王国の魔術協会支局
いそぎ引き返したレオルドは、両大臣へ緊急の伝達事項があると結界内での面会をもとめた。準備はすぐに整えられ、こちらですと案内される。
王城二階の小会議室は、ふだんの休憩でつかえる談話室となっていた。濃緑の地色のうえに、朽ちかけた落ち葉のようなややくすんだ黄色のゆるい弧を描く曲線が交差する壁紙。調度品は新しいものが多く、折りたためる面でつくられたような椅子など個性的な品が散らばっている。
室内には両大臣と、その側近ら五名がすでに待機していた。
「どうだった?」
まえのめりな報告待ちの反応に、レオルドはあらためて薬草山産とされる乾物薬草の包みをひろげた。こぼれ落ちた乾物の破片がなくなったことを除けば、前回とまったくおなじ状態である。
コロロンネコ草という品種名報告でやはりという反応があり、三年物だとおもわれると話したところ、しばらく興奮状態となった。
言葉が耳にはいるようになるまですこし待ち、落ちついてくださいと報告をつづける。毒草の確認は学府へ勤務となっている国内出身の助教と学部長に記録映像を視聴し判断してもらった。レオルドの目についた範囲ですら、劇物指定の毒草多数。
それだけでも大きな問題だとおもわれるのだが、専門家二名の指摘はほかにもあった。
「五合目から九合目にかけて貴重種多数の可能性が濃厚とのことで、外部への映像未公開および全域保全願い。今後の入山者につきましては、全行動の記録確認が必須ではないかということでした」
そこまでかと息がつかれた。まずは立入禁止からだろうという話しあいに、レオルドはもう一点追加する。薬草山の話題が最優先だろうとおもっていたのだが。
「学部長であるクロッシー氏から、魔術協会への報告はどうなっているのかとたずねられました。ふたつを越える属性の適合者の可能性はないのかと」
「…あの子か」
「シュウくんのことになります」
魔力保有者には生まれついての属性というものがある。通常はひとつ。まれにふたつ持ちあわせる場合があり、二属性持ちは生まれついて魔術適正が優れているとされていた。
世界のどの時代、どこで生まれようと、魔力保有者はこのどちらかにあてはまる。
三あるいは四と持ちあわせることはなく、三属性の使用が確認された場合、その人物は全属性の適合者となる。そして全属性の適合者はさらに、通常属性とは一線を画するとされる光か闇の属性を得るのである。
至高の属性とされる光と闇は、それ一属性で獲得されることはなく、必ず通常属性の全適合が確認されているという。光あるいは闇の属性の使用が確認されると、その人物は魔術師のうえの特別階級、魔道士となる。
魔道士は基本的に魔術協会本部所属。
このために、ふたつを越える属性の使用者は確認がおこなわれ次第、魔術協会本部への通知義務が生じるのだった。
シュウは属性魔術を使用していないが、魔術適性がたかいことは明らか。学校に通っていないのであれば、まず属性の確認を正しくおこなうことが優先ではないか。
三属性以上の使用が確認された場合、支局は把握していない子供であり、なんらかの処分がつくことも考えられる。
「その問題が生じた際は国から説明します」
左大臣が落ちついて、ひと言いれた。レオルドもうなずき、先をつづける。
「学部長が危惧なされているのは結界の施術に関しての点です。支局が担当となった場合、主導権はどこにいくのかと」
コルギー王国にある魔術協会支局の支局長、ナロウィーン・ミミフクは六十代。現役から距離をおいた半ば隠居生活をおくっている。問題を多発させることで有名なこの支局長は、二重属性の適合者となっていた。そして、当代一とされる闇の魔道士と比肩されるほどの実力者であり、魔術界でも有名人とされている。
通常であるならば、国と支局の管轄でなにも問題は起こらないだろう。しかし全属性の適合者と薬草山が関係した場合、どんな話となっていくか。その内容を聞きながら、レオルドもその万一があるとまずいのではとかんじたのである。
「全属性の適合者は確認され次第、すぐに国籍返還のながれになるのではありませんでしたか。年齢制限はなかったようにおもいますが」
そのはずだと右大臣が肯定する。伏せることもできるがそれをするとややこしくなるだろうといったやりとりがおこなわれ、このあとすぐに全体会議だとなった。
「ミミフクと話したほうが早い、呼びだす。沈黙魔術をかけられかねん一事になる恐れがある。あらかじめ、知らせておくべき人員は会議室内へいれるように。二時間後に集合だ」
右大臣のヒズイのひと言でそう決まった。レオルドはシーヴズにつたえるため、お茶をことわり退室することにした。
国事を話しあう面々のそろっている本会議室へと案内され、最後に入室した魔術協会コルギー王国支局代表のナロウィーン・ミミフクは、やってくると自分の口でまずいった。
「支局長のお出ましじゃよー、どったの?」
人騒がせ者と認識されている人物に対して全員が無視の姿勢をきめこみ、同行してきた支局長補佐役のジュエット・カリメロンが深々と頭をさげた。彼女からの謝罪と言動を気にしない国王からの急な呼びだしに対する感謝の言葉があり、ミミフクは周囲から強制的に着席させられることになった。
「噂以上の自由人だな」
初遭遇となるらしいシーヴズの感想に、レオルドは溜息とともにうなずいた。右大臣の幼なじみでなければ、過去に何度か国外追放になっていてもおかしくない人物である。右大臣直々の鉄槌と厳重注意処分の組みあわせで、どうにかいまだ国民となっている支局長だった。
「薬草山の件だ」
右大臣がコルドバーン家健在の報とオーン山内に貴重種多数の恐れがあるため、全域への結界作成依頼を決定事項として伝達した。
「これを、支局としてやってもらいたい」
「…その含み、なんじゃい?」
「山には十二歳の子供たち、ふたりしかおらん」
右大臣に視線をむけられ、子供たちについてはレオルドが昨日の出来事を簡潔に説明した。つぎに左大臣がつづけて、山賊確認にむかった親衛隊らが本日帰還したこと。レオルドが午前中に大学府へ土産物の乾物鑑定にいってきたことなどを話す。
「コロロンネコ草の三年物である可能性が濃厚だ。国の最重要扱いの一事になる。大学府の学部長が熊をやっつけた男の子はふたつを越える属性の使用者ではないか、確認をとらねばまずいのではないかということでな」
「もしそうなら、さすがに秘匿はできんよ。魔道士になる子だ」
秘匿する気はない。急遽この場で先に話しあいがおこなわれ、それが結論となっていた。しかし親が不在であり、ふたりで栽培地の管理をしながら生活していることなどの事情を考えると即時国籍返上は容認できない。成人時、本人が直接話しあい判断すべきである。
「わしにいわれても、それはどうにもできんぞ」
「これは国の方針にした。なにかあるようならばこちらで話しをする。おまえは結界作成を支局権限でやれ」
「やれとくんの? やるけども、まずはみせてくんない?」
記録映像の上映前にカリメロンが許可をうけ、念のためにと情報の秘匿が範囲内へとかかる保護結界を室内に張りめぐらせた。このうえに沈黙の魔術を重ねて施術すると結界内での出来事を口外できなくなり、さらには記憶情報としても保護がかけられた状態になるため、その部分の記録の取り出しは不可となる。
そして始まった映像再生は、熊が仕留められたところで一時停止となった。
「その先だ」と、右大臣がいう。
「いや、まずい。もう駄目だよ、これ」
たしかに、危険生物と認定判断をうけるだろう熊を未成年の子がひとりで討伐したというのは信じがたい話である。そうした周囲の反応に対し、ミミフクは首を横にふった。そこではないと。
コレと、熊を貫いている一振りの刀剣を指さす。
「元祖魔剣の可能性がある。もしそうなら、魔術協会が創設された理由にあたる」
「元祖?」
「全員知っとるよ」
読まないで育つ子供はいないとされるほど、世界中のそこここで出版されている。絵本や童話にまでなり、幅広く愛されているある物語。
「大騎士カイ・フィーゼの英雄譚」
室内に沈黙が落ち、レオルドはまさかと返した。
「あれはおとぎ話では」
「あれは全部、実話だよ。大騎士は実在の人物」
レオルドは困惑気味にうなずいた。実際に存在し栄華を誇った国の将軍となっていた人物であることは知っている。そこに物語要素として、騎士となっている主人公に魔剣という特別な武器を持たせたのではないのか。
そうおもわれている場合もあるとミミフクはいう。カイ・フィーゼが存命だった時代は、現在からはるか千八百年前。
「当時の闇の魔道士が、国王の依頼でほんとうに一振りの魔剣をつくったんだよ」
そのとき、世界に魔剣というものが初めて誕生した。後々の脅威となりかねないものを、栄華をきわめた王とはいえ軽々しく創造すべきではないとして、魔術使用管理のために魔術協会本部というものが創設されたのである。
現在、世の中にある魔剣というのはこの物語を読み魔剣というものを欲したものたちが、剣に魔術効果を付与したものとなっている。
「元祖魔剣の製造法というものは残っていない。問題なのは、はじめの八百年しか後追いができていないことだ」
カイ・フィーゼのものとされた魔剣は、彼の子孫にしか所持できないものだったとされている。誕生から八百年間はフィーゼの血統と共に所在確認がおこなわれていたのだが、その後いきなりどちらも消息が不明となる。
「戦時中の混乱だろうといわれているが、千年間行方不明だった」
「まだわからんだろう」
「元祖魔剣は魔術界では黒いとされている。その子、魔術どうこうのまえにたぶん、フィーゼの血統だよ」
フィーゼの血統は子孫が確認されていた八百年間、魔力保有者はひとりも出ていなかった。
そして後発の魔剣とは、ひと振りするとわかりやすく炎を出現させたり、吹雪を出現させたりする剣となっている。伸び縮みするという地味なものではなく、派手でいかにもな仕様の剣が好まれていた。
元祖魔剣の魔術効果については不明。使用記録がないためである。
ミミフクがレオルドたちをみた。
「おまえさんたち、伝説の世界初の目撃者になったかもしれんよ」
「……」
「それは光栄です」
よくその返しができるなと、レオルドは自分のとなりに立つ副官であるはずの男をみつめた。