勇者の絶望と慟哭
「ホントよかった。救えて……よかった……」
そう、あなたはつぶやいた。
どうしてこうなったのか?
それは……間違いなくあのときからだ。
神託の儀式。
これから、私の歯車は狂い始めたのかもしれない。
5歳だったころの私には、この神託でこれほどの運命を背負うことになるとは思いもしていなかった。
神様からの御告げとして、能力を閲覧させていただく。
そんな感じで説明されて、事実として強さを教えていただいた。
強い人には70や80といった御告げが贈られるのですが、
私に能力が移された適正鑑定盤には、しっかりと刻まれていたのです。
勇者 エステリーゼ
腕力適正 38
体力適正 34
魔力適正 29
速度適正 35
と。
それからは怒涛の展開だった。
皇帝陛下様より、賜ったのはたった一つの命令でした。
勇者として即刻旅立ち、魔王の首を討ち果たしてこいと。
今にして思えば、5歳の少女であった私はよくわからず、元気よく返事をしたものだ。
それは、遠まわしに死んで来いって言ってるのですからね。
適正30の弱い勇者。人類の救世主にして人類の特異点。
そして、二人として生まれることはなく、現勇者がなんらかの形で死亡する、または30歳を目安に勇者は次へと受け継がれる。
そう、弱い勇者はいらないから、放逐されたようなものだった。
あの後のお母さんの言葉は、今でも覚えている。
「あの人に続いて、この子まで奪うというの? どうして、どうして!!」
お母さんの慟哭を、私はわかっていなかった。
そして、お父さんが居ないわけも。
皇帝陛下様の命令をお母さんに伝えて、
お母さんに、男の子の恰好をさせられ、これからはエステルって名乗るように言われました。
そして、一緒に酒場に向かいました。
今にして思えば、お母さんは……いやこれはいいかな。
昼間の酒場には、すごく大きい人たちがいっぱいいました。
剣士さんや魔法使いさんといった凄腕の冒険者たち。
適正として見出されて、とてもとても強い人。
私みたいな30の勇者と違った特化型だったり万能型だったりした人たち。
そこであなたに会えた。
いつ見ても変わらないあなた。
二人掛けの席で酒を二つ頼んで、一人で飲んでいるあなた。
その意味を、あのころは全くわかってなかった。
「わかった。俺に任せてください」
誰一人として、笑顔を向けなかった弱い勇者な私を。
お母さんが声をかけたからってのはあったんだろうけど、迷いなく受け取ってくれた。
「はじめまして、俺の名は……ディスオフィルス・フォン・ブルースピネルだ。
ディオスと呼んでくれ。
……戦士としてキミの剣となって戦おう。
俺が守ってやる。絶対、絶対俺が守ってやるからな!」
私の2倍もあろうかという大きい体。
跪いて差し出された手は……ゴツゴツとしていたけど、とても安心できた。
まぁ、最初は正直怖かったけどね。
深い目元の傷が余計怖く思ったのかもしれない。
それからたった1日で私は旅立ちました。
剣も持てない私をあきれるでもなく、守りながらあなたは戦ってくれました。
本当は勇者な私が戦わないといけないのに。
スライムに襲われたときも、盾で弾き飛ばして守ってくれて。
襲い来る狼も私の全身よりも長い大きい剣で守ってくれました。
あのころの私は、よくわかってなくってモンスターさんに祈ったり、不思議な行動ばかりしてたのに。
あきれるでもなく、一緒に祈ってくれて……。
「キミは優しいんだな。切った俺がやることではないが、共に冥福を祈ろう」
ずっと怖がってたのに、優しくしてくれて……。
剣の指導もしてくれたっけ。
結局うまく扱えなかったけど……。
あの時が……一番たのしかったなあ。
それから数週間たって、やっと魔領に入った。
魔領からは食料が少なくなるだろうからって、
あなたは、あなたより大きい麻袋を片手で軽々と持っていってたね。
自分の剣もあるのに、ほんとにすごかった。
その後数日で、他の仲間たちは私を見限った。
当然だよね。ここまでで、私は魔物さんを攻撃することなくただ見ているだけで、
勇者~なんて言われてるだけのお飾り。
そりゃあ逃げだすだろうなーって今ならわかる。
それでもあなたは……。
「俺はエステルの剣だからな。いなくなるわけがないだろう?」
ここからは、ほんとうにあなたに迷惑をかけてばかりだった。
あのころの自分を私は殴りたいって思えるほどに。
ほとんどの旅の負担をあなたに押し付けて、戦闘もあなたに押し付けて。
それでもあなたは当然のように一人でこなして……。
正直、今でも思う。
あなた一人のほうが楽だったでしょ? って。
でもあなたは寝ずの番も、食事も、水の確保も、してくれて。
私をずっと守ってくれた。
それがお母さんとの約束のせいだったとしても、私を見捨てたほうが絶対よかったのに。
それから、少し頬が熱くなったことを覚えている。
それから多分、数週間。長くても一か月と少しだと思うけど、そのころには時間の間隔なんてなかった。
大きい、まがまがしいお城。
魔王城にたどり着いたのは、それくらいの時だった。
そこからはすぐ、城に忍び込んだよね。
やっと満足な食べ物を食べて、休むことはできなかったけど……なんとか飢えは凌げた。
だけど、魔王の幹部を倒しても、魔王はいなかった。
魔王の側近を倒した時に、こういわれた。
「もう、遅い。魔王様は……ベルディスへと向かった。
貴様らの無力さを……かみしめるが……」
無言であなたは剣を刺した。
それからは私を抱えて走ったよね。
何度も私を捨てて走ってと言った。
お母さんを助けたいし、その方が間違いなく確実だったから。
それを言っても、あなたは頑なだった。
「俺は見捨てない。俺にはエステルを見殺しすることはできない」
ひたすらに走ってたね。魔物が立ちふさがれば切り倒しながら。
回復魔法を使える今なら思えるよ。
今の力の何百分の一でもあれば……って。
あなたは少しずつ傷ついていたのに。
魔領とベルディスの国境付近には魔物の大群が居た。
しっかり並んで整列しているのを確認して、あなたは迷わずベルディスに帰った。
「……帰ろう」
あの時、あなたは本当にきつかったんだよね。
あの時の私はあの麻袋よりは軽いだろうけど、旅路と違って全力疾走だったもの。
ケガもしていた中で、足手まといを抱えて……。
「エステリーゼ! ああ、エステリーゼ……」
お母さんはすごくやせていた。
心労だと思っていたけど、今ならわかる。
「アンさんはエステルと逃げてください。
俺は、ベルディスの騎士として……戦ってきます。
万が一があったらいけませんから、アズガルド王国に……」
「ディオスさん。すみません、本当に……」
あなたは私をお母さんに預けて、去っていった。
まって、行かないで。
行っちゃだめ。
「大丈夫だ。俺は負けないさ。ただいつも通りというわけにはいかないだけさ。
エステルはお母さんと仲良くアズガルドに向かってくれ。
すぐ……は難しいかもしれないが、必ず迎えにいくからな」
あの時の言葉を今でも、覚えている。
どうして、私は弱いのかと、この時嘆くばかりの私を嫌悪する。
私は、何もしていないだけだった。
あなたにおんぶにだっこで、何もしてない。
ただのお荷物。
私なんか勇者では、なかった。
「エステリーゼ! 戻ってきなさい。エステリーゼ!」
私はお母さんの静止を振り払って、あなたのもとに戻ろうとしました。
遅いよ。ホント昔の私は……。
魔物さんたちは切り裂かれて倒れている。
圧倒的に研ぎ澄まされた一太刀は何度も見てきた。
まちがいなくあなたがやったものだと私は理解できた。
そして、走った。
あの魔王軍に立ち向かえるのはたった一人だけであることは幼い私でも理解できた。
兵士さんたちは怯え、魔法使いさんたちは天に祈りをささげるばかりで、何もしていない。
だけど、この草原が青く染まるほど、魔物さんの血で染め上げられていた。
間違いなく、あなただと分かった
誰一人として、魔物さんは関所にすらたどり着けていない。
空を飛ぶ魔物さんでさえ、翼を切り捨てられて地面に転がっていた。
そして、青の中に少しずつ赤色が混じり始めた。
ドクンと心臓が高鳴る。
不安が高まって、ただ甲高い音が響いた場所に向かいました。
何度も憎んだこの短い手足と5歳のこの身を再び呪った。
「勇者ではない人の身でよくやったものだ」
聞いたこともない、響く声で聞こえた。
重々しく、重圧的な言葉にぞくりと震えた。
まがまがしいまでの魔力を感じて、心から震えた。
怖さではなく、強さで震えたのは、今までの人生でこの瞬間だけだった。
魔王。
魔を統べる王にして、魔物さんたちの頂点。
勇者である私が討ち果たさなければならない……敵。
それを本能で理解できた。
「我が10万の精鋭をたった一人で討ち果たし、その上この我にこれほどの手傷を負わせるとはな……。
ハッキリ言おう。貴様は強い、我でなければ敵わぬかもしれぬ」
魔王は右手をだらしなく下げていた。
その手の先から、ぽたりぽたりと青い雫がこぼれていて、荒く息をついていた。
「そりゃどうも」
対して立つあなたの姿も見えた。
片膝を草原について、全身が青と赤で染まっていて、
どれだけの魔物さんと戦い続けていたのかは魔王の言葉でわかってしまった。
彼は、たった一人でこの国を守るために戦い続けていたんだ。
あれだけ大勢の魔物さんを相手に、ただ一人で。
私がいても、足手まといにしかならないのは分かっていた。
わかっていたけど……。
今でも思う。あの時、この力があればと。
何度、弱さを呪ったことだろう。
「それゆえに惜しいな。貴様のようなモノがなぜだ?
貴様のような剛のモノが腐り切った国の味方をするというのだ?」
「何が、言いたい?」
あの時は理解できてなかった。
あなたもわかってないのかなーなんてのんきにも思ったものだ。
「知れたことよ。貴様も見たであろう?
人族は、いかに醜くく愚かな生物であるか。人族とは最低の生き物だ。
貴様ほどの男が、力を貸してやる価値など無い連中だと、貴様も分かっているだろう?
これだけの軍勢を差し向けられておきながら、
上のモノは権力を争い私腹を肥やし、足を引っ張りあう。
下のモノはただただ、怯えてすくむだけだ。
我が身可愛さに、ただ一人お前が奮戦する中で、誰一人として助けようとするものはいなかった。
そんな奴らの為に戦って、それで勝ってもどうなる?」
あの頃は、
最初の方はわからなかったけど、後半には首を傾げていた。
確かに、あなたがただ一人で戦っているのに、私より大きくて強い騎士団の人たちが、戦っていないのは疑問ではあった。
彼から、お父さんも騎士だったって聞かされているし、騎士は魔物さんから町の人々を守るために戦うって聞いてたのに。
私が共に戦うという選択すらできないほど、ただ足を引っ張るのは目に見えている。
だけど、そういわれたあなたは……。
「……」
あなたは答えなかった。
立ち上がっているが、肩を上下に揺らしていて、疲れているのがわかる。
「我の命を賭けてもよいぞ?
お前はその強さゆえに、必ず人間によって迫害されるだろう!!
平和になれば、手のひらを返してな。
それが人族という存在だ!
……我を倒したお前は英雄の座をすぐに追われることだろう」
「英雄の座になんか、俺には興味ない」
その時、ぞくりと震えた。
意味を分かっていなくても、理解できた。
そうなると、ありありと今までの自分の状況で説明されているようなものなのだから。
あの時、助けた村の人が見せた目は、私ではなくあなたに向けられたものだと知った。
使えない勇者を見る目ではなく、強すぎる者への畏怖の目。
それを知った。
「たとえ興味がないといったところで、奴らは信用しないだろう。
勝った直後は少々の感謝もされよう。
だが……奴らが泣いてすがるのは、自分が苦しい時だけだ。
現にお前が強さを証明した後、
厄介払いのように我を討伐するために派遣されてきたのであろう?」
「それは……」
あの複雑な顔は、何度見てもわかる。
私の罪を象徴しているようにも思えた。
「だが、我は違う!
お前のようなモノならば、我は敬意を払おう。
もし、我の味方になれば、
いや、味方にならずとも我の行動に干渉さえしなければ、世界の半分をディオス、お前に与えよう。
奴らの事だ。お前は人質を取られているのであろう?
それゆえに、お前は戦うことを強いられているのであろう?
お前が我をこの場で見逃すのであれば、我が今すぐにでも救い出してやろう。
そうすれば、お前は大切なモノと一緒にただ平和に暮らせば良い。
お前には……強きモノにこそ、その権利がある」
「……わかった。
どうせ、俺にはあいつらがどうなろうが、どうでもいい。
手伝うつもりはさらさらない……が、干渉はしない。
それでいいか?」
あなたのその言葉に私は衝撃を受けた。
底抜けに優しい人ってわけでもなく、正しくあるべきだ。
そうなのだろうと理解できたつもりだったから。
私なんかより、あなたはずっと勇者だったから。
その時の私は、ただ理解していなかった。
「ではその誓いを立ててもらおう」
「誓いだと?」
剣を地面に刺して腕を組んでいたあなたに魔王は問いかけた。
「なに、お前なら簡単なことだ。
我を唯一殺すことができる存在。勇者を殺す。ただ、それだけだ」
その言葉を聞いたと同時に、私は声を漏らした。
あなたの姿が消えて、剣も消えて、いきなり現れるように魔王を突き刺していた。
……今の私だったら、見ることはできるのだろうか?
「き、きさまっ!」
魔王も理解できなかったのだろう。
口をパクパクと動かしながら、絞り出すように声を上げた。
心臓をつらぬく神速の突き。
今の私でも、あの一撃を超えられる攻撃を放てないだろう。
人族を超越し、世界の救世主として神々選ばれた存在。
その勇者ですら放てない一撃。
あなたの覚悟が、理解できてしまう。
「俺にはな。アズガルドだろうが、ベルディスだろうが、他の人間や故郷だろうが、関係ない。どうでもいい。
ここでの貴様との交渉にも本気で了承するつもりだった。
その交渉で……たった半分の世界でもあの子を……エステルを守れるのなら、彼女に恨まれてもいいとすら思えた。
だけどな。
お前がエステルを殺せっていうのなら、話は別だ。
そんな存在は俺が、絶対に許さない。
エステルを守るためだったら、俺は魔王であっても神様であっても王であっても、必ず殺す。
誰であっても、エステルに仇なすモノは、認めない。
そう誓った。
たとえこの身が朽ち果てようが、この手が血に染まろうと、絶対に。
いかなる卑怯な手を使ってでも、俺が必ず殺す」
あなたは、あまり声を上げることはなかったのに。だけどさっきの言葉はしっかりと聞こえた。
突き刺した剣を乱暴に蹴り飛ばしながら抜き、一気に仕掛けていくのがうっすらとみえた。
私は頬が熱くなるのを感じた。
彼の告白にも似た言葉が頭に響いて……響いて。
今なら、この気持ちはわかるけど。あの時はどう思ってたっけ?
金属音が響く。
ドーンという恐ろしい音と共に、片膝をついた魔王が壁にめり込んでいた。
「我はこの戦で10万の兵の命を犠牲にした!
この戦以外でも、民を犠牲にした!
苦しみの中でもがき、やっとここまで来たっ!
せめて、せめて次の我が子たちのためにも……勇者を討つ!!!」
魔王の咆哮のような叫びに、呼応してあなたも声にならない叫びと共に、剣を走らせた。
私の目にはうっすらとしか見えない戦いが繰り広げられて……。
青と赤が飛び、地面に染みこんで。
二人がほぼ同時に地面へと倒れこんだ。
魔王の体には、昔彼に渡した銅製の剣が突き刺さっていた。
そして彼の胸にも、魔王の拳が突き刺さっていた。
慌てて駆け寄っていく私の胸騒ぎは……止まらなかった。
理解できたからだ。
ほんとにあの言葉通りに、彼はいなくなってしまう。
「エス、テル? どう、して??」
青ざめた顔を今でもこびりついて覚えている。
私のためだけに、10万の魔物の軍勢を打ち払い、たった一人で旅を助け続けてくれた。
私の大切な人の……。
「いいんだ。
もう、俺はこれで終わりだろうからな」
今見ても、この自分自身にイラつく。
血だらけのあなたの手をいとおしそうにつかんだ私自身の姿に、イラつく。
「いいんだよ。キミを守れるのなら、俺のこの人生にも意味があった。
勇者を守れたなら、この命に意味があったと言えるんだろう」
達観したような言葉を口にした。
必死に私はあなたを持ち上げて街に歩こうとして転んだ。
その、無力さを……非力さをかみしめていた。
「無駄なことはしなくていい……自分のことだからわかる。もう無理だ」
辛そうに笑うあなたを私は涙をあふれさせた。
幼い身ながら、理解できた。
もう、あなたは助からないって。
「泣くなって。
笑顔でいてくれ。やっと俺が守れたんだって、胸を張らせてくれ」
あなたは微笑んでいた。痛みにひきつってはいたけど。
「わかったんだ。俺はこの瞬間のためだけに生かされたんだ。
ほんとは元々死ぬ運命だったんだ。言ってもわからないだろうけどさ。
キミが助けてくれた命だったからさ、俺はキミに幸せに生きていてほしかったんだ」
あなたは全く自分を顧みなかった。
私がどんなに止めても、私がどう言っても、あなたは歩みを止めなかった。
この言葉の意味は今でも分からない。
わかりたくなんてない。
あなたが死んで、私が幸せに生きていけるわけなんてないのに。
「ホントよかった。救えて……よかった……」
あなたは目を閉じた。
もう、息をしてなかった。
「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ひしゃげた叫び声を上げた。
そして光の柱が上がった。
知識としてだけではなく、しっかりと体に刻み込まれるように。
勇者としての力を理解できて私は笑みをこぼした。
この時、すべてを思い出した。
絶望を晴らす勇者の力は、勇者の絶望によって覚醒する。
勇者は、絶望が深ければ深いほど、勇者はその力を解放できる。
「きさまが、ゆうし」
じゃま。
お前があなたの剣を持っている?
不快でしかない。
そして、知識の中にたった一つの蘇生方法。
神々の禁忌に触れることができる勇者のみしか扱えない回復魔法。
生命譲渡。命のすべてを使って一人の命を蘇らせる禁忌の魔法。
ああ、あなたが……命すべてを差し出してくれたように。
私もあなたにこの命すべてを差し出します。
だから、あなたは生きて……。
「どうして、
俺はまた……」
それから始まったのだ。
何回、いや何千回繰り返されたかわからない。
私が私として目覚めるのは、勇者となったときだけだ。
つまり……あなたが死ぬとき、その瞬間からだ。
苦しくて耐えられない感情がすぐ、流れ込んで走馬灯のように思い出される。
今回の私は、こうだったのかと。
毎回違うが、一つだけ一緒なのは。
あなたが死ぬこと。
それが、仲間という名のゴミによるものだったり、
国の手によるものだったり、
魔王に敗北したり、
見る影もない母と言う老害の手によってだったり、
国にいる人の手だったり、
それで、必ずあなたは死ぬ。
そう……私を守って死んでいく。
その度に、張り裂けそうな痛みを伴った。
どうしてと、苦しくなる。
どうして、手遅れなんだ。
どうして、少しでも早く目覚めてくれないの?
そうすれば、万物でも薙ぎ払えるのに。
そうすれば、あなたを守れるのに。
そうすれば、あなたと共に戦えるのに。
私はあなたに生命譲渡を使う。
……これだけはどうしても、変えられなかった。
意識が覚醒する感覚がした。
今回とて、そうなのだろうと、思った。
苦しかった。
私自身が苦しめられたほうが、何百倍もマシだ。
あなたが死んだときの記憶を何度も見せられて、延々と苦しめられた。
地獄というのは、こういうことを言うんだと思った。
神様という存在はいない。
いるとしても、私という勇者のなりそこないには友好的ではないのだろう。
じゃなかったら、これほどの地獄を味合わせるはずがない。
だけど、理解できなかった。
この展開は予想外。
「ホントよかった。救えて……よかった……」
今回は違った。
絶望によって、勇者は目覚めるはずだ。
勇者の絶望が深ければ深いほど、勇者の力は目覚め、私は目覚めるはずだ。
なのに、なぜこの時に私は目覚めたのだ。
「どうして……?」
この時点で私は深い絶望を覚えたということだ。
チリチリと焦がれるような意識が浮上して、今すぐに理解をしようとする。
簡単に言えば、そう。私は絶望したのだろう。
だけど私はあなたに抱きしめられている。
あなたは死んでいない。まだケガも負っていない。
でも私の体はだるいほどにいうことを効かない。
落ち着け。
どうなったんだ。
確実に記憶のより返しが来るはずだ。
でも生きているんだ。
早く来い。いったい何が起きた?
これなら、私がこの力を十全に使って……。
「もう大丈夫だからな。怖かったよな。
大丈夫、パパが必ず助けるからな」
あの母再婚しやがったのか!!?