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Money or Songs(仮)  作者: SUNO
6/9

6曲目

「大国さんて変わっているよね」


 美琴は灰島に言われた言葉を反芻していた。


「変わってるってなんだよ! 女装してスナックで働いてるやつに言われたくない」


 と叫び続けていた。心の中で。


 灰島は美琴に協力しているふりをして、内心では自分のことを馬鹿にしているのではないだろうか。そう思うと腹が立っていた。


「なんか荒れてるっすね。国さん」


 部活動中に第2音楽室でギターを弾いていた美琴に蒲川(ほかわ)が話しかける。


「別になんでもない。練習するよ、交流会まではもう来週なんだから」

「まあ、それはいいんですけど、来てないっすよね神崎」


 蒲川に言われて気がついたが、確かに神崎がまだ来ていない。もう1年の授業は終わっているはずの時間だが。週番で居残りでもしているのだろうか。


「あいつも他の1年と一緒に辞めるつもりかもしれないっすね」

「ちょっと、やめてよ。まだわかんないじゃない。週番かなんかかもしれないし」


 美琴もうっすらとは感じていたが、蒲川に言われるとやっぱりそうなのかもと思い始めてしまった。しかし、初心者ではあるが、彼女なりに頑張って練習に取り組んでいると思っていたし、部のイベントを直前に控えて急に辞められるなんて考えたくなかった。


 その時、廊下から微かに足音が聞こえてきた。


「ほら、来たじゃない」


 ドアが開く音がすると、人影が現れた。




「あ、大国さん、ちょっと今いいかな」


 現れたのは、神崎ではなく、ギター部顧問の南 真弓(みなみまゆみ)だった。


真弓(まゆ)ちゃん、話なら俺がじっくり聞くけど? 二人っきりで話そうか」


 蒲川が、神妙な顔をして、南に近づく。


「蒲川君、真面目な話だから……」


 南はため息をつくように答える。

 南は30歳前後の比較的若い女性教諭であり、音楽の担当教諭でもある。蒲川は南に対し、時々セクハラまがいの発言をするのに対し、南が軽くあしらうのがいつものお決まりだった。


「まあ、蒲川くんも一応副部長だからね。今ここで話すわね。蒲川くん、そんなに近寄らなくていいから」


 南は気を取り直すと、真面目な表情をする。


「実は1年の馬場さんと遠藤さんから正式に退部届を受け取ったの。その、これでギター部は大国さんと蒲川君だけになるでしょう。学校の規定では」


 南は答えにくそうに言う。


「あ、真弓先生、1年の神崎がいます。今日はまだ顔を見せてないけど……」

「そうだったわね。神崎さんもいたわね。でも、大国さん、学校の規定では3人でも部の存続は厳しいわ。言いにくいんだけど、このまま部として今まで通り活動していくのは難しいかも」

「そうっすか。まあ、しょうがないっすね」


 蒲川がいつものように飄々と答える。状況わかってんのかと美琴は怒鳴りたくなったが、こうなるまで何も対策を実行できなかった手前、蒲川を責めることができなかった。


「大国さん達が真面目に活動してるのはわかっているし、私も協力してあげたいと思ってるの。こちらでも色々考えているし、でも9月の部会までに周りを納得させられないと」

「そう……ですよね」

「まあ、すぐにどうこうなるわけではないから、来週交流会だったわよね。私も引率で行くし、準備は今まで通りで大丈夫だと思うから」

「はい、ありがとうございます」


 廃部の2文字が美琴の頭の中に浮かんだ。1年からずっと続けてきたこの部活に思い入れがあった。部長になった今、最終学年で廃部にしてしまうかもしれないと考えると、胸が痛んだ。


 南は教室を出ていくと、蒲川とまた二人になった。静まり返った音楽室だったが、どこからか音が聞こえてくる。ギターの音と歌声。あの声は八上の歌声だ。同じ校舎にある軽音部の部室からここまで音が聞こえてくるのだ。一緒に女子たちの黄色い声も聞こえてくる。


「とりあえず、目の前のイベントに集中しよう」


 美琴の呼びかけに対し、蒲川に声をかけるとはいつものようにだるそうな返事をするとギターを構えた。

 



 美琴がギター部に入った時も部員は5名ほどしかいなかったし、もともと小規模な部だった。美琴が入部した時は他に同学年に他に2名いたが、バイトだったか恋愛だったかを理由に数ヶ月で辞めて行ってしまった。蒲川の代はもともと蒲川しか入部しなかった。その時には八上の影響で圧倒的に人気だった軽音部に入部希望の下級生が吸い取られ、ギター部には集まらなかったのだ。

 もともと、部の活躍の場やイベントも少なく、たまに行われる交流会や文化祭くらいしか目立った活動がない部だ。賞を取ったり、大きな舞台で演奏したりなどの活躍があれば、部活動のアピールもできるのだろうが。美琴は頭を悩ませた。

 八上が提案してくれた通り、いっそのこと軽音部と合併してしまった方がいいのだろうか。




 週末の土曜の午前中に美琴はいつものようにコンビニのアルバイトに来ていた。仕事をしている間くらいモヤモヤした悩みを抱えていたくないが、頭の中は部のことでいっぱいだった。

 土曜の午前中はそれほど客が来ないが、近くの学習塾に通う学生や近隣に住む常連客が顔を出す。レジに客が来たので、美琴は頭を切り替え、商品を持ってきた女性客からカゴを受け取るとバーコードを読み始めた。


「あの、美琴ちゃん?」

「はい?」

 

 急に目の前の客に下の名前を呼ばれ、美琴はギョッとした。女性客は美琴の顔を覗き込むと、パッとにこやかな表情になった。


「やっぱりそうだ! どっかで見たことある顔だとずっと思ってたんだよね」

「えーっと……」


 女性は嬉しそうに手を合わせるような仕草を見せる。

 こんな知り合いいただろうか。美琴のことを下の名前で呼ぶのは家族ぐらいのはずだ。

 美琴は頭を巡らせた。小柄の若い女性だ。25、26歳くらいだろうか。白地にピンクの文字が入ったパーカーにパンツを合わせたラフな格好をしていた。童顔で子供っぽい雰囲気だが、大きめの胸が特徴的だ。店によく来る客なので、顔は見慣れている。

 美琴の制服には苗字しか書かれていないはずなのに、なぜこの女性は美琴の下の名前を知っているのだろう。

 美琴が脳内のデータベースを巡らせていると、客がクスクス笑っている。この仕草、どこかでーーーー。


「あ、サンドリヨンの!」

「美海でーす♡」


 美海は、前腕で胸を寄せるような仕草を見せた。


「びっくりしちゃった。また会えると思わなかったから。というか、しょっちゅうここに来てたんだよね。私このコンビニの近所に住んでるから」


 美海は悪戯っぽく笑う。笑い方は同じだが、サンドリヨンでの姿とは別人のようだった。


「あの店で働く店員って、みんな普段の姿とは全く別人になってしまう呪いでもあるんですか……!? いや、すっぴんも可愛いですけど」

「ふふふ」


 美琴は思わず聞いてしまった。琥珀にも驚いたが、美海も店にいる時とは全く雰囲気が違っていた。

 店では大きくつぶらな瞳だったが、素顔の今は1回りも2回りも目が小さく、素朴な感じだ。眉は薄くて短く、申し訳程度に目の上に乗っているような感じだ。目の下には無数のそばかすが散っている。素顔も可愛らしい女性だが、サンドリヨンでの洗練された雰囲気とは全く違った。


「そんなに違うかなあ? あ、でもミチルママはすっぴんでも全然変わらないよ。あの人は天性の美形だから!」

「ママー、まだ?」


 美海の足元から、小さい子供の声がした。美琴が美海の足元を見ると、4、5歳くらいの女の子がいた。


「え? ママ!?」


 美琴は思わず聞き返してしまった。美海が小さな少女に「はい、挨拶は?」というと、小さな女の子は美琴の方に顔を向け挨拶をした。


「みやです。こんにちわ」

「こ、こんにちは……って、え!? 娘さんですか」

「うん、娘の美也(みや)


 美也は愛くるしい笑顔を美琴に向ける。美琴は思わず、美海と美也の顔を見比べてしまった。美也は母親の美海にそっくりな可愛らしい笑顔だった。

 美海はバイト先の常連であり、よく子供連れで来ていたことは美琴も認識していたが、母子というより歳の離れた姉妹といった雰囲気だった。


「いや、すみませんびっくりして、お子さんがいるように見えなかったんで」

「ははは、よく言われる。子供が子供育ててるって言われるもん」


 後ろに他の客が並び始めたのに気がつくと、美琴は慌てて会計を続けた。レジからお釣りを取り渡すと、美海は嬉しそうな表情で美琴に話しかけた。


「あ、美琴ちゃんバイト何時まで?」

「あ、午前中で終わりなんで、あと30分くらいで上がりです」

「じゃあ、ランチよかったら、一緒しない? 外で待ってる」


 まるで友達でもあるかのように、当たり前のように誘われたので、美琴は自然にOKしていた。




「本当にびっくりしたよー。美琴ちゃんとまた会えるなんて思わなかったから」


 美琴はバイトを終えると着替え、美海とコンビニ横の公園で待ち合わせた。少し話すと、近くのファミレスで一緒にランチを食べることなった。ファミレスに向かう途中、美也が美琴と手を繋ぎたがったので、繋いで歩いた。小さな手が可愛らしく、心がほっこりする。


「週末はいつも美也とデートしてるんだ。でも大勢の方が楽しいからね。シロのお友達の美琴ちゃんと仲良くなりたいしね」


 美海は琥珀のことをシロと呼んでいるようだった。あだ名だろうか?


「はあ、友達ってわけでもないんですけど」

「あ、遠慮しないで食べて! 私の奢りだから給料日で今お金持ちだからどんどん食べてね!」


 美海はそう答えると、人懐こい笑顔を見せてくれた。美海といるとホッとさせられるし、場の空気が柔らかくなるように感じた。せっかくなので、ご馳走になろうとメニュー表を見ると、美也が美琴の隣に座り、腕に抱きついた。


「みことちゃん、おこさまメニューいっしょにみて」

「う、ミヤちゃんて人懐こいですよね」


 美海は美琴に懐く美也の姿を眺め微笑んでいる。


「美也、美琴ちゃんと仲良くなれて良かったね」

「うん!」


 あまりにも可愛らしい仕草に美琴は美也に意識が持っていかれてしまう。

 美也の注文を一緒に選んでやると、一緒にドリンクを選びに行き、食事を食べ始める。

 

「私、シロとはサンドリヨンでほぼ同期なんだ。それで、仲良くなったんだけど、シロって店でいつもおとなしいの。学校の話とか聞いても全然話してくれないしさ、うまくやってるのか心配だったんだけど、学校で美琴ちゃんみたいなお友達がいるってわかって安心したよ」

「いや、私と琥珀は別に仲良いわけじゃないです。あいつ、あまり自分のこと話さないし」

「うん! 私にもあんまり話してくれないんだよね。いつも私が一方的に話して、シロが静かに聞いてくれてる感じ」


 美海は屈託なく笑う。何故かとても嬉しそうにしている。


「初めてシロにあった時は、こんなにおとなしい子が人前で歌うの? って思ったんだけど、びっくりするくらいどんどん歌が上手になっていってね。今では店の看板みたいになってるからすごいよね」


 美海と美也は美琴の住む街からもすぐに近くに住んでいることがわかった。結婚して数年で離婚をして、2人暮らしの母子家庭であることがわかった。


 食事が終わると、美琴は美海に礼を言って別れた。穏やかな時間を過ごし、美琴は体が軽くなった気がした。

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