舞台の幕は上がった
平成の終わりの日
Twitterを眺める僕はひとつのトレンドに目を向ける。
『平成最後の日』
ツイートを見れば内容は「平成最後に○○したー」といったような小さな自慢大会だった。
まったく、幸せそうにしている彼らをみると僕の現在の状況が嘆かわしいように感じてとてもじゃないが正気では居られない。
平成最後だからって僕がしていることはまるで日常と変わらない。いつも通りの時間に起き、パソコンを眺め、時折窓の外を見る生活だ。変わり映えのしない日々は安定しているが、それ故につまらない。
なにか、大きな出来事でも起きればと願うがたとえ起きたとしても僕は変わらずパソコンを眺めていることだろう。
そんなことを思う『平成最後の日』である4月30日の正午12時、僕は1人パソコンを消し街へ出た。
街の人々はその多くが男女ノ組で歩いており、皆楽しげに言葉を交わしている。羨ましいとはもう思わなくなったが、それでも少し楽しそうだなぁとは思ってしまう。僕がそうなることは出来ないとこの20年弱で分かったじゃないかと言い聞かせる。
大学でできた友人達も同様に彼女や彼氏と街に繰り出しているのだそうだ。ぜひ、彼らには幸せになって欲しい。
そんな中、僕は1人の少女を駅前で待っていた。
彼女の名前はⅹⅹⅹという。自分で名乗っていたが、間違いなく偽名だろう。僕に現実で接触しようとする人物が皆そうだったからだ。
季節外れに蒸し暑く照らす太陽が僕の真っ黒な服を熱くする。あぁ、なにか帽子でも被ってくればよかった。
しかし、後悔は先人の言う通りなにかした後に訪れるもので、いまさら家に戻る時間はなかった。
待ち合わせ時間まで約3分。すこし早めに着いてしまったな。まぁ、アニメのように「待ったー?」というような性格の少女ではないから問題は無いか。いや、そんな女はこの世のどこにも存在しない。アニメの見すぎだばか。
ただ立って待つのもだるいので僕は駅前広場の隅にあるベンチに座った。木製であるためか、ただ単に日射が強いのか、はたまた両方かは分からないが座る際に尻に多少の熱を感じ、ビクッとしてしまった。
熱いとまでは行かないほどの微妙なものであったが、普段引きこもっている僕にとっては多少驚くべき代物であった。
スマホでTwitterを開くと少女からのDMが届いていた。
曰く「駅に着いた」とのことだ。
僕は駅前広場にいるという旨の連絡をして待機した。
恐らく僕の人生の中で最も短い時間での返信だっただろう。普段なら最短でも1分、最長は1日にもなるのだが、今回は10秒で返信できた。普段はさほど使わないスマホの操作は存外大変なのだ。
少女が来たのは時間にして僕が返信してから30秒ほどであった。僕を見つけた途端にスタスタとこちらに近づいてくる姿はどこか気品を感じる。
「おは…こんにちは」
おはようと言いかけてこの時間帯の挨拶としてただしいこんにちは。と言った。時間感覚が疎い、もしくは挨拶に疎いのか?どちらにしても普通の生活を送っているとは思えない。恐らく人生の敗北者。僕の同じ立場だ。どうして負けてしまったのかは知らないが。
僕は精一杯の笑顔を貼り付けて少女の挨拶に答える。
「こんにちは。さて、今日はどうしたいのかな?」
人生の敗北者の僕にしてはよくやったと思う。ファーストコンタクトとしては良い印象を与えられただろう。これで敵ではないと伝えられればいいのだが。
僕のそんな思惑とは真逆に少女は表情を固くして応対した。
「そうですね。とりあえず人の少ないところに行きたいです」
人の少ないところか。中々難しい。この街で人の少ないところなど無いに等しい。そんなこの街で人の少ないところか。
僕は問う。
「それは君を知る人が少ない場所ということでいいのかな?」
想定した質問であったのだろう。少女はこくりとうなづく。
そんな少女の様子を見て僕はほくそ笑む。やはりそういう事情か。それならば僕にも手伝える、いや、そもそもある程度の予想はしていたことだが。
「わかった。じゃあ、僕についてきてくれ」
そう言って僕は立ち上がる。勢いよく立ち上がったせいで若干ふらついたが少女にはバレないように装う。引きこもりにはやはりこの天気はつらいな。そんなことを思いながら街へ向かって歩く。
少女も小さく「はい」と返事をした後に僕について歩き始めた。
そう言えばひとつ聞き忘れていたことがあった。これを聞かないと「こと」は始められない。
「後悔はないね?」
聞いた僕に少女はまたしてもコクリと小さくうなづいた。
人の溢れる街の中でも人の波の途切れる場所は必ず存在する。そして、僕が少女に紹介した場所はそんな中でも特に人のいない場所、と言うよりは人の寄り付かない場所。ここは街の人々から「絶対に近づいては行けない場所」として話題にあがる以外には特に特徴のないところだ。
曰く幽霊が出ると。曰く不良の溜まり場と。曰く自殺の名所と。
しかし、その実は全く異なっている。街の外れに佇む寂れたビルの残骸。ここでは僕のような人生の敗北者たちが毎日代わる代わる集まっている。
年齢、性別を問わず多種多様である。そして、今日はそんな人々にとってある意味では特別な日であった。
約3ヶ月ぶりの新入生の歓迎会だ。
敗北者達のなかではこのビルはこう呼ばれている。『人生の逃げ場』と。
「負け組のみんなは外見はあれな奴は多いけどある程度は信用してくれて大丈夫だから」
「………人の少ない場所はないんですね」
「あ、あぁ、ごめんね。僕はこの街の人の少ない場所はここしか知らないんだ。まぁ、どうせここに来る予定だったし、すこし予定が早まっただけだよ」
僕は言い訳のように言った。
「なるほど、たしかにそうですね」
少女はすこし不服そうな顔をしたが、理解を示してはくれた。
まだ、他の人がいないこの場所はやはりというか荒涼としていた。
僕はシートを敷いてその上に簡易の椅子を2脚用意した。少女に座るように言うと、椅子の方に座った。それを見て僕も座る。
自然と向かい合わせになって座る形となり、僕はスマホ。少女は壊れかけの天井を眺めて視線を外した。
そんな上京が何分続いたかは分からない。しかし少なくとも10分は経っていだろう。僕がスマホでTwitterをぼーっと眺めていると少女が口を開いた。
「なにか話しませんか?」
沈黙を許せない性格なのか耐えかねたのかは知らないがそんな質問をするということは少なくとも僕と会話をする意思はあるのだろうと思う。そうか、たしかにそうでないと現実で顔を合わせることも無いだろう。
僕は少し考えて言った。
「じゃあ、君の人生相談でもしようか?」
言うと怪訝な顔をした。まぁ、分かっていたリアクションだ。
「冗談だよ。僕だって多少は君の気持ちを理解できる立場だ。無闇にそんなことは聞かないさ。でも、そうだな。君の考えは聞きたいかな。
君はなんで僕らに興味を持ったんだい?」
これはシンプルに疑問だった。本来の目的でネットを利用していればだれも僕らには辿り着けないはずだ。それでも僕らにたどり着く少女はよほどの敗北をしてきたのだろう。だから僕は尋ねた。間接的に少女が如何にして敗北したのかを知るために。
「私は死んだんです。正確には消されたんですけど。だから私は本当に死にたいと思いました。世界のだれも私のことを、いえ、正確には私の顔を知らないのですからもう生きていても死んでいてもどうでもいいんじゃないかなと。そしてそんな時に私がtwitterを眺めていると見つけたんです。一つのアカウントを」
やはり、そういうことなのか。なるほど、たしかに僕は少女を見たことがある。しかし、ついさっきネットをあさっていても少女の顔は見つけることができなかった。
たしかに少女が有名であった証拠はそこかしこに見受けられるのになぜか少女の顔だけが見られないのだ特別顔を隠していたということも聞かないのだから、そこにはなにかしらの訳があるのであろうことは僕でなくても察することはできる。
「それが僕らだったという訳か。なるほどたしかに君は敗北者のようだね。一度は勝っていたのになぜか負けてしまった。所謂大人の事情という理由によって」
頷く。
「だから君は逃げてきたんだ。この廃墟に」
「正確にはそうすることでしか現状から脱することはできないと思ったんです。だってだれも私の話なんて耳にも入れようとしないんですから。しょうがなかったんです」
少女の顔に影が差す。よほどのことがあったんだろう。僕のような平凡な負け方ではないことは明白だった。全く嘆かわしいことだ。僕が少女の立場であったならすぐさま自殺していただろうな。
世界は広い。僕のような人生もあれば、少女のような人生もある。
だから、視野を広く持つのが世界を生きていく上でもっとも大切なことなのだ。
時刻は3時を回った。
僕は今にも崩れそうな壁に掛けられた時計を確認して少女に伝える。
「いまから僕の仲間が来るけど、君の助けになるかは君次第だよ」
少女は何をいまさらと言うような顔をして返事をする。
「じゃあ、前に伝えたと思うけど改めて確認のために紹介しておくよ。
今から来るのは3人。1人目、眼鏡をかけてサラリーマンのようなスーツをみにつけた細身の男。名前は知らない。元々みんな名前は互いに隠して会っているからね。偽名は『日比野』という。彼は言わずもがな負け組だ。とある会社にておこった横領事件に関与したとして報道され、全世界に顔が知らされた、らしい。しかし残念ながらそんな記事はない。つまりは証拠が完全に隠滅されたっていうことだ。その関連記事や写真が保存されたパソコンやスマホなどの電子機器はすべてウイルスなどによって壊されたようだ。ほら、知ってるかな?3年前に騒ぎになった唐突に爆発するスマホがあっただろう?それが隠蔽を完全に隠くしてしまったんだ。彼は再就職をしようとしたがその事件がトラウマとなって引きこもってしまった。しかしスーツは手放すことはしなかった。そんな感じで1年過ごしたとき、彼は僕を見つけた。彼はそれはそれは喜んだそうだよ。いやしらないけどね?それで彼は僕の仲間になった。っていうよりはシンプルに彼は僕に共感を得たんだろうね。
2人目は少し薄幸な印象の女だよ。薄幸という意味では君も同じだね。偽名は『佐藤』だ。彼女は日比野とは異なる負け組なんだ。なんて言えばいいのかな、彼女は所謂没落貴族とでも言うべき人物だよ。一度はこの世界の頂点に上り詰めたんだ。でも彼女はある失敗によって親に見限られたかわいそうな女性だ。まあ、ここには僕以外には彼女を「可哀想な子」として見る人はいないからある程度リラックスして過ごしていてくれていると思っているよ。彼女に関してはもうこれ以上は言えないかな。ごめんね。だってこれに関しては相当の高度な政治的な判断が介在しているんだもん。僕がここで発言するだけで射殺されてしまう可能性が上がるからね。そんな感じで彼女は1人目と同じく僕のアカウントに接触してきたんだ。そのときの彼女はとてもじゃないけど僕には扱い切れない様子だったけど今はみんなの努力の甲斐あって落ち着いたよ。
さて、次に行こうか。3人目はー、いいかな。君が一番知っているだろうし」
僕は後ろを向いた。そこは僕が少女を連れてきた入り口。その奥からこちら(つまり廃墟)に入ってくる3人がいた。
1人は細身の男。
1人は笑顔を絶やさない少女。
そしてもう1人は、少女と同じ顔をした、というよりは成長したような女性だった。
「ここは【 】を飛び越えるんだよ」
僕は少女に告げた。
「××××××××××××××」
こんにちは、令和。
私は静かに過ぎていった平成を恨んでいたが、憎ましいとは思っていなかった。
だから、平成には感謝している。そして、私は令和に期待している。これまでの時代では私は虐げられていた。だから私は期待している。
次の時代になってもなにも変わらないのかもしれないけれど、
できるなら、この世界が平等にやさしくなりますように。
次の時代「令和」に胸を躍らせて
というよりは期待をして中途半端な物語はおしまい。
本当は昨日投稿する予定でしたが遅れてしまいました。