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薬草山と魔術入門書  作者: 穂国キート
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コルギー王国の親衛隊


剣と鋭い爪や牙がぶつかりあい、一時の拮抗がかみあう戦闘音よりも、懸命に張りあげられる声がとびかっていた。


「撤退だ、撤退しろ!」


「無理ですっ、馬が」


「血が止まりません!!」


山へと立ち入ったとき、八人は馬に騎乗していた。

馬は八頭いた。そのうち三頭が、いま目の前で口端から泡をふき、威嚇して動くたびに口からつぎつぎと湧きだす泡をとびちらせている熊と遭遇した瞬間、出会い頭に熊のふりあげた左腕の一撃によって命を落とした。


人命が失われなかったことは幸いであったが、その時点で緊急の治療を必要とする負傷者がすでに生じた。

さらに悪いことに、残り五頭の馬が熊のとどめのような耳を聾する咆哮で恐慌状態におちいった。負傷者の救援とその援護にあたろうとしていた五人を振り落とし、馬たちは熊から逃れようとその場から散り散りに駆け出していってしまった。


最悪だとおもうよりも先に、シーヴズ・サイニクスはまずいとおもった。部下たちだけでも、帰還させなければならない。この熊は危険生物指定をうけるとおもわれる規格だ。知らせなければ、被害が拡大してしまう。


危険生物は、魔力を持たず戦闘経験もない人間や魔法士では対処不可とされる生物の総称となっている。条件がつけられ細かく分類わけされているが、どれも危険であることに変わりはない。


それにしても、魔力保有のない人間は戦闘経験があるかないかの二択なのだろうか。危険度があがるにしたがって魔術師や魔道士でなければ対処不可となってくるのは仕方のないところであるが、そこにどれほど戦闘経験のある人間がいるのか。


これだから、魔術国と非魔術国はいがみあう。

馬鹿馬鹿しすぎることに、どちらが本当の人間かなどという議論まで出てくる始末だ。


「シーヴズ、退避させろ!」


それができるならとっくにやっていると思いながらも、シーヴズは同様の指示を繰り返した。

退避。

撤退。

そう繰り返し、互いに鼓舞しているしかない。

目の前の恐怖に負けたら、おわりだ。


「レオルド、魔術師を隊にひとりでいいから、入れようぜ」


前進してくるばかりで後退をみせない熊に一打でも傷を負わせられないか試みるものの、爪と牙の合間を縫いどうにか腹部脇へ剣による力を込めた一撃を打ち込んでも、まるで盾にあたったような手応えのあと接触している刀身部分が横すべりする。


突きも斬撃も、接触したという衝撃をただあたえるだけであるらしい。傷ひとつつけられず、さらに怒らせるだけ。

シーヴズは打ち込みで痺れた手から剣が抜け落ちないよう、握りなおした。となりにコルギー王国親衛隊、隊長レオルド・キンガロイが退避してくる。


「被毛は貫通しそうにないな」


「目と口をねらうしかないが、でかいのに素早い。こっちが逃げるしかないとおもうぞ」


金髪や茶髪かみる相手によって髪の色がかわるらしい、レオルドの金茶色の毛先がシーヴズの視界のすみで陽光に透ける。太陽の光にあたると金髪になるでいいんじゃないかと思いながら、親衛隊の副官となっているシーヴズは再度の要求を口にする。


「どっちにしろ、魔術師が必要だ」


「国内において、公職に魔術師という職務枠はない。知っているだろう」


「いま、必要だっていってんだよ!」


コルギー王国は魔術区分でいうところの中立国にあたる。つまり、国民の半分は魔力保有者である。それなのに、国内の職業に専任魔術師というものが存在しない。

その理由は。


「魔術師は通常七時間業務の仕事を五分で片づけ、残りの六時間五十五分を遊んで過ごす。国民が認めるわけがない」


「…必要だろうよ、どう考えてもこの状況」


魔力保有の有無は、遺伝によるところが大きい。王国の親衛隊に魔力保有者はおらず、シーヴズが魔術師資格を取得した知り合いを思い出していたとき。


ぞわりとする息づかいと血の臭いを、至近距離で肌にかんじた。


「シーヴズ!!」


こいつ、こんなに速く動けたのか。


剣と腕で直撃をうける構えをつくる間にもせまってくる、視界を埋めつくす黒く濃厚なココアのような色をした熊の、らんらんと見開かれている琥珀色の双眸。


あいつの髪、この色じゃないのか。


耳にはいってくる声の主との類似点を自分を殺すのだろう熊にみつけ、意外と冷静でいられるものだなとシーヴズは考えていた。

自分の動きと、せまってくる熊の動作のどうしようもない差を目に焼きつけながら。

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