1曲目
小説の執筆初心者です。日本語下手すぎる…
細々と書いていきたいと思っています。及川と八上のしたの名前考え中。
早朝。美琴はバイト先へと足を運んでいた。少しひんやりとした空気を鼻腔から取り入れる。膝や首筋にも同じ空気が触れるのを感じた。空はまだ夜だと主張するように暗い。
まだ眠っている街の中で街灯だけが働いていた。音の無い世界だ。 美琴はまだ眠っているこの街のこの音のない時間が好きだった。同級生たちにはよく驚かれるが、平日早朝3時起きと4時からの7時半までのコンビニでのバイトは美琴の日課だった。短時間だがそれなりに条件はいい。
美琴が高校1年生の時働いているこの店舗は、特別栄えているわけではないこの街に溶け込んでいた。昼間は近隣住民や学生達がよく利用しているが、早朝となるとそれほど人も多くない。店内を軽く清掃し、たまにレジに商品を持ってくる客を迎える程度だ。シフトも融通が効くし、店長も人が良く温厚。難点を挙げるとすると、自宅近所のため、知り合いと鉢合わせてしまうことが多いことくらいだ。
バイト先のコンビニに入ると店長がいつものように商品補充をしていた。
「あー大国ちゃん、おはよーさん」
店長が少して顔をあげ挨拶する。中肉中背でまだらに白髪の入った髪、特徴的な丸顔に笑顔を浮かべている。少し疲れているような乾いた声だが少し機嫌が良いようだ。
美琴は軽く挨拶すると、店の制服を羽織り、エプロンをつけ、レジの備品を整え始める。 1週間前にバイトスタッフが急に店を辞めてしまい、その穴埋めに最近は店長が夜勤を勤めることが多かった。この歳で夜勤は辛いと嘆いていた店長だが、たまに変に機嫌がいい時がある。調子はずれの鼻歌を歌いながら、商品の陳列を確認している。
「大国ちゃん毎日毎日こんな早くに大変じゃない?高校もあるのにさ、今年3年なんでしょ? よく頑張るよねー。お金そんなに必要なの?」
お菓子コーナーの並び替えをしながら話しかけてくるのが店長の癖だった。
「狙ってるコンサートのチケットがあって・・・あと、ギターの弦も買い替えたい。」
「はは、本当に音楽すきだよね」
店長とは1年半ほどの付き合いになるが、教師や親戚たちの様に美琴を子供扱いすることはなかった。自分を一人の人間として対等に扱ってくれている様に感じる。世代も性別も異なるが、学校の友人と話すように気楽に会話できた。
美琴がバイト代を趣味の音楽に全部注ぎ込んでいることを話しても否定することはなかった。
「今作ってる曲があるんだけど、なんかギターの弦張り替えたら、新しい着想得られる気がするんですよ。楽器の使い方を少し変えてみたり、するとすっとアイディア浮かんできたりして」
「まあ、わかる気がするよ。音楽はいいよね。うんうん」
店長はうんうんと頷くと、同意するふりをしながら続ける。
「行きつけのバーにすごーく歌がうまい女の子がいてさ。いやー歌はいいよね癒されるよね」
「店長、またクラブ通いですか、朝から鼻の下伸ばしていやらしい……」
「おっと、セクハラじゃないよ」
数年前に離婚を経験している店長はたまに通うスナックやクラブが生きがいのようだった。昨晩も楽しんだのだろう、嫌に機嫌がいい。こんな大人にはなるまい……と美琴は思った。
美琴の通う高校はバイト先のコンビニから自転車で15分ほどのところにある。美琴が教室に入ると教室の中は生徒たちが各々グループに分かれ談笑している。
「あ、大国さんおはよう」
クラスメイトの女子が声をかけてくる。美琴が挨拶を返すと、クラスメイトの友人二人もそれに続いてやってくる。
「クラスのラインでも話してたけど、クラスのみんなでカラオケパーティやろうってなったじゃん? うちら3年でこれから受験とかで余裕なくなってくるし、せっかく今年も同じクラスなんだから決起会的なーーーー」
「あ、ごめん私パス」
クラスメイトの話の途中で、美琴が被せて答える。
「え! なんで? 大国さん、歌上手いじゃん? 絶対音感っていうの? 学祭でもステージで歌ってたりするしさ。きてくれたら絶対盛り上がるよ」
もう一人のクラスメイトが意外そうな表情で聞いてくる。
「部活ない日は基本バイト入れちゃってるし、うちの部3年の引退ないの。部活も次の交流会のために練習したり準備でバタバタしてるから今回はナシで」
美琴はフォークソング部、通称ギター部に所属していた。活動日は週2回でそのほかの日はバイトに行くか、家で作曲活動に当てている。本当はバイトがない日もあるのだが、プロでもないクラスメイトのノリだけの歌唱を聞く時間があったら、創作中の曲の仕上げをしたいというのが本音だった。
「そっか、大国さんギター部の部長だもんね。そっか、でも気が変わったら参加してね」
「うん、誘ってくれてありがとう」
絶対気が変わることはないけどね。と美琴は心の中で呟く。カバンを肩にかけ直し、席まで運んだ。
カバンを机の上に置く音に反応し、前の席の長身の女子が読んでいたファッション雑誌から顔をあげる。
170センチはあるすらりとした体型。長い足は前に組んで、スカートからは健康的な色の腿が見えている。長いストレートの髪は薄い茶に染めているが、ポニーテールにしている髪の毛先は色が抜けきって金髪のような色になっている。
長身の彼女、及川と美琴は1年の時から同じクラスだった。ずっと出席番号が隣なこともあり、自然と話すようになり、何かと行動を一緒にすることが多かった。美琴と目が合うと及川はニカッと笑い大きな声ではなしかけてくる。
「大国、今度のカラオケパーティだけどさ」
「私、行かないことにした」
「ええっ!?」
美琴が答えると、及川は大きな声を出し、驚いた表情をする。体だけでなく、声もリアクションも大きい。
「え、マジで言ってる? クラスのほとんどが行くよ、うちのクラスなんかこういうイベント系まとまるし。え、ほんとに行かないの?」
「カラオケじゃなかったら、ちょっと顔出してもよかったかも。でも、部活の交流会に向けて作曲に集中したい。正直、素人の歌聞いて調子崩したく無いんだよね。バイトで行けないって言ってるからこのことは黙っといて」
美琴の3年4組のクラスは2年から持ち上がりで去年と同じ顔ぶれだ。特に諍いもなくまあまあ穏やかなクラス。イベントごとがあると普段距離を置いてる派手めのグループも地味な感じのグループもほとんどが集まって行動するから不思議である。
及川は美琴がカラオケに参加しないと聞いて、少し残念そうな顔をするが、美琴らしいと思ったのか、納得したような表情になった。
「まじかあ、大国来ないんか。多分、今回参加しないのは、大国とゴミ島くらいだな」
及川は教室の後ろの方に座って男子を顎で指す。ゴミ島と呼ばれる男子は、他のクラスメイトが騒がしく談笑しているのもよそに、一人で静かに本を読んでいる。
「あいつ、家すごい貧乏みたいで、身に付けてるもんいつもボロいし、金ないからいつもイベント系には参加しないんだよな2年の時から」
クラスメイトのゴミ島は本名は灰島だ。クラスで一番おとなしい男子だった。特にクラスに親しい友人もいないようで、いつも一人で過ごしているようだった。いつも擦り切れた靴やカバンを身につけていて、見窄らしい格好をしていため、クラスメイトからゴミ島と呼ばれてた。家は母子家庭で母親が水商売やってるとか、ホームレスとかいう噂もあった。美琴とは2年の時から同じクラスだったが、クラス委員をやっている美琴でさえ、灰島とはまともに口を聞いたことがなかったため、真相はわからなかった。おそらくクラスメイト全員が灰島のことをよく知らないだろう。
「ま、私は超参加するけどな!! 高校最後の学校生活。今年こそは絶対夏までに彼氏作るし! そして、一緒に励まし合いながら受験勉強、愛を育んでいく。一緒に大学合格を祝い、卒業式の日に」
「あー、はいはい。受験勉強もしろよ」
3年に上がり、陸上部を引退した及川は、今まで部活にあてていた時間を持て余しているようで、異性を意識したコスメやファッションに興味を示すようになった。
「ね、リップのこっちの色とこっちの色どっちがいいと思う?」
及川は見ていたファッション雑誌のコスメ紹介の記事を美琴に見せた。
「えー?」
「大国は音楽バカだから、こういうの疎くてわからないと思うよ」
低い声が聞こえてきた方を見ると、いつから聞いていたのか、美琴と及川のそばに長身の男子が立っていた。美琴が声の主を睨むと、本当のことだろ? と爽やかな笑顔で返してきた。
「八上じゃん。大国に用?」
「おう、部の交流会の件でちょっとな。及川、話中に割り込んできてごめんな」
及川は、どうぞ遠慮なく、というと、ニヤニヤした表情で美琴を八上に譲るようなジェスチャーをして見せた。八上は大きな手に持ったプリントを美琴に手渡した。
「交流会のメンバー表と参加のお知らせが来たから。これ記入して顧問に提出して」
済ました顔で八上が話す中、美琴はクラスの女子たちの視線を感じた。
「キャー、八上君、朝からめちゃ爽やか。朝から会えるなんてラッキー」
クラスの女子たちが小声で話すのが美琴の耳に入るが、八上は気が付いていないようで話を続けている。
「て言うかさ、大国のとこの、ギター部参加できるわけ? 3年は大国一人だし、2年も一人じゃん」
「大丈夫。1年が何人か入ってきてくれてるし。交流会も参加するよ」
「とりあえずプリント渡しとくけど、なんかあったら連絡して。うちの軽音部で協力できることは協力するし」
「だから大丈夫だって」
八上が朝会があるからと言って、自分のクラスに帰っていくと、及川が大きなため息をついた。
「あーー朝からイチャついちゃって。やっぱ私も彼氏欲しい!」
「イチャついてないし、八上はただの友達だって、冗談でもそういうこと言わないで」
美琴が答えると、席が近い、内海も話かけてきた。
「大国ちゃんって、八上君と中学の時から仲良いんでしょ? 八上君と普通に話せるなんてほんと羨ましい。性格も良くてイケメンで軽音楽部のスターで学園の王子様で。もうずっと眺めてたい! お近づきになりたい!」
「羨ましがられるようなもんじゃないって。中学のとき同じ合唱部で一緒にいることが多かったから、八上のファンの女子たちから嫌がらせは受けるし、デブだのブスだの陰口は叩かれるし、散々だったんだから」
高校にあげってからも、八上のファンの女子達は多かった。むしろずっと増えているであろう。実際、美琴は八上絡みで今でもたまに陰口を言われているが、相手にしないようにしていた。小さい頃から、地獄耳で小さなひそひそ声でも拾ってしまう聴力のせいで嫌な思いをすることも多かったが、慣れもあり周囲からの僻みにいちいち気にしないようになった。
「大国ちゃんさ、ギター部やめて、八上君と同じ軽音部に入っちゃえばよかったのに」
「大国、メガネ外してコンタクトにして、化粧とかしたらブスって言われなくなると思うよ。八上とももっと釣り合い取れるんじゃね?」
「だから、八上とはそんなんじゃないって。それと及川、ブスって言うな」
朝会を終え、1限目の数学の時間になると、美琴は八上からもらったプリントを眺めていた。今回の交流会は年に2回行われる近隣の10校ほどの高校生が集まるイベントだ。このうちの1回は今月末の5月の最終土曜に開催される。軽音楽部やギターを楽しむ部員たちが集まり、それぞれの練習の成果を発表し合うというものだった。
数学担当の時任がだらだら数式の説明をしたが、美琴はいつも数学の時間は他の作業をすることが多かった。
八上が心配してくれていたように、美琴が所属するギター部は廃部寸前の危ない状態だった。3年の美琴と2年が1人、1年生が4月から3人入ってくれたが、うち二人は先週から部活をサボるようになっていた。部活動は4人以下になると廃部、同好会にするにしても3人は必要だった。
出雲高校の音楽系の部活は吹奏楽部と八上が部長の軽音楽部、合唱部と、美琴のフォークソング部だ。もし、廃部になったら活動場所である第二音楽室も使わせてもらえなくなってしまう。ただでさえ、活動日を合唱部と取り合ってるくらいなのに。
それに引き換え、八上たちの軽音部は20人近くいる。活動も盛んで、加えて八上は高校のスター的存在だった。去年の出雲高の学祭でも八上たち軽音部は大勢客が集まり大盛り上がりだったのに対し、美琴たちのギター部は客もまばらでパッとしなかった。
美琴は去年の学祭後に、他クラスの生徒たちから陰口を言われたことを思い出していた。
『ギター部の大国さんだっけ? まあ、歌はうまいのは認めるけど、あの歌ってオリジナルだよね。熱唱しちゃって、ちょっと痛々しいっていうか。よくやるよねー。私だったら絶対に無理』
『無難に生徒たちが盛り上げれる曲だけ歌えばいいのに。八上君に対抗してるんじゃない? 高校のアイドルに対抗したって無理に決まってるのに』
美琴は歌唱力の面で八上に劣っているとは思っていなかった。むしろ、音感の良さやギターの演奏は八上より上だと自負していた。しかし、盛り上げ方や、スター性では八上には敵わないのだろうかと思い悩んでいた。八上の事はいいやつだと思っているが、過去に言われたこの言葉を思い出しては、八上のことを疎ましく感じていた。
「見てて、痛々しいよね。もう学校に来なきゃいいのに」
自分が言われたのかと思い、美琴は一瞬ハッとした。声は教室の後ろの方から聞こえたようだった。
「あいつの声さ、ネトっとした感じだし、たまに声裏返るし、もう色々キモいよね」
どうやらクラスの男子の悪口らしい。美琴は一瞬少しほっとしたが、他人のことだとしても、聞いていて、気分のいい話ではない。席が離れているのにクリアに聞こえてしまう。数学教師の時任は平常運転で数式の解説をしている。
後ろの女子たちの話し声に注意しろよと美琴は思ったが、時任にはまったく聞こえないようだ。やはり、美琴の聴力は特殊らしい。
「灰島のワイシャツ指定のものと違くない? なんか袖のとこ擦り切れてるし、カバンも靴もボロいし清潔感ゼロ。ちゃんと風呂入ってるのかな。くさそうー」
「あれはないわ。まじゴミだよね、あいつ」
ーーーーーーゴミ島のことか
噂好きの西巻達の声だ。あの位置だったら席が近い灰島にはさすがに聞こえているだろう。
美琴は不愉快な言葉を聞かなくて済むようにイヤホンを耳に入れ、音楽を流し始める。授業中だが気がつかれなきゃいいだろう。中学の頃から夢中だったソウルシンガーの音楽を選択する。
美琴は外国人歌手を好むことが多かった。厚みがあり、力強く美しく響く声やストレートな表現の歌詞はやはり洋楽曲の方が良い。気に入っているシンガーが来日するたびにコンサートにいくとこを生きがいにしていた。そのためにアルバイトをしているようなものだった。プロの美声は悩みや嫌な雑音を忘れさせてくれた。美琴にとって一番幸せな時間だった。
「そうだな、大国、この問題解いてみろ、受験生のくせに余裕あるみたいだからな」
だらだら数式の解き方の説明をしていた時任が美琴を指名してきた。美琴の机の上には作曲中の譜面と八上から受け取っていたプリントを並べていた。美琴は髪が短いから耳に入れているイヤホンも丸見えだったのかもしれない。
時任が薄笑いを浮かべて美琴を見ている。どうやら、授業をちゃんと聞いてなかった罰として美琴に恥を描かせようと思ったのだろう、面倒臭い。後ろの方で無駄話をしている女子には気がつかないくせになんで私だけと美琴は思ったが、軽く返事をし、席をたつ。
教卓に向かい、チョークを取ると、黒板に羅列された数式の解答を順序立てて書いていく。最後まで書き終わる前に背中を向けているクラスメイトたちの「おお〜」という関心した声が聞こえてくる。時任はバツが悪そう声で
「いいだろう、席に戻れ」
と言った。席に戻ろうとすると、前の席の及川が合う。及川は時任を敵視している。よくやったと言わんばかりにニカッと笑い左手を低く差し出した。時任に見えない位置で及川の左手に低めのハイタッチすると席についた。
帰りのホームルームで担任から、ちょうど週番だった美琴に多目的室の掃除をするようにと言われた。
「え、なんで今日? 嫌です。今日部活なんで明日じゃだめですか?」
美琴は抵抗すると、担任は一瞬怯んだのか、苦笑いをする。
「すまん、確か大国は片野と週番だったよな。まあ、今回だけだからよろしく頼むよ、な?」
「しょーがねーな」
隣の席の片野が膨れっ面で言う。
まあ、さっと終わらせて部活に行こうと思い、帰りのHRが終わると美琴はギターを背負い、多目的室に向かう。ギターを背負うと少し前屈みになるせいか、厚めのメガネが少しずり落ちるので、左手で引き上げる。
多目的室に入るとなぜか、灰島が掃除を始めていた。白い手で、棚の上の本を整理しているようだった。
「ゴ・・・じゃなくて、灰島なんでいるの? 片野は?」
声をかけると、少し考えるように伏目がちの表情で、灰島が答える。
「片野は部活の大会が近くて時間がないって言ってた。当番の日を交換した。俺別に部活とかないし、当番いつでもいいから」
ネトッとするような、でもガラガラ声のような安定しないような独特の声だった。美琴は西巻達が数学の時間に話していた話を思い出した。確かに灰島の声は特徴的で少し気に障る声だと美琴は感じた。灰島とは、2年から同じクラスだが、まともに口聞いたのは初めてかもしれないと美琴は思った。また、話すときに目を見て話さないところが気になった。
片野は確かサッカー部だった。3年は確か早々に引退しているはずだと思ったが、何か集まりでもあるんだろうか。
「そう、じゃあさ私黒板掃除するから、灰島床掃除してよ」
美琴は掃除道具入れから箒をとり、灰島に差し出すが、灰島は距離をとったままで受け取ろうとしなかった。言いにくそうに答える。
「あ、そこに置いておいてくれる? 箒」
「なに、この距離?」
「あ、いや。俺たまに、ゴミの臭いするって言われるし。不快にさせると思って」
卑屈な態度に美琴はイラッとした。
ーーーーーーこんなんだから周りに揶揄われるんだよ。話しかけてから返答が返ってくるまでがいちいち遅いし、このネトっとしたようなた話かた、すごく癇に障る。
「別に臭くないけど、多分。少なくとも異臭を放ってるわけではない」
美琴はイラついた気持ちをなるべく抑えるように気をつけながら言った。
「クラスの連中にたまに揶揄われてるみたいだけど、あんなのイメージだけで言ってるんだからいちいち気にする必要ないと思う。ゴ……灰島のそういう卑屈な態度が良くないんじゃない?」
「……」
灰島は箒を受け取ると、T字の箒を不器用そう動かし、掃除を始める。
ーーーーーー無視かよ
と美琴は思ったが、相手にしないで掃除に集中することにした。
しばらくすると及川からラインが来た。メッセージを見ると、クラスメイト達とカラオケにいるとメッセージと写メが表示された。どうやらクラスのカラオケ会は今日になったらしい。
楽しそうなクラスメイトたちの記念撮影の中に片野の馬鹿顔が写っている。なるほど、灰島は片野に騙されて当番を押し付けられたんだ。当番の日付を交換するとのことだが、片野がそんな約束守るか疑わしいものだ。
そうとも知らず、灰島は箒をぎこちなく動かし続けていた。動きがいちいち不自然でからくり人形のようである。もう5月だというのに、細い首にネックウォーマーの様な物を巻いている。サイズの合っていない、襟の擦り切れたシャツの袖から痩せこけた白い手首見えていた。
本名は確か灰島白兎だ。下の名前は白いウサギと書いて白兎だ。美琴はクラスの男子の名前を全員覚えているわけではなかったが、灰島の名前はユニークだったため、覚えていた。親が何を思ってつけた名前かはわからないが、よく的確な名前をつけたものだと美琴は思った。ふわふわしたまとまりのない猫っ毛に異常なほど白い肌、何を考えているのかわからない表情のない顔、そして兎のように無口である。もし灰島が鼻をひくつせて人参を齧ったら、きっと本物のウサギになるだろう。
美琴が黒板掃除を終え、日誌を書いていると、灰島がまだ箒で床を箒で履いていることに気がつく。しかもほとんど進んでいない気がした。いちいちトロい。こんなの待っていたら夜になってしまう。
「あのさ、あたし部のイベント近くて練習もしたいし、ささっと終わらしたいんだよね。大きめのゴミだけ拾ってさっと終わらせない?」
イラつくのを抑えてなるべく優しく話すよう努めた。すると、例の如く、遅れて返答が返ってくる
「いいよ大国さん部活行って。後やっとくから。俺、帰宅部だし一人でやっておく」
よくない。見損なわないでほしい。苦手なクラスメイトだからって、他人に仕事押し付けてサボるような人間ではない。いくら掃除当番が面倒だからって片野みたいなせこい事はしない。美琴は思った。
「もういい、私が掃除やるから、ゴ・・・じゃなくて灰島はクラス日誌書いて」
美琴は灰島から箒を引ったくると、床を掃き始める。クラス日誌はもう8割は書き終わっていた。あとは今日出た宿題や連絡の内容と1日の感想を書いて終わりだった。
灰島は少し戸惑うような仕草を見せるが、シャーペンを出し、日誌の続きを書き始める。
ーーーーーーゴミ島のペースにいちいち合わせてられない。
イラつきを抑えるためにイヤホンを耳に入れ、音楽を流した。お気に入りの曲を聴きながら床を掃く。イライラした気持ちが少しは紛れるだろう。曲は美琴の一番のお気に入りのソウル歌手、アルデ・ロッソの代表曲だ。
ーーーーーーやっぱりいい声……ずっとこの綺麗な音で満たされていたい。
美琴は小さい頃から音楽に関わってきた。クラシック音楽とジャズの愛好家である父の影響で、身近にはいつも音楽があった。物心ついた時にはおもちゃがわりにピアノや父のトランペットでずっと遊んでいた。小さい頃から同級生たちのようにおしゃれをしたり、男性アイドルの話をしたりということには興味が全く持てなかった。父について行ってコンサートに行くことが何より特別な時間だった。
初めての習い事は5歳で始めたヴァイオリンだった。クラシックコンサートを見て感動して父にせがんで始めたのを美琴は鮮明に覚えていた。ヴァイオリンは中学に上がるまで続けていた。小さなコンクールで何度か賞を取ったこともあった。
中学に上がると、もともとヴァイオリンと同じくらい好きだった歌に夢中になった。中学の合唱部に入ると同時にギターを始めて、作詞・作曲もするようになった。美しい歌を聞くことも楽しいが、1から自分で音楽を作り上げていくことの楽しさに気がついた。
中学時代に同じ合唱部だった八上や他数人でバンドを組んで学校のイベント事で歌うようになった。高校に上がってからは八上は軽音楽部、美琴はギター部へと別れたが、美琴は作詞作曲をしては部のイベントのたびに披露していたのだ。
多目的室の掃除を終わらせると、灰島を背に職員室に向かい、日誌を担任に渡した。部活動のため第二音楽室に向かうと、1年の神崎がすでに練習していた。
「神崎さん調律できてないよ」
「あ! ごめんなさい」
「いや、まあ初心者だし大丈夫だけど」
神崎は慌てて、調律をするが、調律後も音が若干ずれていた。
「神崎さん、馬場さん達は? 今日も部活休み?」
「あ、はい、りおんちゃん達は家の用事があるみたいです。ラインしておく様に言ったんですけど」
「あー、コレやめたんでしょーね。ま、別にいいけど」
2年の蒲川が興味なさそうに言う。ピアノの側に自分のカバンを置き、カバンに体重をかけて寝転がっている。練習をサボって、漫画を読んでいたようだ。
「蒲川、居るんなら神崎さんに教えてあげなよ。あんた先輩じゃん」
「は? 嫌っすよ。調律もできないような初心者教えられないっすよ俺。俺、熟女好きなんで年下のガキには興味ないし」
蒲川は面倒臭そうに答えると、漫画のページをめくった。神崎は慌てて小さな手でギターの調律の確認をしなおした。
「蒲川、あんたねえ。他校との交流会近いんだから協力してよ」
「で、国さん新曲できたんです?」
「いや、それはちょっと」
「じゃ、今回は新曲無理っすね。年初めに作ってた曲でいいんじゃないっすか? あと適当にヒットソング入れて。このまま3人で参加することになりそうだし、神崎はギター持って立ってるだけでいいとして」
美琴は最近スランプに入っていて、作曲がうまく進んでいなかった。なんとか公式で一度歌いたいと思っていたが、すぐに完成したとしても今から練習では交流会に間に合わせるのは難しいだろうと美琴も思っていた。
「神崎さんもちゃんと参加させるよ。とりあえず、候補曲いくつか考えてるから、蒲川も遊んでないで参加して」
蒲川は面倒臭そうに返事をすると、欠伸をしながらギターを出し、音を出し始める。
八上に大丈夫だとは言ったが、部活の存続は本当に厳しいかもしれない。やる気のなさそうな2年と調律のできない初心者の1年。他の一年は入部1ヶ月ですでに幽霊部員。先行き不安でしかたないが、今はできることをやるしかない。
神崎について音出しの練習に付き合うと、交流会のプリントに必要事項を記入した。
美琴は家に帰ると、家族と夕食を食べながら創作中の曲の譜を眺めていた。
「美琴! ご飯食べながら楽譜見るのやめなさい。あと、イヤホンも行儀悪い」
母に注意をされると、美琴は渋々と楽譜をたたむが、母はその姿を見てため息をつく。
「ったく、毎朝あんなに早起きしてバイトはするし、家に帰っても音楽のことばかりだし、あんた受験生でしょ? そんなんで大丈夫なの」
「両立してる。学校の成績も落ちてないし、この間の模試もそれなりの判定だったはず。ごちそうさま」
食事を早々に終えると、美琴は席を立ち、食器を流しにはこぶ。弟の奏太が、苦手な野菜を皿の端によけているのがチラリと見えた。ダイニングテーブルの影から顔を覗かせている愛犬のトラにこっそり食べさせるつもりなのだろう。
「全く、本当に可愛げのない。誰に似たのかしら」
「ま、美琴だからな。あいつぜってえ男できないな。音楽なんて金にならないこと続けて行き送れて嫁の貰い手なくなるぜ。ぜってー」
「うるさい、奏太」
小学6年になる弟は有名私立中学の受験を決めてから、どうも美琴を馬鹿にしている様だった。偏差値が平均的な高校に通う美琴のことを負け犬として見ている様だった。生意気そうな態度が癇に障ったが、作りかけの曲に集中したかったので、自室に戻り、楽譜を広げた。
可愛げがないと言われようと、音楽バカと言われようと、美琴にはどうでもよかった。通いやすさだけで選んだ高校だったが、割と落ち着いた校風だったし、バイトと音楽中心の生活を送るにはぴったりだった。
あとは、高校生活の集大成である1曲を仕上げるだけだ。高校に入ってから十曲近く作っていた。どれも思い入れのある曲だが、自分の代表曲と言えるような満足できるような曲はまだ作れていなかった。詞はそこそこできていたが曲に何か物足りなさを感じていた。
一度聴いたら、何度も歌いたくなるような詞。5000回聞いても飽きないメロディ。憧れのシンガーに熱唱してもらいたいと思えるような曲を作ることを目標に作曲を続けてきていたが、どうもしっくり来ない。美琴は部屋にあるキーボードの音を抑え、音を出してみるが、どうも旋律が定まらない。
いつも通っている道なのに、他人の自転車に乗って運転しているようなしっくりこない感覚が延々と続く様な感覚だった。
5月の初めにしては冷える夜だった。
「高校生活もあと一年か。なんとかいいもの作りたいんだけどな」
美琴は上着を羽織り、小1時間ほど作曲に取り組んだが、次の日の早朝バイトのために布団に潜った。
美琴はいつものように、バイトのレジに立ち、常連の小さな女の子を連れた若い母親や寄れたスーツを着るサラリーマン、おそらく部活の朝練の前の学生達の対応をする。
客がいなくなると店長と少し会話し、唐揚げや肉まんのケースを確認した。いつもの様に朝の時間が流れる。美琴はしばらく、次の交流会の選曲について考えていたが、気がついたら作曲の事で頭がいっぱいになった。
店長は客がいなくなると、今日も変に機嫌がよい様子で、調子はずれの鼻歌を歌っている。また例のスナックだったか、キャバクラかに遊びに行ってきたのだろうと美琴は思った。機嫌がいいのは結構だが少し静かにして欲しいものだと思った。瞬間、美琴に衝撃が走った。
「え!?」
急に、大声を出してしまい、美琴自身自分の声に驚いた。
「え? 大国ちゃんどうしたの? 急に大きな声出して。虫でもでた?」
店長も目を丸くして美琴の方を見た。
「店長、今の鼻歌、なんの曲歌いました?」
「え、曲って? え? 有名な曲?」
「そんなはずは……でも、え??? なんで店長が?」
美琴は店長の歌った鼻歌に驚いていた。美琴はそんなことはあり得ないと思った。しかし、調子はずれの店長の鼻歌でも、美琴がこの曲の旋律を聞き間違えるはずがないと思った。店長は二日酔いで浮腫んだ丸顔を美琴に向け、キョトンとした表情をしている。
「その曲もう一度歌ってもらえますか?」
「え、俺なんの歌うたってたかな」
「それ、私が作った作詞作曲した曲です。去年、高校の学祭のステージでも歌って……店長来てくれてたんでしたっけ?」
「はは、それはないよ。大国ちゃんの聞き間違えじゃない? それか、似てる曲とか」
店長は軽く笑うと作業に戻った。いや、聞き間違えるはずがない。美琴は確信を持っていた。自分が半年かけて作った曲だった。美琴が今まで作った曲の中では一番気に入っている曲でもあった。こんなクセのあるメロディーに似た曲なんてはないはずである。
美琴はレジから離れると、店長の制服の袖を掴んでいた。
「店長! その歌どこで聞いたんですか!?」
美琴は大きな声で店長を問い詰めていた。客がいないと思っていたが、一人いたようで驚いてこちらの様子を覗いていたが、美琴の視界にも意識にも入っていなかった。
「あ、行きつけのスナックで聞いた歌かな? なんの歌か知らないけどさ、なんだか耳に残ってさ」
店長は驚いてうわずった声をしていたが、美琴の頭は驚きと大きくなっていく怒りでいっぱいになっていた。
「どこのスナックですか!! 私もそこに行きます」
「えっ、いや無理でしょ。君は未成年だし」
「行きます!!」
美琴は店長の胸ぐらを掴んでいた。店長は弱々しく返事をした。