薬草山とコルドバーン家
部下たちが腰からはずし地面においてある装備用荷物から、変色した紙片のようなものを引っぱり出した。束ねられている毒消し草からちぎれ底におしやられていたのだろう、毒消し草の乾物一枚の半分にも満たない量だ。
どこが本来の輪郭かもわからないボロボロ具合ではもとがなんの薬草だったか、専門家でも見ただけではわからないだろう。そこらへんに落ち、くずれかけている落ち葉とならべても差がないのではないか。
レオルドのほうは一時的にでも手当てが可能なのであればと、少年に特例というものを説明していた。緊急事態下の救命活動には調剤もふくまれる。時間がないなかでの説得は成功したようだった。
少年は帰りかけていた方向から部下たちへとむきをかえ、本当にこれなのと疑わしそうに負傷者の応急処置に使用した薬草をうけとる。
「ほかには使っていない、絶対だ!」
それはそうだろう。基本装備となっている薬類はその二種類だ。
「毒消し草って、この状態は内服薬だよ。傷口にかけてどうすんの。せめて湿布用にするか外用薬をつくらないと意味ないよ」
毒にあたったときは、症状にあった毒消し薬を服用後ひと晩安静に。
そういわれるものだ。たいていは寝れば治っている。それでも悪い場合は、その後数日間の経過観察になるのが通常だろうか。
たしかに、毒消し草はのむものだ。
ないよりは、というのが部下たちの主張だった。血がとまらず、手もとにある薬と薬草をふりかけつづけていたらしい。
うけとった毒消し草を口にはこんだ少年はひとくち食べ、これちがうといった。
「うすすぎる、毒消しの薬効ないよ」
まさかという自分たちを残し、少年はそうするとこの傷薬だけかともう一本空瓶をひろいあげた。そちらも鼻を瓶口にちかづけ、ひとかぎする。そして右手の真上に小瓶をポン、ポンとつづけて放り投げた。二本の瓶は少年の頭のたかさより上にあがることなく、下にさがることもなくクルクルとまわりながらとまった。
少年の頭から拳三つ分ほどあけた横で二本の小瓶が回転している。驚くことに、そのふたつも動く少年にあわせついていくではないか。少年は手近な木の実や茂みの葉を手にとり、口にいれた。えらぶようにしながら摘んだいくつかのものを横でういている空の瓶を二本とも手にとり、それぞれにつめてゆく。
瓶いっぱいに色づいた木の実や種類のちがう何枚もの葉を二本分つめると、少年は左右の手に一本ずつ持ち、瓶口をつかんで軽くゆすりはじめた。瓶のなかで色が混ざってきたかとおもうと、つめられた実や葉はもとの形がまったく残らない液体となっていった。
「あれでも、魔力持ちじゃないって?」
「魔力保有者なのは確実だな。…コルドバーン家が健在ならば、どういうことになるんだ」
レオルドが困惑しているようだが、それも当然だろう。いま自分たちがいる、この山。オーン山の管理を代々まかされていたのがコルドバーン家だった。その一家の生存が二百年以上確認されず、オーン山はながく無人とされていた。
本来の名よりも薬草山と呼ばれることが多い山には、栽培のむずかしい薬草が自生しているらしい。そのうちの何種類かは確認されていた。しかし、そのほかは未確認とされている。
全域の調査は危険として、もともとは国有地になっていた山なのだ。山奥に立ち入るには国の許可が必要だったそうである。
薬草が多く生えている場所には、野生の生き物たちも多くあつまってくる。効きのよい上質な薬草のちかくには危険な生き物がつきものといわれるほど、むかしから山歩きの注意点のひとつとなっていた。
地元の人々もめったに寄りつかない山に、薬草研究に熱心だったある一家が定住したいと国に許可をもとめた。それがコルドバーン家である。この定住願いは世界的な流行病で国内が混乱しかけたとき、薬師として救急対応にいちはやくあたった功績を認められ、国に恩賞はなにがよいかと尋ねられた際の返答だった。
それから、薬草山はコルドバーン家の管理地となった。ひとの住んでいる気配がない、もう誰もいないのではないかといわれはじめるまで。このときがおよそ百五十年前。
山を調査し一家の確認が必要だったが、その当時でも案内なしの立ち入りは危険だとされた。国は山周辺の集落にコルドバーン家の人間を最後に見かけたのはいつか尋ねてまわったそうである。その結果、七十年以上前の目撃談しかなかったことから、オーン山は国の管理地へともどることになった。
その後、この山が話題にされることはなかった。それからおよそ二百年ぶりに、薬草山が話に出されたのである。そして王国親衛隊が危険とされている山の立ち入り確認をすることになった、そもそもの理由は国内のある貴族が戦闘準備を整えさせた配下たちを動かしたためだった。
おなじ居住区の貴族がなにやら準備をしている。その段階で近隣住民たちは何事だと話しあっていたという。これは、シーヴズが現地で直接きいた。
戦闘準備をしたそのままの隊列で居住区域を出ようとしたため、国への反逆行為だと大騒ぎになったのだ。
ふたりにひとりは魔力保有者である国民たちによって、その貴族の部隊は隔離処置をほどこされ居住区から一歩も出ることができなくなった。
ただでさえ大騒ぎ。
輪をかけて、罵りあっている。
レオルドに同行してシーヴズもいくことになったその場は、聴き取りのために落ちつきをもとめるだけでもひと苦労だった。
この国で貴族は魔術師並に微妙な立場なのだ。どういうことなのかを貴族側にきくと、薬草山を根城にしている山賊がいるという話をされた。その賊らを追い出すための装備であり、行動の正しさをいい張る貴族。
薬草山は国有地であり、無断で立ち入ろうとしている連中こそ賊だという国民。再開となった罵りあいを背後に聞きながら、シーヴズたちは急ぎ引き返したのだった。
国王に報告後対応が協議され、まずは親衛隊で様子を確認してくることになった。できればその山賊たちの拘束という、ざっくりとした指示である。最優先とされたのは、話をきいた貴族があやふやなことをいっていた少女の安否確認だった。
薬草山の地元でもない貴族がなぜ山賊の追い出しなどそんなことをいきなりするのかと、シーヴズたちがたずねる前に近隣住民たちはすでに貴族側を糾弾していた。そのとき貴族側がいい返した内容が、その山賊たちに少女が捕まっているというものだった。
さらわれた子供がいるのかとべつの騒ぎになりかけ、そこで親衛隊が貴族側に詳細説明を聞くことになった。
シーヴズもよく耳をかたむけたその話は、少女が山にいるという以外さっぱりわからない内容だった。国内の子供か、べつのどこかから連れてこられた子供なのか、一切不明。最後には、山賊の子供であるかもしれないとまでいっていた。
貴族側が繰り返していたのは身元が不明となっている少女の救出。そして、その少女を養子にむかえるということだった。
山賊にさらわれ捕まっている子供なら家族がどこかにいるだろう。山賊の子供であるなら親はその山賊である。なぜ養子まで話がすすむのか。
理由のわからない頑なさが貴族側にあったため、レオルドがその場で親衛隊の一時あずかりとした。進行中で足止めとなっていた貴族の部隊は退却決定となり、近隣住民たちはその子をむかし山に捨てたのではないかと早々に話しあっていた。
問題の山周辺で聞き込みもおこなったが、行方知れずになっている子供は二十年前までさかのぼってもひとりもいなかった。そもそも数日探しても行方のわからない子供がいるのであれば、国へすぐに連絡がはいる。
山賊の話も山の周りではさっぱりなかったが、身なりのよい集団はこのごろ見かけるということだった。
それが例の貴族の関係者だろうと話しあいながら、確認のために薬草山へと八人で踏みこんだ。そして山賊よりも先に、成人男性四人分はあろうかとおもわれる熊といきなり遭遇することになった。いまは手にしている小瓶のなかみを確認している十代前半の少年に、薬をつくってもらっている。
「はい、内服薬。底にすこし残るくらいでいいから、のこしておいてね」
本格的な解毒処置をこのあとにおこなうのであれば、どんな成分がどれだけ投薬済みであるか、わからなければならない。わからずにたてつづけの投薬治療は危険である。すでに使用した傷薬と毒消し草もとっておくようにとしっかりしたことをいって一本手渡し、もうひとりいる重症な部下をみやった少年が首をかしげた。
「そのひと、持病があるの? 呼吸音がおかしいけど」
シーヴズは知らなかったが、レオルドが子供のころに喘息だったようだとこたえていた。いまは治ったそうで親衛隊採用となった。
喘息は呼吸に症状の出る病気である。少年はそれなら止血のつぎに気管をひろげることを優先したほうがいいのかと、左胸ポケットからなにかの種のようなものが密封されている白く半透明な包み紙をとりだした。
片手で器用に折り返し口をあけ、パラパラと瓶にふりいれる。小瓶をまたゆすり、液体になると味見。三滴ほどがひとつにまとまったくらいの粒がポコンッとうきあがり、ふよふよとただようシャボン玉のように光に透ける。陽光をうけていた粒はそのまま少年の口へとはいっていった。
「こんなもんかな。詳細わかんないまま、あんまりいれても仕方ないし」
その瓶も少量残しておくようにというひと言のあと、そばについている部下へわたされた。すでに服用させたほうは出血が落ちつきはじめ、顔色もよくなりはじめている。即効性に驚いていると、造血薬もまぜたとのことだった。相当、腕がいいのではないか。
「すまない、助かるよ」
「いいよ。それより下でひとが待っているなら、山からおりたほうがいいのかもしれない」
ありがとなと礼をいったあとシーヴズがなんでだとたずねれば、迷惑な連中が今日もくるかもしれないと少年がこたえる。
「山賊か?」
「あれが山賊なの? この国の貴族だっていってたけど」
顔をあわせているわけなのかと、シーヴズはレオルドをみやった。