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無愛想な少女2

tボーンステーキが食べたい……

トマホークステーキが食べたい……

 いつものようにマホはコウに魔術を教えていた。

 相変わらずコウは覚えるのが早く、マホが実際にやって見せるだけで、すぐに真似して見せる。

 今日は錬金術をさらに詳しく教えていたところだ。


 ある程度教えるとコウはあちこち歩き回り、実際に魔術を使ってみたり錬成の素材を探したりする。


 そんなコウを見ながらマホは思った。

(そういえばコウをこの森の外には連れて行ったことなかったな……)


 コウは5歳だ。

 このくらいの歳の子にはいろいろなものを見せてあげるべきだろう。

 

(ちょうど、霊薬を売ってほしいという依頼がいくつか来ていたところだ。霊薬を売るついでにコウに外の世界を見せるのも良いかも)


「コウ、いらっしゃい」

 マホはいつものようにコウに笑顔を向け、彼を呼ぶ。


 コウはマホのもとまでかけよると、またマホの表情を手で戻し始める。


(本当にこれにはどんな意味があるのだろう)

 今はわからないが、きっと意味があってやっている行動なのだろう。


「コウ、今日は森の外に出てみない? 」


 コウは少し考えた後こくりと頷いた。

 正直、嫌がるかと思った。

 コウは外の悲惨さを身をもって体験しているのだ。


 恐慌で経済が崩れかかっているときに狙ったかのような震災。

 おかげで日本では死者、行方不明者、失業者であふれかえっている。


 さらに朝鮮人達による内乱、それを粛正するという名目で虐殺を行う自警団。

 コウのようなストリートチルドレンが存在したのも頷ける。


 だが、日本がそれだけ危険な時代であるのにも関わらず、マホはコウを外に連れ出そうとしているのである。

 それは例え軍隊が相手でも返り討ちにできるほど魔術の実力をマホが持っているからである。


(まぁ、魔術を外で使っちゃうと騒ぎになるからやめておきたいんだけどね)


 この世界で魔術の存在を認知しているのはごく一部の限られた者だけだ。

 そんな世界で魔術を発動させれば、翌日の朝刊に名前が載ることになるだろう。


 だが、誰にもばれずに魔術を使ったり、目撃者の記憶を消すこともマホには容易にできる。

 故にこの悲惨な国でショッピングを楽しむことくらい造作もない。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 コウを連れて森を抜ける。

 マホは森の出入口で辺りをキョロキョロと見渡した。

 マホが住んでいるこの黄昏れの森は人捕りと呼ばれるほどに恐れられているのだ。


 過去にこの森を探索しようとして生きて帰ってきたものはいない。

 この森には精霊が住まい、森には入り込んだ者を迷わせる。

 その後は餓死するか、餓死する直前に誤って毒草を口にしてしまうか、〈神話生物スペリアルクリーチャー〉の餌になるかのどれかだ。


 そんな危険な森から出てくる二人を見れば不信に思われるのは間違いない。


 ちなみにマホがこんな危険な森で生活していける理由は、マホがこの森全てを支配できるだけの魔力を持ち合わせているからである。


 周囲に誰もいないことを確認するとマホはそのまま歩き続けた。

 

 しばらく歩くと街に出る。

 恐慌や震災からしばらく月日が経ち、比較的復興してきたとは言え、街には活気が足りないように感じる。


 時々、銃を持った自警団が通行人を審問している姿が目に入る。

 発音をテストして朝鮮人を探そうとしているのだ。

 

「コウ、私から離れてはダメよ」


 マホはコウの手を握って歩いた。


 街を歩いているとすれ違う人が皆マホを振り返る。

 道行く人が皆マホに注目する。


 それだけマホの容姿が端麗だということだ。

 マホの容姿は人間離れした美しさを持っている。


 白く透き通るような肌。柔らかそうな髪。異常なほどに左右で整った顔立ち。ツンと跳ねた強気な釣り目。全てを見透かしているかのような大きな瞳。長いまつげ。蠱惑的な厚い唇。

 それらの全てが通り行く人々を魅了した。


 マホはその視線には慣れているが、コウにとっては居心地が悪かった。

 コウはソワソワとしながらマホの側に寄る。

 マホはコウの手を握る強さをキュッと強めた。


「どこか落ち着いて食事を取れる場所があると良いんだけど」


 時刻はちょうど12時頃。

 マホに食事は必要ないが、コウはお腹が空く時間である。


 しばらく歩いていると、一軒のステーキハウスが見えてくる。


 日本にステーキハウスが登場したのは明治以降である。

 それまでは牛肉を食べる事が禁止されていたため、今ではビフテキは最高の贅沢となっていた。


 マホはそのステーキハウスに入っていく。

 ウェイターにテーブルまで案内してもらい、ビフテキを二つ注文して焼き上がるのを待つ。


 店内は小綺麗なスーツを身に纏った者が多いように感じる。

 ビフテキはこの時代ではそれなりに贅沢な食べ物である。

 経済的に余裕のある者くらいしかステーキハウスには訪れない。


 この時代、日本は経済的に成長している最中だが、貧困層と富裕層の格差は大きく、さらに先の昭和恐慌である。

 庶民にはなかなかありつけないごちそうなのだ。


「ここなら落ち着いて食べられそうね」


 マホはこのあとの事を考えていた。

 昼食の後は霊薬を届けに行かなければならない。

 マホの主な収入源は森で採れた素材や自作の霊薬を売って稼いでいる。

 

 マホの下げている小さなショルダーバッグは、魔術が付与されており、見た目よりも数十倍の要領を持っている。

 それでいて軽い。


 今、彼女のバッグには液状の霊薬が何十本も詰められているが、小銭入れ一つ分の重さにしか感じない。

 

 この大量の霊薬をある商人に売ろうとしているのだ。

 その商人は魔術師達の所在について詳しく知っており、マホが直接魔術師達に素材を売るよりも、その商人を通した方が効率よく売れるのである。


 5~10分ほど待つと注文したビフテキが二人のテーブルに運ばれる。

 焼き上がったばかりの牛肉は非常に香ばしく、横に添えられているソースを絡めて口に運ぶ想像をするだけで、唾液が分泌されるのを感じた。


 食べる前にコウにナイフとフォークの使い方を教える。

「ナイフは右で、フォークは左に持つの。フォークでこういうふうに肉を押さえて、ナイフで食べやすい大きさに切るのよ」


 マホはコウにお手本を見せながら説明する。


 コウは早速マホの真似をして肉を切り始めた。

 まだうまく使えないようで、ナイフを動かす手がぎこちない。


「切るときにあまり音を立てないようにね」


 どうにか切り分けた肉をコウは口に入れる。

 頬を緩ませ咀嚼するその姿は非常に満足そうだ。


 マホも続いて肉を食べる。

(うん、美味しい)


 マホの口からはビフテキは普通に美味しく感じられている。

 だが、普段食事を取るときは魔力の多く含まれたものを食べるため、マホには魔力の含まれていない普通の肉は少し味気なく感じられた。

 だが美味しいことに変わりはないので特に文句もなく食べていた。


 コウは少しずつナイフとフォークを扱えるようになっている。

 マホが食べている姿を観察し、どうすれば上手く切れるのか、どうすれば音が立ちにくいのか学習しているようだ。


 やはりコウは物覚えが良いようで、魔術だけでなくこういった日常的な事に関しても学習が早い。

 あと数回ナイフとフォークで食事を取る機会を設けるだけでコウは完璧にマスターするだろう。


 二人が穏やかに食事をしていると、入口の扉が無作法に開け放たれる。

 そこから下品な笑い声と共に四人の青年が店内に入ってくる。


 マホは内心で深くため息をついた。

(落ち着いて食事がしたかったから少し高い店を選んだのに、どうしてこういう騒がしい奴が入って来るの?)


 見ると青年達は十代半ばくらいで、身なりからするにとてもステーキハウスここで贅沢ができるような家系の生まれには見えない。

 経済的には一般的な収入の家の生まれに見える。


 だが、四人の中で一人だけ例外がいた。

 三人の後ろで身を縮めてオドオドとしている青年。

 彼はこの場のほとんどの者が身につけているような洋服を纏っている。


 マホやコウも洋服を着ているが、この時代の日本での洋服は裕福の象徴のようなものである。


 (なるほど、あの子が他の三人に無理矢理奢らされているのか)


 それにしても、彼らの笑い声は聞くに耐えない。

 それは、この場でなくとも周囲の視線を集めてしまうだろう。


 本当はもう少し寛いで行きたかったのだが、マホは早めに会計を済ませる事にした。


 コウはと言うと、そんなことお構いなしにビフテキを食べていた。

 流石は元ストリートチルドレン。常に野外での雑踏の中で食事を取って来ただけはある。

 多少不快な声が聞こえたくらいでは意に介さないようだ。


 だが、事は起きた。

 彼らがマホ達のテーブルを過ぎ去ろうとした時、一人がマホに目を付けた。

 他の三人の先頭を歩いていた事から、こいつがリーダー的立ち位置で他二人が取り巻き。後ろの一人がパシリといったところだろうか。


「おいおいお姉ちゃん、こんなところで何してんだ? 」


 他の二人もマホに注目する。


「一条さんどうしたんですか? ってこいつ、すげぇ上玉じゃないっすか! 」


 三人は下痴た表情を浮かべる。

 マホにはそれが不快で不快で堪らなかった。

 マホは三人を無視して

「コウ、もう行きましょ? 」


 マホはそそくさとその場を立ち去ろうとする。

 しかし

「待てよ」


 一条と呼ばれた男にマホは腕を掴まれ、引き止められる。

「無視すんなよ。俺らと遊んで行こうぜ」


 マホは咄嗟に腕を振り払う。

 その後三人を右目で睨みつけ

「お断りよ」


 その瞬間、一条の表情が怒りや屈辱といった感情に歪む。


 コウが立ち上がり、マホの元へ駆け寄ろうとする。……が。

「邪魔だ! 」


 コウは一条に腕で払われ、軽く1mほど吹っ飛ぶ。


 「コウ‼ 」


 その時、コウの中でとある感情が芽生えた。

 いや、呼び覚まされたという方が近い。

 

 八つ当たりによる暴力。それはコウの中のある記憶を曖昧ながらも呼び起こし、そして何故だかわからないが目の前の男がとてつもなく憎く感じた。


 そのきっかけとなったのは暴力もそうだが、何より食事を中断させられたというのが大きい。

 コウは元ストリートチルドレンだ。彼にとって食事中というのはとてもデリケートな時間だ。


 常日頃から誰か他の者に食べ物を奪われないかと、神経を使って過ごしてきた。

 故に、食事が中断させられるというのはコウにとっては多大なストレスであった。


 目の前の男のせいで親しい人物が不快な思いをし、食事が中断させられ、暴力が奮われた。その時、殺意にも似た何かがコウの中で掻き立てられた。


 カタカタカタ……

 テーブルの上の皿やグラスが揺れる音が響く。

 窓ガラスも強い風が吹き付けたかのようにガタンガタンと揺れる。


 店内の照明がチカチカと数回点滅し、先程より強く光を放ち始めた。

 その光に店内の人物の影はより一層はっきりと写し出された。


 そして彼らは目を疑う光景に一驚を喫す。

「な、なんだこれは‼ 」


 壁や床に写し出された彼らの影が本体を置き去りにし、独りでに動きはじめたのである。

 影は壁や床を泳ぐようにうねうねと移動している。

 その姿は人間とも獣とも魚類とも形容しがたい悍ましい姿だ。


 それを見た周囲の人々は慌て戸惑い、叫び、更には祈り始める者まで現れた。


「きゃあああぁぁぁあああ‼ 」

「か、影が‼ 」

「一体どうなってるんだ! 」

「お助けくださいお助けください……」


 ただ一人、マホだけは冷静だった。

(なんて強大な魔力なの……まさか、コウに加護を与えた影の精霊がこんなにも強力な存在だったなんて。でも変だ……精霊を呼び出そうとしているコウの魔力が一切減っていない)


 マホはこれだけの力を持った精霊を見てみたいという気持ちもあったが、この場で精霊に暴れられてはかなり都合が悪い。


 だが、どうやって止めれば良いのだろう。本来なら精霊を召喚するのを止めるには詠唱を止めさせればいい。

 しかしコウは魔力を消費していないということは、コウが召喚しているのではなく精霊自身が勝手に出て来ようとしているということ。


 なら、その精霊が力を行使する目的を塞いでしまえば精霊を止めることができる。

 では、その精霊の目的とは一体……

 

 精霊といっても、その性格は多種多様。

 価値観も精霊によって皆違う。

 基本的には傲慢な精霊が多いが、全員ではない。


(考えろ、これだけの力を持った精霊が何の目的も無しに人間界へ顔を出すわけがない。思考を止めるな‼ 何が目的だ、これまでコウの精霊が動いたタイミングを思い出せ‼ )


 一回目はコウが餓死しそうになったとき。

 そして今回はコウが暴力を奮われたとき。


(この精霊はコウを護ろうとしている……⁉ )


 なら方法は簡単だ。

 コウの危険を排除してしまえば、精霊の目的は失われる。


「〈支配フォロミ〉」


 マホは魔術で三人の精神に干渉する。

 一秒もかからずに三人の精神がマホに支配された。


「すぐにこの場から立ち去りなさい」


 三人は数秒の沈黙の後……

「「「はい」」」


 何事もなかったかのように店から出て行った。

 すると、当たりをうごめいていた影達がピタリと動きを止め、すぐさま元の位置に戻った。


 三人の精神に干渉する際に周囲の人々の記憶も消しておいた。

 三人に連れて来られた青年はハッとなり「僕は一体……と呟いている」


 そんなことよりもマホはコウの心配を優先した。

「コウ、大丈夫? 怪我はない? 」


 コウはこくりと頷き「うん」と答える。

 マホはコウの身体を見回す。

 特にどこも怪我はしていないようだ。


「よかった」


 マホは勘定を済ませると店を後にした。

 

 

 



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