退屈の終わり
ありふれた男のつまらない日常が、一旦終わる。
「ただいまー・・・っと・・・」
マンションの1室に向かい帰宅のあいさつをする。
返事はない。
「ったく、この残業だらけの毎日、なんとかならんかね」
声の主である男は会社帰りに買ってきたコンビニ弁当を机に置き、ビールを冷蔵庫に仕舞う。
高森敦、27歳、社会人として会社に勤めなが一人暮らしを続けている。
両親はすでに他界しており、兄弟もいない。親戚との繋がりも薄く、転勤で地元を離れてからは友人との付き合いもほとんど消えてしまった。
会社の同僚や上司、後輩ともあまり深く付き合いをもっていない。
所謂ボッチである。
「お、この弁当初めて買ったけど、当たりだな。」
そんな独り言を漏らしながら弁当を腹に詰め込んでいく。
毎日毎日つまらない仕事をこなし、夜遅くに帰宅しテレビを見ながら弁当をつつく。最初のうちはそんな毎日に嫌気がさしていたが、慣れとは恐ろしいもので、今ではもう苦痛ではなくなっていた。
だが、そんな男にも苦痛に感じることが一つ。
「それにしても、俺にはいつまで彼女が出来ないんだ?」
そう、この男、27歳にして未だ彼女いない歴=年齢の童貞である。
別に見た目が悪いわけではない。身長175cm、太っているわけでも痩せているわけでもない体型、髪の毛は天然パーマでうまい具合にお洒落な感じが出ている。
そんな高森に彼女がいない理由は主に二つ。
一つは学生時代、当時高森には高校から大学時代にかけて好きな女の子がいた。だが結局高森はその女の子に告白する勇気を持てず、そのまま学生時代を終え離れ離れとなってしまった。その間に高森に好意を抱き、告白してくる女の子も何人かいたが、高森は片思い中の女の子しか眼中になく、すべて断りの返事を貫いていた。
「あの頃の俺に会えるならボコボコに殴るな、確実に。」
今では当時の片思いの熱もどこかへ消え、ただただ後悔だけが残るだけである。
そしてもう一つの原因は、圧倒的出会いの無さである。
「出会いさえあれば俺だって・・・」
現在勤めている会社の事務所は社員数20人程度。その内18人が男性であり、残り2人の女性は50代の既婚者である。
会社に出会いがないなら街コンやマッチングアプリを利用すれば良いだけなのだが、高森はそういった類いの物に理由のない拒否感があった。
つまるところモテたいモテたいと言いながら積極的に行動を起こさないどうしようもない男である。
そんな自業自得な嘆きを一人呟いていた時、来訪者を知らせるチャイムが鳴った。
ピンポーン
「誰だ?こんな時間に」
ピンポーン
「あぁはいはい、今出ますよーっと」
ドアの覗き窓から相手を確認する。
「女の人・・・?」
そこにいたのは女性物のスーツに身を包んだ20代とおぼしき若い女性であった。
まるでこちらが覗いているのをわかっているかのように、ばっちりと目が合っている。
いつまでも様子を伺うわけにもいかないので一応用心してチェーンを掛けた後、ドアを開ける。
「なんのご用でしょう?」
「高森敦さんですね?」
「そうですけど・・・どこかでお会いしましたっけ?」
「いえ、初対面です。」
「はぁ・・・?」
「単刀直入に言いますね。あなた、異世界に興味はありませんか?」
「・・・宗教の勧誘なら間に合ってます。」
ドアを閉める。あきらかに面倒事の予兆だ。こうゆうのには関わらないに越したことはない。
そう思い自室に戻ろうと体を翻すと、
「まぁそう言わずに、話だけでも」
先程の女が家の中にいた。
「・・・はっ?」
「狭いところですがまぁお座り下さい。」
「いやそれ俺のセリフ・・・じゃなくて!えっ?」
「どうしました?」
「いやなんで家の中に・・・」
「まぁ細かい事はお気になさらず。」
「いや細かくないわ!どうやって入った!けけけ警察!」
「おっとそれは困ります。」
そう言うと女は手を軽く払う。
すると高森が手に持っていたスマホが真っ二つに割れた。
「なっ!?スマホが!」
「話を聞いてください。」
(くっ・・・こいつ・・・)
逆らうと何をされるかわからない。そんな恐怖心を覚え、高森は机の前に座る。
「で、話と言うのは?」
「先程も言いました通り、異世界に興味はお持ちですか?」
「異世界って、あのよくあるファンタジーの?」
「そうですそうです。ファンタジーの。」
高森も異世界もののラノベはそれなりに読んだことがある。異世界もののラノベをいくつか思い浮かべながら話を聞く。
「あなたには異世界で勇者となり、その異世界を救って頂きたいのです。」
「・・・」
普通であれば頭のおかしい不法侵入者の戯言だが、高森は既に目の前の女が二度も理解不能な事を起こしている所を目撃している。あながちマジな話かもしれない。
「おっと、自己紹介がまだでしたね。」
「私はクリス。こことは違う天界と呼ばれる場所に住む、所謂女神と呼ばれる存在です。」
「女神・・・」
女神が人のスマホ壊すなよ。そんな悪態をぐっと堪える。
「俺の名前は知ってるようだし、こっちの自己紹介はいらないよな。」
「えぇ。把握しています。」
「んで、女神様。俺に異世界を救ってくれと?」
「はい。今私が管理している世界の一つが魔王に支配されかかっています。」
「そこで貴方には異世界に赴き、世界を救って欲しいのです。」
「なんで俺を選んだ?」
世界には70億人もの人間がいる。そんな中から自分を選んだのには何か理由があるはずだ。
「貴方には既に家族はおらず、彼女はおろか親しい友人もいませんよね?」
「そんなことまで把握しているのか・・・」
「家族や友人もがいる人は大概異世界行きを拒みますから。」
「なるほど・・・」
「それに彼女のいない童貞はハーレムを期待して異世界行きを認めてくれる率が高いですし。」
「どどど童貞ちゃうわ!」
「私に嘘は無意味ですよ。」
(くそっ、人の傷を抉りやがって・・・)
いきなり童貞認定を受け傷ついている高森だが、平静を装って話を続ける。
「だがそんな人間は他にもたくさんいると思うんだが。」
今の境遇が自分だけのものとは思えない。この年で童貞なんてネットではよく聞く話だ。
「無差別に世界中から選んでいると選択肢が多すぎますから。とりあえず異世界もののファンタジーが流行っている日本に的を絞り適当にダーツで市町村まで決めました。」
「適当すぎるだろ。」
「そこからは顔で選びましたね。」
「おい。」
「だって考えてもみてください。もしこの話が編集部の目にとまって書籍化されたら挿し絵がつくんですよ?」
「挿し絵がついても主人公が不細工だと本が売れないじゃないですか。」
「ちょっとなに言ってんのかわかんない。」
いきなり何を言っているんだこの女神は。
頭が混乱しそうな高森を余所に話を進めるクリス。
「どうでしょう。異世界に行けば現状よりは出会いがありますよ?」
出会い、高森が今一番求めているものだ。しかし。
「いやぁ、彼女が出来るかもしれない代償に命が危険に晒されるのはな・・・。それに格闘技の経験はないし、殴りあいの喧嘩だってした覚えがないくらいだ。」
誇ることではないが、腕っぷしには自信がない。いきなり異世界を救えと言われても、何も出来ずにモンスターに殺されるだろう。
「そんな俺が異世界に行ったところで役にたてるとは思えないんだが。」
まだ見ぬ彼女と自分の命、どちらが大事かなど比べるまでもない。
「その辺りはご安心下さい!弊社は福利厚生もばっちしです!」
「今弊社つった?会社なの?」
ツッコミを無視してクリスは話を進める。
「異世界へ転生し勇者となったものが異世界で死亡した場合、そのまま死亡とするか、元の世界へ帰還するか、本人の自由となっております。」
「また、異世界を見事救うことに成功した場合は、そのままその異世界に永住するか、元の世界へ帰還するかも、本人の自由となっております。」
「知らない土地で不安もあるでしょうが、異世界での案内役もお任せください。」
任せてくれと言わんばかりに自分の手を胸に当てるクリス
「それに強さに関しても問題ありません。要はゲームと一緒です。」
「戦っていればレベルは上がりますし、特殊能力も手に入ります。転生直後のレベルは1ですが、異世界では経験値を積めば積むほどレベルが上がり強くなれますよ。」
「ふむ・・・」
そこで高森は疑問を口にする。
「そんな条件があるなら親しい友人がいてもいなくても勧誘成功率は変わらないんじゃ?」
するとクリスは唐突に人を馬鹿にするような表情でこう言いはなった。
「彼女いない歴=年齢の童貞陰キャ(笑)にはわからないかもしれませんが、リア充達は少しでも彼女や友人と離ればなれになるのを嫌うんですよ。」
「なんで突然煽った?」
「そうゆうわけで、貴方のようなボッチ(笑)が我々にとって好都合なのです。」
「ほんとに勧誘する気ある?」
しかしだ、実際この話は高森にとって悪い話ではなかった。
死んでも元の世界に帰れる。成功すれば異世界にそのまま住める。自分にとってデメリットがない。
それに目の前の女神。明るい茶髪に綺麗と可愛いの中間の顔立ち、すらりとしているが出るところはしっかり出ている体型。控えめに言ってもろにタイプ。
言葉に所々棘があるが、そこさえ目を瞑ればそんな女性と冒険できるのは最高だ。
「・・・わかったよ、異世界、行こうじゃないか。」
「それは良かった!」
「ではこちらの誓約書に目を通した後にサインを・・・」
「びっくりするほど異世界感ないんですけど」
誓約書の内容は要約すると、「私は女神の説明を受け、納得し、異世界行きを認めます」という内容だった。
サインを終え誓約書を手渡す。
「今すぐ異世界へ行くのか?」
「今すぐでもいいですし、何かやり残したことがあるなら一週間程度の猶予はありますよ?」
「いや、特に未練とかはないな。」
「そうですか。こちらとしては手早くて助かります。」
では。と呟くと、クリスは何やら呪文のような物を唱えた。
すると何もない空間に突如亀裂のようなものが入り、空間が割れた。
「これが異世界へのゲートです。こちらを潜ると異世界へ行くことができます。」
「手ぶらでいいよな。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
ニッコリと微笑むクリス。
胡散臭い話ではあったが、何だかんだ楽しみになってきた。
もしかすると彼女どころかハーレムも期待できるかもしれない。
とりあえず既に女神が一人いることだし。
そんなことを考えながら高森は意を決し、異世界へと向かったのだった。
初めまして。ブル犬 (ぶるけん)と申します。
小説を書くのは初めてです。
毎日残業パーティなので更新頻度がどうなるかわかりませんが、細々とやっていきます。
どうぞよろしくお願い致します。