ただのノーマンとして出来る事は 人々に声をかけるだけ。
平民の売れていない店にタダで物を配る余力はない、それどころか満足な商品開発も出来ない。先行投資する金もなければ 職人に金を先払いしなければ出来栄え如何に関わらず取り掛かってもくれない。
以前は侯爵家と言う後ろ盾があった、職人も店も侯爵家に頼まれた事を断る事もできなかった……そこには今までの当たり前が当たり前ではない現実があった。
ノーマンは失った物を思い知るだけだった。
今まで自分は選ばれた優秀な人間だと思っていた。だけどそれは侯爵家と言う最高の土壌にあって作られたものだと気づいてしまった。
ふっ、侯爵家の優秀と平民の優秀は違うのだな、我々には環境が整っていた その中で成果を出すのは当然だったのだ、何もないところから作り上げるとは何と胆力のいることか。
そして絶望し虚脱感からノーマンは忽然と消えた。
レティシアとシエルはダルガツォ国のバーヤストン町に来ていた。
目の前には霊峰 モントラ山が聳え立つ。
ここは山脈がぐるりと取り囲んでいて標高が高い、大きな街に出るには不便だがここでは今も俗世とは隔絶したような小さな世界が形成され、少し閉鎖的な感じでモントラ山を信仰している人々が力強く生きていた。
空気は痛いほど澄み渡り見たことのない花が咲いている。黄色い小花はどこまでもどこまでも広がり真っ白な山との対比が美しい。
んー、アルプスの少女ハ◯ジみたいだ。
髭を蓄えたおじさんにスカーフを被ったおばさん 厚手の着衣は羊などの動物の毛で編まれた物だろう。季節は夏だと言うがよく晴れた冬の日を思わせた。肌に触れる風は少し寒い。
ブルっとするとシエルがそっと肩を抱き体を寄せてくれた。
ここへは何しに来たかと言うと あのモントラ山からの御来光を見るために所謂前のりだ。
朝日は早朝の一瞬だ、だから今晩はここへ泊まり早朝に転移するつもり。 えっ? 転移じゃご利益がない!? まあ仕方ない、そんな体力もないし…根性もない。
ただ御来光を拝むと生まれ変われると言う その光を見てみたかった。
周りに流されるだけじゃなくて、自分の意思で決める! まあそれは貴族である限り無理か…でも 今まで蓄えてきたモノを放出しながら自分を出せていけたらいいな。
もう、人形みたいに生きるのは出来ないかも知れない…シエルとの旅がすっごく楽しいからもう元には戻れない気がする 素の自分がどんなものかは分からないけど思ったことを口にする自分は止められない気がする。
私は『竜妃』として生きる事を受け入れて今まで必死で頑張ってきた…。最近 偶に見る竜神様の過去を知ってしまうと尚更 放り出したりできない。スタンビーノ王子とも……あの断罪はスタンの意思ではないって信じる! だから今回の御来光は気合入れ! もう一度この世界で生きていくための前世の自分と融合の儀式。
あの山からの景色をいつか見たいと2人で話した場所で自分の気持ちを確認したい、第3の人生を謳歌するためにもスタンが私以外を望むなら潔く身をひいて、出来れば国外追放でいいから生きる事は許して欲しいな。ちゃんとスタンと向き合ってお互いの気持ちに正直になって曝け出して上手くいったらいいな、そんな願いいも込めてここへ来た。
あーーーー、でも真冬じゃなくて良かったかも! 真冬じゃ吹雪いてて御来光は難しかったかもなー。
明日のために温かい物を食べて早めに寝る。
「ティアにとってここは特別なの?」
「ううん、そういうわけじゃないかな? 以前勉強した時に…この山を登るのは物凄く大変だって、すごく大変だけど登った後に見る朝日は格別で…抱く感想はそれぞれだけど、一つだけ共通するのは『生まれ変わった様な気になる』って事。
御来光を見たら…一度スタンビーノ王子の所へ帰ろうと思うの。
それでちゃんとスタンビーノ王子の気持ちを聞いてみる。
本当に殺したいほど憎いのかとか…、もしその気持ちが間違いないのなら…仕方ないから国を出るわ、でも出来れば2度と戻らないから生きさせて欲しいって頼んでみる。
やっぱりダメって言うならシエル…一緒にどこかに転移してくれる?」
「馬鹿!」
「っあ!!」
「ひゃーーーーー!!」
シエルじゃない!知らない男の人に抱きしめられている!?
そーっと顔を上げて顔を確認するとまさかの人物 スタンビーノ王子だった。
「えっ!? なんでここに!? えっ! ス、スタンだよね? あっ、不敬か…、スタンビーノ王子殿下 何故この様なところまで?」
「レティシア! レティシア…私のレティ生きていて良かった!!」
ぎゅーーぎゅうーーー抱きしめられている。
「くっくるじい。」
「ああ、ごめん。ごめんねレティ。う゛う゛ぅぅ生きてる! やっと! やっと会えた!!」
「ぷはーーーー、探しに来たのは…どう言うおつもりで?」
どう見ても警戒して横に立っている男の服の裾を離さない。
「取り敢えず場所を変えよう。この近くに宿を取ってあるんだ。」
「う、うん。シエル…シエルと手を繋いでてもいい?」
「シエル? 誰なの?」
シエルを見ると頷いいぇ側にいてくれる。
スタンビーノ王子に背伸びして耳元でスタンビーノだけに聞こえるように話す。
「竜神様の鱗なの。護衛につけてくださったの。」
「そうか、お陰で今まで無事だったんだね。いいよ、それでレティが安心するなら。」
スタンビーノ王子が泊まっている宿に着いた。
「一先ずレティシアすまない、怖い目にあわせてしまって…今は信じて貰えるか分からないけど聞いて欲しい。」
コクンと頷いた。
「まずハッキリさせたいのはノーマンたちが国外追放と言ったのは出鱈目だ。私は一切関与していない。」
「えっ? どう言う事?」
「ノーマンたちは私とテレーズをくっつけたがっていた。だから彼らは私にレティシアはひどい人間でテレーズがいかに素晴らしい人間かと度々言ってきたのだ。
だから私は『私の婚約者にはレティシアこそが相応しい、これ以上くだらない事を言うなら側近から外す』と言ったんだ。それで彼らは陰でレティの影武者に嫌がらせをしたり悪い噂を流して、レティは相応しくない人間だと言う世論を作ろうとした、だがそれでも上手くいかなかった彼らは直接レティシアを排除する事にした。
卒業パーティーで断罪という形を取ったのはテレーズがその形式を望んだから。
レティシアがいない間に彼ら4人は処分され全員平民に落とされた。
背後関係も全員捕まって処刑された。
竜神様の怒りは凄まじく、4人とも何度もレティと同じ目に遭わされては治療してまた同じ目に遭わせてた。ごめんね、事前に助けてあげられなくて!!」
「ほ、本当? 私は国外追放ではない? 殺したいほど憎まれてもない?」
「当たり前だろう! 何でここに私がいるか分かる? 考えたんだレティが行くならどこかって…。各地でレティの手掛かりはあったけど話をする事が出来なくて、レティはきっとここに来てくれるはずだって思ってずっとここで待ってたんだ。
さっきちゃんと聞こえたよ? 私の元に自ら帰ろうとしてくれてたって。それって私を信じてくれたからでしょう? 有難う、有難うレティシア!! 私もずっと信じていたよ!」
「そうか、そうだったんだ…良かった…いきなり国外追放って崖から落とされてもうダメかもって思ったけど、死なないで良かった…死ななくて良かった…勘違いのまま死ななくて…良かった………。ヒックヒック シエル〜、シエル良かったよ〜。」
レティシアはシエルにしがみついた。
そこにいる誰もがスタンビーノの虚しい手を見つめていた。




