6.出立
少しだけ、下ネタがあります
ロウは、泣きそうになっているクラウスの頭をそっと撫でた。
「お前は、泣き虫だな。全然、変わってない。あの頃から、何も。」薄く笑ったロウは、月明かりで格好いい。
「…それは、君もだよ。君は、泣き虫ではないけれど、君は、僕よりもずっと寂しがり屋だから。僕がいなきゃ、君は寂しさで死にそうだったんじゃないかい?」クラウスはクスクスと笑って、言った。
「それはないな。レイチェルがいるし。」ロウがニヤリ、と笑って言った。
そのあとの城では、笑い声がこだましたという。
次の日の夜に準備が整い、レイチェルは王女のドレスでは無く、少し質が良いだけの何処にでもいそうな町娘だ。
否。
美しすぎて何処にでもいそうな町娘では無くなっているが。
ロウは、小型竜のいる厩舎に来て、小型竜の様子を確かめている。
その隣には、クラウスの姿がある。
小型竜は、警戒してロウを見ていたが、チッチッ、と喉をロウが鳴らすと、小型竜はロウの近くに寄って、頭をロウに擦り付け、くるくるっ、と鳴いて甘えている。
「君は、やっぱり竜には懐かれるよね。他の動物は尋常じゃないくらい怯えるのに、校外実習の時に渡り竜に懐かれた、って言って、大きい竜を連れて来た時は、先生も僕も凄く驚いたよ。」クラウスは懐かしそうに言った。
「……まぁな。竜には懐かれる。」ロウは、そう言った。
「僕は、心配だよ。君は甘える事が出来ないからね。部屋でも、ベッドの上でも。甘えてもいいんだよ。」クラウスはそう、心配そうにロウを見て言う。
「余計な世話だ。甘えたら、付け込まれるだろうが。」ロウは、顔をしかめて言った。
「まるで、王族みたいな考え方だよ……。」クラウスは、呆れたように言った。
「ラース。」ロウは、クラウスに愛称で呼びかけた。
「ロウ?」クラウスは、真剣な眼差しのロウに疑問を持ち、ロウの名を呼んだ。
「……生き残れ。もう、昔のようには、ならない。お前と敵対するのは……嫌だ。お前を失うのは、もっと嫌だ。助けが必要な時は、助けに来る。だから……生き残れ。生き残る為に……足掻け。」ロウは、言った。
「……死ぬつもりはない。僕は、生き残る為に足掻こう。だから、君も生き残って。僕も……君が助けを必要とするなら、助けに行く。」クラウスは、コクリと頷き、言った。
ロウはクラウスの言葉に、フッと笑い声を漏らした。
「俺は、大丈夫だ。きっと、まだ俺を大切に思ってくれている人たちがいる。助けが必要な時は、小型竜の渡り竜に知らせろ。いいか、‘古の黒きかの竜に、伝言する。我の友、古の黒きかの竜なり。我、黒きかの竜に助けを求める者。’と、小型竜の渡り竜に言ったら、俺が助けに行く。絶対に。」ロウは、静かに言った。
「なんで…なんで、君は、そんなにしてくれるんだい?君に、何か言えない事情があるのは、知ってる。でも、僕は、僕は……君を…殺そうとしたし、封印もした。憎まれるだけなのに……。」クラウスは、悲痛そうに言った。
「それを言うなら、俺もお前を殺そうとした。あの時、俺を殺そうと思えば殺せたはず。だけど、お前は、俺を殺さずに封印した。それは、お前が俺を助けたに他ならない。だから、俺はお前を助ける。何に掛けても。」そう、ロウは言った。
「ッ!!う、ありがとう。」クラウスは、瞳に大粒の涙を浮かべて、言った。
「あぁ、泣き虫め!お前の綺麗な顔が台無しじゃねぇか!……泣きたいのは、俺なのに……。」ロウはクラウスに言うと、ぽすり、と頭をクラウスの肩に乗せた。
その時。
「お兄様、ずるいです!わたくしもロウの頭を肩に乗せて貰いたいのに!」レイチェルがロウの頭がクラウスの肩に乗せられているのを見て、叫んだ。
クラウスとロウは、互いに見合い、小さく苦笑した。
「我が友よ、我、また会う日まで、生き残る事を誓う。」ロウは、魔法の呪文のように言った。
「我が友よ、我、また会える日まで、生き残る事を誓う。」クラウスがそう、言った。
「「天統べる古の大竜よ、我らの会合を見守り給え。」」ロウとクラウスは、そう共に言った。
「……ロウ、お兄様、今のはなんですか?」レイチェルは、そう不思議そうな顔で聞いた。
「ロウの時代の別れの言葉だよ、レイチェル。」静かに微笑みながら、クラウスはレイチェルに言う。
完全に妹に対する兄の顔だった。
「また、会うまで生き残れ、みたいな意味だな。あの時は、戦争が多かったから、また、会いたい人とかと言うんだ。それで、天の竜に祈りを捧げるのさ。当時は、祈れば加護が返ってくるって考え方だったし。」ロウは、クラウスの説明に付け加えた。
「レイチェル、乗れ。出立だ。」ロウは、小型竜に跨り言った。
「……わかりました。お兄様、生き残ってください。わたくしも祈っています。」レイチェルはそう言う。
「ラース。レイチェルは、任せろ。」ロウは、言った。
クラウスは、大きく頷くと、それを確認したように、ロウは小型竜を走らせた。
クラウスは、それを見えなくなるまで見ていたのだった。