表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬草山と魔術入門書  作者: 穂国キート
[ 2 ]
15/98

本部の会合②


条件内容についてコエットが出席者陣に確認をおこない、ジョンヌがまとめながら進行している一方、マープルが身をのりだしミミフクに困りますとくりかえしていた。


「ミミフクさんも、支局も必要です! いつか、おうかがいすることを楽しみにしているんです」


「やめといたほうがいいよ。あの大陸の半分より下は、自国民しか魔術の使用が許可されていない。個人の防犯結界でも国土侵犯にあたる」


「そこまで魔術使用がきびしいのですか?」


「うん。国民はジャンジャカつかい放題だけど、戦争想定が残っているんだよ。こっちの歴史にはないようだけれど、千九百年前にあのあたりで魔術大戦を一回やらかしとるんだ」


総代表が硬直し、そのとなりの席から前総代表の顔がのぞいた。


「なんですか、その話は。初耳ですが」


「外と隔離してから開戦した影響のようだな。大陸の下半分まるまる結界で囲ったんだよ」


結界の外側となった部分は当時、なぜか行き来できないくらいの感覚であったらしい。しかし、その結界の内側は家屋も国土も国境も、ごく一部の土地を除いてすべてが更地となり、一帯の歴史はすべて白紙となった。

そのため、ミミフクの故郷とその周辺国は一様に建国千九百年となっている。


「笑えるじゃろう? おわりとはじまりが一緒の共同体なんじゃよ。それなのに、まだみんなで戦争やる気が残っておる。だから、だーれも外に出たがらん。うちの秘書殿も数ヵ月で帰れなくなるといって、さっさと留学からもどってきてしもうたし」


「…そういうことなんですか?」


「わしは一年くらいなら平気だとおもうんだが、留守がつづくと外の人間扱いになるんだ。国籍が抹消されることもある」


そのあたりは外の国々よりも厳格であるため、支局に本部からの人員派遣も無理だろう。国がよその国籍所有者に一定の魔術使用権限を許可するわけがない。

正真正銘、自国出身であるミミフクですら一度外に出ているため、いまだ半端者扱いからぬけだせていない。


「ガーンを通りこしたよ。あの結界、けっこう外では好評なのに。わし、貴重人材なのに」


そういうところではないかと、横できいていたオズが指摘した。それからマープルと一緒に結界というのはなんのことであるかをたずねる。


「みる? 総代表にやると怒られそうじゃから、おまえさんだけな」


自分の右手とオズを結界で囲ったミミフクは、右手に持っていた羽根ペンを手わたした。その羽根の部分を、ペシッと軽めに机上に叩きつけてみろという。

オズはいわれるまま、手もとへ振りおろした。その一瞬後に、後方をはっとしたようにふり返る。

背後は無人だった。


「……いまのは」


ミミフクは、今度は力をいれずに折ってみるようにといった。

オズは折っていいのかとためらいながらも、やってみろというミミフクにうながされペンの両側に手をかける。しなり具合から横でみていてもそろそろ折れるだろうとおもったところで、オズの手がぴたりと止まった。

そして、また背後をふり返る。そのあとペンを持つ自分の手もとをしげしげとみつめながら、オズはなぜ折れていないのかと驚いていた。


「折れてなんてないですよ」


「折れたんだよ、さっき。そのあとに、頭のうしろをペシッとまたやられて」


「えぇ?」


マープルもオズの背後をみているが、なにもない。結界以外の魔力反応はまったく出ていなかった。


「おもしろいじゃろう? わしの晩年の傑作」


「……まさか、二重事象ですか」


「そう、幻覚と等比と組みあわせてみた」


「物理刺激の等比を組みこめたんですか!?」


「わたしも体験したい!」


「総代表殿には適用できんよ。オズは将来の一般人扱いでギリだからな」


ずるいと外部進入禁止になっている結界の外側をマープルが抗議するように叩いた。フローレンスは使用している魔術印をみせるようミミフクにいったが、おしまいと解除されてしまう。


防犯や防衛に最適だろう、他に対する暴力行為が本人の身に返るという結界の傑作を国内の学校や王城にせっせとかけてまわった。気づいたら褒めてもらえるだろうとおもっていたのだが、予想に反してなにを勝手にやっていると大目玉をくらった。


解除しろといってくるのを、これは本当にすごい代物だからと維持しつづけ対抗していたところ、今回の薬草山騒ぎで教育面も注目されはじめた。学校訪問がはじまり、視察した人々がこれはすごいと意地でまもり通していた結界を評価してくれたおかげで、王国内の教育施設にはあの結界がもれなくついていると外向きに定着しはじめている。


「わし作のものがようやく国内で、渋りながらも国から認定されそうなんじゃ。だめ、邪魔するな」


「正式に認定してもらえばいいだろう、ジジイ」


詳細の丁寧な説明をしていないからだろうとフローレンスがいってみれば、馬鹿いえと返された。国内におよばず共同体内は全員、なにかしらの学術資格を保有している。特に自分の地元は、そのなかでも難関とされる薬事関連資格に熱中している。

大半が理系の冷静な頭の持ち主たちである。


「おまえも半々の中立国事情を知っとるだろうが。完全に理解したうえでの評価外判定なんだっつの。地元がいっちばん、手ごわいわ」


「いまのは評価されるだろう、事実なら」


「あほか、事実だわ。見解相違でペケ判定なんだよ」


傑作だとおもっていた、物体と人間の等比判定のところからまずだめ出しをくらい。なんでそんなものが必要だと、根本的な問いかけをされた。


だれがおまえのように、勤務中に職場で寝こけている。

なにかあればあったで、非常時対応にあたるわ。

全部解け。この暇をしたい暇人め。


「そのあとに、自分の職場でなに勝手をやっているとはり倒されたんだよ。例の幼なじみに。…ひどい、ほんとにすごいのに。暇用っていわれたんだよ」


「その非常時対応にあたれるかどうかは、実際にどうなんだ」


「……」


「人員がいるなら、許可取りからだろう」


ミミフクが椅子にもたれかかってわかりやすく拗ねる。オズがフローレンスに、幼なじみというのはなにかと訊いてきた。学校の関係者なのかと。


「あそこの右大臣のことだ。生家がとなり同士で、このジジイのやらかしを長年一番身近でみている」


そんな大人物と幼なじみなんですかという兄妹に、口より手が先にでる乱暴者だと返す問題児。そうしたやり取りをしているうちに、会合の進行がなされ本題へとはいっていくようだった。

やっとである。


総代表のマープルがあらたまり、ミミフクに現状の説明をもとめた。

一体、なにがあったのか。


「ずっと立っていられんので、着席のまま進めさせてもらう」


室内の明かりがコエットの指示でおとされ、総代表席の正面の壁に大型の画面が点灯した。

薬草山と新発見の文字がならぶ、複数の新聞が映しだされる。世間はここから大騒ぎとなったが、これから上映にかける最初の記録は、さらにこの一週間ほどまえのものになるとミミフクが説明した。


内容は、それまで無人とされていた薬草山、正式名称オーン山に山賊が住みついているという一報から、国王が親衛隊の派遣を決定。入山当日の必要箇所をまとめた記録となっている。


「隊長の記録であり、いきなり戦闘映像になる。危険生物指定、特三と判断された熊が相手だ」


負傷者がすでに生じており、流血もふくまれる。みたくない者はその直視を避けていればよい。開始時点以降に流血はなく、負傷者は全員が完治済みでピンピンしている。

本部へ報告用としてあてた第一報と同様であり、総代表ほか数名が視聴済みとなっていると補足があった。


「停止なし。一時停止もかけない、見逃すんじゃないよ。再上映もないからね」


ミミフクが念を押し、視聴開始となった記録映像は早々に目をそむける者がでる惨状だった。

この状況で、これ以上の流血がない? とても信じられない戦闘風景である。


退避という声がしきりにあげられているが、怪我人をかかえてそれも無理であるらしい。魔術師が必要だろうという声も画面にむかってかけられていた。魔術師といっても、これはひとりでは無理だろう。実力以前に、恐怖で動けなくなる者が出る規格外指定の生物だ。熊一頭であるが、本部の戦闘班が対応にあたらなければならない脅威に該当する。

記録の視点となっている隊長の返答は冷静だった。


魔術師は通常七時間業務の仕事を五分で片づけ、残りの六時間五十五分を遊んで過ごす。国民が公職枠を認める訳がない。


室内になんともいえない沈黙がひろがった。

フローレンスは右側の席にむけていう。


「……おい、ジジイ。国でなにをやった」


「わしの地元、昔から魔術師に対する冷遇がひどいのよ。怠け者がとる資格だとおもってるから」


そのため、支局に三名しか魔術師がいないのである。


「ちょっと待ってください、ミミフクさん。それって」


「しーっ、じゃよ。わしらはみているが、ほかは初見だ」


マープルが仕方なさそうに黙りこみ、そこから映像の展開は早かった。熊が一気に間近にせまったところでは室内に短い悲鳴が起きる。これで特三という扱いは無理があるのではないか。毒持ちということだったが、身体能力も尋常ではない。

特下とされる、一から五のどこかにはなるだろうが、もう一段上の規格ではないのか。最近は判定基準があがっているのだろうか。


煙幕と、子供の登場。たしかに、帯刀している。

そこからの映像は驚きの連続だった。


「とめろ!」


「だめ。ここで一時停止かけていたら、はじまらん」


変形する剣と、おそらく魔術調合の風景。そのあとの浮遊する板の直後、画面が切り替わり、真新しい書簡用紙がひろげられた机上の映像になった。

いまの記録映像をこの一件の翌日に、国からいきなりみせられたとミミフクがいう。


この子に全属性の可能性はあるか。

もしそうであったら支局長として報告を怠ったことになり、まずい立場になるのか。


「うちの国って平和とおもったよ。それで、わしはまずこう書いた」


まっさらだった紙に文字が書きこまれていく。


一、元祖魔剣、再発見の可能性。

一、フィーゼの血統、再発見の可能性。


ここに、もう一項を書き加える必要があるのか。それが問題だった。かつ、難関だったとミミフクがいう。

山全域へほどこす結界の手配をしながら、ふもとから九合目までの上り下りを数日間繰り返し、それとなく観察しているこちらのようすを鼻で笑う子供相手に悪戦苦闘に連続だった。


本当に必要なとき以外に使用しない魔術は大半がさきほどのような無属性の魔術。それも、魔術効果のみしか表に出さない完璧な下地秘匿っぷり。


「初めてみたのは、魔力の変動をまったく外へ出さない。あれだよ、軍閥勢のほうで気配を消すという表現があるだろう。この子、それを魔術界側に持ちこんでいる。天才肌の何段かうえ。わしじゃ、小馬鹿にされておわり」


無属性魔術と属性魔術のあいだのようなことを延々とみせられ、ようやく三属性の使用確認をとった。

そして。


一、元祖魔剣、再発見の可能性。

一、フィーゼの血統、再発見の可能性。

一、全属性の適合者、発見の可能性。


三項目をそろえ、本部へようやく連絡をいれたのがコロロンネコ草の三年物発表と同日になった。その報告をうけ、総代表がいまの記録映像の確認をおこなった。

その後、二名の魔道士と戦闘班隊長の予定を調整、報告内容と判断対象について話しあわれ、派遣日決定となった。

その派遣がおこなわれたのは、延期となった会合の開催予定日である。


「ここまでが、本部把握済みとなっている内容になる。この室内ではわし以外、みんな一緒の状態」


総代表であるマープル、その補佐役であるコエットもこの先は不明。結果待ちとなっていた。

ミミフクは立ちあがり、右側をむいた。


「ご報告申しあげる。三項目において、最小限の確定がとれました。同時に、大問題が複数発生。この三項目、最大限までいった次第。だれか、一項目でもこの意味がわかるか? 本当に、まったく、だれもが初耳であるならば、最悪の現状となるんだが」


室内を見渡して、ミミフクは途中でも実は知っていました発言大歓迎だとまとめた。それから、十二年前にコルギー王国へとやってきた父子の説明をおこうといって着席する。

派遣団へも入山前に事情説明をおこなった。


役所に取りおかれていた書きつけ。シュウという子供の戸籍などが、ミミフクの語るところどころで画面に表示されていく。

結論のひとつめとして、フィーゼの家系は戸籍からではおそらくたどれない。この部分についての詳細は、父親が息子に家のこととして話してきかせる風景が本編にはいっているため、質問はうけつけない。


つぎが派遣団にも再確認をした、入山条件。こちらは画面表示と、めいめいに配布となった。


「わしになにかいっても無理じゃから。わしも、正気? とはいってみた。その内容、国の決定」


「危険生物の保護ってなんだ?」


フローレンスは率直に不明すぎる箇所をたずねた。


「……愛弟子よ」


「だれが、愛弟子だ」


「知らずにいる現在の幸せを、いますぐに噛みしめるといいよ」


これから上映となる本編は、調査員らが踏みこんでからまだ二週間ほどだというのに、山内には何ひとつ常識が見あたらないとされている場所が舞台となる。

奇跡と異常事態しかない山。

その意見の一致をみている。


「いいかい、皆さん方。いくら騒いでも、悲鳴あげても、怒鳴られたって、わしは無視するからね。そして、再生はとめない。今回みせる映像は二回の再生分しか、公開の許可をうけていない。今後、薬草山の内部の映像というのは二度と外に出されることはない」


うすめの本がひとり一冊ずつ配られはじめ、室内にいる全員の手にわたされてゆく。


たいへんに貴重であり、魔術界というものの一端に携わる者であれば、このうえなく光栄だとおもうだろう内容もふくまれてもいる。同時に、足もとがくずれおちるような絶望もある。


「すべてを語れる者が誕生していた。そういう内容になっている。全員、手もとに入門書はわたったな。……とりあえず、今日を生きている。明日はあかるい。そう信じようじゃないか。覚悟できた?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ