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薬草山と魔術入門書  作者: 穂国キート
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親衛隊と少年


引き裂くような、風の細くとがった音がしたのが先だった。

つぎの一瞬で、視界がたちこめる白煙によってふさがれる。


仕込み矢か? 目くらましの。


死というものが、激痛や衝撃をうけた瞬間を丁寧にも省略をしてとばしてくれるものでないのならば、シーヴズは生きているらしい。

白煙でなにも見えず、熊が向かってきていた位置から警戒しながら離れ、レオルドの声がしているほうへと足もとを確認しながらにじりさがる。

まさか、捕縛しにきた山賊に助けられることになってしまったのだろうか。


コルギー王国の親衛隊は、戦闘用の部隊ではない。国王が外出する際の周辺の警護、国賓を招いた際の警備、通常時では門番が主たる仕事である。国内の問題対処にはあたるが徒党を組んだ賊の対処にあたるには荷が重い実情があった。


それなのに、なぜ自分たち親衛隊が国王の命をうけ出てくることになったのか。こたえは明快に、国内に戦闘担当の部門のようなところが他にないからである。熊相手に手こずる門番がコルギー王国の正式な最高戦力なのだ。


大丈夫か? と他国から心配されそうなありさまであるが、これがまったく問題にならないことが問題なのだった。

コルギー王国親衛隊の隊員募集事項は王国の国民であるという前提を除けば、たったのふたつ。


一、健康であること。


一、国際礼節作法資格を取得していること。


まっ先に条件にあがっている健康であることの意味が、門番が国内公式最高戦力であることと深く関連している。

叫べれば、よいのである。

助けてくれだったり、そいつを捕まえてくれであったり、状況におうじて叫びさえすれば、ふたりにひとりは魔力を保有している国民たちがつぎの瞬間にはいたって穏やかな日常にもどしてくれている。


シーヴズは資格取得と公務以外で国外に出たことがなく、話できいただけなのだが。

他国では魔術師資格を一度取得すると、その後の人生は安泰だという。コルギー王国では魔術師資格ひとつで就ける働き口はない。あるとすれば、魔術協会の国内にある支局であるが──。


急に息がつまり、目と喉に刺すような痛みが走った。煙幕に目つぶし効果がついているようである。


くそっ、山賊め。理由があるなら全部きいてやろうと思いかけてたってのに。


咳き込みながらシーヴズが白煙の外へ出ると、レオルドらしき手に肩がつかまれ、こっちだと誘導される。二、三回咳き込むと喉の痛みがやわらぎ、目もタマネギを細かく刻んでいると泣けてくる程度に落ちついてきた。


大丈夫かと確認をいれてくる声に、まだ苦しくはあったが大丈夫だとこたえる。重症どころか軽い負傷もなく、タマネギに泣かされているような状態だ。どう考えても、これ以上にないほど無事である。

それよりも。


「なんだ? 煙幕なんて隊の装備にないだろう」


「わからない、奥から矢がとんできたように見えた」


そうなるとやはり、この山を根城にしているという山賊たちが出てきたのか。シーヴズは涙目のままレオルドが見やった木々の生い茂る森の奥へ目を凝らそうとした。

すると、いきなり近くから声がかけられた。通常のやりとりよりも低いとおもわれる位置から子供の声がする。


「どうするの? あんたたちがまだやるの」


十二、三歳ほどの少年がいつの間にか、ふたりの右横に立っていた。黒髪で利発そうな鳶色の眸をしている少年は、狩人のように毛皮をなめし縫いあわせた服を身につけている。肩に弓と矢筒かけ、腰もとには古そうな刀剣が一本差してあった。


いつからいた?


涙で目がきかず、気づかなかっただけなのか。ざっと見たかぎりやせている部分はなく、怪我などもしていない。健康そうな地元の子供にみえる。

さっきの煙幕は、弓矢を肩にかけているこの少年が射ったものなのだろう。


「ボウズ、助けてくれてありがたいが、ここは危険だ」


自分たちにかまっていないで、逃げられるならひとりで逃げろとシーヴズが口にしようとすると、こちらに向けられていた視線が顔ごとそらされた。

まずいと一言口走ったレオルドが、少年の顔のむいている方向へと駆けだしていく。


動く複数のものにつられるようにシーヴズがそちらを見ると、熊が体勢をたてなおし、再び行動を起こしたところだった。熊が向かう先は、負傷者たちを避難させてあった場所である。部下たちがかたまっている場所だ。


そこを背にかばうところからはじまっていたのだが、前進しかしてこない熊相手におされ引きはなすことしかできず、先程の煙幕で熊のほうが避難場所にちかい地点へ、たまたま出ることになったのだろう。


「逃げろ!」


こんな間抜けとわかりきっていることしかいえない。シーヴズも全力で走りながら、魔術師が必要だと奥歯を噛みしめる。

盾にもなれない。

いまの命令が最後では、いくらなんでもひどすぎるだろう。


むかし、両親からよく言い聞かされていたことがシーヴズの耳によみがえった。


いいか。大人が三人、声の届くところにいるかどうか、たしかめてから遊ぶんだぞ。


ふたりにひとりが魔力保有者となっている国柄だからこその、子供たちへ親がまず教える絶対厳守の注意事項だった。顔見知りがひとりいるではなく、大人三人というざっくり加減。それで国内は安全だという確信があるのだろう。


八人いるんだよ、いま。


誰ともなく、むかしの教えに返せば、今度は祖父母の声がする。


魔力なしを集めての話だろう。

それはな──。


ひとり、と数えるんだろう。知ってる。


魔力を持たない人間はいざというとき何人いても、ひとりなのである。それだけの差が、生まれながらにしてある世界。そして、大方の七時間仕事を五分で片づけられると定説になっている魔術師。

本当にどうしてこの国は、専任魔術師が認められないのか。


「全員、国のために働きたいといった連中なんだぞっ」


結界担当くらい、いいだろうとおもっていると。


「あー、国の兵役についてるひとたちなんだ」


少年の声が動きながら、シーヴズの頭上を通過していったように聞こえた。

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