折り畳み傘
雨は、私を濡らす。
「天気予報なんて信じない、」
土砂降りの雨。
昼間は汗ばむくらいに晴れていた。
予報では洪水確率は10%。
私は10%に負けた。
私の心は梅雨の様に、
じめじめとしていた。
「あーぁ、、」
雨音は激しさを増す。
過ぎ去る人々は、
雨から逃げるように走る。
飛び散る雨水は降りしきる雨とぶつかる。
大粒の雨は視界を歪ませる。
両親が離婚する。
仕方のない事だった。
毎日喧嘩していたのだから
私は何で泣いているのだろう、、
私の頬から涙がつたう。
いっそ死んでしまいたい、、
いっそ、この雨の様に、
空から落ちて、地面にぶつかり、
そのまま下水にでも流れてしまえれば、
そんなことを考えて、流れる雨水を追う。
抗い様のない液体は、流されるまま、
大きな穴へと吸い込まれてゆく
ふと、視界の隅で何かが止まる。
バシャッ、
黒いローファー。
緑のチェックのズボン。
うちの制服だ。
何で止まってるんだろう、、
視線を上に上げる。
差し出された手には折り畳み傘がひとつ。
雨の音だけが響く。
無言の時間。
彼は私の手を取ると、その傘を握らせた。
そして、何も無かったかの様に
彼は歩き出す。
呆気にとられた。
そう表現するのが相応しいか。
ただしばらくその傘を眺めていた。
同じクラス。
席は窓辺の席。
名前は井藤健汰。
私が知っているのはそれだけ。
結局私はあのまま、
雨が止むまで立っていた。
借りた傘は使ってない。
「これ。ありがとう、」
放課後。部活ではけた教室に、
顔を伏せて眠りについている彼に返した。
髪は染まっていて、あまりいい噂は聞かない。
井藤「やるよ。鞄に入れとけ。」
置いたはずの傘は、あの時の様にまた、
私へと差し出された。
「いらない。」
私はそう言い残し、帰った。
それから別に何も進展が無く、
ただ、時間だけが進んだ。
家に帰れば、言い争う声。
私をどっちが引き取るか。
正直。
どちらとも居たくない。
家に居場所が無くなり、
私は散歩に出た。
夜は独特の雰囲気がある。
星は全く見えない。
うっすらと雲が分かる。
「明日も雨かな、、」
そんな事を考えながら、
公園のブランコに座る。
チェーンは冷たく、錆の匂いがする。
ギィー、ギィー、
ブランコなんて久しぶりだな。
小さい頃は、よく家族で公園へ行って、
皆で遊んで、お母さんのお弁当食べたっけ、、
お父さんがブランコ押してくれて、、
「懐かしい、、」
ブランコはゆっくりと揺れながら、
風を切るように音を立てる。
「よぉ。」
不意に話しかけられる。
声のする方へ顔を向けると、
井藤の姿があった。
「ども、」
私は軽く頭を下げる。
井藤「何かあったのか?」
隣のブランコに当たり前の様に座る。
「別に。」
浮いた足をブラブラとさせて、靴を揺らす。
何を話したらいいのか分からない。
微妙な空気に耐えかねてか、
井藤が口を開き出す。
「俺さ。
母さんが死んで、
父さんと2人暮らしで。
父さん。酒呑むと暴れるんだよな。
まあ、大人もいろいろあるよな?」
「大丈夫?」
井藤「んー。
だから逃げてきた。」
そう笑う彼は何だか子供の様だ。
井藤「お前は?」
「私は、、」
言えない。
両親が離婚しようとしていて、
いつも喧嘩ばかりしている事を。
「ちょっとね、、
、、気分転換に」
居ずらくなり、私は帰る事にした。