甘い玉子焼き
次の日。
彼は学校には来なかった。
一週間ぐらい。
彼の欠席が続いた。
別に。
私には。
何も。
関係なかった。
次に会った時には、
また髪の色が変わっていた。
井藤「よっ、」
馴れ馴れしくする彼に、
私は知らないフリをした。
いつからか、家族で食事をする回数も減り、
歳が上がる様になると、自然と、
一人で、スーパーやコンビニのお弁当を、
ただ。静かに食べる事が、当たり前になった。
「足りない、、」
私はコンビニへと歩く。
朝。家を出る時に、寝て居るのを見て、
それから帰ってるまで、夜はずっと、1人。
いつからか、布団以外の普段の姿を見なくなった。
コンビニには商品があまり無かった。
そんなにお腹が空いていた訳でも無かったが、
少し、人がいる場所に行きたかった。
玉子焼き、、
ふと視線に止まった。
お母さんの玉子焼き。
お父さんの、大好物。
甘くて、ふわっとしていて、、
いつも、途中で、お父さんが、摘み食いして、、
何だか涙が出てきた、、
私はコンビニで何も買わずに出た。
「よぉ、」
誰かに声を掛けられたが、
涙を見せたくなかったので、走った。
「ただいま、、」
家は静かだ。
あんなにも暖かく、明るかった部屋は、
ただ暗く、家具が置いてあるだけの
空っぽな家へと変わってしまった。
「どうして、、」
踞る様に、私は小さくなった。
あの頃が懐かしい、、
休日は親が居るから家には居れない。
何処へ行こう。
私は行く場所も無く、学校へと向かった。
部活がある為、休日でも開いている。
いつもと違う雰囲気は、いつも見る景色を
何だか違う世界の様に感じさせる。
ガラガラガラ、、
教室には、明るい色が。
「よぉ、」
机で勉強する井藤が居た。
「何で」
井藤「いつも寝てるからさ、、
家じゃやんねえだろっつうんで、
休日も出席。」
「寝てるからだよ」
井藤「家じゃ寝れねえからな」
その言葉の意味を理解出来る程。
私の人生経験は、
教科書の様には、厚くはなかった。
窓の外からは生徒の声が聞こえる。
こんな風な日常もあったのかと、
ただ時間に酔いしれる。
井藤「んで。
お前は何しに来たんだ?」
水を差すように、
彼は私に干渉する。
「別に、、」
教科書は風に揺れて、
ページが捲れそうになるのを
強く押し付けて折り目を付ける。
はあ、、
「私の家、、離婚するの。
だから、家に居ても両親は喧嘩してるし、
話を振られれば、どっちに付くかとか、、
それが嫌で逃げてきたの。
、、悪い?」
グシャ、
力の入った紙は縒れる。
はあ、、
何で彼に言ってしまったんだろう、、
しつこいから、、
ノートを開き、勉強を始める。
井藤「、、ごめん
この間。
たまたまコンビニ行ったらさ、、
お前が泣いて出てきたからさ、、
話せば楽になるかなって、、
考えが甘かったな
ごめん。」
「私。心咲。
お前。嫌い。」
彼の優しさは分からなくはなかった。
私。見られていたんだな、、
そう考えると、恥ずかしさよりも、
自分が何だか惨めに見えてきた。
2人はそこに居る様で居なく、
ただ、自分達の時間を過ごしていた。
お昼のチャイムがなった。
井藤「昼。一緒に食わねえか?」
んー、、
見られて嫌な訳じゃないが、
思春期と言うやつだ。
心咲「外見ながらでもいいなら、いいけど、、」
井藤「了解。」
私は彼の前の席に座って、
机を動かし、外を見ながら食べる。
井藤「昼飯何だ?」
心咲「コンビニ」
井藤「一緒じゃん!
何買ったの?」
心咲「玉子焼き。」
井藤「心咲。玉子焼き好きなん?」
心咲「まあまあ、かな。」
外では皆が集まって弁当を広げる。
手には親が作ったであろうお弁当。
私には、顔も知らない誰かが作った、
いや、機械が作ったかもしれない玉子焼き。
玉子焼きは水っぽく、
出汁の利いた玉子焼きだった。
井藤「こりゃ駄目だ。
玉子焼きは甘くなくちゃな?」
そう言い、私と同じ商品を食べる。
私は思わず笑ってしまった。
心咲「何で笑
井藤も好きなの?
玉子焼き。」
井藤も笑う。
井藤「甘くて、パサパサぐらいの。
水分が全くないやつな?笑」
心咲「なにそれ笑」
久しぶりに笑った気がする。
こんな日常もあってもいいな、、
なんて再び玉子焼きを口に運ぶ。
甘いのがいいな、、