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薬草山と魔術入門書  作者: 穂国キート
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火山の国ダーディルッツ


──世界薬学会によるコロロンネコ草・三年物についての発表から十一日目


火山の国と呼ばれることが多い魔術国ダーディルッツは、国境線の半分を山脈が占める土地柄にあり、首都郊外に三百年の沈黙をまもる活火山があった。

魔術教育は高水準を維持し国内で最も歴史のある魔術大学は世界一、二を争う難関校である。


眠気覚ましにシャワーを浴びたつもりだったが、多少さっぱりしたくらいでまだ眠気が頭のまわりにつきまとっている。上階になるにしたがって水圧が弱くなっていることを再確認しただけのようなものだ。

職場で朝食になりそうなものを物色しつつ、キース・フローレンスはあくびを噛みしめた。


仮眠室の設備は文句をつけるほどでもない。不満があるなら、自宅に帰ればいいだけのことだ。

水切れのいい、正装で整える際にギリギリ足りる長さになっている短めの髪をタオルでふきながら、何日外に出ていないだろうと考える。


まだしばらくのあいだ、人事異動にともなう混線や遅延が出てくるだろう。自分でやらずにわりふればいいのだが、自分で片づけたほうが早くおわる。いまのところ、ほかにやることもない。

朝刊がないかあたりを見まわしたが、だれか出勤ついでに一階からここまで運んでこなければ、届いたことにはならないだろう。


だれか、転送法を考えろよとおもう。ここは本当に魔術国として有数といわれる国なのか。勤務時間前の職場で溜息をつき、フローレンスは休憩スペースにあったナッツ入りの堅焼きクッキーを手にとった。

これは食いもので間違いないのかとおもえるかたさで、奥歯で噛みくだくまでに苦労した。噛んでいれば、たしかに甘みが出てくる。噛みくだくことに挑戦を必要とするようなものが、売り物として販売されているのだろうか。手作りのクッキーであったなら、確実に失敗作だろう。


まぁ、一食にはなるな。


ほかで探しまわる気にもなれず、フローレンスは自分の執務部屋とつづきになっている上級官らの職場で朝食をとることにした。仕事の事前準備がある者たちは、もうすこしすれば顔を出しはじめるだろう。


          *


「げっ。センパイ、ご帰宅なされなかったんですか!?」


昼食後すぐ来るようにと上層部から三人で呼びだしをうけ、早めに合流し昼食をすませたところ、新人二年目のジャグ・マッシャーがそういった。プラチナイエローの耳にかかる程度の髪と、明るく澄んだスカイブルーの眸が屈託なくほぼ毎日輝いている、元気がとりえの新人である。

防犯設備は完璧に整っているが、泊まりこみに関しては最低限の安宿よりも居心地がよくないため、残業と早出勤だけにしておけとマッシャーは初出勤日の研修はじめに教えられたそうだった。


そうだな、やめておけと返しておく。

もうひとりは、三人のなかで最も年長になるアルバス・ポムル、三十二歳。

フローレンスは二十八歳、マッシャーは二十二歳なので三人のなかではポムルが最年長となるが、つねに一歩ひいている姿勢をくずさないところがあった。


「全員に残業をつけますか」


ひと言めの感想が、これだ。真面目すぎるのもどうかとおもいながら必要ないとこたえる。仕事以外にすることがないため、目についた未処理のものを処理済みとしていただけのことだ。

それよりも問題は、最高指導部の階層となっている最上階へむかっている理由だろう。


「何かあったか?」


「本部での会合が昨日あったはずです」


出席権を持つダーディルッツにも参加要請が届いていたが、定例会ということで不参加と回答していた。決定事項の伝達のみでよいとして。

その内容の開示ではないかとポムルはいう。


「人選がおかしくないか」


ポムルはマッシャーをふり返り、ようやく仕事開始になってきたようだと声をかけているが、フローレンスとしては人数にも違和感があった。会合での決定を伝えるだけならば、一名の呼びだしで用は済むだろう。自分たちは仕事で組まされることも多く、いまさら顔あわせをおこなう必要もない。

いやな先触れをかんじながら、上階へとむかう。通された応接室でフローレンスは溜息をつきそうになった。


床から壁、天井にいたるまで赤褐色で統一された室内に、議会が開催されていなければ集まることのない、最高指導部の上層陣がすでに勢揃いしている。呼びだしをうけた時点で足を運ぶべきだったかと考えながら、まずは頭をさげることにした。


「遅れまして大変に──」


「こちらが謝罪せねばならなくなるかもしれん、よせ。時間がない」


議会の議長であり、国の事実上トップとなるハイディ・ドラローシサが挨拶は省くとした。すぐに用件へはいることになり、フローレンスのうしろではおなじ呼びだしをうけたふたりが、ただならぬ事態に困惑している。

マッシャーは今回が初対面となる上層部員も多いはずだ。


「待ってください、我々三名に対する用件なのですか?」


「最終的にはそうなるが、ひとまずはおまえだ。フローレンス」


用件はポムルのいっていた、昨日開催予定だった魔術協会本部での世界代表会合に関するものだった。夕刻開始という遅めの開催予定だったものが、延期となった。

本日、早朝に緊急伝達での再召集がおこなわれたそうなのだが。


「異例の複数条件が追加となっている」


「出席条件ですか?」


「そうなっている。お歴々が、ご出発なされた後かもしれん」


まさかと顔のひきつる自覚があった。

そして、肯定される。


「魔術界最重鎮の方々がおいでになられるはずだ」


フローレンスは頭に手をあてた。

もう何年も会っていない。二度と顔をあわせることはないとおもっていた。


魔術界最重鎮とは、六十代の実力者たちのことを示す。その全員が自国の最重要職をになう立場につき、ここ何十年という魔術界のかたちを先導し決定づけてきた。

ダーディルッツではすでに故人となっている、ドラローシサの前任者がその世代にあたる。


魔術界の決め事というものは、魔術協会本部でおこなわれるふたつの会合の決定ですべてが定められる。この会合のひとつが、出席権を得ている各国から参加者が召集されて開催される世界代表会合。

昨日の夕方に開催されるはずだったものが、これにあたる。


何事ですかとたずねれば、自分で目を通したほうがいいだろうと席へ呼びよせられ、二枚の紙を手わたされた。

一枚目は定型の文面であり、挨拶と延期について。つぎに留意事項がきているのだが、すでにこの部分からおかしかった。


「……これは、事実なんですか?」


「朝すぐに呼ばず、悪かった。三枠三名の人選を先に話しあう必要があってな」


なんのことかわからないが、条件というものと関係があるのだろう。

フローレンスと一緒に呼びだされたふたりも、やり取りの聞こえるところへ来るようにといわれている。現状では、ふたりをフローレンスと共に会合へ出席させる予定でいるとのことだった。


なにか問題がとポムルがたずねる。

双方向からの視線をかんじたため、フローレンスはちょうど一枚目の終了部分に記載されている内容を読みあげた。


「留意事項。魔道士二名、ほか戦闘班の人員隊長含む複数名が昨日より完全隔離状態。解除については、二会合決定後。後記全事項承諾のうえ、参加されたしとなっている」


「隔離? まさか」


という再度の聞き返しがあった。

事実ならば前代未聞の事態に、一読した全員がその真偽をはじめに確認するだろう。最高指導部も本部へ詳細確認をすべきか迷ったそうだが、出席権を持つ各国への通達内容は一律であるため、提示条件の人選をはじめたということだった。


二枚目にその条件が記載され、目を通した最後の部分におかれている署名をフローレンスは凝視した。

そういう訳だという声がする。


「……どういうことです? どうして、あのジジイがいまさら」


「その様子だと、おまえの方にもなにも知らせはいっていないのだな」


ひと息がつかれ、午前中いっぱい話しあっていたのだろう面々から、おそらく流れとしてはこうだろうとする説明があった。


会合の開始時刻はめったにない、夕刻の時間帯。会食込みと受けとれる時刻であったが、事前通達に食事はふくまれていなかった。会食の予定がなく遅い時間帯設定なのであれば、なにかの結果か報告待ちとして開催時刻が調整された可能性が高くなる。

昨日の日中に、魔道士二名がどこかへ訪問をしたのだろう。同時隔離となっている戦闘班は、魔道士らの警護を担当したと考えられる。


「ミミフク氏の名が出てきていることから考えると、魔術協会唯一とされる支局周辺地への訪問だったのだろう」


「もしかすると、いま大いに世の中で騒がれている薬草山関連かもしれん」


フローレンスは冷静に薬草は関係ないだろうと返した。ミミフクは本部と距離をおいてからも、自国産の薬品類はかわらずにいれていた。今後も変更はないはずだ。

それよりも、ミミフクが提示したと明記されている条件が気になった。


本部世界代表会合に出席権を持つ一箇所につき、三席の出席枠を各枠一名ずつ用意するとなっている。


一、個人で帰属管轄の最高決定権を有する者。

一、将来有望とされる若者。年齢上限二十五歳まで。

一、自由。


この三枠の出席者として、三人同時の呼びだしをうけたものらしい。

フローレンスは自由枠でいいとはじめに断りをいれたが、それでは行かせられないと口をそろえられた。


「いいか、個人で最高決定権を有する者だ。どう考えても、最重鎮層への呼びかけにあたる。あちらがおいでになられるのであれば、我々が出ていったところでおまえを連れてこいと叱責をうけるだけだ」


「今回は、いきます」


頼み込んででも今回だけは出席させてもらうが、なにをどうしたところで並ぶ訳にはいかない層なり場所はある。

それに対する返答はどの条件合致かで揉めるのであれば、ひと枠のみとしてフローレンスをひとりで出席させるとのことだった。


「フローレンス、もうあちらの皆様がご出発なされた後の可能性がある。今日の明るいうちに到着していなければ、まずかろう」


もっともなことを指摘され、言いあいをしている時間はないと気づいた。先に着いていなければまずい。自分は出迎える側にまわらなければいけない、お歴々である。

この内容ならば、緊急召集と同等以上の迅速さで出席者らは集まるだろう。


朝一で知らせてくださいと後着だった場合の言い訳をいまから考えつつ、読み落としがないか二枚の文面をよく確認する。

考えられる事態はいくつかあるが、ここまでの深刻さになるものはない。


「自由枠にしてください」


「それならば、ひとりでよい」


フローレンスは顔をあげ、ドラローシサと視線をあわせていった。


「あのジジイの故郷が万一にでも絡むのであれば、空白問題絡みになりかねません」


「……」


「俺は完全に、あちら側よりの人間です。今回の問題内容によっては、今後を考えなおします」


「フローレンス」


相手の渋い表情におわった物事とされていたのかとちらりとおもいつつ、紙面へ視線をもどした。

条件提示は支局長である、ナロウィーン・ミミフク。

認可と要請が本部総代表、マープル・ベール・リッシアン。

魔術協会本部は旧家であるリッシアン家の当主が、総代表として代々運営責任者の立場についている。会合は本部総代表権限で召集がかけられることになっており、その他の者に召集権限はない。


連名という受けとり方でいいのかと考え、現地で確認したほうがいいだろうと思考をとめる。会合についての憶測をめぐらせても無駄におわるだけかもしれない。


「遅れるとまずいので、このまま出発します。変更がある場合は本部へ伝達を」


礼をとり面会をきりあげて、フローレンスは二枚目をうえにしたままマッシャーへ本部からの書簡をわたした。

歩きだした背後で、げっという本日二度目の正直な反応があった。


「死の沈黙!?」


通常ならば、すべての議題を片づけたあとに協議される通常使用禁止の沈黙魔術の最上位。

今回はそれが事前承諾となっていた。

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