少女の発見
だんだんと先が細くなる獣道を歩いていた。薬草山の頂上と九合目のあいだにあるという、コルドバーン家をめざして。
貴族と名乗り、少年にとって迷惑行為となっているようすの山への入りこみについてその場で話を聞きたかったが、負傷者たちの手当てが優先だった。頭上に目をやると日没にむけて空の色が変化しはじめている。
下山しようにも馬は一頭もいない。これから山を登るにしてもおなじ問題があった。けれどその問題は、少年の問題ないよ発言とその後の行動で解決した。ちかくの木立から浮遊する平板があっという間につくられたのだ。
少年が木々へ右手をむけると、広がりのよい大きな枝が幹から切りはなされた。そして木の一部であったそのままの状態でゆれることもなく、すーっとこちらへ移動してくる。空いている場所に三枝がおろされ、重なりながら並んだ。
少年が切りはなした枝に今度は左手をかざす。わさわさと好き勝手にのびていた枝が、つぎの瞬間にはひとり用のベッドよりもやや大きな平板に変化した。さらにその板は膝くらいの高さで水平にういていた。
山のなかでならば、どれだけ上にものをのせても浮いている板だという。驚いているうちに短い一辺に引き紐がどうやってかとりつけられ、紐のついた浮遊する板がふたつできあがっていた。
少年の説明によると、一部でも山から外へはみ出してしまうと板は落ちる。怪我人はそれにのせていけばいいといわれた。
シーヴズが平板にのってもビクリともせず、その上で立ちあがり軽く跳んでみても地面のようにしっかりとしている。レオルドは少年の魔力消費を気にした。
「それは魔力維持にあたるだろう。大丈夫なのかい?」
「たかさを固定にしたから大丈夫だよ。枝を手で切り出すより疲れない」
魔術理論は自分たちではわからないが、無理をしているようすはない。それならば登ろうとなった。国としてもろもろの確認が必要であり、案内人もできたことになる。
シーヴズたちが馬で登ってきたところは山の四合目手前に位置するらしい。正直、そこまで登ってくるだけでもしんどい山道だった。そこから先はひとの通る道がなく、よくよく見ても茂みと大差のない細い獣道があるだけだ。さらにやっかいなことには。
中腹から上へとつづく道は脇へすこしでもはずれると、けっこうな頻度で毒草にあたるという。しんどさはかわらず、気疲れが増した。
山頂をめざしての山登りまえに、もうひと騒動あった。膝の高さでういている平板にあれこれと積みこんでいるとき、大型の山犬が五匹、勢いよく疾走しとびこんできたのだ。
その群れをなしてやってきた犬たちは駆け抜けることなく、剣を抜くシーヴズたちに目をくれることもなく、少年のまえでお座りをするとしっぽをふった。なんでもコルドバーン家の飼い犬たちで、一番新顔の新入り組だという。すでに立派すぎるほど大きな子犬たちが、夕飯の食材になる予定の熊をひと足先に持ち帰っていった。
犬はまだほかにもおり、そのほかの生き物たちも山にはいる。いろいろいるが、ふつうにしていれば危険はない。定住組はしつけているため、先に手を出すようなことがなければ問題ないという説明だった。
人間の定住者は十二年前から、コルドバーン家と少年の家族しかいない。大家族なのかとシーヴズがたずねれば、コルドバーン家は三人家族。少年の家は父親ひとりというこたえがあった。
お産で母親が亡くなり、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて父親が山にはいった。その山が薬草山で、三ヶ月前に無事出産していたコルドバーン家の女性と出会ったと少年はきかされている。
事情をきいた女性は、生まれてまだ数日しか経っていない男の子の育児を引きうけた。
ひとりも、ふたりも一緒。
一人娘とおんなじように育ててあげる。
となりの家の母親から少年自身も何度かいわれていることを、そのとき自分の父親もいわれたらしい。それを聞いて、シーヴズたちは互いの顔を見あわせた。十二歳だというこの少年よりも、三ヶ月だけ年上の女の子がこの山に暮らしている。その少女がコルドバーン家の一人娘。
レオルドが少年にたずねた。
「その貴族側と、どちらかの家のひとがなにか話したといっていたかな?」
「貴族は最近。大人三人は二年前から旅行中」
二十年後にもどる! といって、となりの家の両親が新婚旅行に出発。少年の父親も途中まで同行するとついていった。二年前から、ふたりで山のすべての管理をしているという。
「十歳からか!?」
「うん。仕方ないよ、おとなりさんは家訓みたいなことがあるから」
コルドバーン家では子供が自分で山の管理をできるようになるまで、両親は一日たりとも家を空けず山からはなれない。成長した子供がひとりで管理をできるようになったとき、親はようやく山の外へ自由に出ることができるようになる。そうした代々の風習があるのだという。
少女の母親は二十歳をすぎてから、山の管理をひとりで引き継いだ。
「おれもいるから、足して二十なら大丈夫だろうっていっていたけど」
あと四、五年すれば娘もひとりで大丈夫だろう。自分もそのくらいで全然問題なかったのだが、みくびられた。あと数年だけ、この山にいてちょうだい。
それが少年の命の恩人の言葉だったという。国のひとが山にきたときは案内するようにと幼いころから教えられて育ったが、貴族のことはなにもいわれていない。
その貴族についてきくと、鹿の紋章のところとまずいわれた。数日前、シーヴズがレオルドと共に聴き取りをおこなってきた貴族の家紋が、まさに鹿と斧である。
少年がきいている話では、幼なじみの少女がその貴族の家に働きに出ている地元の女性と山のふもとで会ったことからはじまるようだった。
女性はすこしでも良い薬草をと、薬草山に摘みにきた。少女はふもとにある、むかしの家の定期確認をするためにおりていた。たまたま顔をあわせ、少女は薬草を摘んでいる女性とすこし話をした。
一度でよくならないようなら三日後にまた摘みにくるといった女性の確認をしに、少女は三日後またふもとまでおりた。するとその女性ともうひとり、男性がいた。
お礼をいわれ、よくなった確認をした少女が帰ろうとすると、お礼がしたいので家に招きたいといわれた。少女は仕事があると断った。するとなぜか、養子にならないかという話になったという。
「話にならないから放っておいてもどってきたらしいけど、それからくるようになって」
その二回目の対面のあと、少年は少女から話をきかされた。そのときは、もうこないだろうとおもった。けれど、やってくる。そして、くるたびに人数がふえていく。
幼なじみの家が管理をまかされているとふたりが教えられている山も、自分たちの山だから出ていけといってくる。ついには金をやるからその子をよこせといってきたため、少年は幼なじみの少女のそばから離れられなくなった。
「国の決定で出ていけっていうことなら出ていくけど、管理できるの? 栽培地の管理はかなりむずかしいよ」
幼なじみの少女も、彼女の父親から大人の女性になるまでは守ってくれないかといわれているため、本人がいやがるようなところへはやれない。山から出るのなら国の外にいきたい、というのが少女のいまのところの希望だという。
「どうなってるの? この山の権利」
国の土地であり、管理者はコルドバーン家だと、シーヴズはきっぱりとこたえた。レオルドがコルドバーン家についての補足をいれる。
むかしの家だという、ふもとにある廃れた家。その家の状態もあり、コルドバーン家は絶えたと判断されたことなどを。
「へー、だから手紙が一通もこないの。あそこ、郵便箱代わりにのこしてあるって、おばさんがいっていたけど」
上まで登ってくるのは大変だろうと、廃れた家はうけ取り口としておかれていたようだった。
「郵便…」
「その確認方法は試していないだろうな、おそらく」
少年は少年で首をかしげていた。幼なじみはまだ試験をうけられる年齢になっていないので資格を取得できていないが、少女の母親は調剤資格を持っていた。その受験のときに、一度だけ山の外へ出たといっていたという。代々がそうであったらしい。
「持ってた? 戸籍がないと無理じゃなかったか、調剤資格の取得は」
レオルドに確認すると、周辺の戸籍調査をする必要があると返された。代々が調剤資格を取得しているのであれば、家業とされている可能性がある。もしそうなのであれば、すべてが略式での登録となっている可能性が高い。
独立の手続きは複雑であるが、代継ぎの手続きは容易な国柄なのだ。
毒草にあたらないように注意をしながら話をきいて歩くことしばらく。ようやく、きりひらかれた場所に出た。
斜面手前にどんな球技でもできそうな、広々とした庭がある。その上のほうに、いかにも手造り風の家が二軒。その奥にうす茶色のレンガでつくられた歪んだ蔵、こちらも手造りだろう。道具入れだろう簡素な小屋もいくつかある。
そして、なぜか。
「…奥に、えらく立派なガラス張りの温室らしき建築物がみえる気がするんですが」
「おれもみえる」
「それもみえますが、逃げた馬が手前にいませんか」
部下たちにも見えているのならば、ガラス張りの建物はあるのだろう。逃げ出した五頭の馬も、先ほどの犬たちと庭にいた。そのすぐそばに女の子がいる。
緑色の格子模様がはいった作業着風のブラウスを着て、足首まで丈のある焦げ茶色のスカートパンツのすそが、ひらひらと風に揺れていた。
「犬たちが馬を──」
振り返った少女はこちらをみて、ピタリとかたまる。シーヴズは女の子の顔立ちに溜息をつきたくなった。絶世の、と間違いなくつきそうな美人である。
「養子の話は絶対になしにするぞ」
「両親を探すことが先決だろう」
戻ってからの対応をレオルドと話していると、少年からそういえば名前がまだだったねといわれた。
「あいつがユウシ。おれはシュウ」
状況が立てこみすぎて自己紹介もまだだったことに、そのときようやく気がついた。全員が。